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−−−  第3章  −−−

 廊下に出てドアを閉める。
 ふと足元を見ると、そこからトイレに向かって一筋の水跡が残っていた。
 水跡が妙に気になりつつも、みちるは早足で研究室棟を出た。
 早足のまま大学敷地を出ると携帯を取り出して指が覚えている番号を即座に押す。
「あ、はるか?わたし。ええ、今大学から。土萌教授はやっぱり娘に人体実験をしているそうよ」
 電話の相手の名ははるか。みちるの無二の親友で、少々男勝りで勝気な性格をしているが、結構女性らしい一面も持っていたりする。
 普段は呆れるほど一緒に行動しているのだが、今はプロジェクトのために別々に行動しているのだ。
「やっぱりそうか。で、実験内容は聞き出せたのか?」
「無茶言わないで。確証を得るまでにどれだけ掛かったと思ってるの?って言いたいところだけど、大雑把には分かったわ。後催眠暗示だそうよ」
「後催眠暗示?なんだそれ?」
「術後も効果を示す暗示のことよ。それぐらい知っておいて。ただ、その暗示内容は聞き出せなかったの。悪いけどあなたのほうで調べてもらえないかしら」
「分かったよ。っと、急患らしい」
「ええ。じゃ、お願いね」
「あ、みちる!」
「なに?」
「愛してるよ」
「もう、ばか…。じゃあね」

 人の気配を感じてはるかが電話を切ると、その直後に、数名が1人を担いで医務室に入ってきた。
「おいおい。何事だ?」
 白衣のポケットに携帯をしまい、手を突っ込んだままみちるは担がれている人物を見た。
「ほたる…」
「先生、ほたるちゃんが、ほたるちゃんがぁ…」
 担いでいると言うより、そばに付いているというだけのうさこが半べそかきながらはるかに何かを訴えようとしている。
 はるかはほたるやうさこが通う学校の校医として着任しているのだ。
「泣くのは構わないが、とりあえずその子をベッドに寝かせてくれないか。ほら、そこの男子、どさくさにまぎれてスカートの中を覗かない!」
 はるかの指示の元、ベッドに寝かされて手を腹の上で組まされたほたるはまるで死人のように真っ青な顔をしている。
「ほら、服を脱がせて診察するんだ。みんな出ていった!」
 ほとんど追い出される形でみな引き上げていったが、ほたるの手を握るうさこだけはそこから動く様子がない。
「おい、聞こえなかったのか?…分かったよ、邪魔はするなよ」
 涙目で無言のまま訴えるうさこに気おされてはるかは付き添いを許可すると、ほたるの頬に触れた。
 貧血…真っ先にその言葉が思い浮かぶ。だが、この血の気のなさは異常だ。
 眼の下を引っ張って眼球を確認し、腕を持って脈拍を診る。
 特に外見的な異常はない。とりあえず、身体を締め付けてしまう服を脱がせてしまおうとうさこに声をかけた。
「おい。服を脱がせるから手伝ってくれないか?それとこの子が心配ならもう泣くな」
 泣き顔に弱いはるかはうさこに手伝わせてほたるの制服を脱がせた。
「ボディスーツ。これか。こんなにきついのを着ていたら貧血で倒れて当たり前だ」
 そうつぶやいてはるかはそれも脱がせてしまった。
 裸になったほたるを見て2人はア然とする。
「なんだ、これは…?」
 南京錠が胸に2つ、股間に3つ、それぞれテープで取り付けられている。
 人の趣味をとやかく言う気はないが、何のためにこんなことをしているのかが分からない。
 そのとき、みちるの言葉が脳裏に浮かんだ。
 ひょっとしたらこれが後催眠暗示に関係あるのかもしれない。
「おい、悪いがやっぱり出ていってくれ。この子の仲良しなんだろ?こんなの付けてるところを仲良しに見られたと知ったらこの子が悲しむだろうからな」
「でも私、知ってたよ。おととい、遊び半分で胸を触ったときに硬い感触があったの。最初は右だけだったけど、昨日は左にも。その、下のは知らなかったけど…」
「そうか。それでも知らなかった振りをするんだ。君がこの子の立場だったらどうだ?仲良しには知られたくないだろう?」
「うん」
「だったら言うことを聞いて。君はこの子の裸は見なかった、いいね?」
「分かり、ました」
 納得したくなさそうなそぶりではあったが、うさこは半ば強引に納得して医務室を出ていった。
 はるかは裸で眠るほたるに毛布をかけてやるとポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきで見もしないで電話をかけた。
「ああ、みちるか?おれだよ」
「どうしたの?さっき電話を切ったばかりじゃない。もう暗示内容が分かったの?」
「ああ。新展開だ。今、目の前でほたるが寝ている。授業中に倒れて運び込まれたんだ」
「なんですって!?」
 はるかは、電話の向こうに入るみちるに良く分かるように一部始終を説明した。
「なるほどね。多分、ほたるにはその南京錠がピアスのようにつけられていると暗示がかけられているんだわ」
「ピアスみたいにって、テープで貼っつけてあるだけだぜ?」
