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ロシア文学を読もう 第1号(2000年8月)

「ロシア文学を読もう」は
 群像社を支援する愛読者が発行する
 オンライン版フリーペーパーです。
 


【目次】
シュクシーンをお薦めします
マルガリータ・カザケーヴィチ
読者の声 「日曜日に老いたる母は・・・」によせて
三島桃子
必携の一冊! V・ギリャローフスキイ『世紀末のモスクワ』
  ―帝政末期のモスクワの退廃と繁栄のすべてを映す万華鏡― 
利府佳名子
写真で見る『世紀末のモスクワ』
こんな本も・・・
現代ロシアの文芸復興(ルネサンス)』井桁貞義著
編集後記





























シュクシーンをお勧めします               戻る↑
                
          マルガリータ・カザケーヴィチ(ロシア語講師)

   社会主義のたそがれにソビエト国民をゆるがし、
 驚愕させたふたつの死
 
 ――シュクシーン(1974)とヴィソーツキイ(1980)。
 
 ふたりは運命にも作品にも共通項があった。
 シュクシーンは作家であり、映画監督、俳優でもあるし、
 ヴィソーツキイは詩人、歌手そして芸人でもある。
 ともに40そこそこで死を迎えた。
 その世界観にも、登場人物にも、それどころか作風にすら
 ある種の類似点は容易に見つかる。もっとも、
 ヴィソーツキイと彼の歌に対して年々倫理的な批判が出てきているとすれば、
 シュクシーンの道徳的な基盤と倫理的な評価は安定していて、
 今日、その重みをいっそう増しているように思える。
 
  初めてシュクシーンの死を耳にした場所、
 その時の状況を私は鮮やかに覚えている。
 黄金の秋のモスクワ。
 モスクワ大学から寮へと向かう54番バス。
 うしろの席でふたりの女が動揺して交していた会話。
 「昨日、ドン河で撮影中にシュクシーンが死んだわ」
  私は恐惶をきたした。「そんなことって!」

  この少し前、規模を問わずソ連のどの映画館でも
 「赤いカリーナ」の終幕でシュクシーン演ずる主人公が死ぬと、
 観客たちは息を殺し、涙をこらえ、
 あるいははらはらと涙を流しながら、
 彼とともに一旦死んで、
 カタルシスを味わった後、蘇ったものだ。
 その当のシュクシーンが死んでしまったなんて。
 とても信じられない気がした。

  それでなくても豊かなロシア文学に、
 この人はさらに何を明らかにしてくれたのだろう? 
 シュクシーンは新しい人間像を発見し、
 彼のおかげでロシア語には
 чудик変わり者)という愛すべき言葉が加わった。
 彼の作品コレクションには125の公表された短編が入っているが、
 どの短編でもこのчудикにお目にかかる。
 素朴な人とこずるい人、お人よしとやきもち焼き、
 ひょうきん者と無口、引っ込み思案と見栄っ張り。
 揃いも揃って「中途半端な」連中ばかり。
 村びととも都会人ともつかず、聖人とも悪人ともつかない。
 月並みな日々を送る月並みな人たち。
 つまり、ソビエト時代やその後の我々と同類の人間たちである。
 
  シュクシーンの描く人物はヒーローには遠く、
 文芸学的な典型でもない。
 ただの庶民、ロシア国民である。
 なのになぜ、彼らがそんなにも活き活きとして、新鮮で面白いのだろう? 
 それはシュクシーンの描く人々は、
 揶揄したり、笑いとばしたり、
 時に辛らつ、時にネアカな意地悪をこめておのれを語っているようで、
 おセンチなインテリ臭い親切心もなければ、
 インテリめいた苛立ちもないからだ。
 そして常にある、辛さを分かちあう気持ち。
 ロシアの国民をじかに、
 もっと知りたいならシュクシーンをお薦めする
 
  シュクシーンの映画と本の題名くらべも一興だ。

 「Странные люди」(変な人たち)
 「Земляки」(同郷人)」
 「Сельские жители」(村の人たち)
 「Там, вдали」(ずっと遠くに)
 「Позови меня в даль светлую」(明るい彼方に俺を呼んでくれ)

  彼は生涯かけて一冊のロシアの本を書いたと言えよう。
 そして未だに、どの行からも、
 陽気で滑稽きわまりない行からも、
 彼を苦しめた痛み、
 ロシアの人々と大地を思っての痛みが脈打っている。
 
