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ロシア文学を読もう 3号(2000年11月)

「ロシア文学を読もう」は
 群像社を支援する愛読者が発行する
 オンライン版フリーペーパーです。
 

【目次】
−秋の夜長にふさわしいロシアの詩、そして音楽! −
オシップ・マンデリシュタームの詩集「石」をめぐって「石」によせて 福田正道

オネーギンによせて 目地史朗チャイコフスキイによせて 増田良介

                                                                                    編集後記
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オシップ・マンデリシュタームの詩集「石」をめぐって         戻る
 
 

              
      ――訳者のノートから――
 

                                             早川眞理

  オシップ・マンデリシュタームは1891年1月15日(旧暦では3日)、
 ポーランドの首都ワルシャワでユダヤ系の家庭に生まれ、
 翌92年、一家をあげてロシアへ移住した。
 やがてロシア語を母語として詩を書き始める。
 「その初期の詩は完成度と独創性で人々を驚愕させた。
 …略…
 マンデリシュタームの詩と呼ばれている
 この新しい妙なる調べがどこから私たちにとどいたのか、
 誰も示すことはできまい」
 とアフマートワは『日記断章』に記している。

  Звук осторожный и глухой
  Плода,  сорвавшегося с древа 
  Среди немолчного напева
  Глубокой тишины лесной

  森の深いしじまの
  小止みない旋律のなか
  樹からはがれた木の実ひとつ、
  その慎重なかそけき響き…

  例えば、序詩として詩集「石」の冒頭を飾るこの四行詩は
 動詞は使わずに、
 名詞(5)、形容詞(5)、形動詞(1)、接続詞(1)、前置詞(2)から成り、
 第一行の主格に続く第二行以下は全て生格。
 そこで詩行から詩行へ全四行がひと連なりとなり、
 囁きともしれぬ旋律を奏でている。
 (日本語の構文上、第一行から訳し始めるとこの調べを表すのは
 残念ながら不可能と思われますが、どなたか試してみてください。)

  マンデリシュタームの詩集「石」には象徴主義時代の作品と
 アクメイストになってからの詩が収められているが、
 初期の象徴主義時代の詩を読むとき、
 わたしが想い起こす一人の日本語詩人がいる。

  詩人崔賢錫は詩集「毬果(まりも)」(昭森社、1965年刊)の奥付によれば、
 1935年、朝鮮全羅北道南原に生まれ、
 五歳のとき一家渡日。
 早大露文科を中退。詩集には16、7歳から21歳までに書いた
 28篇の詩が収められている。
 初期マンデリシュタームとの共通点として
 崔賢錫の詩が象徴主義の詩だというのではない。
 移住先の国の言葉で詩を書き始め、
 若年にしてその詩の独特さと高い完成度が
 マンデリシュタームを連想させるのだ。
 一篇だけ、『埴輪』を引用しておこう。

  騒擾する革袋の海の
  綻びから
  なんだろう
  洩れいでた古めかしい甲羅蟹のこの喜びは!
  灰色に荒ぶ畸形の海から来るためには
  鎧うよりほかなかったのか
  暁暗の波がしら打つ岩々を
  朝凪の渚を這い
  丘陵に至って埋もれる迄
  それは
  息絶えなかった
 
  のちの日には
  むかしむかしの白痴の埴輪となるだろう
  からたちかこむ芝生路をゆき
  発掘してむきあうときも
  渝(かわ)らぬのどかな  ほおえみとなろう

  マンデリシュタームの詩が
 ロシア語という古い革袋に注がれた芳醇な酒であったように、
 崔賢錫の詩も
 日本語という古い革袋に注がれた新しい酒であったように思われる。
  
  マンデリシュタームの詩業は「石」から詩集「トリスチア」へ、
 その後の詩へとさまざまに変転していく。
 崔賢錫は後年、「毬果」の詩をハングルに訳し、
 日本語の原詩と併載した詩集を再出版している。
                               (ルビは筆者)

 「石」の初版本

 『詩集 石』より (早川眞理訳)

  ただ子どもの本だけを読むこと、
  ただ子どもの思いだけを愛(いと)おしむこと、
  大きなことはすっかり遠くへ吹き散らすこと、
  この深い悲しみのなかから蹶(た)ち上がること。

