一つ一つの文字を正確に、瑛里の細く長い指が叩いていく。
小さなウィンドウに一つの言葉が打ち込まれる。
「…ほらい…ぞん?」
「”horizon”。水平線という意味だ」
海と空が唯一触れ合う場所。だけど、一切交わることはない二つの存在。
空の言う『おまじない』だけでこの言葉だというには確証が薄かったが、瑛里にはこのパスであるという
絶対的な自信を持つ理由が他にもあった。今までに自分が見てきたものの中に見出した確かなもの。
”OK”のボタンをクリックする。間も無くして、画面は開かれた。
「やった! 由貴すっごーい。あんなんじゃオレ、全然パスなんて分からなかった」
「お前とは出来が違うからな」
「…どーせオレはバカですよーっだ…」
照れ隠しでもなんでもなく、本心からそう言う。愁一も好きでバカやってるわけでもないのだが、どうにも
反論出来ない事実がそこにある。…悔しいことに。
画面上では真っ白いバックの上に黒い文字でつらつらと文章が表示されていた。
その初めの一文はこうだった。

―――今これを読んでいるあなたが何者なのかは分からない。だけど僕は、あなたにこれを託す。

二人とも何も喋ることもなく、ただ文章を追っていく。文章はかなりの長さがあり、読むだけでも十数分の
時間を要した。長い長い告白文。
そこには、あの”BlueSky Fish”という魚を作る事になった理由と、それを持って逃げていたわけ、その他
諸々の事柄が淡々と綴られていた。
そして、背景に見えてくる、それらを繋ぐ一つの”願い”。
しかし、最後に綴られていた言葉は…。

――僕はもうこれ以上は…。このファイルをあなたに託します。好きなように扱って下さって構いません。
  でも、それは依頼料としてです。
  勝率の低い賭けだとは分かっていますが…パスを見つけ出してくれたあなただから、私の願いに
  少しでも気付いてくださったあなただから―――空のことをお願いします。

