ロシア文学を読もうトップページへバックナンバーの目次へ









ロシア文学を読もう 12号(2002年11月9日)

「ロシア文学を読もう」は
 群像社を支援する愛読者が発行する
 オンライン版フリーペーパーです。
 
 

【目次】
ブロツキイからマンデリシュタームへ 
          ―詩の言葉を受け取るということ―

ブロツキイ『私人』について  鶴見俊輔 (京都府)

詩の中へ、まっすぐに  前田和泉 (神奈川県)

本の紹介 中平耀著 『マンデリシュターム読本』

目次より

『マンデリシュターム読本』を読む     大朏人一(神奈川県)

祝 中平耀氏、小野十三郎賞特別賞受賞
選評より  荒川洋治氏、金時鐘氏ほか

群像社刊のマンデリシュターム関連書より

『マンデリシュターム読本』へ寄せられた読者の声   河村光一(岐阜県)

新刊案内 『かもめ』 『青銅の騎士』

2003年ロシア演劇情報  ユーゴザーパド劇場再来日決定!
「巨匠とマルガリータ」がやってくる!


















 ブロツキイからマンデリシュタームへ 
   
          ―詩の言葉を受け取るということ―
 
 
 

 「もしも彼らがいなかったら、私は人間として、また物書きとして、
 ほんのわずかな価値しか持てなかったろう」(『私人』より)。
 ブロツキイにとってマンデリシュタームは、
 「その運命も作品もどちらも大事な」、「光源」のような存在だった。
 前々号の『私人』特集から、
 ブロツキイの言葉を手がかりに詩を考え、
 詩を生きた詩人マンデリシュタームへと橋を架ける試み。                                ↑  目次へ戻る
 
 
 

 ブロツキイ『私人』について                             ブロツキイ『私人』 沼野充義訳 群像社刊                        
                                               
                                                                      
                                                                        
                          
 
 
 

                             鶴見俊輔  (京都府)          ↑  目次へ戻る
 
 

  ヨシフ・ブロツキイの小さい本を読んで、
 この人が、自分の書く文学を信じている、
 その熱意がつたわって来た。
                                                                                 
                                                                                 
  ということは、文学が、外側から見る人間にではなく、                                                 
 自分にとっての自分である「私人」にむかってはたらきかける行為であり、
 私人のねうちを信じているということだ。

   
  そういうことは、私にもある。
 戦争中の日本海軍にひとりの軍属としていて、
 私は、日本国家の正義を信じることはなく、
 自分の皮をかぶった内面の私人を信じていた。

     
  このとき、巷の古本屋から買ってきたエピクテタス、
 マルクス・アウレリウス、ショーペンハウアーが、
 まっすぐ、軍属の皮をかぶった私の内部の私人にうったえてきた。
 ウィルフレッド・オウエンの詩を、ふたたび、みたび書きうつした。
 私の規準を、偶然のめぐみによって私は
 ふみにじることなく戦争の終わりまできた。しかし、
 少しのくみあわせをかえれば、私は規準からそれただろう。
 その自覚は、今日も私の中にある。
 

  ブロツキイの『私人』は、戦時の私的体験を呼びさます。
     

  文学を読むとき、作者と読者とは対等である。
 あかはだかの私人とあかはだかの私人のあいだに
 何事かがあらわれる。
 戦時下の外地で、そのことが私にあった。
     

  そのつながりを、私は、今日の、
 アメリカ圏内の日本(The territory of Japan, U.S.A)にあって、保ちたい。

     
  なくなったブロツキイは、小さい本の姿をかりて、
 私の中に生き残る
 私人にうったえる。                              ↑  目次へ戻る
                         
 
 
 

        マンデリシュターム        ×ブロツキイ 『私人』 沼野充義訳          ×ブロツキイ 
                          
 
 
 

  詩の中へ、まっすぐに                                          中平耀著 『マンデリシュターム読本』 群像社刊                       

                          前田和泉  (神奈川県)         ↑  目次へ戻る
 
 