「だから暗示なのよ。小さなボディスーツまでもが暗示なのかは分からないけど、まず間違いないでしょうね」
「だけど、こんな暗示、意味があるのか?」
「それは…分からないわ。分からないけど…。もしかしたら暗示がどれほどの嫌悪感に耐えられるのかを見ようとしているのかもしれない」
 みちるは土萌教授の1週間持てば…と言う言葉を思い返していた。
「はるか。あなたならそんなものを身体に付けられて1週間も持つと思う?」
「冗談じゃない。その日のうちに鍵を壊して外すさ。決まってるだろう」
「…そうよね。聞いた私がバカだったわ。ほたるにはその術がないのよ。何とか外したいという思いが強ければ、それをきっかけに暗示が解けるかもしれない。そのためにわざとほたるを極限状態にしているのかもしれないわ」
 頭脳派のみちるはいろいろな可能性からいろいろな仮説を立てて考えをまとめていく。
「難しいことはみちるに任すから。この後どうしたらいいと思う?テープをはがしてやるか?医療用テープだから剥離剤はここにあるんだが」
 頭を使うことが苦手なはるかは、そういうことはみちるに任せたいところなのだ。
 はるかは話を変えて、とりあえず現状の相談をした。
「そうね、それはそのままにしておいたほうがいいわ。あなたはほたるに話を合わせてあげて。寝ている間に何かが起こっていないか聞き出してほしいの」
「ん、分かった。じゃあな」
「あら、今度は愛してるって言ってくれないの?」
「愛の与えすぎは良くないって言うからな。また後で連絡する」
 携帯をしまったはるかはほたるの様子を見るためにカーテンで仕切られた個室に入った。
 ボディスーツを外したのが良かったのか、血色は戻っている。しかし苦しそうな表情はそのままだ。いや、さっきよりも苦しそうな顔をしている。
 悪い夢でも見てるのか?と思った直後、ほたるが叫びながら飛び起きた。
「いやあああぁぁーっ!!はあ、はあ…また、夢…」
 突然の出来事にびっくりして後ろにあったベッドにひっくり返ったはるかは気を取り直してベッドの脇に立った。
「夢ぐらいで他人を脅かさないでくれないかな、ほたるちゃん」
「え?あっ…ここは?」
「ここは医務室。俺は校医。君は授業中に倒れて担ぎこまれた患者さん。気分はどう?」
 そのとき、ほたるは毛布の中の自分が全裸であることに気がついて慌て出した。
「きゃ!?わ、わたし、ハダ、ハダカ、何で!!」
「ああ、悪いけどきっついボディスーツは脱がせたよ」
 今さっき自分がひっくり返ったベッドの上に置きっぱなしになっている衣類を指差す。
「み、見たんですか?」
 必要以上に縮こませた身体を毛布で隠しながらほたるは不安そうに聞いた。
「そりゃ、裸くらい見るさ。服を脱がせたんだから。今後は身体に合わないものは着ないほうがいいな」
 ほたるがなんとなく睨んでいるような気がして、はるかは首をかしげた。
「何を怒ってるんだ?…まさか。おいおい、俺は見た目も口調も男っぽいが、一応女だ。同性に見られたぐらいで怒るな」
 同性と聞いて少しほっとしたようだが、それでも怒っているような、それでいて不安そうな複雑な表情に変化はない。
「裸を見たのなら…見たんですよね…」
「ああ、南京錠のことか?人の趣味をとやかく言うつもりはないが、学校では授業に専念すべきだな」
 そんなものは気にしないと言った素振りでさりげなく教師っぽく説教を入れる。
「ち、違うんです!こんなの、こんなの私の趣味じゃありません!!」
 なるほど、これがみちるの言っていた話を合わせろと言う理由だったのかと納得してはるかは相談に乗ることにした。
 その結果、はるかは多くの情報を仕入れてその夜、みちると落ち合って話し合うこととなった。
 ・
 ・
 ・
「…ということだ」
 夕刻の公園に、ベンチに座る2人の姿は遠目には仲の良いカップルと言ったところだが、その内容は実に苦々しいものであった。
「じゃあ、ほたるは毎晩のように誰かに犯されている夢を見ているってこと?」
「そう言うことになるな。しかもその内容が余りに残忍過ぎる。クソッ」
「実の娘に何てことを!もう少し調査したかったけど…ちょっと我慢できないわね」
「…みちるの口からそんな言葉が聞けるとはね。こりゃ、今夜は血の雨かな?」
「茶化さないの。私だって人の子だもの、許せないことはあるわ」
「フッ、何にしても良かったよ。みちるが俺の意見と一致してくれて」
「じゃあ行きましょうか」
 てっきりいったん引き上げて準備をしてからだとばかり思っていたはるかは、みちるの怒りがそうとうなものなのだと思い知らされた。
(こりゃ、血の雨はあながち冗談じゃなさそうだな)
 公園から土萌教授の自宅へは20分と掛からない。
 そのまままっすぐ向かうものと思いきや、みちるは電話をする約束があるといって、わざわざ公衆電話を使ってどこかに電話をかけた。
 少し肩透かしの感を覚えながらも、用を済ませたみちると共にはるかは街灯のつき始めた道を歩いた。
