no doubt



由貴の臭いがある。
声がある。
触れたい…けど、まだ怖い。触れた途端に消え失せてしまいそうな気がして…。
だけど、そんな事を全て察してるかのように先に触れてきたのは瑛里だった。
まるで、自分はここにいるよと云うように。
指が愁一の唇に触れる。それだけで身体がビクリと震える。
どちらからともなく、唇が触れる。貪るように互いの舌を絡め合う。
 「…っふ…ん…」
息をするのも忘れてしまいそうなほどに、お互いがお互いを求めて…。
まだ意識は夢の中にいるような、そんな浮遊感の中、触れ合う感触だけがリアルで。
 「由貴っ…ゆきぃ…っ」
 「いるだろ…ここに…」
回された手が温かい。由貴の温度が優しい。
一緒にいた時はあんなにも短く感じられた1ヶ月という日々が、会えない時間になると
なぜこんなにも長く感じられたのか…。
今はこの時間が永遠になれば…と思う。
 「今日は容赦しないからな。覚悟しろよ」
 「って由貴、いつもじゃん(笑)」
 「…うるせぇ」
 「んむ…っ」
はにかんで笑う愁一の唇が、瑛里のそれで塞がれる。
手がシャツの中に滑り込んでくる。少しひんやりとして、妙にくすぐったい。
そんな感覚ですら懐かしいと思う。身体が覚えてる。
指先が突起に触れると、それだけで全身に熱が走る。
   脱がされた服がパサリと、小さな音を立てて、床に落ちた。
  「んっ…はぁ…」
 首を、頬を這う吐息が熱い。
 ぼんやりとする頭の中で、突然に下半身に違和感を感じて
 愁一は腰が仰け反った。
 何時の間にか脱がされて露になっていたそれに、瑛里の
 口が触れたからだ。
だが、焦らすように軽く触れるだけで…。
 「あっ…ゆき…ぃ早く…っ」
 「焦んなよ。1ヶ月ぶりだろ?楽しみはこれからだからな…」
ご無沙汰だったこの身体になんという仕打ちだろう…と、涙目になって瑛里を睨む。
…と、由貴の顔が妙に愉しそうに見えたのはオレの錯覚だろうか…?
 「今日1日はオフになったんだろ?だったら遠慮することはないと思うぜ。
  …ここで思いっきりラブソングを歌わせてやるよ…」
 「ちょ、待って…!い、あぁ…ぁっ」
 「”早く”って言ったよなー」
 「サドー!!!!(号泣)」
…青ざめる愁一をよそに、明らかに楽しんでいる。
抵抗しようにも、耳元でのこの囁きは媚薬にも似た効果しか与えない。
力の入らないままで、愁一は指の侵入を許してしまった。
やはりこうなってしまっては、理性など吹っ飛んでしまう。
 「あっ…んはぁっ…んっ…」
自分の身体を1番よく知っている男だ。巧みな動きが的確に攻めてくる。
こうなってはもう抵抗というのも無駄な努力というやつなのか。
 指は1本から2本、3本になって攻め立てる。
  「もう…ダメっ…って、ゆきぃ…っ」
  「…わかったよ」
 指が抜かれたと同時に…。
  「うあぁっ…ぁ…ぁ!」
 今までのものとは比べものにならない重圧。
 ゆっくりと押し入れられるそれの圧迫に、
 愁一は息が出来ない。
 下半身が熱く、甘く―――痺れる。
 1度奥まで入ったところで、今度はゆっくりと
 引いてゆく。そしてまた入って…。
 次第にそれは加速していき快感の波を作ってゆく。
  「あんッ…あ…んぁっんんっ!」
何度となく行ってきた行為だが、何度だって感じられる。
これがお互いを1番近くに感じられる瞬間だから…。
このまま溶けてしまいたい…などとは思わない。
1度混じってしまえば、それっきりだ。
別々のものだからこそ一層求め合う。
オレは、この引力を知っている―――。