  「詩は権力だ」
 ―ヴォローネジに流刑中のマンデリシュタームが、
 彼を訪ねてやってきたアフマートワに語ったとされるこの言葉を、
 私は大学二年の時、
  安井侑子著『ペテルブルグ悲歌』で知った。
 詩ゆえに詩人が迫害され、殺されるのは、
 詩の力が恐れられているからに他ならない、
 つまり詩は権力なのだ、という彼の発言に、
 いたく感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えている。
 ちょうどロシア詩、
 中でも二十世紀の詩の面白さに目覚め始めた頃のことだ。
 『マヤコフスキイ・ノート』や
  『甦えるフレーブニコフ』等の名著を読み漁り、
 辞書をひきひきアフマートワやら
  ツヴェターエワの詩を読んでいるうちに、
 次第に二十世紀ロシア詩の世界にはまりこみ、
 幾つかの論文らしきものを捏ね上げ、
 そして気づいてみれば偉そうに教壇に立つ身となっていた。
 マンデリシュタームの詩も随分と読んできたが、
 実を言うとこれまであまり
  この詩人に親しみを感じたことはなかった。
 初期の繊細でみずみずしい詩篇、たとえば
 
 

 ぼくは庭師、ぼくは花

   世界の牢獄でぼくはひとり孤独ではない*
 

 といった一節には心惹かれたが、
 とりわけ第二詩集「Tristia」以降の作品は
 あまりに教養あふれすぎていて、
 無教養の私には別世界のもののように思われたのだ。
 私にとってマンデリシュタームは、ひどく断片的な詩人だった。
 幾つかの忘れがたい詩行と難解な比喩、
 古典世界への憧憬、ユダヤの出自、悲惨な死……
 この詩人にまつわるそれらのイメージは、
 どこか回路が切断されたかのようで、
 私の中でどうしても一つの像を結んでくれなかったのである。
 

  おそらくこの詩人と自分とは縁がないのだろう
 とさえ思っていた矢先、
 中平耀著『マンデリシュターム読本』と出会い、
 ふいにその「回路」が繋がったのだった。
 詩人の生涯を丹念に追い、
 素晴らしい訳をふんだんに散りばめたこの本を読みながら、
 何よりもまず、マンデリシュタームというのは
 こんなにチャーミングな人だったのだということに驚かされた。
 衒学的とばかり思い込んでいたこの詩人は、
 実に繊細でナイーブ、時に子供じみていて、
 惚れっぽく、意外と短気でもあり、
 かっとなってA・トルストイをひっぱたいたりもする。
 かと思えば、詩以外のことには無頓着で、欲がなく、
 しかし偏屈で、小心な割には
 堂々とスターリン批判の詩を書き、
 そしてそのせいで逮捕されると、
 シラを切るどころか押収されたテクストを尋問の席で
 律儀にも校正してあげてしまう正直者なのだ。
 難解だと決めつけていたその詩も、
 中平氏の言うように、
 「比喩は比喩として真っ直ぐに受け取り、
 直喩や暗喩が放射する表象、
 つまりイメージの中に真っ直ぐに入って行けばよい」。
 なるほどその通りである。
 「タウロイ」や「カピトリヌス」といった語や、
 「巣箱から飛び出して死んでゆく小さな蜜蜂のように毛深い接吻」などの
 複雑怪奇な比喩に怯えて立ち止まってしまわずに、
 もう一歩その詩の中へ踏み入ってゆくと、
 そこには犂で掘り起こされたばかりの、
 ふっくらと湿る黒土のような豊かな言葉たちが
 私を待ち受けていた。
 たとえば、「滅びゆく時代に手向けられた絶唱」と中平氏の評する
 「蹄鉄を見つけた者」などは、まさに圧巻という他ない。
 
 

   人間の唇が、
       もう言うことが何もないままに、
   最後に言った言葉の形をしている、
   手の中には重さの感触が残っている、
     たとえ水差しが
       家に運ばれる間に
           半分こぼれてしまったとしても。
 
 

  こんな素敵な言葉たちの中へ、
 どうして「真っ直ぐ入って」行かずにおれようか。
 仮に私の知性の容量が足りず、
 彼の詩の力の大半を取りこぼしてしまうにしても、
 少なくともその「重さの感触」はこの手の中に残されるだろう。
 

  そう、詩というものはなまじ理屈をつけて外から「観賞」するのではなく、
 思い切って中へ入り込み、
 素手でその感触を楽しむのが一番だ。
 だから偉そうに教壇に立つ身になった今も、
 授業で詩を読む時は、まず何より学生たち自身に
 詩の中へ踏み入り、
 詩の力を肌で感じてもらいたいと思う。
 だが不思議なもので、いろいろな詩を題材にし、
 ああでもない、こうでもないとこねくり回していると、
 学生たちに「教えて」いるはずだったのが、
 いつの間に自分の方が楽しんでしまっている。
 そして、もっともっと詩の中へ入っていきたくなる……。
 仕方がない。
 何しろ「詩は権力」なのだ。
 誰もその磁力には逆らえない。                      
 
