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ロシア文学を読もうのためのノート



 
 
 
 
 
アスターフィエフ、(1924―2002) 
シベリアの寒村生まれ。ロシア正教の信心と厳しい自然を生き抜いた経験が「汎神論」的宗教観を作品に漂わせる。 
邦訳に『魚の王様』(中田甫訳、 群像社)がある。 

アブラーモフ、フョードル(1920-83) 
近代化による農村の崩壊を描く。89年レニングラード・マールイ劇場による『兄弟姉妹』(翻訳は宮澤俊一訳、岩波書店)の日本公演は大きな話題を呼んだ。 
邦訳に『木馬・ペラゲーヤ・アーリカ』(宮澤俊一訳、群像社)がある。「ロシア文学を読もう」第8号に特集。 

イスカンデール、ファジーリ(1929―) 
黒海沿岸の小国、生まれ故郷のアブハジアを舞台にした、南国特有の明るいユーモアと軽妙な語り口の作品でロシア文学に新境地をひらく。 
邦訳に『牛山羊の星座』(浦雅春訳、群像社)などがある。 


ヴァムピーロフ、アレクサンドル(1937-72) 
チェーホフの再来と評され、いまだ人気の高い劇作家だが、生前は検閲の壁に幾度となく阻まれた。 
翻訳に『去年の夏、チュリームスクで』(宮澤俊一・五月女道子訳、群像社・収録作品は「六月の別れほか)と『長男・鴨猟』(宮澤俊一訳 群像社)がある。 
日本でも劇団や大学の文化祭でも未だに彼の戯曲はよく上演されている。 


オクジャワ、ブラート・シャルヴォヴィチ (1924-1997) 詩人、小説家、脚本家、歌い手。モスクワの党員労働者の家庭に生れる。粛清により父親は銃殺、母親は収容所に送られる。詩人、小説家のほか、シンガーソングライターの潮流のはしりの一人とされる。翻訳書は『シーポフの冒険』(沼野充義・沼野恭子共訳、群像社)『ディレッタントの旅』(岩田貴・内田美恵子共訳、群像社)など。また、CD『紙の兵隊』(オーマガトキ)もロシア国家賞受賞(1996)。パリで客死。モスクワのワガニコフ墓地に眠る。「ロシア文学を読もう」第5号に特集。 


オレーシャユーリイ(1899―1960) オデッサ、モスクワを書いた自伝的回想「一行とて書かざる日なし」はそのロシア語の完璧な美しさで有名。「愛」工藤正広訳 晶文社刊。 

カザケーヴィチ、ヴェチェスラフ  ベラルーシ生まれ。詩人。詩集にЛунатなど。来日9年目。大阪外語大勤務の後、現在富山大学客員教授。群像社からロシアについてのエッセイ集を刊行予定(2003年夏)。「ロシア文学を読もう」第6号キムについてのインタビュー記事。

カザケーヴィチ、マルガリータ  ウクライナ生まれ。大阪のユーラシア協会にロシア語講師として来日して9年目。ロシア語会話の他、98年からロシア語で読むロシア文学購読の授業を開始。 ブルガーコフ白衛軍を終え、現在トリーフォノフの『川岸の館』を購読中。詩人で富山大学の客員教授のヴェチェスラフ・カザケーヴィチさんはご主人。「ロシア文学を読もう」の第1号第2号に執筆. 
 
 


グリーン、アレクサンドル(1880-1932) 
海洋冒険小説、幻想小説、象徴派文学など様々なジャンルを内包したロマン主義的作風が特徴。 
邦訳に『輝く世界』(沼野充義訳、沖積舎)等。 


キム、アナトーリイ(1939-) 旧ソ連のカザフスタン生まれ。カムチャツカ、サハリンなどで暮らした後、モスクワの美術学校を中退してからさまざまな職業を経て作家の道に進む。1973年に最初の短篇を発表して以来、「朝鮮系ロシア人作家」の独自の文学世界を創造し、ボーダーレス化する現代を代表する作家として20数カ国語に翻訳されている。日本でも90年代に入って「越境する世界文学」(『別冊文藝』河出書房新社)に著者のインタビューと本作品の一部が紹介。『リス』(有賀裕子訳、群像社)は初の邦訳単行本。「ロシア文学を読もう」第6号に特集。中央アジアの高麗人は『「われらがアナトーリイ」と、絶対的なものにまつろわぬ異郷の声の持ち主の同胞であることを誇りとして』いる(「月刊しにか」2002年11月号掲載の姜 信子氏の書評から)。