 それからホンの小1時間後、土萌教授邸宅に忍び込んだまでは良かったが公園での意気込みはどこへやら、まるで誘導されるようにはるかが防犯システムに捕らえられ、それを助けようとしたみちるまでもが捕らえられてしまった。
「クソッ、なんだよ、これは!?」
 中庭のど真ん中で両手両足を触手のようなアームに押さえ込まれたはるかは、いつもの調子で悪態を付く。
「ごめんなさい。先に言っておくべきだったわね」
 その隣で同じように拘束されているみちるが意気消沈していきなり謝った。
「って、知ってたのか?なんで先に…」
「まさか私が開発に携わったシステムがここに使われているとは思わなかったのよ」
 はるかが絶句する。よりにもよって自分が作ったシステムに自分がはまろうとは。
「じゃ、じゃあ、みちる。このアームをほどく方法も分かるんだろう?どうやったらいいんだ?」
「ごめんなさい。この状態からじゃ無理なのよ」
 2度目の謝罪にはるかは黙らざるを得なくなった。
 あのみちるが2度も謝るからには、言っていることは間違いないのだろう。
 そのとき扉が開いて土萌教授が出てきた。
「みちるくん。待っていたよ。さすがにやることは正確で早いな」
「ど、どういうこと!?」
 暗示によって記憶がブロックされているみちるには土萌教授の言葉の意味が理解できない。
「思い出せないのは無理もない。君の行動は私の暗示によって支配されていたんだよ」
 暗示という言葉で思いつくものは例の装置しかない。
「催眠装置!?だって、あれは起きている人間には効かないんじゃ…」
「いちいち説明するのも面倒だ。思い出させてあげよう。なに、簡単なキーワードだよ。“お尻に挿した石油ポンプ”だ」
 なんて下品なキーワードであろうか。
 しかしそのキーワードを聞いたみちるはそれまで思い出すことの出来なかった研究室での出来事をついさっきの出来事のように全て思い出した。
「あ、ああ、ああああ…いやあ、いやあっ、いやああーっ!もう、もうやめて!あんな、あんなことはしないで!!」
 それまでクールで知的だったはずのみちるが半狂乱になって泣き叫び出した。
 何が起きたか分からないはるかはア然としている。
「くっくっ。少しお灸を据えすぎたかな?次は君の番だよ、はるかくん」
「なっ、なんで俺の名を!?」
「全部、聞いたんだよ、みちるくんからね」
 言いながら土萌教授ははるかに近づき、その頭に例のヘッドフォンを取り付けた。
「や、やめろぉーっ!」
 頭を振りまわすが、はるかの頭からは取れそうもない。
「身体が痒くないかな?全身がこそばゆいはずだよ」
「や、やめっ…!」
 はるかは全身をびくびくと震わせて懸命に土萌教授の言葉を否定しようとする。
 しかし催眠装置の効果は絶対で、はるかの身体は芯から湧き上がるような痒みが全身を覆っていく。
「くっ」
「そろそろ痒くて堪らないんじゃないかな?片手だけでも外してあげようか?」
「ほ、ほっとけっ」
「ほお、余裕だな。ではもっと痒くしてやろう。服を脱ぐほどに全身の痒さが倍増するんだ。堪らないぞ」
 そう言って土萌教授はマイクを地面に置いた。
「ふんっ、くっ!」
 男勝りのはるかがふんばってみてもアームはびくともしない。
「無駄だな。アームは1トンの力をかけても壊せんよ」
 土萌教授の手がはるかの白いカッターシャツにかけられる。
 ボタンを1つ1つ外していくのかと思いきや、襟元に指を引っ掛けた土萌教授はその手を一気に下げた。
 ブチブチブチッ!
 一気に数個のボタンが飛び散り、はるかの胸元が大きくさらけ出された。
「なっ、なにを!!」
「服はどうせ切り刻まれるんだ、丁寧に脱がす必要もないだろう」
 アームがはるかの四肢を拘束している以上、普通に脱がすことは不可能なのだ。
 土萌教授はポケットから小さな折りたたみナイフを出して刃をカッターシャツのそでに挿し入れた。
 切れ味のいい刃は音もなくそでを切り裂いていく。
 左そでを切られ、右そでも切られたカッターシャツはふぁさっと地面に落ちた。
「くああっ」
 暗示通りにはるかの身体の痒みが倍増する。
「ほう。男みたいでも出るところは出ているもんだ。下着の好みは少し変えるべきだな」
「はっ、お前なんかにっ、言われる筋合いは、ないっ!はふっ、はふぅっ」
「まだ、シャツ1枚じゃ痒さはたいしたことがなさそうだな。次はパンツといくか」
 そう言った土萌教授はベルトを切り、ファスナーを下ろしてから刃を足に沿って2筋、まっすぐな線で切込みを入れた。
 これもまたあっさりと地面に落ちていく。
「くううぅぅっっ…」
 余りの痒さにはるかは暴れようとする。が、アームが拘束しているために筋肉が無駄に硬直するだけで、さしたる動きもできない。
 その痒みに慣れるまでの間、はるかは呻き、全身の筋肉を痙攣させて堪え続けた。
 慣れたところで、痒みがなくなるわけではないが話が出来るほどにはなれるのだ。
 やっと慣れた頃、多少息は荒いものの、これでどうだとばかりに土萌教授を睨む。
「くっくっ、ずいぶんと誇らしげだが、悶えている姿、声、表情、どれを取ってもいやらしくて最高だよ。君は最高のおもちゃだ」