 
 

 *「世界の牢獄」は『マンデリシュターム読本』が出る前に試みた筆者の訳。
  中平訳では「この世の牢獄」となっています。                       ↑  目次へ戻る
 
 
 

作者紹介

  
  オシップ・マンデリシュターム                              ↑  目次へ戻る

 一八九一年にワルシャワに生まれ翌年ロシアへ移住、
 幻想の都ペテルブルグに育ち、早くから象徴派の詩人たちと交わり詩を書き始め、
 一九一三年の第一詩集「石」により
 神秘的な象徴主義から離れた新しい詩の潮流(アクメイズム)の詩人として
 ロシア「銀の時代」の代表的詩人となった。
 革命後も国内に残ったが社会主義的な文学が主流を占めるなかで、
 次第に発表の場を失い、三四年にスターリンを諷刺した詩で逮捕、流刑。
 三八年の二度目の逮捕ののち収容所で死亡。
 二十世紀初めの詩作と詩論はその後大きな影響力を持ち続け、
 パウル・ツェランをはじめ、
 ヨシフ・ブロツキイやシェイマス・ヒーニーらの二十世紀のノーベル賞詩人たちにとって
 貴重な「光源」となっている。
                                                                    ↑  目次へ戻る

 本の紹介 中平耀 著 『マンデリシュターム読本』

中平耀著 『マンデリシュターム読本』 群像社刊
 
 
 

『マンデリシュターム読本』目次より

序 章 「ぼくの生まれは九十と一年、一月の……」

第一章 ペテルブルグの歌

第二章 「ぼくはラシーヌの祝祭に遅れてきた!」

 ■宣言 「アクメイズムの朝」 マンデリシュターム

第三章 ウグリチの皇子

第四章 「ぼくの世紀、ぼくのけものよ……」

■小説「エジプト・マーク」 マンデリシュターム

第五章 狼狩りの猟犬の世紀

 ■評論「ダンテについての会話」 マンデリシュターム

第六章 一九三四―三七年  ヴォローネジ・ノート/

「ぼくは生きなければならない」

第七章 不死への通行証

第八章 ネーレウスの娘たち―詩人の愛 

ツヴェターエヴァ/アフマートヴァ他

終 章 マンデリシュタームとパウル・ツェラン

「千もの闇を抜けて来た言葉」





                                                                                 ↑  目次へ戻る
 

『マンデリシュターム読本』を読む
 
 
 
 
 

                                                       大朏人一(神奈川県)                   ↑  目次へ戻る
 

  いつぞやロシアの文学評論家が
 現代ロシア詩人たちの「格付け」を試みていた。いわく
 「一般向けにはエセーニン、
 中間がパステルナーク、 
 詩的エリート向けにはマンデリシュターム」。
 詩人たちを「格付け」するとは失敬な話だが、
 マンデリシュタームが一般ロシア人にとっても
 近寄り難い難解な詩人であることは否定できまい。
 

  そのマンデリシュタームを見事に読み解き、
 その成果を精緻かつ達意な詩文に表現し尽くした
 中平耀氏の努力は正に
 「偉業」の賛辞に価しよう。
 本文で取り上げられている詩と散文の大半は
 この国で初めて紹介されるものだ。
 やさしい読み物ではない。
 だが門外漢の筆者にも、懸命にページをめくるうちに、
 あれほど不分明だったマンデリシュタームの人と仕事の全体像が
 鮮やかに浮き彫りにされていくことに
 深い感動と快感を覚えた。
 

  その感動の秘密の一端はおそらく、
 本書が実作者である中平氏の
 多年にわたる詩作活動の結実である点に見出せるだろう。
 筆者は冷静な研究者の立場にはいない。
 詩人としての感性と情熱と経験を傾けて、
 それぞれの詩作品の深層に沈潜し、
 思索を重ね、
 そしてその思索の跡をそのままに克明に語ってくれる。
 読者はマンデリシュタームの作品の解読法を懇切丁寧に教えられるだけでなく、
 一般に詩というものがどのように生まれ、書かれ、
 そしてどのように読まれるべきか、
 その秘法をのぞかせてもらう思いがするはずだ。
 