最後の文のあとに、リンクが貼られていた。間違いなくあの魚の遺伝子配列のデータへと繋がっている。
「これって空のお父さん、空とは二度と会わないつもりなのかな…」
「……」
瑛里は黙って画面を見つめている。表情からは何を考えているのかは読み取れない。
だけど、何も言わない時の方が怖いことを愁一は知っている。怒りなのかそれともまた別の感情なのか。
「その中に…空くんのお父様について何か情報があるのですか?」
不意に声をかけたのは綾加だった。心配げに、上から二人の様子を窺っている。
だけど、二人とも何も言えなかった。どう説明すれば良いのか、上手い言葉など浮かばなかったし、
下手な嘘など通じないと分かっていたから。
だが、ずっと黙り込んでいた瑛里が、静かに口を開く。
「人の”願い”なんて身勝手なものでしかない。だからと言って誰もそれを責められない。だが…」
瑛里がパソコン画面から視線を外す。貼られたリンク先の確認はしないまま。
静か過ぎる、と愁一は思った。ゆっくりと立ち上がる瑛里の声は、起伏が無く無感情だ。
だけど、何かを決意しているかのようにも見えた。
「既に”一人”ではないのに、逃げることは卑怯だ。…残された者の気持ちはどうなる…?」
確かに、パソコンを残した人物へ向けられた言葉だった。だけど、それだけじゃないことを、その場で
愁一だけが知っている。
瑛里の前から消えた、一人の人間の存在。
「由貴…」
愁一だって知っている。
置いていかれることの不安、どうしようもない気持ち。
帰ってくると信じてはいるのに、帰ってこなかったらと考えてしまう弱い自分。
それぞれに、ただ自分の願いというものを持つだけで、どうしてこんなにも人はすれ違うのだろう。
「パパ、かえってこないの…?」
静まり返った館内に、小さな呟きが木霊した。泣き出しそうな目で見つめていたのは空だった。
小さな手で、力強く瓶を抱え込んでいる。離れないように、失くさないように。
子供はその場の雰囲気を必要以上に察してしまう力がある。会話の内容を理解してなくてもなんとなく
良くない話だと感じたのかもしれない。
内容が分からない分、その不安度合いは大人のそれ以上だろう。その、小さな胸を痛めるのか。
「…違う…っ! オレらが絶対に連れ戻してくる! なぁ、そうだろう由貴?! こんなんじゃ空が…っ」
俯いて、そう言葉を吐き出したのは愁一だった。頭で考えて出した答えなんかじゃなく。
感情的に出した言葉だったけれど、間違ってるとは思わなくて。
「……ああ」
普段なら”無責任な約束はするな”と怒られることが多いが、今日ばかりはそうではなかった。
瑛里から躊躇いなく出された返答は”YES”。迷いはない。
「由貴…」
愁一が安堵の顔で瑛里を見た。
「……つっても…どこにいるんだろう、空のお父さん…」
勢いで『連れ戻す』と言ってしまった愁一だったが、当てもなく探し回るのは得策じゃない。
だからと言って、頭脳プレイは愁一の一番苦手とするところだ。
「…大体の見当は付いている」
考え込んでいた愁一の頭上で、ぼそりと瑛里が呟いた。
「うそっ、マジで?」
驚いて見上げる愁一の目を、心底呆れて瑛里は見返した。
「お前は何も考えずにこの文章を読んでたのか? 単独の仕事なんてホント、どうやってこなしたんだ」
「だって…でもちゃんと依頼は成功したもん…」
しゅんと俯いて、でも拗ねたように愁一は目を逸らす。
