「タオル、はい」
「ああ…悪い」
愁一が、棚の中からバスタオルを2枚取り出し1枚を瑛里に手渡す。
周りに雫を落とさないようにと気を遣いながら、瑛里はジャケットを脱いで近くのテーブルに置いた。
「着替え…オレのじゃどう考えても入らないよなぁ…」
タンスの中を引っ掻き回しながら、服を探していた愁一だったが、身体のサイズの全く違う瑛里が
着れる物なんて有る筈もなく、諦め半分で呟いた。
「別にいらねぇよ」
「ダメだって、そんな濡れたままの服着てちゃ」
「じゃあ、脱げばいいんだろ?」
何の躊躇もなくシャツのボタンを外して、そのままジャケットの上に無造作に放り投げる。
そして、何もなかったようにバスタオルを頭からかぶった。
「だぁあっ! それ、余計に風邪ひくって!」
慌てた愁一が、瑛里の元に歩み寄る。
「まだ暖かいんだからこれぐらいで風邪ひくかよ。…なんなら、お前があっためてくれてもいいが?」
「…っ…」
意地の悪い笑みを浮かべた瑛里が、愁一の顔を見る。だけど、愁一は目を合わすことが出来なくて
下を向いたまま何も言えないでいる。赤面してるのが、自分で自覚出来るほどだった。
だが、沈黙の方が耐えられなくて、恐る恐る顔を上げる。
「バーカ。」
目が合った途端、バスタオルの感触が降ってきた。そしてそのまま頭を無茶苦茶に掻き回される。
「なに、本気にしてんだ?」
「ひっで! からかってただけなのか?!」
オレのドキドキを返せー!なんて心の中で叫びながら、愁一はタオルの隙間から瑛里を垣間見る。
顔は見えなかったけれど、頭に伸ばされた腕と、造り物のような白磁の身体に目を奪われた。
「…ホントに傷だらけなんだな…」
隙間から見えた白い肌には、無数の痕が線となって引かれていた。地肌の色よりも、更に白い色で。
中には、銃で撃たれたのであろう傷跡もあった。
その中で、まだ赤く目立つ傷跡に愁一は手を伸ばす。
「この前の傷だよな…」
また以前のように手を払い除けられるのではと思ってそっと触れたけれど、拒否は無かった。
ゆっくりと愁一は、その傷口の周囲を指で辿る。
「痛くはないのか?」
「言っただろ、痛みにも慣れてしまってるんだ」
本人が痛くないと言っても、見てる方にとってはまだ痛々しく感じるほどの傷口に、愁一は顔を寄せ
そっと口付ける。決して痛みを与えないように、表面に触れるだけの口付け。
そして目に入る全ての傷跡にも唇を這わす。次々に、痕を舌で繋いでいく。
「何してんだよエロガキ…」
しばらく黙って様子を見ていた瑛里が、口を開いた。
「舐めときゃ治るって言ったから…舐めたら治るかなって」
「…お前、バカだってよく言われるだろ」
「なんだとぉー! オレは真面目にやってるのに…っん…!」
顔を上げて、反論を口にしかけた愁一だったが、全てを言う前に瑛里によって阻まれていた。
先程まで瑛里の肌を伝ってた舌が、瑛里の舌に絡め取られている。
「…ん…っ由貴くるし…っ」
息をする間ですらも与えずに、ただ深く貪っていく。
長く繋げられていた唇が、やっと開放されて、愁一は大きく呼吸を繰り返す。その愁一の首に瑛里は
腕を回して、耳元に囁いた。
「…ココロの傷はどうやって舐める…?」
「っ!」
一瞬、視界が動いたかと思った時には愁一は、シーツに背を預けていた。腕をベッドに縫い止められて
いる。
「由貴…」
「…怖いか?」
瑛里の手が愁一の頬に伸ばされる。輪郭をなぞるように触れた。
「怖くない…わけじゃないけど…。オレに由貴の傷を癒すこと出来るかな…」
「…どうだろうな」
再び、唇が重なる。互いにゆっくりと感じる場所を探すように。
瑛里の手が、愁一の濡れたパーカーの裾を持ち上げて侵入していき、腹部をゆっくりと撫でる。
「冷たいな…」
互いに冷え切ってしまってる為に、温度は分からない。だけど指が、辿っていく感触だけは感じる。
そして、少しずつ体温が上昇していくのが分かった。触れる先から熱を帯びていく。
そしてそれが、全身へと伝わっていく。
自分自身に温度があるということを、瑛里は今まで気付かずにいた。他人に温度があることも。
内壁の熱さをもっともっと感じるように、瑛里は押し進めていく。
「…由貴…ッ」
名前が意味を持ち出し、ただの個体番号のようでしかなかったのが人に呼ばれることによって特別な
言葉へと変わっていく。愁一の声で呼ばれることが、心地良い。
「愁一…」
「はぁ…あ…ゆきぃ…ッ」
愁一の目尻を伝う涙を、瑛里は指先で拭った。
熱も声も涙も。全て”生きている”ということ。
きっと、忘れてはいけないもの―――。
だけど、それを知ってしまうことはある意味怖いことだとも言えた。
これからも仕事をしていく上で、人を殺めることは必ずある。迷いは…妨げとなるだろう。
愁一を抱きながら、瑛里は考えてしまう。どう生きれば、互いに傷つかずに済むのか。
身体なんていくら傷つけられても構わないのに、精神は何を怖れているのか。
何が…自分を救ってくれるのか―――。

答えは、誰がくれるのだろう…?


窓から入る陽光に瞼を焼かれて、愁一は目を開けた。
「由貴…?」
手でシーツを辿ってみたけれど、どこまでも布の感触しかなかった。
上体を起こし部屋を見回してみても、ジャケットもシャツも無くただ無造作に床に落ちたバスタオル
だけが昨日の事が嘘ではないと知らせた。
「どうして…」
それでも瑛里が迷ってることは、抱かれながら感じていた。感じていたけれど、いつかは無くなると
信じていた。
でもそれは――そう簡単なことじゃなかったということだ。
「由貴…」
匂いの残るシーツに顔を埋め、愁一は小さな嗚咽を漏らした。


それから一ヶ月、愁一と瑛里が会うことはなかった―――。


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