  ぼくは生あることに死ぬほど疲れてしまった、
  生からうけとるものはなにもない、
  けれどもこの貧しい地上を愛している
  ほかの世は見たことがないから。

  ぼくは遠く離れた庭園でゆれていた
  粗末な木のブランコに乗って、
  あの暗くそびえる樅の木々を
  朦朧(もうろう)とした熱に浮かされ思い出している。
                    
                             1908
 

「石」によせて       読者より             戻る

口あたりのいい お酒ほど あとで きいてくる
平易な言葉を重ねて あるようで 気がつけば
人は結局 自分の観たいものしか みえないのだろうか…。
あるいは 毎日に 慣らされてゆく
時に詩人(達)は 観たくもないものを つきつけてくる。
一瞬のきらめき あるいは あいまいな 暗やみ
日常から 離されてしまう不安、異和感、とまどい
とっつきにくさを うけながらも 拒絶されているなどと思いもせず
「石」 それらとは別の感覚 以前にどこかで
であったような風景 そこにいたはずはないのに
異国へのおもい おきざりにされない言葉 
私を うけいれてくれる場所。本当はそれが恐い。
詩は言葉か? 音? 否、魂 
なら ただ感じるしかない。音楽も、絵も、
くり返される問いかけ 詩を訳することは可能か
う〜ん。
魂を伝えることはできる
そして訳者は 畏れと敬愛をもって 詩人の魂を
とらえた……と思う。
「石」 どこが気に入った
あれこれ答えず まあ一杯 象徴主義 アクメイズム 
ふ〜ん なんのことだかと とぼけて
なぞ解きは誰かに まかせて
ページをめくり 指が えらんだ ところを
そこが訳注なら もう一度
結局 全部 読んでしまうのだから
                
                    (大阪市 福田正道)
完訳 オネーギン』小澤政雄訳)によせて             戻る
 
 
 

 他人より少しへその曲がっている僕は
〈国民的詩人〉という国民栄誉賞みたいな勲章をつけられたプーシキンを、
なかなか読む気になれなかった。ところが、そのプーシキンの
「詩人は駆けていく、野性露わに心厳しく、
響きと興奮にみちみちて、
荒涼と波打ち寄せる岸辺へ、鬱蒼とざわめきたる森へ……」
なんていう詩句に出会えたおかげで
(「詩人」、早川眞理訳、ロシア文化通信『群』14号)、
急にプーシキンが反大衆的、非国民的詩人に思えてきて
うれしくてならなくなった。
古代ギリシア・ローマの時代から詩人は
国家に煙たがられ追い出される運命だったという。
非国民的詩人なら、これはやっぱり本当の詩人だ、
読まずにはいられない。
 
 というわけで遅まきながら詩人の代表作
『エヴゲーニイ・オネーギン』(小澤政雄訳)を
手に取って頁を開けば、本編の前からもう
「受け取り給え、いろとりどりの、
なかば滑稽で、なかば悲しい、
庶民的で理想的な章の集まりを」
とくるからたまらない。
滑稽であると同時に悲しくて、庶民的であると同時に理想的だなんていう、
このどっちつかず、この行ったり来たり
(しかも「なかば」と念の入れよう)、
それがどんな「章の集まり」か、
何となく分かるといえば分かる仕掛け。
いや、その前にある本の扉からして
「韻文小説」
つまり「詩に入れた長編小説」とことわってあるから、
これはもう二つの原則、
二つの目線が交わりあって同居して、
くっつきそうで離れますと予告してあるようなもの。
二つの、とはもちろん
オネーギンと女タチヤーナの(と同時にオネーギンとレンスキイの)、
あるいは姉タチヤーナと妹オリガの、
そしてまた都会と田舎の、
はたまた社交界使用後と使用前の)。
 かくして二つの原則がからみあう本編はといえば、
もう恋の物語しかありえない。
どんな? 
それをここでなぞるのは間抜けな話。
この典型的恋物語の変奏曲あるいは亜流の方を僕らはきっと
無意識のうちに何度も耳にし目にしているはずだから。
小説でも戯曲でも、
そしてまた映画や果ては今時のテレビの連続ドラマでも。
それほどに『エヴゲーニイ・オネーギン』には
恋愛物語の要諦がつまっている。
それはプーシキンが本当の詩人であるからなしえたわざにちがいない。
詩人も恋も、お上お国の理屈にソッポを向くこと、
非国民的なところにその本質がある。
「詩人よ、民衆の愛を重んじるなかれ」だ
(「詩人へ」、早川眞理訳、前掲通信)。
社交界の規範をはずれ、
時の皇帝にまでなぜか煙たがられるうらぶれた恋の主人公
現代の詩人オクジャワが長編『ディレッタントの旅』として奏でたのも、
この線にそっている。
そして詩人にはなれなくても、詩人の側に身を寄せて、
詩人たちの物語を読むことはできる、ぜひともしなければならない。
それは詩人への恋ゆえではなく、友情ゆえ。
そのことも同時にプーシキンは告げている。『エヴゲーニイ・オネーギン』の冒頭で。
「出来れば君に献じたいのだ
君にもっとふさわしい友の証しを」
  
                                       岐阜・目地史朗
   ◆この「オネーギン」は作者の注をすべて収めた日本で初の完訳版
   訳者による詳細な注を含め、
   この本でなければ味わえないプーシキンの魅力と深みが満載されている。
   初めて読む人も以前文庫で読んだ人も、きっと満足するはず。
                                    (編集子より)
 
 

サハロワ『チャイコフスキイ』によせて
           文学財産と同時代人の回想                 戻る
 
 

――いつもはどちらにお住まいですか?
 クリン市近郊の屋敷に暮らしていますが、
むしろ放浪生活を送っていると言ったほうがいいでしょう。
特にここ十年は。」(94頁)
 
