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| バーベリという作家 | オデッサ、そして黒海へ | バーベリのエッセイ「オデッサ」 |
| 関連マップと写真 | 帝政ロシアと東方ユダヤ人 | オデッサの洗礼を受けた作家たち |
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…ナイフを突き刺された雌牛が吼え、子牛達が母親の血に足を滑らせたこの恐ろしい夜、松明が闇の中で黒衣の乙女のように踊り、ブローニングの友誼厚い銃口の下を乳しぼりの女達が悲鳴を上げながら逃げまどったこの恐ろしい夜、老エイフバウムの娘ツィーリャは、胸まで避けたシュミーズ一枚のあらわな姿で、襲撃の最中に庭へと走り出てきた。そして、”王”の勝利は、そのまま敗北の序奏とはなったのである… …話がつくとベーニャは、髪を振り乱し、床に伸びている老婆にこう語りかけた。「ペーシャ伯母よ、もしこの命が入り用ならば、どうぞ遠慮なく取られるがよろしい。だが過ちは誰にでもある。そう、神にさえ。ペーシャ伯母よ、このたび起こった事は、大いなる過ちでありました。だが顧みて、我等ユダヤをロシアに住まわせ、地獄のような苦しみを味わわせたことは果たして神の過ちではないでしょうか?… …「とうちゃん」雷鳴のような声であった。「あの若紳士をご覧なよ。まるでお人形みたいな足をしてる。もしもあたしが本気を出したら、ぽっきり折れちまうかもしれないね……」
モルダヴァンカの、ダリニツカヤ通りとバルコフスカヤ通りが交わる角に、リュブカ・シュネイヴェイスの家はあった。その中には酒場、宿屋、穀物店はもちろん、鳩小屋までが建っていた。鳩小屋では、クリュコフ種とニコラエフ種の鳩が、それぞれ百つがいずつ飼われていた。宿屋と商店、そしてオデッサの石切場の第四十六番区――これがリュブカ・シュネイヴェイス、人呼んで”コサックのリュブカ”の財産であった。… 子供の頃、私は自分の鳩小屋を持ちたいと夢見ていた。これまでの人生を通じて、あれほど強い願いを抱いたことは一度もない。私が九歳のとき、父は小屋を建てるための薄手の板と、三つがいの鳩を買うことを約束してくれた。… …「鷲鼻ちゃん、恥ずかしいわ」ガリーナは蔑むような微笑を頬に浮かべ、ごわごわとした部屋着の裾で、私を軽くぶった。それから彼女は、赤いスリッパをはいた足を窓の方に運び、いっぷう変わった窓棚の上に中国風のカーテンを掛けだした。むきだしになった腕がカーテンの絹地に埋もれ、生き生きとした下げ髪の先が腿の辺りで揺れるさまを、私は恍惚として眺めていた。… 私は嘘つきな子供だった。それは読書のせいで、私の内部では空想がいつも炎のように燃えていた。私は本を授業のさ中に読み、休憩時間に読み、家へ帰る道すがら読んだ。夜は夜で、机をテーブルクロスで床まで覆い、その中にもぐりこんで読みふけった。授業をさぼって港へ行く、グレツィヤ通りのカフェでビリヤードの腕を競う、ランジェロンの浜で泳ぐ。これらこの世の一切の愉しみを、書物に埋もれて私は知らずにいた。私には友達がなかった。こんな人間と付き合おうとするもの好きがいるだろうか?…… 十四歳にして私はもう、劇場のチケットをさばく、恐いもの知らずのダフ屋仲間の一味だった。私の属するグループの首領は名をコーリャ・シュヴァルツと言い、いつも目を細め、絹のように柔らかく濃い口ひげを生やしたペテン師であった。私が彼の傘下に入ったのはちょうど、イタリア・オペラがオデッサで不評を極めた、あの不運な年のことである。… …「働きたいのです」あらわな手を私に差し出しながら、ライサは言いにくそうにつぶやいた。「まるまる一週間を無駄にしてしまいました……」
…「やるに決まってるさ」遠くから女の声が答えた。「あんたの一声を待ってただけさ……」
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