中関村リポート(U)
北京大学光華管理学院(MBAコース) 訪問教授 八杉哲

北京大学にみるTLO(技術移転組織)


■「知識経済」の源流
   中国はあらゆる面で多様で、大きな国でありながら、意外と社会の潮流はつかみやすい国だ。金融分野で言えば1993年7月の朱鎔基による金融改革断行の決定が今の金融制度の源流であるし、科学技術の分野では85年の「科学技術体制改革に関する中共中央の決定」が大学、科学院から北大方正や聯想、清華同方、清華紫光を生み、今の「知識経済」への流れにつながる。
   好調であった60年代の旧ソ連経済が70年代まで続かず80年代末の体制崩壊へつながっていったのは、その経済成長が労働と資本を投入することによる成長であり、技術革新を起爆とする生産性の向上を伴わなかったためであるとよく言われる。中国は、こうした旧ソ連の状況を踏まえ第9次5ヶ年計画では技術革新による生産性向上に注力した。また最近では92年からのクリントン・ゴア政権の情報技術革新による持続的な経済成長政策(ニューエコノミー)の学習効果を活かすべく努力している。その一つの卑近な表れが書店でみかける、おびただし程の「知識経済」に関する出版物である。企業セクターにおける研究開発に遅れをとる中国では、85年の「決定」以降、大学や科学院での研究開発成果の移転促進、産業への転化や大学教員、研究者の兼職による産学共同体制の確立が進んでおり、企業セクターの研究開発機能の欠如を補完し、大学のなかからインキュベーター(技術・管理手法等をもとに事業を興すベンチャー企業家)が数多く誕生している。

■北京大学「校産企業」の飛躍
   北京大学でのサクセスストーリーの一つは、『フォーチュン』世界500社入りを狙う「北大方正」である。北大方正の成功の裏には、歴史の一コマとして80年に当時輸出入管理委員会の責任者であった江沢民が、開発者の王選教授の精密照排技術が国際水準にあることに注目し、谷牧副総理に推薦し積極的な支持(資金)を得て84年の基本技術確立につながったという事実があるが、王選教授のシーズが事業化され企業として大きく成長した最大の要因は、市場指向の科学者(王選教授)と技術指向の企業家(張玉峰講師、当時の肩書き)が共同して事業化したことが大きい。85年に北京大学物理系の講師張玉峰他4名の教員が大学から提供された僅かな資金をもとに科学技術開発部(後に北京大学新技術公司となり、北大方正の前身になった)を創業し、地元企業の資金援助を得て事業規模を拡大し、88年に北京大学から王選教授の中文電子出版事業を譲り受け、大胆な事業計画を実行に移した張玉峰董事長率いる今の北大方正が存在する。今でも北京大学の100%出資会社であるこの北大方正集団公司の他に、北京大学が直接出資する有力企業集団(校産企業)は、ソフトウェア開発の「北大青鳥有限責任公司」、バイオ事業の「北大未名生物工程集団公司」、インフラ開発事業の「北大資源集団公司」、外資との合弁会社として、シンガポール資本との合弁製薬事業「北大維信生物科技有限公司」とキャノン等とのソフト開発事業の「北佳信息技術有限公司」等があり孫会社等を含めると100社以上の校産企業が存在する。北京大学の自然科学系教学機関である生命科学学院、数学科学学院、化学・分子工程学院、物理学系、電子学系、計算機科学技術系、環境学系や、研究機関の計算機科学技術研究所、通信研究所、生命科学研究所、情報科学研究所、微電子学研究所、環境科学研究所等および国家重点実験室等などで研究開発された新技術の多くは大学の直接、間接に出資する企業により事業化されている。

■大学が事業化を推進する組織のカギ
   北京大学での研究開発成果を実用化する仕組みの特徴は、単に技術移転組織を設置して産業界に技術を売却するような消極的な対応よりは、大学の一機関である「校産管理委員会」が独自の政策と計画をもち、積極的に事業化に関与していることが挙げられる。北大方正を立ち上げた張玉峰が同委員会の副主任として今でもシーズの育成に尽力する。ここ2、3年の特徴は、既に成功した北大方正やその他の「校産企業」の企業内開発部署と大学内の各研究機関が共同研究を盛んに行っており、大学での研究開発成果が「校産企業」により事業化できる大学内インキュベーション機能がついてきていることである。中国的で面白いのは、「北大資源集団公司」が北京大学南面の中関村街に幾つかの高層オフイスビルを保有し、そこを北京大学科学園と称し、「校産企業」の拠点とする他、大学外の企業やベンチャービジネスを呼び込み、北京大学から企業にITとバイオを中心とした技術移転を物理的に行う場所として機能させようとしている。昨年6月には、清華大学と北京大学は重大科学技術の共同研究や教員・研究者の交流、施設の共同利用等を柱とする協定を結び、科学技術の研究成果の実用化を更に加速すべく教育・研究面でアライアンスを確立した。なお、マクロデータによれば、年間の特許取得件数全体に占める大学のウェイトは92年の15%強から97年には5%弱に落ち、企業は62%強から87%弱に上昇しており、中国企業もR&Dに力を入れていることがうかがえるが、大学が受け取る技術ライセンス収入が過去5年間に2.3倍に伸びていること、大学が設立した企業の売上高も過去3年間に倍に伸びている(いずれも97年末基準)ことから、北京大学にみられるような、大学と「校産企業」の連携による産業界への技術移転は円滑に機能していると言える。

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