 この痒みに落ちることなく耐えてこそ勝ちだと思っていたはるかは、土萌教授のその言葉に愕然とした。
 土萌教授の挑発に乗せられ、耐えたことが却って土萌教授を喜ばせてしまっている。しかも最も屈辱的な性的対象として。
「パンティには気を遣っているようだな。せっかくだから切るのはやめてやろう」
 その代わりと言うわけでもないが土萌教授ははるかの色気のないブラジャーを切り捨て、その悶えるさまを確認しないままパンティに手をかけた。
「や、やめ、くうっ、やめろっ、くああっ、やめろぉーっ!!」
 ただでさえやっと堪えていると言うのに、2枚も立て続けに脱がされたら一体どうなることか。
 はるかは半狂乱になって叫ぶが、言葉らしい言葉だったのは最初のうちだけだった。
 やがて、かなり長い時間をかけてその痒みにも何とか耐えられるようになったはるかはパンティがまだ脱がされきっていないことに気がついた。
 半端な状態にずり下げられただけになっているのだ。正直なところ、着崩した感じが全裸よりも恥ずかしい。
「こ、こんなパンティ、惜しくない。とっとと切れ!!ううっ、くああっ」
 全身の痒さに耐え、恥かしさに耐えてはるかは叫ぶ。
 しかし土萌教授ははるかの叫びを聞き流して卑猥に露出する股間に手を伸ばした。
「や、やめ、ろっ、くああっ!」
 股間を触っている手の甲がずり下げられているパンティーに当たるほどの狭い空間で土萌教授の手ははるかのスリットを執拗に触り始めた。
「仲良しと言うだけあって、みっともなくはみ出している辺りはみちるくんと一緒だな」
「なんだとっ、貴様、みちるの身体にも何かしたのか!?」
「何かしたのか、か。違うな、してあげたんだよ。みちるくんは便秘だったのでね、浣腸をしてすっきりとさせてあげたんだ。もっともそれを本人がどう受けとめたかは知らないがね」
「こ、この外道がぁ〜!」
「…君は口の聞き方がなっていないな。みちるくんと同じ目にあってもらえば、少しはみちるくんの良いところが似るかな?」
 はるかのひだを触りながら土萌教授はめがねをキラリと輝かせた。
「なっ、まさか、俺にも浣腸をするっていう気じゃ…」
「いいや。私は無意味なことはしない」
 それまで大の字に固定されて自由の利かないはるかの秘所をまさぐっていた手を抜き、パンティをはかせてしまう。
 余りに意外な行動にはるかがア然としていると、さらにご丁寧にお尻の下のほうから指を入れて食い込みまで直してしまった。
 一体何を?そんな疑問を一瞬のうちに解いたのは土萌教授の次のセリフだった。
「そのまま、排便をしたまえ」
「なっ、なんだと!?」
「パンティ1枚とは言え、着衣のままの排便…。一体何年ぶりの体験になるのかは知らないが、さぞプライドはボロボロになるだろうな」
 そんなバカなことには従えない、そう言おうとしたときだった。
 身体の奥の異変…これは…。
「お、おい…嘘だろ…。まさかこんなところで…。おいっ、やめさせろよ!お前なら止められるんだろうっ、その装置を使って!?」
 とりたてて便意はなかった。普段通りの生活をしていたし、こんな時間に便意が起こるはずもなかった。
 なのに、腸のせん動が起こり、尻や他の筋肉までもが排便のための準備を始めたのだ。
 土萌教授は何も答えず、メガネのフチだけをきらりと輝かせてはるかの慌てる様を見つめている。
「う、うそだあーっ!」
 モコッ!
「う、うわっ」
 モコモコモコッ!
 毎朝とは言わないまでも、生き物として何度も経験しているはずの排泄感なのにはるかはそれを異様な感覚として受けとめて全身に鳥肌を立たせた。
 パンティを内側から押し上げるそれは紛れもないはるか自身の汚物だ。
 着衣のまま、立ったような状態での排便。しかもそれを敵である土萌教授の目の前で行っている屈辱にはるかは恥かしさよりも怒りを覚えている。
 この男、許さない!!はるかがそう思ったとき、土萌教授はマイクを口に当てた。
「止めたまえ!」
 突然の命令にはるかの身体はぴくりと震え、出しかけた状態のまま行為を停止した。
「くっ、ちくしょうっ…!」
 今まで誰にも見せたことのない涙を流しながらはるかは土萌教授を睨んだ。
 どんなに止めようと思っても止められなかったのにこんな男のたった一言で止められてしまうのは悔しい以外の何ものでもない。
 しかも止めてくれと頼みはしたが、よりにもよってこんな半端な状態で止めるとは。
「少しは羞恥心を覚えてお淑やかになったかね?この催眠装置で一言、お淑やかになれといえば済む話しだが、そんなに簡単に屈服させられては君のプライドが許さないだろう?」
 完全にバカにするためだけに言い放ち、土萌教授は屈辱でわなわなと振るえるはるかの背後に回った。
「ほう、これはいいタイミングで止めたようだ。これ以上出されたら屋外とは言え、臭くて溜まらんからな」
 パンティ越しに見ても斜め下に向かって伸びていると分かるというのにわざわざパンティのゴムをつまんで引っ張って確認する。
「ううっ」
 パンティが引っ張られたことで汚物が動き、その動きが肛門や直腸にじかに伝わる。