  シュクシーンのペンは陽気で、お茶目で、鋭いけれど、
 世界観は悲劇的だ。ここにもまた、
 彼のロシア性がある。
 そのすべてはもちろん、
 子供時代に端を発している。
 彼は1929年に、アルタイ地方の農家に生まれた。
 両親はとても早婚で、
 父親は夜陰に乗じて花嫁をこっそり橇で連れ去り、
 のちに挙式をした。母親の話では、
 ぱっとしない暮らしで、
 父親は何日でもだんまりでいられたけれど、
 仕事は好きでよく働いたという。
 耕作地へ行くと何週間でもそこに居つづけて、
 母親がやって来ると不満だったようだ。
 坊さんは嫌っていた。
 母親と祖母は、父親に内緒で息子に洗礼を受けさせた。
 そしてヴァーシャ・シュクシーンが四歳だった
 <一大転機>(注…農業の集団化のこと)の恐怖の時代に
 父親は逮捕され、
 ラーゲリで死んだ。
 父親の写真は一枚も残らなかった。
 
  「父」の草稿より。
 
   「父はどうも変わった人だった。
 短編で父の性格をなんとか再現しようとするのだが、
 うまくいかない。
 それとも、性格と呼べるようなものはまだなかったのかもしれない。
 「連れていかれた」時はまだほんの若造、
 二十二歳だったのだから。
 母はきまって父のことを悪く言ったけれど、
 私はどういうわけか父が好きだった。」
 
  シュクシーンはすべての作品を通して、
 喪くした父にあこがれ、
 その父に会って父のことを理解しようとしたのかもしれない。

                           (尾家順子訳)               戻る↑
 

 作家紹介 ワシーリイ・シュクシーン(1929−1974)
 

  作家、監督、俳優、脚本家。
 アルタイのスローストキ村に生まれ、
 1954年に映画大学に入学。
 ミハイル・ロム監督のもとで学ぶ。
 同期にタルコフスキイ
 1963年に「こんな若者がいる」で各賞を受賞し、
 1973年には「赤いカリーナ」に監督、主演して
 好評を博したが、
 翌年、撮影中に急死した。
 短編は映像的で、映画はよい意味で文学的だ。
 作品はいずれもロシア人の性格の宝庫と呼ばれ、
 いまだにその死が惜しまれている。
 邦訳に『日曜日に老いたる母は…
 『頑固者』などがある。


日曜日に老いたる母は
 

 
         頑固者
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


読者の声       「日曜日に老いたる母は…」を読んで               戻る↑

  日々の暮らし。
  ちょっぴり嬉しかったり、悲しかったり。
 こっけいだったり、美しかったり。
 とびあがるほどいい知らせ。心臓をしめつける悪い知らせ。
 ときに災いは転じて福となる。
 かと思えばふんだりけったりということも。
 弱い者や不運な者に世間の風当たりは強い。
 それでもまれに吹くやさしい風。
 この短編集の作品はどれも、ひとの生活の一瞬を鮮やかに切りとって見せてくれる。
 
  作者のワシーリイ・シュクシーンは俳優・映画監督でもあったそうだ。
 そのせいだろうか。
 語られるものごとには、映像を見ているときのような動きがある。
 
 今、男がアコーディオンを肩にかけた。
 それから少し体を動かして具合よくする。
 演奏を待っている人の息遣いがほんの少しせっかちになる…。
 
 そんな「間」が、生き生きと伝わってくる。
 また、ひとつの話を読み終え文字を目で追うのをやめても、
 最後の場面はまだ静かに動いているのだ。
 
 息子を窮地から救うことで頭がいっぱいの母親。
 彼女を乗せた列車が、ロシアの大地を滑っていくのが見える。
 こちらはなすすべもなく見送っている。列車はどんどん小さくなっていく。

 …あるいはとある田舎家の中庭、
 夕べのそよ風に吹かれながら、やさしい男がもの思いにふけっている。
 妻の呼ぶ声だ。男はゆっくり腰を上げて、戸口へ向かう。
 文字が語るのはそこまで。
 でも、パタン、とドアが閉まるのが聞こえたような気がしないか?

  文学的な楽しみとは別に、この本を読んでいると、
 ロシアのあたりまえの田舎や
 小さな町で暮らす庶民の雰囲気がよくわかる。
 買い物の風景。駅の様子。
 食べ物。ちょっとした楽しみ。
 夏の暮らし、冬の暮らし。
 人間どうしのいさかいやいたわり。
 ロシア語の語学学習だけではつかみきれない「ロシアのこと」が、
 すうっと心に染みこんでくる一冊だ。
                           (大阪府 三島桃子)
 
 
 


 必携の1冊! 