昨日の依頼は、ちゃんと問題なく終わらせた。ただ、確かに簡単な依頼だった事は否定出来ないが。
だからと言って、組織トップの実力を持つ瑛里と比べれば、誰だって劣るに決まってる。
少しでも近づけるようにと、努力はしてきたつもりだったけれど。そう簡単に上手くいく程甘くはなくて。
「でも…オレ頑張るから。由貴を見て頑張るから…」
「だったらもう一度、文を読んで考えてみろ。父親がどこにいるか」
決して甘やかしてはくれない。だけど突き放しもしない。
愁一は、再びパソコン画面に目を向ける。最初の一文から、一行一行の文の意味を考えていく。
行間に隠された意味を探っていく。
それを瑛里は、横で黙って見ている。
「ん〜〜……」
真剣な顔付きで画面を凝視する愁一だが、先ほどからうなってるだけで全く進展はない。
気合いだけで脳細胞の数値が上がるなら、始めから誰も苦労はしないのだ。
このままでは一向に埒が開かないと察した瑛里が、一つ息を吐いた後に口を開く。
「…ったく。…『約束の場所』はどこだった?」
「約束の場所〜…?」
半分疲れたような顔つきで、愁一は瑛里を見上げる。
そして、しばらく考えてから何か思い付いたように目を見開かせた。
「あっ、それって空のおなじないの事だよね。パスになってた『水平線』の事だから…あっ! 海?!
 どっかの海のことか?」
「範囲が広過ぎる」
「そうだよな…東京の周りだと海に面してるとこだらけだし…と言うか東京でなかったりもする?」
再び、愁一が視線を画面へと移す。
「そんな遠くじゃない。あれだけの魚と一緒にそんな遠くに行けるとは思えない」
魚とはもちろん、研究所らしかったあの建物の水槽で飼われていただろう魚だ。
水槽の数から言って、そこそこの数がいたと考えられる。それらをいっぺんに運ぶのには、相当大きな
水槽とそれを運べるトラックが必要だろうが、そんな大きなものを用意するなど、行動が目立ち過ぎる。
水質保持や酸素補給の設備だけでも大変だろう。
だから、そんなに遠くへは行けない。運ぶだけでも精一杯だろうと思われるから。
だが、近くの海だということは分かっても、その海を特定しないことには行動は出来ない。
「昔の約束に囚われているんだ。だから父親がいるのは…空の母親と、空との約束の場所だ」
「んー、だからそれが分からないんだって…」
まだまだ、愁一の頭では終着駅に辿り着かない。瑛里の言わんとしていることが理解出来ていない。
「約束を交わしたのが病室と書いてある。水平線が見える病室。東京近辺の臨海病院なんてそう沢山
 あるもんじゃない。調べればすぐ分かる」
「そっか! なるほど! やっぱ由貴アタマいいな〜」
語尾にハートマークを付け、目をきらきらさせながら尊敬の眼差しを向けてくる愁一に、瑛里はただ
呆れた顔を返すしか出来なかった。
本当に、初めての一人での仕事をどうやって乗り切ったのか不思議でならない。
これからの行く末についても不安ばかりがよぎるが、今はそれに目を瞑るとして、今からの事について
考えなければいけないことが多々あった。
「宇佐美さん、少しだけ空を外出させるが構わないか?」
「外出…ですか? どちらへ…」
「俺たちだけじゃ空の父親の顔が分からないからな。一緒に連れて行きたい」
しばらく困ったように顔を曇らせた綾加だったが、顔を上げて瑛里の目を見つめた。
「あなた方が、空くんを悲しませるようなことだけはしないと信じています。どうぞ、お気をつけて」
綾加は、そう言うとにっこりと微笑んだ。