 その感覚はおぞましい以外の何ものでもない。
「小ぶりで可愛らしいお尻に不似合いな臭くて茶色い汚物、か。みっともない限りだな。君の場合、このまましばらく放っておくのも効果がありそうだ。そのままでいたまえ」
 わざと強く引っ張ってから手を放すとパンッと音がしてパンティははるかのお尻に貼り付いた。
「くっ」
「肛門で留まっている君のその汚物はディルド…いや、バイブだ。小刻みな振動が感じられるだろう?さぞや気持ちいいだろうね」
「ひ、ひっ!」
 ただの排泄物が自ら振動するなんてありえない。なのにはるかには括約筋を小刻みに振るわせる振動が確かに感じられるのだ。
「肛門を締めてちぎろうとは考えないほうがいい。ちぎれた途端に君は淫らにイッてしまうんだ。私の前でこれ以上の痴態を見せたくなくば、じっと耐えたまえ」
 マイクを使わずにはるかに告げると、土萌教授はきびすを返した。
 その先には狂ったように叫んで気絶し、アームに身を預けたままになっていたみちるがいる。
「バ、バカを言うな!こんなので感じたりなんか…ひっ!?」
 喋っている最中に思わず肛門に力が入ったのだろう。
 わずかに腰をまえに突き出して、みちるは信じられないと言った面持ちになる。
「しゃべるのも極力避けるべきだな」
 振り向きもせずはるかに警告をする。
「くっ…うっ、ひっ…」
 しかし一度感じてしまうと、後は連鎖的に締めてしまって収拾がつかなくなっているようだ。
 堪えようにも、バイブのように振動していると暗示が掛けられているせいで、数秒も堪えられないのだ。
 小さな喘ぎ声を断続的に続けるはるかを無視して土萌教授はみちるのそばに立った。
「さて、みちるくん。待たせたね」
 土萌教授が指をぱちんと鳴らすとみちるを拘束していたアームはあっさりと外れる。
 受身をすることなく地面に落ちたみちるには生気がない。
 土萌教授はしゃがんでみちるの髪を掴んで顔を上げさせた。
「みちるくん。聞こえているね?君とはるかくんはレズの関係だったね?普段はどちらが攻め役をするのかね?」
「…はるかです…」
「君が攻めることは?ないのかな?」
「ありません」
「ではたまには攻めてみたいだろう?君の攻めではるかがどう反応するか、見てみたいだろう?ちょうど、今ならされるがままのはるかくんがあそこにいるんだ。さあ立って。はるかを攻めるんだ」
 無論、みちるには催眠装置のヘッドフォンは付けられていない。土萌教授が催眠術師だと言うこともない。
 しかし催眠装置を付けられていた時の後催眠暗示に則ってみちるは土萌教授の言いなりになっているのだ。
 みちるは黙ったまま立ちあがり、アームに拘束されたままのはるかを見やった。
「み、みちる…?」
 もはやみちるにははるかの声は聞こえていない。
 アームに拘束されているせいで30センチほど浮いているはるかのウェストに抱きついた。
 横を向いた顔の半分ほどが胸にうずまり、しばらくそのままでいたみちるだったが、軽く顔を上げてはるかの乳房にキスをした。
 ぷるんと震える乳房のアンダーに舌先を当て、ツーッと下乳の丸みに沿って舐め上げていく。
 乳首がクニュッと舌先によって押し倒され、その舌先はさらに上に行きかけたが、急に止まって乳首のところへ戻った。
 そして乳首と言うより、乳首を中心とした乳輪を執拗に舐め出した。
「う、くうう…」
 実ははるかは乳首が一番感じるのだ。そのことをよく知っているみちるは迷うことなく、乳首を集中攻撃している。
 もちろんスリットの包皮に隠れている陰核も女として感じるポイントだ。そこはパンティの上からだがすでにみちるの指先が攻めている。
 時には強く、時には弱く。
 いつもは受けに回っているはずのはるかにこれほどのテクニックがあったのかと驚くほどだ。
 もう片方の胸が開いているはずと思いきや、そこにはとっくに手があてがわれて乳首はこの上ないほどに立っている。
「ああっ、うああ…っ、は、あっん!だ、だめ、だ…。ち、ちぎれ…る…」
 もうパンティの前のほうはぐっしょりと濡れている。
 感じないように身体に力を入れれば肛門を締めてしまう。かと言って力を入れなければみちるが与える快感をダイレクトに受けてしまう。
 どちらに転んでも最終的にはイッてしまう状況の中で、はるかは徐々に感じるほうを選んでしまっていたのだ。
 これほどになっているのによく耐えられたものだと感心するが、はるかは自らの精神力だけで肛門を締めないようにしている。
 しかしそれももう時間の問題…。このまま、淫らにイッてしまう…。
 そのとき、みちるは陰核を撫でていた手を股下から、乳房を揉んでいた手を脇から回して指先をパンティの突起部分にあてがった。
「はぁ、はぁ…みち、る?いったい、何を…?」
 突起部とは、はるかの排泄物が中から押しているために出来ている部分のことだ。
 みちるはパンティ越しにはるかの排泄物をいじくりはじめた。
「お、おおう…っ、み、みちるっ、だ、だめ、そこはっ、やめっ…!」
 軽くくりくりと回すように動かしているだけだが、仮想の振動に現実の振動が重なる。