  数々の訳詩も見事である。
 その魅力に誘われて、つい原詩に目を通したくなった。
 そして改めて舌を巻いた。
 興味を惹かれた訳詩の原作を、
 手元の何冊もの辞書を取り替え引き替えしながらチェックしていくと、
 驚くことに、
 個々の詩語やフレーズが丹念かつ徹底的に調べ上げられ、
 あらゆる角度から考え尽くされ、
 しかも絶妙な日本語に移し替えられていたのである。
 ロシア語文法の細かな規則が表わす微妙なニュアンスも
 克明に捉えられ、生かされている。
 

  詩作と並んで訳載されている三つの重要な散文は、
 マンデリシュタームの詩法の秘密を解く魅力的な文章である。
 そう読みやすい文章ではないが、
 何度か読み返すうちに、
 詩の本質に触れた珠玉の言葉の数々に
 愛着さえ覚えるようになった。
 

  短文ではとても語り尽くせないが、
 もうひとつ見逃せないのは
 ストーリー・テリングとレトリックの巧妙さだろう。
 何よりも本書の構成自体にそれが表れているが、
 冷酷な時代の悲運な詩人の人生行路が、
 その都度の詩と散文を絡ませながら
 緊迫感とスリルさえ込めて語られていく。
 とはいえ、スターリン粛清の悲劇を描くこと自体は
 本書の主眼ではあるまい。
 本書はあくまでも詩人による詩論であり、
 詩をめぐる思索の精緻な記録というべきだろう。
 筆者はただの門外漢にすぎないが、
 本書からもらった感動が忘れられず、
 誘われるままに筆を執った。                                    ↑  目次へ戻る
                     

 
 
 

祝 中平耀氏、小野十三郎賞特別賞受賞

   中平耀氏の『マンデリシュターム読本』が第4回小野十三郎賞の特別賞を受賞しました
                                                              (大阪文学協会主催、朝日新聞共催)。       ↑  目次へ戻る
 
 

 【小野十三郎賞選評より】 
   
 ■圧倒的な重量感を持ったこの存在が選者の意識のなかに作用していたように思う。
 今年は一冊だけを対象にという事務局側の考えを、選者全員の要請で詩集と論評集に変えてしまった。 (辻井喬氏)

 ■精緻な鑑賞と批評は、現実をもつすべての人に向けられていた。
 詩を愛する人の思いが伝わってきた。
 詩論というものを本来のひろがりのなかで見るとき、この書物の価値は明らかである。 (荒川洋治氏)

 ■これまで片鱗しかわからなかったマンデリシュタームの生涯と作品を、
 本格的に、愛情をこめて、かつ冷静に紹介し、
 いま詩を書くことの意味もそっと教示してくれている。            (石川逸子氏)

 ■これほどまでも一人の詩人の軌跡、痕跡を明かせるものか、と舌を巻き、
 ロシア十月革命に自己の世界観の基調を見て取ってきた一人として、
 全体主義の無慈悲さに今更ながら鳥肌だつ思いを噛みしめた。
 マンデリシュタームはまさに、ロシア革命端境期の、神が遣わしめた悲嘆の権化であった。
 詩人でありつづけることの、仮借ない検証をこの本に見た。                    (金時鐘氏)  ↑  目次へ戻る
 
 
 
 

【群像社刊のマンデリシュターム関連書より】
 

 くわしくは本の表紙をクリック!『言葉の建築術―マンデリシュターム研究T』 鈴木正美著  税別 2500円

 目次より/第一章 言葉/第二章 中世/
 第三章 建築/第四章 引用/第五章 恋愛/
 第六章 音楽/第七章 映画/第八章 進化 

 くわしくは本の表紙をクリック!詩集 『石+エッセイ 対話者について』 早川眞理訳 税別 1800円          ↑  目次へ戻る
 
 
 
 

 『マンデリシュターム読本』へ寄せられた読者の声

                                                                     ↑  目次へ戻る
 
 今から思えば、マンデリシュタームの言葉によって、いろいろ乗り越えてきたのだろう。

 出会いは詩集『石』の冒頭、「かそけき響き」の美しさにひかれて、詩集をひもといていった。
 ロシアの美しさがあり、詩の中に過去と未来を見つけた。
 サンクト・ペテルブルグ、ヨーロッパの窓。
 マンデリシュタームが親しんだヨーロッパの文学が詩の中で輝いていた。

