「 ほ こ り 」 2つ     中関村レポート(W)

                                                        鹿児島県立短期大学教授
                                                  (北京大学光華管理学院訪問学者)

八杉哲


中国人の「ほこり」

  先日、ある北京郊外のゴルフ場の受付に、中国以外の、日本の隣国の方の名前と、その横に、「永遠不歓迎!」(永久に出入り禁止、とでも言いましょうか)と書いてあった。穏やかでないな、と思って受付の女の子に聞いてみたら、その人は27ホールプレーしたのに18ホールのプレー代しか払わないで、催促したら、罵って、しかも「正座」せよと言った、という。この「正座」が中国人にとっては堪えられない屈辱で(つまり土下座)、この話を聞いた中国人のお客はみんな怒り心頭で『永遠不歓迎』が当然だ、と同調したそうだ。日本人でも、1、2年前に、長沙かどこかのレストランのウエイトレスに土下座せよと命令して、国外強制退去になった方もおられたと記憶する。日本の総選挙が終ったが、土下座してお願いする姿を誇り高き中国人が見たらどう思うでしょうか。これは、結局のところ、中国人と他国人の慣習、文化、ものの考え等の違いに由来するものであり、外国人である我々が努力しないと、ある意味では、避けられない事象でもあろう。

日本人全般の中国観にも困ったものだ  

  ある日本の代表的な出版社から出されている中国事典で、「とうあん」を引いてみたら、「身上記録のこと…人事管理に利用されている」とあった。続けて「…本来記録文書一般を指す言葉だが、ここでは現代中国において重要な意味をもつ“人事とうあん”を指している」と注釈がされているが、中国で、我々が生活していて、果たして、中国人の間でも「とうあん」と言ったら「人事とうあん」を真っ先に思い浮かべるものであろうか? これを英訳したときに、archives(公文書、保存されている古記録)が一般的であり、大昔の封建社会から文書で公の記録を保存し続ける慣習のある中国では、「人事とうあん」は、あくまでもone of themに過ぎないものだ。

 この事典に見られる、中国を特別に見てしまう日本人一般の「中国観」も「土下座」と同様に、困ったものだと感じる。日本でも、学校に入れば内申書が作成され、原則、非公開で本人は見ることができない。また会社に入れば人事考課表が作成され、昇格、昇給が本人の預かり知らないところで決定されてしまう。更に犯罪を犯して処罰されれば、原則として前科が付き、再度、処罰されたときには公表されてしまう。国家統一基準の「人事とうあん」か、学校、会社等の民間も含めた機関がバラバラに実行している、人事考課表、内申書かの違いだけでなかろうか。恣意性を考えたときに、法律で縛りのある「人事とうあん」の方が公正かもしれない。この中国事典のように、とりたてて「人事とうあん」が「党と国家にとって強力な政治的支配の手段となっている」と断定すべきものか、甚だ疑問である。中国の「とうあん」制度全般にもっと紙面をさいて詳細に報告してもらいたいと感じた。そうすることで、日本人に中国の正確な情報を提供してもらい、「困った中国観」を排除することが期待される。中国にとっては、戦後、日本の民主化が朝鮮動乱により中途半端に終って正確な歴史認識がなされていない、と理解しているので、日本の政治家(特に法務大臣とか、知事、最近は総理大臣)の無責任な発言で中国で働く我々の仕事に影響しそうになることがあるが、こうしたことも「困ったもん」で、日本人の中国観をはやく正常化、国際化してもらいたいと感じる。   余談だが、朝鮮では、中国に習って戸籍制度を含むこうした制度が導入され機能しているのではないかと推測される(現在、確認中)。そうであれば、政治的に個人崇拝が強く、なんとなく不気味な国であっても、この中国事典が説明するように、「強力な政治支配手段」があるのだから、経済の面では、意外と委託生産基地、加工基地として使えるのではないかとも思う。勿論、中国でも開放当初にあった、外国人への「たかり」は朝鮮でも開放後は横行しそうだが、中国で鍛えられた我々、中国ビジネスのスペシャリストにとり、面白い活動の場が提供されるのではないかとも考えた。

もう一つの「ほこり」

  北京の地下鉄は山の手線のように二環路の下を走る環状線と、西の郊外に行く東西に走る線の2つだが、私が北京に赴任した当時(6年前)は、地下鉄の電車の中に天安門ー王府井ー国貿大廈を通る線が計画として路線図に記入されていた。路線図が書いてあるので、日本人の感覚で何時開通するのか中国人に聞いてみたら、『計画はあるけど国はお金がないからいつ開通するかわからない』という答えが返ってきて、「ふーん、そんなもんか、開通したら便利なのに」と思っていた。その東西に行く路線は、地上の道路がいつも混んでいる道路である。その地下鉄が6月28日、開通した。その日、タクシーで東から西の方向に出かけたが、ラジオの交通情報を聞いていた運転手が、すでに約束の時間を30分も過ぎていた私に、地下鉄の方が早い、と助言してくれたので、タクシーを途中で降りて、西単以降まで開通したての地下鉄に飛び乗った。

  まず、びっくりしたのが駅、如何に計画が遅れたかが明白で、駅の内装等が新しくない。そして列車が開通した終点の駅(西単)に入ったところ、駅の構内に煙が充満しているように、あたり真っ白で、口を押さえたりして、逃げる人、新聞を頭にかぶる人、蒼然たる雰囲気が車内から見えた。その前後に、日本でオウム真理教の実行犯に死刑判決があったが、このオウムのサリン事件を思い出した。でも、駅に電車が滑り込むと、電車は何事もないようにドアが開き、私も口を押さえて慌てて地上に出た。

   どうやら、ずっと使っていなかったので、駅構内に、砂ホコリが舞ったということらしいが、ホントに「ほこり」で真っ白だった。

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