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ロシア文学を読もう 2号(2000年10月)

「ロシア文学を読もう」は
 群像社を支援する愛読者が発行する
 オンライン版フリーペーパーです。
 
 

【目次】
 ぜひ読んでおきたい一冊 『巨匠とマルガリータ』ブーニンの魅力読者の手紙

















   ぜひ読んでおきたい一冊 
  M.ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』         戻る
 
 
 

                         利府佳名子

   20世紀は、神の死、宗教の終焉を問う百年であったのだろうか。
 英国の新聞「タイムズ」文芸版と「サンデー・テレグラフ」に、
 専門家が選ぶ20世紀を代表する文学作品が発表されたという。
 
 1位のプルースト『失われた時を求めて』、
 2位のトーマス・マン『ファウスト博士』についで、
 3位にブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』。
 
 まぎれもなく今世紀を象徴する傑作である。
 ロシアではブルガーコフの名も代表作の『白衛軍』、
 『巨匠とマルガリータ』も知らぬ者はない。両作品とも戯曲化され、
 特に『巨匠とマルガリータ』の舞台は未だめったに拝めない。
 またたく間に券が売れ切れてしまうのだ。
 モスクワを舞台とするこの作品は、
 実在の建物の部屋で(サドーヴァヤ通り10番地)物語が展開する。
 と、そこがブルガーコフ・ファンの巡礼の地と化し、訪れる人はひきもきらない。
 なぜ、この作品はかくも熱狂的に支持されるのだろうか。

  宗教を否定したソビエト時代のある春の宵、
 モスクワはパトリアルシエ公園のベンチで
 ふたりの文士が無神論談義を繰り広げる場面からこの話は始まる。
 突如話に加わった謎の外国人黒魔術師の予言どおり、
 文壇の頂点に立つ編集者が横死を遂げるやいなや、
 物語は二千年の時を越え
 ローマ総督ピラトとナザレ人のイエスの会話をたぐりよせる。
 その会話にも居合わせたという
 神出鬼没の黒魔術師ヴォランドと御一行のせいで
 モスクワの文化芸術の権威たちは
 次々と不可解な事件に巻き込まれ、消えていく。
 その蔭には、全精力を傾けて書いたピラトの小説を
 文壇の圧力によって葬らざるをえなかったひとりの作家と、
 その彼を巨匠と慕うマルガリータの
 狂わされた人生があった。
 悪魔の求めに応じて魔女に変身することで
 巨匠を救わんとするマルガリータ。
 果たして彼女は巨匠に自由をもたらし、失われた原稿を蘇らせることができるのか?
 「悪が存在しなかったら、善はどうなる」、
 「地上から影が消えてしまったら、大地はどう見える」という言葉を残して
 悪魔ヴォランド一行はモスクワを去っていく……

  ミハイル・ブルガーコフ(1891ー1940)が『巨匠とマルガリータ』を書いたのは
 1920年代の終わりから30年代のモスクワ、
 粛清の嵐の吹き荒れる時代である。
 革命後、白衛軍の軍医であった彼は病に倒れ、亡命しそこねる。
 医者を辞めキエフを後にしてからは、
 首都モスクワで作品を書きながらも
 精神的には亡命者(エミグレ)としてソビエト社会に生きていた。
 『巨匠とマルガリータ』は
 作家の存命中に日の目を見ることはなかった。
 わずかに彼の朗読会でのみ披露されたこの作品は
 ソビエト社会で絶対のタブーであった神の存在を問い、
 当時の粛清の緊迫した事態(人が忽然と消えていく)を織り込んで、
 聞く者たちを震撼させたという。
 『巨匠とマルガリータ』は
 彼が作家生命を賭けて完成させた作品だ。
 そしてある意味では自伝的といえなくもない。
 巨匠の運命はブルガーコフ自身に、
 マルガリータの相貌は実際に魔女的な性格であったという
 ブルガーコフの三番目の妻エレーナに重なる。

  作品を読みながら古今東西の文学、
 そして音楽世界に遊ぶことができる。オペラとしても有名な
 ゲーテの『ファウスト』が重要な伏線にくる。
 登場人物は、ブルガーコフの敵意の対象である
 実在の人物がモデルである場合が多い。
 たとえば編集者の死に狂ったベズドームヌイをトラックに乗せ
 精神病院に連れて行った
 マソリート(モスクワの大文芸協会の略称)の詩人リューヒンは、
 ブルガーコフと険悪の仲だった
 マヤコフスキイがそのモデルだという。
 また、巨匠の作家生命を奪った批評家ラトゥンスキイも、
 ブルガーコフを陥れた憎き批評家リトフスキイが
 そのモデルのひとりとされる。
 このリトフスキイのアパートにむかって
 ブルガーコフは魔女となったマルガリータを飛ばし、
 その窓を叩き割らせ、破壊の限りをつくすのだ。

  こういうプロト・タイプ探しがお好きな読者は、
 ロッキード神話社刊の『ミハイル・ブルガーコフ百科事典』(ロシア語)か、
 またアメリカの文学者のホームページ
 (http://cweb.middlebury.edu/bulgakov/
 を片手にお読みになれば、
 おもしろさも倍増することうけあいだ。特に後者は
 関連項目が豊富で、文頭でふたりの文士が公園で飲んだ
 アプリコット・ジュースのラベルまで載せている入念さである。
 
  今世紀最大のテーマを劇色豊かに描くブルガーコフ渾身の一作。
 世紀末に間に合った今度の新訳で
 初めて分かる数々の言葉の仕掛けと魅力
 (悪魔御一行の逃走経路が分かる地図も付いた)。
 この一冊(上下の二巻)を手に取ることのできる幸せを、
 是非あなたもご堪能あれ。

オンライン版「ロシア文学を読もう」
『巨匠とマルガリータのめくるめく世界』へとぶ。


      ロシア初のノーベル文学賞作家、ブーニンの作品集が、 2002年2月、群像社から刊行!
                 第1回配本は自叙伝的散文集「呪われた日々・チェーホフについて・他」(第5巻)と
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                  詳しい案内につきましては、群像社からメール新刊案内を出しますので
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