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   ロシア文学を読もう 7号(2001年6月25日発行)

   「ロシア文学を読もう」は
  群像社を支援する愛読者が発行する
  オンライン版フリーペーパーです。
 

                                                   【目次】
              
                                                        七十年代のモスクワ――時代の匂い
                                           トリーフォノフという作家
     
                                    |感覚の共有 ジンベルグ(岡林)茱萸1970年代とは 長井康平
   
                                                      |作家案内 ユーリー・トリーフォノ

                               |タガンカ劇場の芝居 トリーフォノフの『交換』(『アパート交換』) 宮澤俊
      
                                                                |読者の感想 『彼女の人生』

                                           |トリーフォノフの作品 『その時、その所』 その他の作品
                        
                                                                       |編集後記
 
 
 
 
 
 

     七十年代のモスクワ ―― 時代の匂い
         

           トリーフォノフという作家
 

      「停滞の時代」と言われる一方で
    「すべてはあの頃から始まった」とも言われる七十年代。

    オクジャワの歌が小声で口ずさまれ、
    スクリーンではシュクシーンが、
    タガンカ劇場ではヴィソツキー
    人々の内なる叫びを代弁。
    文学ではラスプーチン、トリーフォノフたちが
    時代の空気を確実に文字に刻んでいました。

    ペレストロイカ後、七十年代の文学は
    一時忘れられていたようでした。ところが
    今年になってトリーフォノフの著作、
    彼についての研究書が出始めています。
    九十年代のつかのまの宴の後、人々が再び
    内省の声に耳を傾け出したのでしょうか。

    今回は七十年代のモスクワに暮らし、
   その空気を呼吸したお二人、
   ジンベルグ(岡林)茱萸氏、元特派員の長井康平氏が
   原稿をお寄せくださいました。
 
 
 
 
 
 
 

感覚の共有                                                戻る↑
             
                                   ジンベルグ(岡林)茱萸

 

       「何かをまっすぐにいわないのが文学なのです」
    昔読んだ作家の発言である。
    文学のひとつの面をいい当て、しかし
    文学のすべてを語っているわけではない。
    すべてをいい得てはいないが、
    側面の真実たりえている。
 
      トリーフォノフの文章を読むとき、
    この側面の真実に触れることができる。
    トリーフォノフの文章とは、
    たとえば次のようなものだ。
    過去の出来事が、積もった塵ごしに漠然とある。
    正確にいえば、あるらしい。
    それは直截的に名指されることも、語られることもない。
    語られない出来事は、語られないことによって、
    読み手の意識に投影する。
    しかし出来事に関与した人間達の心は、
    ゆっくりと遠回りをしながら
    細かな襞のひとつひとつに目を配りながら、
    眼前にひらかれていく。
    ひらかれていく心にできごとの深い影が揺らぎ、
    私たちはできごとの意味をぼんやり感じとる。
    トリーフォノフが描く襞のひとつひとつは
    とても個人的な感覚で反応し、震えるので、
    そこにいる人間を包んでいる空気は、
    ページを繰る私の頬をかすめる気さえする。
 

       たとえば、『その時、その所』
    小説の書き出しの繰り返す問いかけ。
    「そんなことを思い出して何になる?」
    それは
    「日差しとさわめきにあふれ、
    心浮きたつ機関車の焦げ臭い匂いが漂っていたプラットホーム」、
    「濡れた砂で作った尖塔」、
    「市電の座席の背もたれについた取っ手が白く輝いていたこと」、
    「母親の平手打ち」、 「きらっと光った涙」の、
    記憶に沈むひとつひとつの感覚である。
    それらの感覚に説明は必要だろうか
    読み手である私が、
    列車で去っていこうとする父親の指をつかみ、
    「一八日までに帰ってくる?」と訊く少年の、
    全身に走る震えを共有するのに、
    どんな前提が必要だろうか?
    この作家の文章のさまざまなページで体験する「感覚の共有」。
    人が異なる「その時、その所」で体験する感覚が、
    読むという行為のなかに結ばれるということでもあろう。
 

