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ロシア文学を読もう 13号(2003年4月25日)

「ロシア文学を読もう」は
 群像社を支援する愛読者が発行する
 オンライン版フリーペーパーです。
 
 

【目次】
祝 とうとう「巨匠とマルガリータ」の舞台が日本上陸!
モスクワ ユーゴザーパド劇場来日記念号!

特集= あの黒魔術団が日本にやってくる!
     〜『巨匠とマルガリータ』の魅力と魔力〜

闇に溶け込む魔的空間    楯岡求美(兵庫県)

作家紹介

モスクワ ユーゴザーパド劇場来日公演案内
詳しい公演情報は 「ロシア演劇をみよう!」のHPをごらんください。

本の紹介 『巨匠とマルガリータ』 『かもめ』

読まれた物語、飛ぶときの感覚、そして愛すべきベゲモート  滋賀健介 (大阪府)

SFオタクの 「巨匠とマルガリータ」を巡る遍歴    大野典宏(東京都)

編集後記
   
☆特別ページ「その日モスクワに悪魔がやってきた」のHPを
ごらんください。

    




特集= あの黒魔術団が日本にやってくる!
     〜『巨匠とマルガリータ』の魅力と魔力〜

   
 

 奇想天外、カーニバル的な空間演出で
      日本でも既に多くのファンを獲得している
     モスクワのユーゴザーパド劇場が、
        『巨匠とマルガリータ』をもって、
                    いよいよこの5月、日本にやってきます。

 今回はブルガーコフがみずからの芸術と存在を
 すべて注ぎ込んで書き上げた『巨匠とマルガリータ』の魅力と魔力に迫ります。
 
 
 
 
 
 
 

  闇に溶け込む魔的空間
 
 
 
 
 
 

                   楯岡求美 (神戸大学国際文化学部・ロシア演劇)     ↑ 目次にもどる
 
 
 

 『巨匠とマルガリータ』は魔法の本だ。
作中に悪魔が出てくるとか、そいつが魔法を使うとか、
そういうことではもちろんない。

この作品のことを考えるやいなや、
初めて読んだ時の感覚が甦る。
それも甦り方が半端ではない。

読んでいた時の、
文字を追うのももどかしかったドキドキ感が、
時空を超えてすぐさま動悸をはやめるのだ。
だからこの本をほめる人の語り口はいつも熱い。
 
 

 作品の魅力を冷静に説明するのも難しい。
たぶん言葉が生み出すイメージの生々しさのせいだろう。

たとえばそれは、悪魔のヴォランドの魅惑的な紳士ぶり、
ベゲモートの(化け猫だけど)しなやかな毛並みと狡猾そうな目付き、
マルガリータが巨匠(詩人)を愛する純粋さ……。

もちろん二〇世紀初頭のモスクワでの事件と
平行して語り明かされる聖書の世界、
それは巨匠の渾身の作にもかかわらず発禁となり、
すべての悲劇の発端ともなったテクストなのだが、
その中でポンティ・ピラトを悩ませる頭痛さえ痛ましく感じられ、
イェシュア(イエス)の触れる手に
ピラトとともに癒されるような気さえする。

そして恋人を救いだすため、
マルガリータが決死の覚悟で悪魔の申し出に従い、
体中に不思議なクリームを塗り、
生まれたままの姿でモスクワの夜空を悪魔の舞踏会へと飛翔する途中、
作家同盟の尖塔型高層建築を見るや、
思いあまって憎っくき敵のアパートを叩き壊すときの
爽快な解放感!
 
 

 革命期にあらわにされた破壊への欲求が、
政治の安定志向に押さえつけられていく時代に激しく反発し、
ふたたび出口を求めて暴れだしたかのようだ。
このような野性的なエネルギーは、
やはりモスクワならではのものである。

現実の世界に異質な空間が隣接している
ブルガーコフの奇妙な作品世界は、
ゴーゴリやドストエフスキイといったロシア文学の系譜にしっかりと連なっている。
けれどもペテルブルグの霧や影に包まれたネガ的な世界、
石の牢獄に囚われた閉塞感とは違う。

ペテルブルグの冷たさとは反対に、
地底に押さえ込まれた原初のエネルギーを解き放つような、
熱を帯びたカーニバルを創造するところが、
『巨匠とマルガリータ』をモスクワという都市を
象徴する作品にならしめている。
 

