頤和園長廊物語 14

コマースクリエイト梶@関口美幸

   八仙は、中国の伝説の中に現れる八人の仙人で、早くも唐代、宋代の文献にその名が見られます。元代になると、元曲、雑劇などの戯曲の中に八仙に関する物語が多く現れるようになりますが、八人の仙人の名前はまだ定着しません。八仙の名前が定着するのは、明の呉元泰が著した『八仙出処東遊記伝』からと言われています。

左から鉄拐李、張果老、韓湘子、藍采和、
曹国舅、呂洞賓、漢鐘離、何仙姑

   八仙の伝説では、八人が一つの物語に出てくる場合もあるし、一人だけ又は数人だけが出てくることもあります。八仙の内、一番有名なのは、呂洞賓でしょう。彼は八仙の中でもひときわ人間くさい仙人です。呂洞賓は、科挙の試験に三回落ち、俗世がいやになって漢鐘離の影響で仙人になったのですが、その関心は常に人間世界に向けられ、しばしば人間に化け、この世に降りてきて、色々なエピソードを残し、また仙界に帰っていくのです。

   今回紹介する「八仙過海、各顕神通(八仙海を過ぐるに各(おのおの)神通を顕わす)」は数ある八仙の物語のほんの一つに過ぎませんが、この言葉は今では、「おのおのが自分の得意分野で全力を尽くす」という意味の諺としてよく使われていています。

八仙海を過ぐるに各(おのおの)神通を顕わす

   むかしむかし、ある年の三月三日、八仙たちは王母娘娘の招きを受け、瑶池の蟠桃会に出かけた。しこたま酒を飲み、気持ちよく酔っぱらった八仙たちは、ふらふらしながらも雲に乗り、なんとか瀛州にたどり着いた。

   東海までやってくると、白波のうねりの間から突然、ゴーという大きな海鳴りと共に、極彩色に光り輝く壮麗な御殿が見え隠れし始めた。八仙たちは思わず目を見張り、「何てすばらしいんだ、広い海原を探してもこんなのは見つけられない」と口々に叫んだ。

   呂洞賓は酔いも手伝ってか「東海は広いとは聞いていたが、龍宮をこの目に見るのは初めてだ。今日はいい機会だから遊びに行こう。」と言った。

   漢鐘離はあわてて「東海龍王の兵は精鋭揃いで、龍王の神通力も強大。それに傲慢だから、もし門を閉ざして我々を中に入れてくれないと、大変なことになる。今日は随分飲んでいるから、万が一酒の上での失言でもあれば、取り返しのつかないことになりかねない。」といってとめた。

   鉄拐李はむっとして眉をしかめて言った。「我ら八仙がスッポンの化け物なんかに負けるはずがない。お笑い草だね。」他の仙人たちはお互いに顔を見合わせ、どうしていいかわからない。鉄拐李は続けて、「龍の野郎の角が例え二本じゃなくて、体中に角が生えていたとしても引っ張って折ってやる。」

   漢鐘離はフンと冷たく笑って「兄貴は口から出任せばかり言うなあ、ことわざにも、『万言を尽くしても真の友を得るのは難しいが、人の恨みを買うのには一言あれば足りる』というではないか。我々仙人は修行中の身、早く帰った方がいい。」

   鉄拐李はこれを聞くと、烈火のごとく怒り、止める間もなく、曲がりくねった杖を波間に投げ捨てると、さっさとその上の上に飛び乗った。すると、見る間に杖は波を切り裂く龍舟に変わり、弦から放たれた矢のごとく逆巻く波を越えて去っていった。

   鉄拐李に万が一のことがあっては大変と、腹をはだけた漢鐘離は太鼓に乗って水をかいで泳いでいき、鉄拐李の背後に従った。漢鐘離は太鼓の上にあぐらをかくとしっかり目を閉じ、波の山谷を越えて一路竜宮に向かっていった。

   もじゃもじゃ髭の張果老は、びっこのロバを引いてくると、後ろ向きに跨り、「えーい、やー」と一声かけて、鞭を思い切り振り下ろした。びっこのロバは両耳を逆立て、首をあげて一声いななき、バチャバチャと音をさせながら海に入っていった。波しぶきが飛び散り、まるで平地を走っているかのように進んでいった。