 『マンデリシュターム読本』で詩人の人生を共に旅してみる。
 ソヴィエトという時代の冷気の中で、情熱を持って純粋に詩に生きることができたマンデリシュタームにあこがれる。
 自分の激しさを隠さない生き方ができれば。

 『読本』終章の「投壜通信」、未来の「未知であるが定められた読者」に書かれた詩を私も受け取ったと思った。
 そのとき、時の流れ、時代のうねり、マンデリシュタームの人生を感じ、
 私の目の前の空間がぐにゃりとゆがんで、ガラガラと音を立ててくずれ落ちてきたような感覚を味わった。
 これは私にしかわからない感覚だけど、マンデリシュタームを身近に感じた。言葉が響いた。

 「言葉」については考え続けてきた。
 が、この時、この場所でマンデリシュタームの詩と出会ったのには何かがあったのだ。
 熱にうかされたように私は読んだ。

 自分の人生の苦しい時期と重なり、マンデリシュタームの詩に篭る。
 生命に、愛に、人と関わっていくことについて考える。
 己の過去と未来に向かって読んでいった時、この詩人の言葉が私の中に響いてきた。
 言葉の力と命。情熱と美しさ。詩の楽しさ。おだやかに先に進もう……と思った。
                

                                        河村光一(岐阜県)           ↑  目次へ戻る
 
 

  【新刊案内】

  ロシア名作ライブラリー 二冊同時刊行                                   ↑  目次へ戻る
 
 

  ▽今秋、モスクワ・マールイ劇場富山来日公演記念出版!▽サンクト・ペテルブルグ建都300年記念出版!

チェーホフ『かもめ』   堀江 新二 訳        プーシキン『青銅の騎士』   郡 伸哉 訳
税別 900円        税別 1000円
 

くわしくは本の表紙をクリック         くわしくは本の表紙をクリック!
                                    「モーツァルトとサリエーリ」「ペスト蔓延下の宴」
                            「けちな騎士」「石の客」を併録。 

   
                                                                     ↑  目次へ戻る
2003年ロシア演劇情報
   来年、ユーゴ・ザーパド劇場再来日決定!

 
  あのブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』
 現代のカオスを引き連れ、日本へやってくる! 

  他演目はチェーホフ「かもめ」、シェイクスピア「真夏の夜の夢」。
  五月の尼崎公演を皮切りに全国へ、六月は東京へ。
  公演日程など詳しいお問い合わせは阿部事務所まで。(ファックス 048・475・0732)

 「ロシア文学を読もう」のサイトでも
 追って詳しい公演情報を流します。
 どうぞお見逃しなく!
 

 ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』  法木綾子訳 
   好評重版! 上下 各 1800円(税別)
                                                                    ↑  目次へ戻る
 

 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「

  「ロシア文学を読もう」の応援者としてご賛同いただけた方々

  阿部軍治 安宅りさ子 秋元里予 有賀祐子 
  安藤厚 井桁貞義 岩浅武久 岩田貴 宇多文雄
  浦雅春 大木照男 大平陽一 岡林茱萸 川崎浹
  北上光志 近藤昌夫 島田陽 清水昭雄 清水純子
  鈴木正美 田原祐子 塚本善也 津久井定雄 
  ナウカ神保町店 中村唯史 長縄光男 
  日本ロシア語情報図書館 沼野恭子 沼野充義 
  袴田茂樹 秦野一宏 早川眞理 原卓也 日野貴夫 
  法木綾子 堀江新二 三浦みどり 村手義治 村山久美子
  藻利佳彦 望月恒子 望月哲男 矢沢英一 安岡治子 
  雪山香代子 吉原深和子 (五十音順、敬称略)  

 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「   

  編集部から  

     「ロシア文学を読もう」第12号をお読みになったご意見、ご感想を
  「読もう」編集部までどうぞお寄せください。
  また、群像社の本や好きな作家についての文も募集しております。
    「読もう」編集部 yomo@gunzosha.com
  
  「ロシア文学を読もう」は群像社を支援する愛読者が
  非営利目的で発行する電子フリーペーパーです。
  読者と出版社をつなぐ新しい形を模索していきたいと思っています。                      ↑  目次へ戻る