83番札所一の宮寺


82番札所根香寺 84番札所屋島寺

83番札所一の宮寺への道すじ

讃岐平野の中央一の宮寺

略縁起

党山は大宝年間(701〜703)に義淵僧正が開基し,はじめは大宝院と称し,法相宗に所属していましたが,

諸国に一宮が建立されたときに行基菩薩が堂塔を修復し,田村神社の第一別当職(統括管理職)となり.

寺号も一の宮寺に改められました.大同年間(806〜810)に弘法大師が留まり.聖観音像を刻んで安置し

,本尊とした.その後兵火にかかり,第二別当職にあった弥勒寺と末寺は没収されましたが

,一の宮寺は残されました.しかし長曽部元親の兵火にあって堂塔は灰に帰し僧宥勢によって

再興されました 。

延宝7年(1679)には.高松城主松平頼重によって田村神社の別当職を解かれ,神仏分離した

.本堂左手前には薬師堂がありこの祠の中に頭を入れるとゴーという音が聞えて来ます.この音は,

『地獄の釜の音』だと言い伝えられています.またその後宝治元年(1247)建立の三基の石の宝塔があり

,一宮御陵とよばれ.孝霊天皇(供養塔)百襲姫,五十狭芹彦命のものと言われている,

昭和60年5月岸信介元総理による般若心経記念碑を福家俊一衆議院議院により建立されています.









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