 鮮烈な印象を読者に与える本である。
映画化、舞台化を熱望する人は多いが、
逆に個々の読者の抱く熱い思い、
鮮明なイメージすべてを納得させることもまた難しい
(制作の際、オカルトめいたことがしばしば起こるというのも
難しい理由のひとつらしいけれども)。
 

 そんな中、ユーゴザーパド劇場の『巨匠とマルガリータ』は
ユニークである。

奇怪な、いや、
これまでにない醜悪なキャラクターが
狭い暗黒の空間をわざとらしいぐらい大袈裟に暴れまわるのだ。
演出家ベリャコーヴィチの悪魔的な想像力に
虚を突かれない観客はいないだろう。

誰しも、これは小説を読んだ時の印象から
かけ離れている!と思うに違いない。
怒りさえ感じる人もいるかもしれない。
ところが、である。

劇世界に引き込まれるにしたがって
だんだんと彼らが魅力的に思えてくる。
セクシーにさえ感じられる。
そしてなるほどそうだったのかもしれない、
と思えてくるのだから不思議だ。
 

 モスクワにあるユーゴザーパド劇場の舞台は狭い。
闇に溶けた半地下の穴倉のような舞台空間が、
そこにはライトの光に銀色にきらめきながら揺らされるたびに
轟音をとどろかす鉄板がぶら下げられているだけなのだが、
魔法を掛けられた奇妙なモスクワ、
陽光まぶしいヤルタ、神話的イェルシャライム(エルサレム)へと
自在に変化する。

なにもない空間を言葉(=魔法)によって状況設定し、
観客の眼前で繰り広げられる
猥雑なカーニバルが暴力的なエネルギーを解放する。
 

 とりわけ舞台をつつむ漆黒の闇が、
マルガリータが飛翔するモスクワの夜空を、
そしてモスクワのありきたりなアパートの扉のむこうに無限に広がる不思議な空間を
リアルなものに見せ、
かつモスクワの地下に押し込められた都市のエネルギーを
生々しく感じさせる。
このリアルな魔的空間こそ、
ベリャコーヴィチが観客に与えるドキドキ感のもとである。
 

 出来るだけ多くの人に、ぜひ原作を読んでから
この春来日するベリャコーヴィチの解き放つ
モスクワのエネルギーを体験して欲しいと思う。               ↑ 目次にもどる
      
 

◆作家紹介◆


◇ブルガーコフをめぐって

 代表作の『巨匠とマルガリータ』は、
死の直前まで口述筆記で原稿に手を入れていて遺作となった長編小説。
「生前に発表されたすべての作品にちりばめられた
さまざまなテーマを集大成している」
(川端香男里氏、ユーゴザーパド劇場日本公演の推薦文より)
といわれる作品です。

 日本では一九七〇年代(最初の単行本は一九六九年)に
いくつかの作品が続けて紹介されたのですが、
その後、入手困難になったりして、
どれも知る人ぞ知る幻の作品となっていた観があります。

 ロシアでは「原稿は燃えない」という言葉によって
抑圧的体制のもとでの芸術家のシンボルとして読まれたり、
悪魔のヴォランドが
鬱屈した社会を解放する者として若者の落書きにあらわれて
礼賛されたりしました。
その様子については『モスクワ・グラフィティ』という本に
一章がさかれています。

 ブルガーコフが作家としてどのような道を歩んできたかについては、
『ブルガーコフ・作家の運命』という本が
いまのところ日本では唯一の
まとまった作家案内として訳されていて、参考になります。
 

上記で紹介された本

☆『巨匠とマルガリータ』(法木綾子訳、群像社刊)、
  上下巻 税別各1800円
☆『ブルガーコフ・作家の運命』
(サハロフ著、川崎浹・久保木茂人訳、群像社刊)、税別2300円
☆『モスクワ・グラフィティ』
(ブシュネル著、島田進矢訳、群像社刊)、税別2300円                     ↑ 目次にもどる
 
 

