高級マンション購入顛末記22
《最終回》

廊坊櫻華包装有限公司(独資)
総経理  池田ひと美

マンション返却の契約

   私と羅馬花園のとの話し合いも実際のところそれほどスムーズに運んだわけではない。デベロッパー側は最初の口約束を覆し、買い手を優先的に紹介してやるだけだ、と言い出したりしてマンション引き取りという原則を曲げようとした。ところが王大姐の自殺騒ぎで導火線に火がついた。陽光と羅馬のデベロッパーに対し税関、税務局、公安局の内部調査が始まった。M氏によると、羅馬花園の第二期建設予定の工事は「池田の問題」が解決を見るまで棚上げにすると市長からお達しがあったという。この一撃はかなり効き目があったようだ。デベロッパーは私家が1ヶ月以内に羅馬花園から出て行くという条件でマンションの引き取りに同意し、協議書を取り交わした。 しかしこの時点になっても私は相手を信じていなかった。一回金を取り込んだら逆立ちしても返さない、というのがこの国では当たり前、マンション側と契約を取り交わしたが金の返済がなされていない等という話は何件も聞いていた。所詮契約書などただの紙切れでしかない。

復讐

   L女史は「自分がデベロッパーとの間を取り持ったおかげで部屋の引き取りの契約が成立したのに、直接交渉するのは裏切り行為だ」と憤慨した。しかし彼女は私を羅馬花園から早急に追い出すという事を条件に彼女のマンションも引き取らせるということでデベロッパーと裏取り引きをしていた。彼女は住民を集めてアジることにすぐれていたが政府へ圧力をかけに行く時などに姿を見せる事はほとんどなかった。彼女が怒ろうがどうしようが私は相手にしなかった。するとL女史は「池田は我々住民を犠牲にしてここのマンションを引き払い一人で出て行くつもりだ、阻止せよ。」という内容のビラをマンション中にまいた。 さらば羅馬花園  事がこんなに早く進展するとは予期していなかった。デベロッパーはあっさりとマンションの代金を返済してきたのである。移転先も決めていなかったのに荷造りをしなければならない破目になってしまった。おまけにL女史のビラを見て住民からひっきりなしに電話がかかってきた。デベロッパーに対し抗議行動をしなかった人間に限ってこういう時になると真っ先に電話してきて「どうしてあんただけが部屋を返せるのだ」とか、中には手土産をぶらさげてきて「自分も部屋を返したいのでデベロッパーに話してくれないか」などと言ってきた。タイムリミットであった。もう彼らに応対する余裕はなかった。子供たち3人仕方なく学校の中間試験を休ませて引越しを手伝わせ1998年4月27日我々は羅馬花園を去った。

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