       繰り返す問いかけ。
    こんなことを思い出して何になる?
     少年であった者は老い、
   「帰ってくる」はずの父は二度と帰らなかったのに。
    しかしこれらの感覚はできごとに結びつき、
    だからこそ忘れることのない痛みや痒みとして、
    少年であった者の記憶に存在しつづける。
    それは思い出すのでなく、
    人間の精神を支える小骨として
    体内に存在している。
  

       『河岸通りの家』は、
    別な痛みを呼び覚ます感覚が潜んでいる。
    モスクワ川のクレムリンにほど近い岸にあるアパートは
    市民からそう呼ばれてきた。
    トリーフォノフの作品の題名でもある。
    関心を持たない人間からは閉ざされている「場所」で、
    時に想像を越える
  こまやかな襞がそこここに開かれる。
   たとえば、グレーボフが『河岸通りの家』に持つ特別な感覚。
    これに感情という言葉を当てるのは正確でなく、
    感覚としか呼び得ないものだ。
    小説で「大きな家」と呼ばれる家は、グレーボフにとって、
    一面いっぱいに鏡を張ったエレベーターであり、
    中にこもる犬の匂いであり、煙草の香りである。
    ダイニングの天井に下がるシャンデリア。
    ちょっとフォークをつけただけで無造作に脇に押しやられるケーキの皿。
    「大きな家」の間近であって、その外にある古アパートから、
    学校友達の住宅がある「大きな家」の暮しを見続けることによって
   培われてきた感覚。
    臭覚であり、視覚であり、
    耳が捉えるかすかな音でさえある。
    それらの知覚は他方で、
    自宅に通じる薄暗い階段、
    共同アパートのドアに貼り付けられたいくつもの表札、
    台所から廊下に漂うゆでたキャベツや石油コンロの匂いを捉え、
    やがてひとつの感覚に結ばれる。
    それは作品の中でНесоотвествиеと呼ばれる。
    ここでは仮に「ズレ」と訳しておく。
    この感覚は子供の腕にできる引っかき傷のように、
    心をいつの間にか傷つけ、
    やがて表面からは失われるが、
    底に沈んで動かなくなる塵になり、
    一生失われることなく、
    痛みや痒みを時折呼びさますようになる。
 

      人は、子供の頃の、
    もっとも思い出したくない、見たくない光景を、
    遠く歳月を隔てて夢に見ることはないだろうか。
    思い出したくはないが、感覚としてのこり、
    それが稀に人を揺さぶり、
    震えさせもする。
    グレーボフが子供の日に体験した感覚は持続され、
    大人の人生を支える土台としてひそかに機能するが、
    それに気づく人は少ない。
    静かな努力によって「大きな家」の住人になる資格をほぼ手にし、
    高層にある恋人の住宅で朝食をとりながら、
    眼下にモスクワ川やクレムリンの尖塔を見下ろす
    グレーボフ自身はどうだろうか。
 

       幼い人間の記憶に刻まれる感覚は、
    意志と関わりなく
    決定的な性格を持つのではないかと思うことがある。
    森有正が「一つの生涯というものは、
    その過程を営む、生命の幼い日にすでに、
    その本質において、
    残るところなく、露われているのではないだろうか。
    この確からしい事実は、悲痛であると同時に、
    限りなく慰めに満ちている」と書いたのは、
    その意味においてではないだろうか。 
 

      トリーフォノフの文学は、
    失われた時の模索ではないだろう。
    過去の感覚を辿ることで、
    自分という人間の拠って立つ位置を確認することでもない。
    思い返すと、トリーフォノフを読むことは私にとって、
    「感覚の共有」であった。
    またトリーフォノフの作品を通して、
    私自身の生涯を支えてきた
    ひそかな感覚を甦らせるプロセスでもあった。
    人間がどのように生きるものか、
    何を重く感じ、何に躓き、
    何を恥じ、ひた隠して、
    ひそかに狙い定めた方向にハンドルを切るのか。
    トリーフォノフのどの作品でも、
    それを思わずにはいなかった。
    ひとりの人間の生を支えるものの大きさは、
    ときに卑小さでもある。
    トリーフォノフの伝記的事実がどうあれ、
    私にとってトリーフォノフの文学はそういうものである。
        
 
 
 
 
 
 
 
 