事務所に戻った瑛里は、上階に設置されているパソコンで調べ物を終えた後、地下の社長室へと足を
向けた。
「…頼みがある」
部屋に入ってから、特に挨拶を交わす事もなく、瑛里は性急に本題を口にする。
部屋には、瑛里と冬馬の二人だけだった。
空と愁一は建物の前に停めてある車の中に待たせている。あまり二人には聞かせたくない話だったので
瑛里はわざと、二人を置いてきたのだ。
「瑛里さんの頼みなら何だって叶えてあげますよ♪ …と、言いたいところですが、今回ばかりはどうも
 聞いてあげるわけにはいかないかもしれませんね」
「…そう言われるのは分かっていたけどな。大体想像はついてんだろ?」
さして冬馬の言葉に慌てる様子もなく、瑛里は一つ息をついた。いつになく、余裕があるように見える。
「決してあんたにとって悪い話じゃないと思うがな」
「…じゃあ、お聞きしましょうか? その”悪くない”お話を…」

持ち上げたコーヒーを一口だけ啜り、冬馬は瑛里の目を見つめた―――。
都心から離れるにつれて、雲行きが怪しくなっていく。
先ほどまでの晴天が嘘のように、空には暗い雲が立ち込めていた。今にも雨が降り出しそうだ。
風が強く、波が高くなり水しぶきを上げている。
砂浜に、一人の人間の影が見えた。時期が時期だけに、それ以外の人影は全く見当たらなかった。
「…パパ…パパぁ!」
顔を確認する前に、空は走り出していた。砂に足を取られながらも、真っ直ぐにその人物の元へ。
ゆっくりと振り向いた人影は、目元が空に似た、瑛里が思っていたよりももっと若い男性だった。
「空…なんでここに…」
走り込んでくる小さな身体を、戸惑いの表情で見つめていた。その背中をぎこちなく抱き止めながら。
だけど、目の前のものが信じられないという風に黙って空を見ている。
「成崎 稜(りょう)さん、ですね」
ゆっくりとその男性が、声の方に顔を上げる。空よりもしばらく遅れて、瑛里と愁一がそこに辿り着いた。
「あなた…は…?」
「ある荷物を”成崎 空”の元へ運んでくれと頼まれた。あんたが組織に持ち込んだ依頼だ」
男性が少し目を見開く。
「あなたが…」
稜は空を抱き止めたままの姿勢で、視線だけを瑛里の方へと向けている。
依頼人と請負人ではあるが、二人が顔を合わすのはこの時が初めてだった。
しかし、少し間が有ってから稜が瑛里から視線を逸らす。空を見、思い詰めたように言葉を吐き出した。
「…なんで…なんでみんな放っておいてくれない……」
急に、空の細い腕を掴んで引き剥がした。空は、何が起こったか分からないという顔で父親を見つめる。
「一人になりたいんだ…もう何も要らないんだ…」
目は、空を映していなかった。焦点が合ってないような、虚ろな瞳。
そのまま稜は、空と距離を取るようにして数歩離れた。突き放すように。明らかなる拒絶。
「ちょっとあんた! なんだよソレ!」
「黙ってろお前は」
あまりな態度に憤慨した愁一が稜に向かって叫んだが、言葉半ばで瑛里の目に牽制された。
仕方なく、愁一は口を噤む。もちろん、気持ちが納まったわけではないのだが。
でも、目を見た瞬間に分かってしまったから。―――愁一以上の怒りを…。
だからそれ以上は何も言うことは出来なかった。
「随分な態度だな。もう自分とは無関係だとでも言いたいのか?」
淡々とした口調だったが、その声には明らかに怒気が込められている。
「…ずっと逃げ回って隠れて過ごすのがどんな気持ちか分かりますか…。ただ僕は、あいつとの約束を
 守りたかっただけなのに…こんな事になる筈じゃなかったのに…っ」
稜は、そう言うと力が抜けたように砂の上に座り込む。服や靴が砂まみれになるのを気にする事もなく。
俯いたままで、手の先の柔らかな砂を固く握り締める。
それを瑛里は黙って見ている。
「…逃げるのが嫌なら、誰も追ってこないところに行けばいい」
無感情な声でそう聞こえたかと思うと、稜のすぐ目の前の砂の上に、鈍い音を立てて何かが落ちた。
愁一にとっては見覚えのあるもの、何度も目にしたもの。
瑛里の銃―――COLT・PYTHON。
落とされた勢いで、半分ほど砂に埋もれ黒光りしていた。
「それで額でもブチ抜けば一発だ。即死だろうから痛みも分からないままで死ねるだろ」
「由貴!! 何言って…っ」
腕を掴んで止めようとした愁一だったが、あっさりと瑛里に振り払われた。そのまま砂の上に倒れ込む。
「なんだったら俺がやってやろうか?」
「由貴!!!」
埋もれたピストルを、再び瑛里が掬い上げる。軽く砂を掃ってから稜の頭に照準を合わせた。
慌てて起き上がろうとした愁一だったが、支えにしようとした腕が砂に埋もれて思うように身体を起こす
事が出来ない。それでも必死になって瑛里の腕を止めようとする。
だが、銃声の代わりに聞こえてきたのは小さな嗚咽だけだった。音を立てて雫が砂の上に落ちていく。
「怖い…死にたくない…っ」
震えるような、今にも消え入りそうな声でそう呟く声が聞こえた。
「パパをいじめないでっ!」
叫ぶ声と共に小さな影が、稜と瑛里の間に割って入る。空だった。
守るように、小さな身体を精一杯に広げて父親の身体をかばおうとしている。
「…空……」
目を見開き、空の後姿を稜は見つめる。どうしようもない、後悔と愛おしさが込み上げて、その身体を
強く抱き締めた。そして、まるで子供のようにただ声を上げて泣き続けていた。
「…何年もかけてやっとここまで来たんだろ。簡単に捨てようとするんじゃねえよ」
ゆっくりと瑛里が腕を下に下ろす。雨が、頬を叩き始めていた。
大粒の雨は、水面や砂浜に落ちて音を立てる。
「空が…泣いてる……」
天を仰ぎ、稜は顔中に雨の雫を受ける。
「あいつも…泣いてるのかな」
「あんたはまだ終わってないだろ。…まだやる事があるんじゃないのか?」
瑛里の方に視線を移したあと、稜は少し笑うように呟いた。
「そうだね…まだスタート地点を見つけただけだったのにね…」