   男前の韓湘子は、口をすぼめ、舌を舐め、穴の位置を確かめると、笛を吹き始めた。笛の音が海原一面に伝わると、波の仙女たちはその心をとろかすような仙笛の音を聴いて酔ったようになり、一筋の道を開け、韓湘子を取り囲んでヒラヒロと舞い始めた。

   何仙姑は色鮮やかな花籠を背負っていた。花籠の中には崑崙山で摘んだ色とりどりの珍しい花が芳香を漂わせており、その香りにつられて集まってきた龍女、蝦女、鯉女は競って花籠の花を取り、髪に挿したので、海原はさながら色とりどりの花の咲き乱れる花群となった。この花籠の花はいくら取ってもなくならない。、龍女たちは、お礼に花駕籠で何仙姑を竜宮に連れていくことにした。

   手に払子(ほっす)を持った呂洞賓は、腰から黄金色の宝のヒョウタンを取り、ふたを開け、左右に振った。すると、一筋の煙が出てきて、たちまち色鮮やかな彩雲となった。呂洞賓は彩雲の蓮花座に座ると、まるで舟に揺られるごとく、飄々と去っていった。

   曹国舅は竹板(楽器)を鳴らして民謡を歌い始めた。亀の大臣たちは、大喜び。曲にあわせて頭を揺りながら、曹国舅を背に乗せて、風に乗って超スピードで波を越えて進んでいった。

   藍采和は、注意深くゆっくりとキラキラ光る玉板を取り出した。その銀色の輝きは、流れる霞のように竜宮を照らし、波が飛び散り、竜宮をぐらぐらと揺らした。

   ちょうど気持ちよく酒を飲んでいた龍王は、急いで夜叉を偵察に差し向け、酔った八仙がそれぞれの得意技を使って、竜宮に向かっていることを知った。

   竜王は、顔色を変えて、「八仙め、人を馬鹿にするにもほどがある。元々たかが巷の魔術士がちょっと仙術を覚えたからといって、ほしいままに竜宮を騒がすとは」と怒鳴ると、頭を一ひねりして正体を現し、大口をパックリ開け海原に躍り出て、藍采和の玉板を口にくわると、再び海底に潜ってしまった。この玉板は大地の霊気を固め、日月の精華を集めたものである。たちまちの内に、竜宮は日、月、星の光を一同に集めたかの如く明るくなった。竜王は大喜び。すぐに龍の兄弟、友人たちに使いを出し、玉板宴会を開くことにした。

   藍采和は二つとない宝を失い途方にくれてしまった。他の仙人たちは、鉄拐李が意地を張るから、こんなことになるのだとぶつぶつ愚痴を言い始めた。怒りっぽい鉄拐李は、「龍王め、目にものを見せてくれる。」と言うやいなや、足を踏みならして龍宮の門前までやってくると、大声で怒鳴った。「我こそは仙人、鉄拐李なり、盗人龍め、よくも玉板を盗んだな。とっとと盗んだものを出しやがれ、さもなくば、竜宮を叩き壊してやるぞ!」

   竜王は上を向いて大声で笑うと、「この藪医者が、自分のびっこの足も満足に治せないくせに、この竜宮でよくも大きな口を叩いたな。身の程しらずめが。」

   鉄拐李は、これ以上龍王と言い争うことはせず、さっと鉄の杖を海中に投げ入れた。すると、杖はたちまち万丈もある巨龍に代わり、口からボーボーと火を噴き出し始めた。竜宮はたちまち一面の火の海と化し、蝦の兵隊、蟹の将軍たちは右往左往。頭を抱えてあたふたと逃げだした。他の八仙たちも、それぞれの得意技を披露して戦ったので、龍王は防ぎきれず、急いで火を避ける神珠を投げ出したが、八仙の火を消すことはできなかった。龍王は、八仙を見くびったことを後悔したが、後の祭り。しかたなく、玉板を取り出し、八仙を竜宮に迎えて、罪を認め、鉄拐李を上座に座らせた。

   鉄拐李は、得意満面。杖を払子に変えて、水に浸けて一振りすると、海原一面に広がっていた炎はたちまち消えた。呂洞賓が宝のヒョウタンの中から億万升の仙水を海に注ぐと、東海には再び波が立ち始めた。

 この時から、「八仙が海を過ぐるに、各(おのおの)神通を顕わす」という故事ができ、今に伝えられたということである。

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