   帝政末期のモスクワのや退廃と繁栄の               戻る↑
       すべてを映す万華鏡

 ギリャローフスキイ『世紀末のモスクワ』
                 

   とにかく匂いのしてくる本なのだ。
 貧民窟の酒場のすえた西瓜の皮や、
 何やらわからぬ臓物煮込みの放つどろどろした悪臭、
 脂のべとつくテーブルでウオッカをあおる男どもの胸元から漂う汗。
 はたまた大衆浴場の蒸し風呂部屋にもうもうとあがる湯気と、
 三助たちが白樺の葉を束ねた箒で
 客の背中をはたく度に立ちのぼる青臭い香気…
 

  百年前のモスクワの享楽、明と暗、聖と俗を知るに
 打ってつけの書である。
 作者の「ギリャイおじ」ことギリャローフスキイ(1853―1935)は、
 当時売れっ子のジャーナリストで、
 それこそ路地裏の隅から隅までモスクワを知り尽くした男だった。
 彼の豊かな人的ネットワークは貴賎を問わず、
 上流社交界、チェーホフトルストイブーニンなどの文壇、
 レーピン、セローフら画家、
 シャリャーピンスタニスラフスキイなどの演劇人から、
 人殺しなどなんとも思わぬ輩の蠢く闇のうちまで、
 実に多彩であった。
 かの有名な「どん底」は何を隠そう、
 彼の手ずから設けた見学ツアーのおかげで、
 モスクワの魔界と称される貧民窟にゴーリキイ
 足を踏み入れたからこそ
 世に出た作品なのである。
 当時、最下層民の住むスーハレフカ、ヒトローフカあたりを
 道案内なしで歩くなぞ、
 翌日のモスクワ河に土左衛門として浮かびに行くようなものだった。

  ギリャローフスキイはキザな新聞屋ではなかった。
 放浪中ありとあらゆる職業につき、
 露土戦争では血の気の多い戦士として勲功をたて、
 文も書けば舞台にも立つ驚くべきマルチ人間であった。
 の人柄が様々な人を惹き付けたのであろう。
 登場人物は多岐にわたり火消しや商人等など、
 舞台も鉄火場、レストラン、市場、はたまた下水道の中までと
 バラエティーに富む。
  どこにいってもギリャローフスキイが相手だからこそ
 モスクワっこの口から思わずぽろりとでた本音が聞かれる。

  ところが革命をへて、共産党政府は通りの古い名称をソビエト風に変え、
 街の恥部を壊し、生活の均一化を推し進めた。
 彼の愛したモスクワが目の前で消えてゆく。
 細微にいたるまでこれほど活き活きと書きとどめえたのは、
 彼の焦燥の深さゆえであろう。

   現在のモスクワは百年前とどう違うのかと問われれば、
 確かに「どん底」の題材の大貧民窟はないが、
 アパートの地下のボイラー室では孤児がたむろし、
 は依然として君臨し、
 この街は微かではあるが、
 百年前の匂いを放っている。
 作中にもあるトヴェーリ大通りの有名なパン屋「フィリーポフの店」や
 キャバレー「こうもり蝙蝠」など、
 革命前の商号も復活させたものも多い。
 頁を繰りながら百年前と今のモスクワを自由に行き来できるのも魅力。
 巻末に日本語版とロシア語版の
 2つの世紀末市街地図付き。
 ロシア文学を志される方、必携の書。

  図版多数
  古地図(日本語版、ロシア語版)付き              戻る↑

 
古いモスクワの街が味わえる写真がたくさん載っています

             
                            (大阪府 利府佳名子)
 


 ロシアへの旅は、一冊の本をたずさえて               戻る↑

  ロシアは、演劇も歌も音楽も、
     どこを切っても文学、言葉の力がほとばしる。

 電車に乗る。
 物売りの少年が声をはりあげ宣伝をはじめる。
 その響きに流れるのは、詩の朗読の抑揚。

 公園のベンチ。
 おしゃべりにふける二人の老女。
 ふと時計を見やり、驚いて言う。
  「まぁ、幸せ者は時計をみないとはこのことだわ!」
          (グリボエードフ[知恵の哀しみ])

 若者たちが迷宮入りの事件を噂している。
 不可解極まる顛末に
 「これぞ正真正銘の『巨匠とマルガリータ』(ブルガーコフ)だな!」

 この国にはそこここに
 文学が生きている。
 古典から現代までの文学が今日も人の口にのぼり、
 思考回路の一片となる。
 息をするのと同じくらい自然に…

  ロシア文学を読もう。
 本で出会った人間は、
 今日あなたの隣りに坐る相手かもしれない。
  
 
  私たちは、採算も二の次にして
 20年ロシア文学の翻訳を出しつづけている群像社を愛し、
 本を通じて生きたロシアの世界を開いてもらったことに
 感謝してやまない者の集まりです。
 群像社の本を紹介することで、
 この出版社を支援していく所存です。

 「ロシア文学を読もう」発行人一同  
  

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