anii28.gif  中 国 を 集 め る  numb017.gifnumb010.gif bar_b_3.gif   

「 戦 地 」 の 写 真      

奈良大学教授 森田 憲司

  前に絵葉書のことを取りあげた時にも書いたが、ヴィジュアルなデータを保存する手段が大幅に増えた現代とは違って、昔は、写真の持つ意味が、今日では想像できないくらい大きかったのだろうと思う。
  したがって、写真帳の類が、何かの記念に作成されたり、市販されたりされる度合いもはるかに多かった。これまたずっと前に書いたことだが、こうした写真帳に収められている写真には、同じ写真の使いまわしや、類型化したシーンやポーズが多いのは確かだが、今日では失われてしまった事物や光景を目にすることができるという点で、他には変えがたい資料だ。
  国会図書館は、他の文献と同様に、こうした写真帳の類についても宝庫なのだが、その所蔵する写真帳の内容の細目まで掲載してくれているのが、昨年後半に出た、『国立国会図書館所蔵写真帳・写真集内容細目総覧』の昭和前期編で、だいぶ以前に、明治大正編が出ていて、これは続編になる。
  昭和前期と言えば、言うまでもなく日本がアジア大陸へもっとも手を伸ばした時期だから、この地域にかかわりのある写真帳は、かなりの数になり、「中国・蒙古」の項目に収められたものだけで、六十六点ある。その中には、前にこのコラムで取りあげた、『亜東印画輯』や、同じく大連に会社のあった、もう一つの写真頒布会の『亜細亜大観』も載せられている。その他、単行の写真帳の数も多く、北京が主題のものも二つ載っている。
  こうした写真帳について、居ながらに細目をチェックできるのは、この種の資料に興味を持つ身としては助かる。というのも、写真帳の類は、版型が変形であったり、やたら目方が重かったりするので、取り扱いが厄介で、内容をあらかじめチェックできると、たいへん便利なのだ。
  さて、この目録をながめていて気がついたのが、「軍事・戦争」という項目が存在することだった。昭和前期の日本が戦争の時代であったから、これは当然なのだが、「日中戦争」の項だけで、七十五点の写真帳が収められている。掲載されている写真帳の細目を見ていくと、もちろん主流は、「報道写真」とでも言うべきものであるが、それ以外に、戦地へ派遣された部隊の「記念写真帳」が、多数含まれている。
  実は、これらの写真帳には、華北を中心に、多くの内陸部の県や村の写真が見出すことができる。もちろん戦場の写真であるから、破壊された姿が少なくないのだが。
  無神経な発言と言われるかもしれないが、これらの写真は、解放前の中国内陸部の写真資料としては貴重な一群でもある。たとえば、現在ではすでに姿を消してしまった多くの街の城壁や城門は、軍事上の意味を有した構造物であるが故に、この種の写真帳にのみ姿をとどめていることが、ままある。寺廟についても同様だ。また、個々の戦闘と、その現場が写真の主題であるから、一般の写真帳のように、既成の写真が流用されることが少ないのも、この種の写真帳の特徴となっている。
 日本が中国に対しておこした戦争が、明らかな侵略行為であり、それが無数の中国の民衆に、多大の損害を与えたことは、いまさら言う必要もないことだが、兵士として動員された多数の日本人が、もし戦争が無ければ、およそ日本人が行く機会などなさそうな中国の、それも内陸部の農村地帯の大地を体験したこともまた、無視できない。戦争体験の無い筆者だからこそこのような気楽なことが言えるのかもしれないが、彼らの中国体験が、日本人の中国観、中国人観にどのような意味を持ったのか、あるいは持たなかったのかは、考えておくべき問題ではないかと思う。
  この原稿が掲載されるのが八月号でもあり、今回はこのようなテーマで書いてみた。

『国立国会図書館所蔵写真帳・写真集内容細目総覧』昭和前期編の表紙

戻  る