 締めちゃいけない、締めちゃいけない。必死になって肛門から力を抜く。
 すると、みちるはそのタイミングをまるで待っていたかのようににこりと微笑んだ。
「ふおおっ!?み、みちる、何を!?い、いやだぁーっ!!」
 みちるは微笑んだまま、パンティ越しに排泄物の側面を補助するように持って肛門の中へ押し込み始めたのだ。
 出した排泄物が押し戻される感覚。おぞましい以外のなにものでもないそれは、はるかを狂わせるのではないかと言うほどの衝撃を与える。
「おっ、うぐっ、ぐっ、くっ、ふっ…」
 吐き気にも似たおぞましさが全身を駆け巡る。
 みちるが指先から力を抜いたのは、その指先がパンティを巻き込んだまま肛門に第1関節まで潜った辺りだった。
 さっきまで突き出ていたはずの排泄物は完全に直腸の中に戻ってしまった。
 指をキュポンッと抜かれてはるかはやっと大きな息をつけた。
 と、はるかのパンティの後ろの部分を絞って食い込ませると、みちるはその上の部分を持ってぐいぐいと持ち上げる。
「っつぅ…」
 女性の力では限度もあるが、食い込ませることで過敏になった肛門をパンティがこすり、フチをめくり上げる。
 はるかが顔をしかめることが嬉しいのか、何度も持ち上げてその表情を楽しんでいる。
 が、やがて飽きたのかパンティをずり下ろしながら腰を落とし、茂みを口に含んだ。
 こきざみに顔を上下に動かすと再びはるかがもだえ始めた。
 舌先でスリットの特に敏感な部分を攻めているのだ。
 股間のもう1つの敏感な部分、肛門にはみちるの細長い指が2数本潜り、その穴を左右に広げようとしている。
 なんともねちっこい攻めだが、はるかにとって一番恥かしくて辛い攻めでもあるだろう。
 もう少しで絶頂を迎えるであろう直前で、イクための決定打がない。もどかしくてもやもやした感覚はまるで底無し沼のようだ。
 いっそのこと、気絶してしまえればどんなに楽だろうか…。
 しかしみちるのテクニックはまさにイカさず殺さずのごとく、どっちつかずの状態で攻めつづけている。
 が、体力的にも精神的にもそろそろ限界だとみちるも気が付いていたのだろう、最後の仕上げに入った。
 肛門に挿していた手を片方だけ残して抜き、排泄物の付着などお構いなしにスリットにその手を入れたのだ。
「ぐうっ!?」
 そしてそれまでのねちっこさとは打って変わって激しいまでのピストン運動が展開した。
「うおっ、おっ、くっ、はっ…」
 前後2つの穴を3本ずつの指が交互に出入りし、それとはまた別にみちるの舌先が陰核に絡みつく。
「ハッ、ハッ、イッ、イクッ、イッちゃうっ!くああぁぁーっっ!!!」
 イクかイカないかのぎりぎりの線は伊達ではなく、わずかなきっかけだけではるかはイッてしまった。
 拘束されている全身がビクビクと痙攣させ、唯一動かせる首を目一杯のけぞらせて空を仰ぐように果てたはるか。
 その様を十二分に堪能した土萌教授はマイクを再び手に取った。
「最愛の女性によってイカされた気分はどうかね?さぞや気持ち良かったんだろうね」
 わざと逆なでするような発言をしつつ、マイクのスイッチを入れて口の前に持って行く。
「君はいますぐ職場に戻って、私に関する調査は全て異常なしと報告し、以降の調査は打ち切りにしてきたまえ。それまでみちるくんは預かっておく」
 土萌教授が指をぱちんと鳴らすとみちるの時と同様にはるかを拘束していたアームはあっさりと外れた。
「さあ、服など着る必要はない。その格好のまま急ぎ向かいたまえ。君が帰ってくるまで、みちるくんの身体で遊ばせてもらうからね」
 それを聞いてみちるは暗示よりも自分の意思で急いで走り出した。
 びちょびちょに汚れたパンティ1枚きりの格好で夜中の街を走り、自宅に戻ると、その格好のままバイクにまたがって仕事場のあるビルに向かう。
 コンピューターを操作し、土萌教授に関する全ての情報の抹消に翻弄した。
 人の記憶まで操作は出来ないが、忙しい職場では管理を全てコンピューターに任せているので、そこからデータを消せば何とかなる。
 パンティ1枚でやってきたはるかに看守が驚いたりする一幕もあったが、翌日に全てを終わらせる頃には誰かが調達してきたカバーオールを着せられていた。
 そしてその格好のまま再びバイクにまたがり土萌邸へ向かうのだった。
 ・
 ・
 ・
 みちるの無事を祈りつつ全力で屋敷に戻ったはるかは、屋敷に入った途端、ほたるとはるかのレズビアンショーを目の当たりにした。
 周囲にはムチ、ロウソク、バイブ等などいわゆる大人のおもちゃが乱雑に転がっている。
 ほたるはヘッドフォンを付けていないがみちると同様に少し焦点の合わない眼をして、土萌教授の言いなりになってみちるを攻めている。
「ほたる。この女をイかせてやりなさい。道具は何を使っても構わない。この女は痛くされるのが好きだから多少無茶な使い方をしたほうが却っていいだろう」
 両手いっぱいに大人のおもちゃの類いを持っていたほたるは黙ってうなずき、寝転がるみちるの周りにそれらを転がした。