 ◆モスクワ ユーゴザーパド劇場来日◆
 

     「巨匠とマルガリータ」 (イヤホンガイド台本翻訳 法木綾子) ☆

        「かもめ」      (イヤホンガイド台本翻訳 堀江新二) ☆        ↑ 目次にもどる

       「夏の夜の夢」

   ☆ 劇場のイヤホンガイドは、群像社刊の法木綾子訳、
  堀江新二訳を底本にしています。
 

  「巨匠とマルガリータ」公演日程は以下の3日

   5月10日   尼崎ピッコロシアター
   6月1・2日  天王洲アート・スフィア
 

公演日程など、詳しくは特別応援ページ「ロシア演劇をみよう!」をごらんください(チケット、劇場情報あり)。
 

◆本の紹介◆
 

   
『巨匠とマルガリータ』
 ブルガーコフ著 法木綾子訳、群像社刊
  上下巻 税別各1800円
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 『かもめ』
チェーホフ著  堀江新二訳、 群像社刊
 税別 900円
 
 
 

                                           ↑ 目次にもどる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

読まれた物語、飛ぶときの感覚、
  そして愛すべきベゲモート
 
 
 
 
 
 

                 滋賀健介 (大阪府 神経内科医師)         ↑ 目次にもどる
 

 『巨匠とマルガリータ』は、
二〇世紀のモスクワに降り立った悪魔ヴォランド御一行の冒険譚と、
紀元年エルサレムでのイエスと総督ピラト、マトヴェイの物語という、
二つの物語が何度も交錯する小説である。

イエスの受難物語は、
ソビエトの作家である「巨匠」が渾身をこめて書き上げ、
同時代の検閲的作家協会によって葬られた作品そのものでもある。

「物語の中の物語」として、
あるときは悪魔ヴォランドによって物語られ、
あるときは御用詩人イワンに夢見られ、
あるときは「巨匠」の愛人マルガリータに読まれ、
ついにはイエスその人によって読まれる……。
 
 

 物語の終盤、イエスの願いを受けたマトヴェイが、
モスクワの街を見下ろすヴォランド御一行の中に
二〇〇〇年の時を越えて乱入し、
次の場面ではヴォランドが「巨匠」をひきつれて
総督ピラトの前に現れる。
モスクワの物語とエルサレムの物語とが相互嵌入し、
作者が自分の創りあげた物語の主人公の前に連れ出され、
物語を終結=解放させる一言を口にする……。

この作品を読みながら、
何重にも捻られたメビウスの輪の上を歩くような
不思議な感覚に、何度もおそわれた。
 
 

 この感覚は、
ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を読み終えたときの
静かな感銘に似ている。
ブエンディーア一家の冒険譚が終わりに近づいた時、
主人公アウレリャーノが、
千年前記された羊皮紙の記録の中に
自分の最期がすでに記されていたことを見出し、
百年間の喧騒がマコンドの町と共に砂嵐のなかに、
主人公とともに掻き消えていく……。

結末にいたるまで溢れかえっていた、
混沌に満ち、ナンセンスな悲劇的出来事のリアルなディテイルが、
一気に自己収束していく、
あの感覚に似ている。

『巨匠とマルガリータ』の終盤にかけての疾走感
(マルガリータの愛、ベゲモートとコローヴィエフの「大活躍」、
そしてヴォランド一味のエルサレムの物語への大胆な介入)は、
モスクワの街の混乱とエルサレムの物語の収束という二つを
同時にみちびく不思議なカタルシスに達していく……。
 
 

 物語の構造的面白さや
権力への批判的視野が物語の主旋律であるが、
私が最も惹かれるのは、
「巨匠」の愛人マルガリータの飛行と
ヴォランドの愛猫(?)ベゲモートの諧謔である。
 
 

 マルガリータは、
行方不明になった「巨匠」の消息を得たい一心で
アザゼッロの誘惑にのり、
「破滅的で悲劇的な」選択を、
つまり悪魔ヴォランドに身をゆだねることを決意する。

アザゼッロに贈られたクリームの魔力で
マルガリータは浮遊しはじめ、
モスクワの町を縦横無尽に飛行する。
この「飛ぶときの感覚」は、私に
シャガールが描いた空飛ぶ恋人たちの水彩版画を思い起こさせた。

群青の夜空、月あかり、眼下の街、
時に動物たちも共に浮遊させてしまう……。

重力から解放されたシャガールの「飛ぶ若者たち」は、
きっと幾分かの絶望を秘めて飛んでいるように
私には感じられてならない。
地球の重力から自由になるということは、
何がしかの犠牲・贖いを伴うのだと思う。
それゆえマルガリータの飛行は、
どこか運命を秘めた、切なく美しい飛翔なのだ。
 