何時の間にか意識を手放していたらしい。
目蓋を持ち上げると、窓から差し込んでくる光が朝を告げていた。
ふと、背中に気配を感じて寝返りを打つ。
こんな風に目覚めるのは久々だ。
目の前に恋人の顔がある。体温がある。
相変わらずのあどけない寝顔。
色素の薄い髪におちた淡い光の粒が、より一層「天使の寝顔」とやらを演出している。
――愛しい。
愁一は飛び付きたい衝動にかられたが、今は額への軽いキスで抑えておく事にした。
この寝顔をもう少し眺めておくのも、悪くない。
 「寝顔はこんっなに可愛いのになー…」
瑛里の透けるような髪をすきながら、愁一は1人苦笑まじりに呟く。
 「……悪かったな。寝顔はめちゃプリなのに性格サイテーで。」
―間。
 「ってうわぁあ!!!…お、起きてたんだ…?!」
唐突に聞こえてきた予想外の声に、愁一は飛び跳ねる。
 「起きてたらなんか都合悪いのか?」
意地悪く瑛里が言う。
 「いや、そういうわけじゃないんだけど…ι」
こんなお約束過ぎる展開って…?などと思ってはみるが、それ以上を口にするのは
とりあえずやめておいた。…怖いから。
しばしの沈黙。
せっかくの再会だというのに、何を話していいのかわからない。
声がもっと、聞きたい…のだけれど…。
 「あの…さ、由貴。どうしてロンドンまで来たの?オレが由貴と会いたかった理由と
  同じ…とか思ってもいいのかなぁー…?」
 「さぁな。どうだろうな」
肯定でもない。けど、否定でもない。
いつもそうやって誤魔化されてる気がする。
 「なんだよー。教えてくれたっていいじゃんかよ」
 「教えね」
 「ケチ。」
相変わらず多くは語ってくれない。いつだって欲しい言葉はくれない。
けど、この瞬間が最高に幸せだと思った。
 「んじゃ”そうだ”って事にしとくからな!文句言ってももう知らねーっ」
 「勝手にすれば〜?」
なんか、やっぱりオレって遊ばれてるだけなのか…。さっきの幸福感は一瞬の夢…?
 「…はぁ…、じゃあオレ仕事行ってくる…」
 「仕事…?」
溜め息交じりの愁一の言葉に、さすがに瑛里も一瞬止まった。
 「いや、レコーディングがまだ途中なんだ。オレのせいで止まってて…。
  でも由貴にパワー貰ったからもう大丈夫!あと2日!頑張ってイイ歌、歌ってくる!」
 「…そうか」
パタパタと仕度を始める愁一を、瑛里はただ黙って見ている。
仕度を終えた愁一が、洗面所から出てきた。
 「じゃ、オレ行ってくる。今日はスタジオに泊まり込みになると
  思うけど、明日には絶対ここに帰ってくるからな!
  それまでいてくれな!」
 「…愁一。」
 「ん?」
グイっと腕が引っ張られる。バランスを崩しかけた愁一の唇に
優しく瑛里の唇が重なる。
 「イイ曲、歌ってこい」
 「…うん。うん!!由貴…アリガトな…っ」
開けたドアのその先の光よりも眩しく、愁一が笑う。
そして愁一は光の中へと消えていった。


―――俺の方がずっと弱いのかもしれない…。
1人残された部屋で瑛里は思う。
1人の時はわからなかった孤独という気持ち。
2人になってみて初めて知ったように思う…。
互いが互いで有る為に求め合う。相手を…。
片翼を――――。




その後、BAD LUCKのアルバムは発売日当日にしっかり店頭に並んでいたという。
ただ1つ、由貴瑛里には気になるところがある。
気になる、が、もし事実だったらと思うと確かめるのが怖い…。
まず、なぜあの日、彼(義兄)はロンドンへの往復航空チケットを持っていたのか。
まぁそれぐらいなら、いくらでも説明がつくかもしれない。
だがしかし、帰りが愁一と同じ日の同じ便…どころか、愁一の隣の席だったってあたり
どの時点からヤツの手のうちだったのか…などと思ってしまうのだが…。
…もしかして、愁一のロンドンレコーディングが決定した時点から既にこの時期に
自分がロンドンに行く事すらも計算されてたんでは…なんて、考えると
キリがない…のでやめておこう。

 今日もオリコンチャートのTOPには、ロンドンでの愛の結晶が光り輝いている―――。


END


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以前出した本「no doubt」の補足小説です。