 みちるのすぐ脇に膝をつくとほたるはその顔に自分の顔を重ねて軽いキスをした。
 そこから頬を這い、耳やうなじを舐めていく。
 その間、手はみちるの乳房をソフトに揉んでいる。
 テクニックと言うほどの技術はなく、どちらかと言うとつたないが、その分逆に卑猥な感じがする。
 首筋を舐め、そのまま舌先を乳房に移動させる。
 片手で髪を撫で、片手は腹筋の筋をなぞっている。
 乳房に渦巻き状の舐め跡を作って最後に到達した乳首を軽く突つくと、それまでじっと寝ていたみちるの身体がぴくりと反応した。
 それに気付いたほたるは乳首を口に含み歯で軽くかんで固定すると舌先で触れるか触れないぐらいのぎりぎりですばやくこすり始めた。
「ん、んっ」
 腹筋がピクピクと痙攣する。その様を見て土萌教授は何か気付いたようだ。
「みちるくん。もう我を取り戻しているんだね?ならば素直に感じたまえ。我慢する必要などどこにあるのかね?」
 催眠装置は、メリットかデメリットか、動きを支持した箇所以外は本人の意思である程度動かすことが出来る。
 だから今までも身体の自由を奪っていたのに喋ることが出来たわけだ。
 今のみちるには寝るようにしか指示していない。つまりみちるは感じないように堪えている、と腹筋の動きを見て気付いたのだ。
「さあ、気持ちいいのだろう?正直に感情を表したまえ。ほたるの舌を、手を素直に受け入れて感じまくりたまえ」
 とたんにみちるの身体がビクンビクンと反応し始めた。
 ほたるは少し驚いて顔を上げたが、嬉しそうにニッと笑うと再び乳首を口に含んだ。
 同時に髪を撫でていた手をもう片方の胸にあてて柔らかさを確かめるように揉みだした。
「ほたる、もっとハードにやっていいぞ。濡れていなくても私のイチモツを受け入れられるほどの女だ、遠慮はいらない」
 それを聞いてほたるは口に含んでいた乳首にかなりきつく噛みついた。
「うぐうっ」
 のけぞるみちるの胸から口を離し、ほたるはみちるの足の間へ移動しながらそばに落ちていた黒光りするバイブを手に取った。
 みちるの足はされるがままに大きく広げられ、その間にほたるが侵入した。
 大きく開かれた足の真ん中にはヒダが大きくはみ出したスリットがあるが、ほたるのつたない愛撫に感じていても塗れていると言えるほどの滴りは見当たらない。
 それでもほたるはバイブを右手に持ち替えてスリットにあてがった。
 AVの常套としてはバイブの先で数回なぞったりするが、ほたるはそんなことすらしないでいきなりぐっと押し入れた。
「ふうっ!!」
 みちるはその身体をそれまで以上にのけぞらせ、その衝撃を全身で受け止めている。
 やめてほしいのに身体が動かない。せめて首を振って拒絶するが、そんなことは無意味に等しい。
 それに、否定しつつも強引な挿入が効いたのか、愛液が文字通り、溢れてきたのだ。
 バイブを出し入れするたびに脇からにごった色の愛液が溢れてくる。
「ほたる、遠慮しないでもっと被虐的に扱うんだ。たとえばバイブを数本同時に突っ込むのもいいだろう。ムチやロウソクだってあるんだ、顔にさえ傷をつけなければ何だって出来るはずだ」
 無論、その声はみちるにも届いている。
 みちるは必死に首を振るが、ほたるは言われた通りに数本のバイブを手に取った。
 ピンク、青、赤、様々な色があり、形も細いものから太いものまで様々だ。
 ほたるはそれらをいったん下に置き、みちるの足を持ち上げた。
 膝を立てた形になり、ちょうどMのように見える。
 みちるの足がその状態から崩れないことを確認するとほたるは葉巻を思わす形のピンク色をしたバイブを手に取った。正確にはバイブではなくローターだ。
 きちきちではないにしてもすでに1本入れられているところにさらにもう1本入れられる、そう思ってみちるは必死に首を振った。
「だ、だめ…ほたる…これ以上は、お願い…」
 それまで自分の意思で口を閉ざしていたみちるがついに口を開いた。
 それだけイヤだと言うことなのだろう。
 しかし、ほたるの耳には入らなかったのか、少しも躊躇することなく手を添えてピンク色のローターを挿し入れてしまった。
「ううっ!!お、尻…?そ、そんな…」
 細長いローターはみちるのスリットの隙間ではなく、お尻の穴…肛門に入れられたのだ。しかもスイッチを入れたまま。
 今はみちるの直腸内で小刻みに振動しているそれは、飲み込む直前、まるで吸い込まれるようにして肛門の奥へ消えていってしまったので後で出すときが大変そうだ。
「そうだ、ほたる。もっと責めてやりなさい。特にその女は肛門を責められるのがたまらんそうだ。引きちぎれるほどに広げてやりなさい。その女を無碍に扱うことでお前は毎夜の悪夢から開放されるんだ」
 ほたる自身にはSの素質はない。しかし、攻めることで自由になれると暗示を掛けられているのだ。攻めさえすれば、悪夢の苦しみから開放され、身体につけられた南京錠のボディピアスも消え失せ、傷も残らない、と。
「みちるくん。君は穴を強引に広げられることで無類の快感を覚えるんだ。今、ほたるは君の穴を広げようとしてくれている。協力したまえ」
