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《Ans》.

20世紀.に入るや、数学基礎論では.Hilbert.を中心に形式主義.が唱導され、数学的諸理論を.具体的意味から切り離.し、公理的に. (再)編成する運動.が起こりました。.それは...代数学における成功..Hilbert.の威光.とによって、この世紀の.数学・論理学界..風靡/. 支配.してきたと言っても.過言ではないでしょう。. ..数学において.理論の形式化を推進することは、それは.それで.充分.意義..いことです。.形式的理論では そこで用.いる記号の意味を一つ. に絞り込まず、解釈の間口を広く.開放しているので、その分、広い応用.が望めるからです。. ..しかし、果たして それは 論理学に対しても 有効.と言えるのでしょうか?. ..Hilbert.に率.いられた.『形式主義』.の信奉者たちは、論理学も.数学の一分野.と見做.し、それを.(「他の」数学的理論.と同.じように)形式化しようと図.りました。彼等の信ずるところでは、論理学.と「他の」数学理論.との違いは.前者が後者の持っているような"固有の"公理.を持たない. ことでした。つまり、(彼等.には)すべての数学理論.に共通.な公理が.即ち.論理学の公理に他ならないと映ったのでした。従って、数学理論が. 形式化される限り、論理学も.同様.に形式化される筈でした。. ...しかし、行く手には一つのジレンマが待ち受けています。.論理学を形式化しようにも、何らかの論理法則.を前提.にしないことには.理論展開. ができない.――..ということです。..この困難.は、本質的.には、次の事実.に起因.しています。..それは、形式主義者達..Fregean理論.の他の. 同調者と同様.に)論理法則.の正体を見誤っていたことです。.論理法則..二階の命題であって、彼等が信じ込んでいたような."論理式"(ない. しは.Boole式)ではないのです。.つまり、数学と論理学との間.には."論階の壁".が存在するのです。.数学理論.は皆、論理学..前提.にしてい..のであって、論理学公理..共有.しているわけではない.のです。.従って、数学理論.と同様.に論理学が形式化できると考えるのは誤りなの. です。.