今は使われていない海の家で雨宿りをしながら、瑛里と愁一は稜の話を聞いた。
病で長くはないと宣告された母親が、たった1年しか一緒にいられなかった空へと、願った気持ち。
それを形にする為の二人の約束。
それがあの魚だったんだと。
「魚は…あんたの願いそのものだったんだな。パソコンの中に書いてあった…」
「…空の母親の名前…成崎 水海(みなみ)というんです。空と海、混ざることが絶対にないもの二つを
 僕は触れさせたかった。空を置いて死ぬ、あいつの想いを叶えてやりたかった…」
水の中で生きる空の魚。水平線を失くして、空を一滴だけ海に落としたような…。
短い自分の命を嘆き、空を育てられない自分をどれだけ悔しんだだろう。
「だけど…あいつが死んだ時、僕はまだ21歳で自分一人で研究出来るようなちゃんとした設備を持って
 いなくて…。だからあの研究所へと入った。そこで4年間、ただその魚を作る為の研究をしていた…。
 だけど…」
「魚を売り出すと言ったんだろう、周りの人間達は。高値で売買されるだろうからな」
煙草に火を点けようとした瑛里だったが、雨で湿っていた煙草は火が点かず、諦めて箱を握り潰した。
「…その通りです。だけど僕は、どうしてもそれはしたくなかった。勝手だと思われてもしょうがないけど
 そういう風に使われたくはなかった。そっとしておいて欲しかった…」
だから魚を持って研究所から逃げた、と静かに稜は言った。
しかし魚はある程度の大きさにならないと模様や色などはっきりしてこない。その為、生まれた魚を全て
持って出たのだという。
当然、研究所の職員達はその魚とそれらのデータを持っていった稜を探す。だけど、なんとか今までは
逃げ切ってこれた。だけどそれも、いつまで続くかは分からない。
「でも、成功したのは…思い通りに模様が出たのはたった1匹だった。それがこの魚…」
稜が、空の持つ瓶に視線を落とす。
「それ以外の魚は…全滅してしまった。改良種なんてそんな強くはないから…一匹ずつ減っていく魚が
 自分のリミットに思えて僕は怖かった…」
少しずつ、恐怖は募っていく。研究所の人間達からではなく、別のものから逃げ出したくなっていく。
既に疲れ切っていた。逃げ出したかった。煩わしい全てのものから。
願いを叶えたかっただけなのに、それだけで済まなくなっていた状況に嫌気がさしていた事は事実だ。
都合の良い言い訳だった。空を守ると言いながら、空と離れることは…。
たった一人残された、かけがえの無いものだったというのに。それを忘れて…。
「結局あんたは、空から逃げたんだ…」
辛辣な言葉だったが、稜は黙ってその言葉を聞いていた。
「……『捨てられた』と、空に思わせないでくれ…。裏切られたと思わせないでくれ…」
瑛里が、小さく呟く。何を、重ねているのだろう…。それは幼い頃の自分なのか。
好きだった、信じていたものに裏切られることの痛み。
たとえ、当人にそういう気持ちがなかったとしても、この小さな子供にとっては同じ痛みを与えてしまう
事になるのだから。
「由貴…」
静かに様子を見守っていた愁一だったが、瑛里の言葉が痛くて呟くようにその名を呼んだ。
テーブルの下で無意識で、ジャケットの裾を掴む。振り解かれることはなかった。
「…あなたも、そういう経験がおありなのでしょうか。僕は卑怯な人間です。結局は、たった一つの願いを
 叶えきる強さも持ち合わせていないのに、言うことだけは偉そうな事ばかり…」
静かに、空の方に視線を向ける。
「どうしてあなたにこんなにも喋ってしまうのかな。何か近いものを感じるんだ、あなたには…」
大切なものを失った痛みを知っている。お互いに。
口に出さなくても感じ合う、同じ空気。
だけど壊れることがなかったのは、救ってくれるものがあったから…。
「大事なものはたった一つなのに…。願いなんてまだ叶ったわけじゃない。空がいないのに…」
「…あんたの気持ちも母親の気持ちも、ちゃんとこの子には伝わってる。忘れるな」

雨の音だけが聞こえていた。静かに、あらゆるものを浄化していく。
だが、その静寂は空の声によって破られた。
「パパ…パパ…っ」
大き目に大粒の涙を浮かべて、空が今にも泣き出しそうな顔で言った。

「おさかな…しんじゃった…」
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