一九七〇年代とは                                戻る↑
                 
                                                      長井康平
                            
 
 
 

       夏の間ずっと、モスクワは灼熱と煙霧で息が詰まりそうだった
      ―― 一九七二年の八月のことを、
    トリーフォノフは『河岸通りの家』の冒頭で書いている。
 

      三十年前に思いを馳せると、
    どんよりと翳っていたあの夏の太陽と
    ツンと鼻をつく煙の臭いがよみがえる。
    郊外に広がる泥炭地があちこちで発火し、くすぶっているのだ。
 

     事件が醸し出す非日常的な興奮はなく、
    当時のソ連を被っていたモヤモヤした閉塞感が
    目に見える形で現れているように思えた。
 

      アメリカの深入りで泥沼化しつつあったベトナム戦争、
    アメリカと戦う解放勢力を支援するソ連と中国。
    その中ソも激しく対立している。
    一方で六八年の「プラハの春」に続く
    その夏のソ連軍による
    チェコスロバキア民主化の圧殺とソ連流“正常化”の進行。
 
      「 “敵 ”がいなければ諸君は生きられない」と
    後に作家ソルジェニーツィンが
    作家同盟への公開書簡で書いたように、
    イデオロギー支配が国の内外に充満していたのである。
 

     七〇年代の最初の三年近くを私は
    新聞の特派員としてモスクワで過ごした。
    それに先立つ六八年秋から一年間を、
    モスクワ大学文科系学部の
    外国人のためのロシア語講座に出席していた。
    そこでいっしょに授業を受けたパキスタン人、
    ビルマ人の大学院生とある日レストランで食事した。
    若い男が相席になった。
    ロシア人だった。
 

      同席者に他のロシア人がいないため気を許してのことだろう。
    ソ連軍のチェコ侵入後、
    軍慰問の楽団員として同国入りした際の話をした。
    チェコ国内をバスで移動すると、
    ソ連の人間と知ってチェコ人たちは
    脇を向いてツバを吐いたという。
 

      「プラハの春」圧殺にチェコ入りしたソ連軍の戦車兵らが
    市民の非暴力の抵抗(抵抗というより説得)を受けて
   立ち往生する様子も
    日本をはじめ西側のマスコミでは伝えられていた。
 

      歴史的文脈の違いはあれ、私はふと
    一八二五年のデカブリストの乱を連想した。
    ナポレオン戦争で西欧へ足を踏み入れたロシアの貴族将校らが、
    進んだ西欧を知って
    ロシアの専制政治に対して武装蜂起した事件だ。
 

      征圧したチェコスロバキアの現実を見た
    ソ連軍の将兵や関係の人々による
    同種の可能性を夢想したものである。
 

      当時のソ連の経済停滞は、
    世界にその姿を曝していた。それでもなお
    七一年春のソ連共産党第二四回大会では、
    相も変らず中央集権強化が唱えられていた。
 

      それは文学や芸術、
     ひいては社会の空気にまで及んだ。
    「文学と芸術は党の忠実な助手」
     という原則が貫かれていた。
 

      検閲を辛うじてかいくぐったり、
    検閲官の眼を眩ませたりできたものが
    ほんのわずかながらも流布し、
    また上演、上映されていた。
    ブルガーコフの『悪魔とマルガリータ』
    (原題『巨匠とマルガリータ』)は
    作者の死後二十六年を経て
    一九六六年にようやく雑誌に掲載されたのだが、
    七〇年代に入っても掲載誌「モスクワ」が
    ぼろぼろになるまで回覧されていた。
    私もそれを手にすることができたが、
    検閲で大量に削除されていることは、
    ソ連の知識人はもちろん百も承知の上。
    削除部分はサムイズダート
    (地下出版、原意は自家出版)で流布していた。
    ヴィソーツキーの舞台は
    タガンカ劇場で見ることができたが、
    公認されていない彼の弾き語りの詩の多くは、
    オクジャワのそれと同様、
    マグニトイズダート
    (マグニトフォン、つまりテープレコーダーによる複製のこと)
    で人の手から手へと渡るのだった。
 

      パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』や
   シニャフスキー、ダニエルらの先駆例を経て、
    ソルジェニーツィンの『収容所群島』も
    タムイズダート(国外出版)によらなければ
   陽の目を見ることのなかった現象である。
    この七〇年代半ばの現象は
    タムイズダートが直ちに国内に賛否の反応を促し、
    しかも国際的な反響につながるという問題であった。
 

      西側のジャーナリズムは、
    反体制派や異端派と言われる作家たちに
    注意を傾けていたが、
    一九七〇年代のトリーフォノフは
    歴史小説『焦燥』のほかは、
    静かにモスクワの知識人をめぐる中編を
    次々に発表していた。
    家庭不和や職場の日常のいざこざなどを
    細部にわたって描きながら、
    自身のゆるぎない倫理観を打ち出している。
 

      外部の世界に強く支配されながらも、
    人間の内部を深く究めたいとする
    読者の共感を呼んだのだった。
 
 
 
 

        作家紹介                             戻る↑


          晩年のトリーフォノフ 右は妻

     ユーリイ・トリーフォノフ(1925 ― 1981)
 

       革命で勲功のあった高級官僚の家に生まれ、
    モスクワ河岸の「大きな家」と呼ばれる官舎で
    幸福な幼年期を過ごすが、
    スターリンの粛清で両親が逮捕、
    生活は一変した。
    学生のときに発表した『大学生』がスターリン賞を受賞、
    一躍脚光を浴びたが、後に
    「私が書いたのではない本」と自分を責めた。
    概して初期の作品には不満で、
    「なんらかの転換を求めてもがいていた」。
 

      1954年の「雪解け」が作風に影響を与え、
    1965年に発表した『かがり火の照り返し』は
    作家に転換点をもたらした。
    資料の助けを借りて、国内戦の頃の
    「あのうずくような巨大なかがり火の雰囲気」
    を再現したこの作品は
    「どの人間にも歴史の照り返しがある」という視点に貫かれ、
    自身「あれほど貪るように、興奮を覚えて書いた作品はない」
    と回想している。
 

       これとほぼ平行して
    人民の意思派に関する『焦燥』を書いた後、
    作家の関心は市井の人々、
    日々の営みのなかにひそむ未踏の地へと向っていく。
    「モスクワもの」と称される一連の作品
    (『交換』『とりあえずの結論』
    『長い別れ』『彼女の人生』『川岸通りの家』)には
    都会に暮らすインテリたちの「極小世界」が、
   時代との関係性においても描かれている。
    作家は『彼女の人生』の主人公の一人セルゲイに
   「人間は時を跨って伸びた糸であり、
   歴史の最も繊細な神経」だと言わせている。
    遺作『その時、その所』では
    「私」とアンチーポフに交互に語らせるという手法で、
    三十年代以降のソ連市民を飲み込んだ過酷な運命が、
    モスクワのさまざまな「所」を横軸にして語られる。
 

     最後のインタビューで
    「あの時代の重要なことはまだ書いていない、
  いつもそんな気がしている」
    と述べたトリーフォノフ。
    五十六歳という早かった死が惜しまれる。
 

    
 
 
 
 
 

タガンカ劇場の芝居                                      戻る↑
        トリーフォノフの『交換』(『アパート交換』)
                      
                      宮澤俊一
 
 

      いまだにタガンカの主要なレパートリーである
    トリーフォノフの『交換』(別訳『アパート交換』)について、
    ロシア演劇研究家の宮沢俊一氏(群像社の前代表)はこう書いています。
 
 
 

       『交換』は、1969年に中堅作家トリーフォノフが
    「ノーヴイ・ミール」誌に発表した小説の脚色である。
 
   主人公は37歳のエンジニア。
    技術系の大学を出て、
    石油・ガス工業機材の研究所に勤めて14年。
    インテリで美人の妻と、小学校へ通う娘が一人。
    平凡なモスクワ市民として誠実に暮らして来た。
    一人暮しの母親が胃の手術を受けるが、
    本人はガンだとは知らず、
    一時的に快方に向かったのを
    全快するものと信じて退院してくる。
 