 ほたるは元のように閉じてしまった肛門を軽く撫でていたが、土萌教授がみちるに暗示を与えたことで、固く閉じていたそこが急に柔らかくなった。
 これなら多少太いものも入ると判断したほたるは辺りを見回して、ノーマルサイズのバイブを掴んだ。
 スイッチを入れるとうねうねと動くそれをまたも肛門にあてがい、躊躇することなく押しこんだ。
「お、おおう…っ。く、くはっ、ちょ、腸が、腸がねじれるっ、だめっ、せめて、せめて止めて!!」
 気が付くと、みちるの足は爪先立ちになっていて、お尻も少し浮き上がっている。
 痛さゆえなのかと思いきや、股間から溢れる愛液の量は一気に増した。
「くふっ」
 それまで一言も言葉を発さなかったほたるが、あまりの嬉しさに声を漏らした。
 サディストがあまりに似合いそうな声にみちるは恐怖を顕わにする。
「い、いやあぁーっ、お願い、もう、もうやめてーっ!!」
「みちる…」
 それまで、呆けてその様子を見ていたはるかが思わず名を口にする。
 さっきからはるかの存在に気付いていた土萌教授は、すっとはるかの背後に歩み寄り、小声で話しかけた。
「はるかくん。最愛のみちるくんがほたるにおもちゃにされている様をじっと立って見ている気分はどうかな?」
「…貴様は、絶対に許さない!」
 突如、目の奥の輝きを取り戻したはるかは、土萌教授をキッと睨んだ。
 その直後、どこに持っていたのか1本のナイフを手にはるかは土萌教授にどんっと体当たりした。
「ば、ばかな…。後悔…するぞ、はる、か…くん」
 マッドサイエンティストとしては余りにあっけない死。
 いや、それだからこそあっけなかったのであろうか。
 そういった死をある程度覚悟していたのか、土萌教授はわずかな笑みを浮かべながら目を瞑ってそのまま息絶えた。
 返り血を全身に浴びたままのはるかはきびすを返してみちるの元へ走った。
「みちるっ、正気を取り戻すんだ、みちる!」
 しかしみちるはほたるの愛撫には反応しているのにはるかの呼びかけには答えようとしない。
「ええい、どけ!」
 ほたるをまるで諸悪の根元のように突き飛ばし、みちるを抱き起こす。
「いやぁ、もっと、もっと広げて、もっと…」
「みち、る…?」
 ・
 ・
 ・
 とある大学病院の看護婦詰め所。
「ねえねえ、知ってる?あの、精神病棟のフェーズ3に隔離されている患者さん!」
「ああ、昼夜を問わず近場にあるものを使ってアソコやお尻の穴を広げようとしてる患者さんでしょ?」
「そう、それ!一生治らないんだって!」
「えーっ、それじゃ、一生広げ続けようとするってこと?」
「そうみたいよ。若いのに、悲惨よねぇ」
「だって、もう両手が入るほどなんでしょ、穴に」
「そうよ。だから今は手足をベッドの支柱に縛り付けてるんだけどね」
「でも、何で治らないの?催眠治療で何とかなるんじゃないの?」
「それがね、暗示がしっかり刷り込まれてて、催眠術を掛けた人間がこの世にいないからダメなんだって」
「この世にいないって、死んだってこと?」
「らしいわよ。しかも、殺したのは、その患者さんの恋人だって。知らなかったとはいえ、むごいわよねぇ」
 不用意にこんな話をする看護婦と言うのはどこにでもいる。
 しかも、話題に上っている恋人ことはるかがそこにいるとも知らないで…。
「あの、すみません。精神病棟へはどう行ったらいいんでしょうか?」
「あ、はい。えっとですね…」
 精神科の隔離病棟、その最奥にあるフェーズ3病棟は面会も出来ないほど重度の患者が入院している。
 見舞いに行った所で病室に入ることは出来ないと分かっていながらも、モニター越しになら様子を見ることが出来ると聞いてはるかはみちるの様子を見に来たのだった。
 医師の操作で診察室のモニターに映し出されたみちるを見てはるかは絶句した。
 手足をベッドの支柱に縛り付けられ、口にはギャグボール。
 ぱっと見た瞬間、SMを思い起こす姿なのだ。
「こ、これは…?」
 看護婦の噂話を聞いて大まかに想像していたが、いざ目の当たりにしてみると言葉が続けられなくなる。
「仕方ないんです。ああして縛っておかないと、自分の手足まで使って、アソコの穴を広げようとするんです。それに長時間縛っておくと、舌を噛んでしまうので、ああやって口を拘束しているんです」
「そうですか…」
 後悔するぞ…。土萌教授はこうなることを判っていたのだろうか。
 ほたるは身体についていた南京錠を外したことで暗示が解除された。
 もしかしたらみちるにもそう言う解除の方法があるのかもしれないが、今となっては偶然に頼る以外に見つける術はない。
 術者である土萌教授を殺してしまった自分に最大の責があると考えて止まないはるかは、その後まさに一生を掛けてみちるを見守っていくことになる。
 幸か不幸か、それははるかが望んだみちるとの幸せな生活に近しいものであった。
....おしまい
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