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バーベリ著 『オデッサ物語』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 


 

 

 オデッサ物語の舞台、裏町モルタヴァンカ 


裏町モルダヴァンカ探訪


「モルダヴァンカ」という名前は、
19世紀後半のポグロムを逃れて、
キシニョフほかモルダヴィア各地からオデッサに流入してきた
ユダヤ人貧民が、この地域に多数住んでいたことに由来している。
ソヴィエト政権の成立後、
モルダヴァンカは物理的・精神的に変貌した。
名称は改められ、
住民には思想教育や職業訓練が行なわれた。
当時のオデッサの雑誌「疾風」には、
「変わりゆくモルダヴァンカ」という訪問記事が掲載されている。
そのなかには次のような一文があって、印象的だ。
コサックのリュブカは、もういない――死んだのだ。
あの門番、年老いた退役兵士もまた今はない。
鳩小屋も崩れ落ちた」。
現在、旧モルダヴァンカに住んでいるのは
ユダヤ人とは限らない。
イディッシュ語を小耳にはさむことも
ほとんどないと言っていい。

だが人々が
オデッサ・ネオリアリズモ」と自称する街のたたずまいは、
いまでも当時の面影を残している。
中庭に集って、日向ぼっこをし、
新聞を読み、語り合う人々。
ずらりと並んだ洗濯物、
歓声をあげながら駆け回っている子どもたち。
開けっ放しの窓から流れてくる音楽や甘い匂い…

独特のオデッサ方言も、往時を思い起こさせる。
「この忘れられた片隅のいったい何が、あなたに必要なのですか?」
「おい兄弟、俺とともに、この呪われた代物と戦ってはくれまいか?」
これらは標準語でいえば
「どなたにご用?」
「エンコした俺の車を押してくれ」という意味だ。
『オデッサ物語』の作中人物の語りを髣髴とさせるハイパーな表現は、
この地区ではなお健在である。

中村唯史(ロシア文学/山形大学)

 
 

 1888年版のオデッサの地図



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 ベーニャ・クリクが裏をかいて放火した警察署。
「ベーニャよ、わしは年を取ったのかの。どこか近くで、油がくすぶっているような気がして仕方がないのじゃが…」((『オデッサ物語』王より)。

2、フロイム・グラチが未来の娘婿ベーニャと
結婚の契約を交わしたロシア人墓地
「一切は―ー高慢極まるカルプーンと純朴な娘バーシカの運命は、彼女の父親とまた唐突な花婿とが、ロシア人墓地に沿って歩いたこの夜、決せられた。」
([『オデッサ物語』父より)。

3、カオスの迷宮、モルダヴァンカ