     その時、それまで彼の母親と
    一緒に暮らすことを拒否し続けてきた妻のエレーナが、
    「お母さまと一緒に暮らす」ことを提案する。
 

      これは一見ヒューマンな提案に見えるが、
    実はそうではない。
    この提案は、住宅が家族数に見合った
    厳重な割当制であるソ連では、
    何かの理由で別居を望む家庭と住宅を交換して、
    自分たちが部屋数の多い住宅に移ろうということである。
    母親が別居のまま死ねば、
    母親の部屋は国家に返還されてしまうが、
    同居後だとその部屋は自分たちのものになる。
 

      この夜、妻に背中を向けて寝る主人公は、
    自分の来し方を振りかえり、
    自分たちの生活が
    どうしてこんなに重苦しいものになってしまったかを
    考えはじめる。
    主人公はそれを客席に向かって語り
    舞台ではその語りのエピソードが演じられる。

     (略)

      すべてを思い出してみても、
    それは過去のことで、
    現実の複雑な矛盾を解くカギにはなりえない。

    (略)

      『交換』などを見ると、
    民衆の生活と結びついてこそ
    いいものが生まれることを、
    あらためて感じさせるものである。
 
 

      
        タガンカ劇場『交換』の一場面
 

    (1976年7月13日 朝日新聞 「モスクワ演劇だより」より)
 
 
 
 
 
 

    読者の感想                                      戻る↑

       トリーフォノフ 『彼女の人生』       
          
 

      まだ四十才にも満たない一人の女性、
    突然夫セリョージャに先立たれ、
    娘と姑をかかえて生きるオリガ・ワシーリエヴナ。
 

      彼女の内なる心の軌跡を、
    丁寧に眼を外らさず辿る追憶は、
    その場その場の生きた呼吸を深々と感じさせ、
    大都会モスクワの市民の日常を
    鮮やかに浮かびあがらせている。
    まさにその時その時のオリガとセリョージャ、
    妻と夫の人生が、かみ合わない感情のずれが、
    そしてまわりの人々の暮らしが、
    行きつ戻りつのオリガの心の声によって
    紡ぎだされていく。
    知らず知らずに、
    会った事もないオリガの気持に寄り添い、
    「そうね、そうそう…」と頷いている自分に気づく。
    決してきれい事だけではない、
    深い内面の心のひだを、
    揺れる心のうごめきを克明に追い、
    生きた言葉が往き来する。
    時折、織り込まれる込み入った比喩や内なる声の饒舌さに、
    些か圧倒されながらも
    彼らの世界に包みこまれてしまう
    ほんのわずかなボタンのかけ違いで、
    心はすれ違い、
    言いようのない疲労と絶望、
    寂寥感に陥ってしまう危うさを、
    改めて納得させられる。
    モスクワという土壌に何らかの滋養を得ながら、
    愛する夫と、娘、姑との暮らしや
    人間関係の煩雑さの中で、
    否応なく時は流れ、
    オリガの魂は放浪する。
    光も影も、良くも悪くも丸ごとの
    何という濃密な「生」を生きているのだろう。
    彼女の喜び、悲しみ、痛みへの共鳴とともに、
    もうひとつの人生に身をおきつつあるオリガの
    しみじみとした思索の中に、
    ほんの少しの光明を感じ、
    私の心も少しずつ軽くなる。 
 

     それにしても、
    こんなにも女の心を深くつかみ、
    琴線に触れ、読み手の芯に響かせる
    繊細でかつ饒舌な描写は、
    どのような精神から産み出されるのであろうか。
    作者へ、更にそのほかの作品へと
    私の心は傾きかけている。
 

                        大阪府 福島敦子

トリーフォノフの作品 群像社の本から                 戻る↑

  『彼女の人生』      あらすじ  
 

     
          

              
    愛し合って結婚したオリガとセリョージャ。
    だが、夫は一人娘を残して42歳でこの世を去る。
    オリガに残されたのは姑と娘に翻弄され、
    仕事に追われる毎日だった。
    夫との過ぎ去った生活を回想するオリガ。
    だが、彼女の思い出のなかで、
    夫との過去はときに醜く歪んでみえる。
    やがてオリガは、新たな生き方を選びとる。
    孤独な女の内声が時に煩悶し、
    時に労わるように
    饒舌な自己対話を繰り広げる過程で、
    少しずつ哀しみが昇華されてゆく。
    トリーフォノフの絶頂期の一作。  
 