 

 その一方で、道化役のベゲモートの戯言には、
歯を着せぬ大嘘と
その中の一片の真実のバランスが小気味よく、
何度となく禁じえなかった通勤電車の中での含み笑いを、
私の前に座っていた人は気味悪がったであろう。

権力による抑圧を、
単にルサンチマンという形でガス抜きをするのではなく、
善悪の境界線を
スピード感あふれる諧謔で駆け抜けるその感性に
感銘を受けた。

フランス流エスプリでも、英国的ユーモアでもない。
これを何と表現したらよいのか、
ドミトリィ的、すなわちロシア的なエネルギーそのものである。

五十年経た今日も、新鮮さを全く失っていない。
〈古典〉に値する小説だと思う。                        ↑ 目次にもどる
              
 
 
 
 

SFオタクの
 「巨匠とマルガリータ」を巡る遍歴
 
 
 
 
 
 

              大野典宏(東京都 ロシアSFの人)             ↑ 目次にもどる
 
 

 以下の文章は、
とあるSFオタクのモノローグとして受け取っていただきたい。
 
 

 実のところ、筆者は
ロシア語やロシア文学を専攻したというわけではないので、
文献に恵まれた環境にはいなかった。
したがって、最近まで訳本が入手しづらかった「巨匠とマルガリータ」は
ずっと幻の作品だった。
 
 

 現代のロシアSF・・
ファンタスチカの源流を形作った作家として、
ブルガーコフは絶対に避けて通れない作家なのだが、
実際に読んだことがあるのは
「犬の心臓」と「悪魔物語」くらいしかなかった。
だが、両作品はSFとしても最高の出来だったので、
そのブルガーコフの最高傑作とされる「巨匠とマルガリータ」に対する期待は、
筆者の中ではこれ以上ないほど膨らんでいった。

実際、ローリング・ストーンズ「悪魔を憐れむ歌」の下敷きとなり、
ロシアのSFオールタイムベストでも常に上位に入る作品ともなると、
SFオタクの心を刺激しないはずがない。

話はちょっと外れるが、
ローリング・ストーンズのミック・ジャガーに
「巨匠とマルガリータ」のことを紹介したというマリアンヌ・フェイスフルも、
私と世代を同じくするSFオタクにとっては
「神」に等しい存在なので、
周辺部からさらに期待が高められる結果となっていた。
 
 

 「読みたい病」が高じ、英訳版の本を買い、
インターネットから原著をダウンロードしたりと、
周辺を巡ることだけは続けていたが、
読むことだけはなかなかできないでいた。

そんな折、集英社版を実際に初めて手にすることができた。
群像社版が出版される数年前のことだった。
本を初めて手にした時には、それだけで感動したものだった。
 
 

 ブルガーコフの凄さを今さらここで語る必要はないだろうし、
「巨匠とマルガリータ」のストーリーを語っても仕方がないので省略するが、
読後の最初の感想は
「やっぱり期待に違わぬ出来のSFだ!」というものだった。
 
 

 ここで、「巨匠とマルガリータ」はSFである・・という主張に対して
異論を抱く方も多いだろうと思うので、
ちょっと付け加えておく。

SFというジャンルはやっかいなもので、
冒険小説の側面と、思弁小説の側面を同時に併せ持っている。
最近では、
冒険小説としての側面ばかりが強調されているので
誤解されやすいのだが、
SFの出発は英米ならばウェルズ、
ロシアならゴーゴリの作品に代表される
「幻想的手法を用いた文明・文化・社会批判小説」だったのである。
 
 

 したがって、「巨匠とマルガリータ」は、
幻想的エンターティンメント性と社会批判を同時に併せ持つ、
まっとうで、かつ正当なSFに他ならない。

SFを読み続け、
SFにこだわり続けてきたオタクの一人として、
筆者は逆に問いたい。

 「巨匠とマルガリータ」のどこがSFじゃないの?
            

                                           ↑ 目次にもどる
 

■編集後記 

すぐれた文学作品の魅力は専門家や研究者の文章よりも、
ひとりひとりの読者の声によって伝わっていくのだということを実感しながらこの号を作りました。
特に『巨匠とマルガリータ』という作品は
そういう読者を集めてしまう魅力をもっているような気がします。
                                                      ↑ 目次にもどる

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  編集部から  

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