 インタビューしているのは、雑誌『ペテルブルク生活』、
答えているのはかの大作曲家チャイコフスキイ。
生きているチャイコフスキイ
この本には、彼の謦咳をリアルに感じさせるこのインタビューだけでなく、
評批書簡、同時代人の回想などがたくさん収載され、
チャイコフスキイと周辺の人々の生きた世界が息づいている。
それにしても、歴史上の人物が
こういうテレビ雑誌みたいなインタビューに答えたり、
始まって間もないバイロイト音楽祭のレポーターを
務めたりしているのを読むのは
奇妙な感覚がある。
しかし、これを奇妙と感じるのは、
我々が知っている大作曲家たちの生涯が、
伝記作者たちによってわかりやすく調理されたものばかりだった
からではないだろうか。
その昔は「苦悩の道を行く楽聖」、あるいは
「音楽で民衆とともにたたかった闘士」、
そしてその反動としての偶像破壊。
モーツァルトは下品、ベートーヴェンは偏屈、チャイコフスキイは同性愛云々。
別に大作曲家でなくても、一人の人間の生涯をそこまで単純化して
真実が見えるはずがない。
「貧乏な家に生まれても努力すれば出世できる」の類の、
お手軽に感動できる「物語」が欲しいならそれも良いが、
非凡な音楽を生み出した精神の秘密に触れたいと望む読者にとって、
単純すぎる「物語」は邪魔なだけだ。
 チャイコフスキイは、R=コルサコフムソルグスキイら、
いわゆる「五人組」と敵対関係にあったと言われている。
これは当時からそうであったようで、
上のインタビューでも彼はそのような見方を強く否定し、
自分がいかにR=コルサコフを高く評価しているかを力説している。
でも真実はどうだったのか。
「……才能から言うと、彼〔ムソルグスキイ〕は、
おそらくこれまで挙げた誰よりもあるでしょうが、
視野の狭い人物で、自己完成への欲求もなく、
自分のグループの馬鹿げた理論や、自分が天才であることを盲目的に信じています。
その上、どこか卑しいところのある人物で(中略)ところが実際、
彼には才能あふれた、しかも独自性を失わない閃きがしばしばあるのです。……」 
                           (117〜8頁 N・メック夫人への手紙)
「やはり本当は嫌っていた」と見ることも
「やはり批判しながらも認めていた」と見ることもできよう。
しかしそんな要約では、
この手紙に込められた複雑な感情は漏れ落ちてしまう。
そして、それこそが大切なものだと考える人にとって、
この本はかけがえのない一冊となる。 
                                    東大阪市・増田良介
《本書の目次より》
音楽評論と回想
  リムスキイ=コルサコフ氏の『セルビア幻想曲』について
  『ルスランとリュドミラ』再び
  第二回交響曲の集い――パッチ女史の記念興行
  読者との対話
  音楽雑報 イタリア・オペラの『ドン・ジョバンニ』と『ゾラー
  バイロイト音楽祭
書簡
チャイコフスキイの思い出
  弟ミハイル、ラロシ、パナーエワ=カルツォーワ、
  プチェリニコフ、メック=ダヴィドワ、チェルノモルジコフ、
  フョルスター、プリャニシニコフ、ヘッシン、
  ポプラフスキイ、ブキニクによる、
  少年時代から音楽院のころ、パリ公演、そして最後の日までの回想録
 チャイコフスキイの家族
        ◆自筆スコアなど豊富な写真略年譜付き。 (写真は本書より)

          編集後記

                 ◆「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。
         (しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)
         かの有名な『星の王子さま』の献辞ですが、そのわずかな大人たちが
         詩人とよばれる人たちなのでしょう。富山大学で教えていらっしゃる
         詩人ヴェチェスラフ・カザケーヴィチさんの最新詩集「ルナート(Лунат)」にも
         「にじ」という一篇があります。

         こどもたちが 店のわきの
         みずたまりや ぬかるみでおどっている
         うれしいのには わけがあるのだ
         空に にじが かかっている
     
         サーシカ マーニカ エゴールカ
         お店のそばで おどってる…
         しきりに ぼくは つらくなる
         なんとなく わけもないのに

        ◆粛清の時代を生き延びた人のなかには、
         心に一篇の詩を抱いた人が多かった、と教えてくれたのは
         カザケーヴィチさん。編集作業をしながら、
         ふと、この詩を連想しました。

        ◆寄稿してくださる方々のおかげで、3ヶ月にして第3号、
         ロシアがらみでは破格(!)のペースです。いきなりの
         ペースダウンがこわい……。
         みなさんの寄稿をどんどん掲載して、
         『ロシア文学を読もう」の輪を広げたいと思っています。
         ご支援ください。
                                (尾家順子)

        
          
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        「読もう」編集部までどうぞお寄せください。
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         「読もう」編集部 yomo@gunzosha.com
         
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        非営利目的で発行する電子フリーペーパーです。
        読者と出版社をつなぐ新しい形を模索していきたいと思っています。                               戻る