 
 
 

 

     
 

遺作長編小説  『その時、その所』

                                     江川卓・吉岡ゆき共訳 

         
 
 
 

     30年代、粛清の嵐が吹き荒れるモスクワに、
    孤児同然となって残されたアンチーポフと「僕」。
    時代はふたりを呑みこむように渦巻き、
    人々は息を殺して嵐をやりすごそうとする。
    主人公らが作家として大成するまでの
    模索と孤独な老いを迎える心中が
    時代との交差軸に映し出される。

       最後にアンチーポフは
    「ぼくが生きてきた時間にまさる時間はなかった」
    と回想する。

      作中ある女性に
    「何事にも、それなりの時とそれなりの場所とがある」
    と語らせたのは、
    晩年のトリーフォノフが行き着いた心境だったろうか。
    作者の私小説的作品と評される作品。
 

   
 
 
 

  その他のトリーフォノフの作品、評論  
         『ソヴェート文学』の既刊から

  
   短編『茸の秋のこと』草鹿外吉訳  (89号)900円(税別)
 

  『自分のための覚え書き』草鹿外吉訳  (95号)900円(税別)
 

  【評論】
    ボチャーロフ『落葉―『その時、その所』断章の後書き』  (81号)780円(税別)
 
 
 
 

 

    編集後記                                                             戻る↑

  
  ◆昨8月の創刊から7号となった「ロシア文学を読もう」。
  ホームページを開設しました
  バックナンバーに加え、
  特集の『巨匠とマルガリータ』のコーナーでは、
  地図や写真を豊富に使って
  登場人物、キーワード、演劇など
   様々な角度から作品の魅力を紹介しています。
  
  ◆7月12―14日まで大阪の日本ユーラシア協会
  (大阪市中央区谷町7・電話06・6763・0877)のバザーで
  群像社の本が全点販売されます。
  
  ◆また同協会では9月29日に
  講師にM・カザケーヴィチ先生をお迎えし、
  文化サロン「現代のロシア文学状況(仮題)」が予定されています。
  
  ◆『交換』で、故宮澤氏の文を掲載しました。
   ロシア演劇研究家として
  日露の文化交流につくされた氏の遺稿集
   (宮澤俊一 仕事の軌跡(仮題))の刊行が
  来春に予定されています。

  ◆「読もう」の応援者が全国に広がりました
  大学での配布など、宣伝にご協力いただける方から
  こんな声が寄せられています。

  「本、特に文学作品を読む人が減ってゆく中で、
  ロシア文学愛好の灯をかかげる活動に敬意を表します」
                               宇多文雄、

  「大変興味深く拝見しました。これからも頑張ってください」
                                沼野恭子、

  「ロシア文学が読まれるように」
                  阿部軍治、

  「ヴォランティアでの大変なお仕事頑張ってください」
                            安岡治子、

  「益々充実してきて、これからも楽しみです」
                         早川眞理、

  「ロシア文学とロシアの現実を分かつことはできません。
  自由な言論が封じられ、
  北コーカサスで進行するジェノサイド。
  辛うじてロシアという響きに中に踏みとどまっています」
                               岡林茱萸
                                    (敬称略)。

  ロシア文学を愛する皆さん、心強い限りです。

  
  「ロシア文学を読もう」の応援者としてご賛同いただけた方々
 

  阿部軍治 秋元里予 安宅りさ子 
  有賀祐子 安藤厚 井桁貞義 
  岩浅武久 岩田貴 宇多文雄 浦雅春 
  大平陽一 岡林茱萸 川崎浹 近藤昌男 島田陽 
  鈴木正美 塚本善也 津久井定雄 ナウカ神保町店 中村唯史 
  長縄光男 日本ロシア語情報図書館 沼野恭子 沼野充義 
  袴田茂樹 秦野一宏 早川眞里 原卓也 
  日野貴夫 法木綾子 堀江新二 
  三浦みどり 村上久美子 村手義治 藻利佳彦 
  望月恒子 望月哲男 矢沢英一
  安岡治子 雪山香代子 吉原深和子 (五十音順、敬称略)   
 

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    編集部から  

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