*-- 雪降る日の君へ --*

  「ねぇー、今日何の日か知ってる?」

――そんなお約束過ぎるセリフと共に、その日は始まった。

予想はしていたが、当たったところで嬉しさの欠片も感じない。
朝っぱらからうんざりするだけの要因にしか過ぎなかった。
無論、答えてやるつもりも全く無いし、”その日”だからといって
特別に優しくしてやろうとも思わない。

完全無視でいると、無駄に何かを期待していたのであろう
乙女チック馬鹿が、見るからにしょげたツラをして去っていった。
そんな後姿を見るのも数え切れないほどになった。
…いい加減、こっちの性格くらい把握しろ…と思う。
こちらばかりが奴の性格をわかっていくばかりで、あっちは
こちらのことを全く把握していない。

それがなんだか苛立たしい――。

今年初めての雪は、積もることもなく大気へと消えていった。
”ホワイトクリスマス”と言うにはあまりにも呆気ない。
さっき寝室から出ていった人物は、リビングに入ってきた俺に拗ねたそぶりでも
見せたいのか、一瞥もしないままで窓の外を眺めている。
「…もう止んでるだろ」
そんな俺の言葉に耳を貸そうともしないで外を見詰める愁一を、俺は半ば
呆れながら見ていた。
普段はコロコロと感情が変わるくせに、拗ねた時だけは意外と後を引く。
…ただの子供だ。
ただし、こういう時の対処法はいくらでも知っている。
”子供”にしてやるには、些か不健全なものとも言えるが。
「…いつまで拗ねてんだよ」
耳元に直接声を叩き込んでやる。普段より少しだけトーンを下げて。
それだけで効果大。ビクリと震えた肩が、拒否出来ないのを語っている。
「…あんたのせいだろ…っ」
「俺が何をしたって?」
首筋を後ろから這う熱に、必死こいて抵抗しようと
している精一杯の虚勢。
「あんた、ずりぃ…」
「それに抵抗し切れてないのは誰だよ」
「だっ…て……」
顎に手を掛けて上に向かせてしまえば、自然と
目を閉じる素直さ。
口唇が触れる瞬間を待っている。
「拗ねてたんじゃないのか?」
「…うるさい…早くやれよ…っ」
「ったく…」
溜息と共に落とした口唇に応える息が熱い。
「ん…っ…」
互いの吐息が絡む。
触れては離れ、離れてはまた触れる…それの繰り返し。
いつもよりも少し長めのキスに、唇が離れた後も熱が残る。

――この余韻が、ずっと消えなければいい…。


「…オレ、雪って好きなんだけどね…」

一呼吸ついた後に、愁一がポツリと呟いた。
「あ?」
脈絡の無さ過ぎる言葉に、思わず訊き返してしまう。
既に機嫌は直っているらしい。…と言うか先程まで
拗ねていたという記憶自体、本人の頭の中には既に
無さそうだが…。

「由貴ってさ、雪みたいだよね。触ろうとする瞬間に
消えちゃいそうな…そんな感じがする」
「…それじゃ、寂しいだろ…」
なぜそれを好きと言えるのか。俺には理解出来ない。
「うん。だから追いかける。どこまでだって追いかける。
 でも、雪だってたくさん掻き集めたら消えなくなるんだ。
 1つ1つをね、宝物みたいに集めていって、オレの
 宝箱をいっぱいするんだ。由貴でいっぱいに。そしたら
 嬉しいじゃんっ!」
…まったく。
「めでたい頭の構造してんな、お前は…」
こちらの気持ちなんてお構いなしで、強引で、バカで。
だけど、それを心地良い…なんて思ってる自分がいる。
…いつから自分はこいつに対してこんなにも気を許していたのだろう。
本当にコロコロと変わる表情の持ち主。解りやすくて、解りにくくて…
関心を捨てられない。うるさくて、鬱陶しくて…飽きない――。

「俺は消えねぇよ」
「うん?」
「触ってみろよ、消えねぇから」
少し目を見開いたあとで、満面に感情を表す単純さに俺は内心苦笑する。
「…いつもだったら、触ったら怒るクセにぃ〜」
滅多に無い機会というのをもったいぶってるのか、一人文句をたれている
愁一を、俺は相手にもしてやらない。
顔が、感情を隠しきれていないしな…。
「別にいいんだぜ、嫌なら」
「イヤじゃない!さわるさわるさわるさわるー!!」
「…連呼すんな…変質者っぽいから…」

…そっと、愁一の手が伸びてくる。恐る恐るといった風に。
珍しく許可有りで触らさせてやるというのに、何を臆病になっているのだろう。
いつもの強引さはどこへ行ったのやら。
「何ビビってんだよ」
「…なんか、ドキドキする…」
今更何を言ってるのだろうか、こいつは。果てしなくバカバカしい。
「別に手じゃないなら、慣れてるだろ」
「え…?」
「他にあるだろ?」
言わんとしてる事を出来の悪い頭で解釈したのか、判りやす過ぎるくらいに
赤面する。ほんっとにバカ。
「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…」
ムードも何もあったもんじゃないな…なんて思いもしたが、こいつはこいつで
今はそれどころじゃないらしいから、大人しくされといてやるよ。
ぎこちなく顔を近付けた愁一が、ゆっくりと俺に唇を合わせた。

再度触れた唇は、先程の熱をまだ持っていた。
固くなっていた動きも、やはり唇さえ触れてしまえば慣れた行為になっていく。
ただ、互いを貪り合うだけのその行為に。
呼吸は足りず、隙間の吐息に更に熱を孕みながら。
「…んっ…ふン…ッ」
――相変わらず…。
不器用に舌で応えながら、必死で俺を感じようとしてる。
必死で俺に感じさせようとしている。

  キスの回数に気持ちが比例するならば
  どれだけ互いに傷付かずに済むのだろう―――


「なーんか由貴、今日は優しいよね…」
まじまじと俺の顔を見て言う愁一に、俺は返す。
極上の微笑みを添えて。
「…クリスマスイブ…なんだろ?今日は」

「…うん…うん!!!」

満面の笑みで喜ぶ愁一を、やはり俺は呆れながら見ている。
来年も…こうやって呆れながら、俺は俺で、こいつはこいつで同じように
過ごしているのだろうか。
ずっと同じ気持ちでいられるかなんて約束はしてやれないけど、同じで
いられたら…と少しだけ願う。
来年もこうして――――。


  互いの温度差で心が曇ってしまわないように
  見えなくなることのないように…
  同じ温度でいられたなら
  見失うことはないだろう――


I Wish You a Merry Christmas....
  END