ゴーゴリ、ニコライ(1809-1852)  ウクライナの小村に生まれ帝政時代の首都ペテルブルグで下級官吏として勤めながら執筆。ウクライナを舞台にした『ディカニカ近郷夜話』で文名を高める。『ネフスキイ大通り』『鼻』『外套』などペテルブルグを舞台に幻想と現実の入り混じる独特の世界を確立。プーシキンとともにその後の文学世界に多大な影響を与え続けている。常に再評価され、読み直され、演じのされ続けられる小説家、劇作家。2001年秋ポクロフカ劇場の来日にあわせ30年ぶりの新訳検査官』(船木裕訳、群像社)と『結婚』(堀江新二訳、群像社)が刊行。解説書にユーリイ・マン著『ファンタジーの方法 ゴーゴリのポエチカ』(秦野一宏訳、群像社)。「ロシア文学を読もう」第8号掲載のM・カザケーヴィチ氏の講演ではゴーゴリの笑いは外国人に受容できるかに言及。 2003年春には『ペテルブルグ物語』を刊行予定。


シメリョフ、イワン(1873-1950) モスクワの中流商家に生まれる。信仰心篤い家庭環境、職人らの話す野卑でフォークロアに満ちた民衆の言葉に充ちた作品は、革命前のモスクワの市井と信者の心情の細やかな描写し、「失われた聖なるロシア」時代を語る貴重な本。幼い日々を回想した「主の歳時記」(このうち「クリスマス」田辺佐保子訳を『ロシアのクリスマス物語』に収録)、「巡礼」、「レストランから来た男」、「モスクワの婆や」など。「ロシア文学を読もう」第4号に特集。 


シュクシーン
作家、監督、俳優、脚本家。アルタイのスローストキ村に生まれ、
1954年に映画大学に入学。ミハイル・ロム監督のもとで学ぶ。
同期にタルコフスキイがいた。
1963年に「こんな若者がいる」で各賞を受賞し、
1973年には「赤いカリーナ」に監督、主演して好評を博したが、
翌年、撮影中に急死した。
短編は映像的で、映画はよい意味で文学的だ。
作品はいずれもロシア人の性格の宝庫と呼ばれ、
いまだにその死が惜しまれている。
 邦訳に『日曜日に老いたる母は…』 『頑固者』(共に染谷茂訳、群像社)などがある。「ロシア文学を読もう」第1号に特集。


チェーホフ、アントン(1860-1904)  小説家、劇作家。南ロシアの町タガンロークで生まれる。家計を支えるため在学中からユーモア短編小説をアントーシャ・チェフォンテの名で新聞などに執筆。一方医学を修め生涯医療と執筆の二足のわらじをはいた。舞台への関心からやがてスタニスラフスキイ率いるモスクワ芸術座と出会い『かもめ』『伯父ワーニャ』『三人姉妹』『櫻の園』が生まれる。あまたあるチェーホフ論のなかでも玄人むけとされるのがザルイギン著『わがチェーホフ』(岩田貴訳、群像社)。2002年11月モスクワ・マールイ劇場「かもめ」富山公演にむけ、『かもめ』を刊行(堀江新二訳)。


トリーフォノフ、ユーリイ(1925-1981)  高級官僚の家に生まれる。幸福な幼年期がスターリンの粛清で両親が逮捕されて一変。「モスクワもの」と称される一連の作品(『交換』『とりあえずの結論』『長い別れ』『彼女の人生』(井上怜子訳、群像社)『川岸通りの家』)には都会に暮らすインテリたちの「極小世界」が、時代との関係性においても描かれている。遺作『その時、その所』(江川卓、吉岡ゆき共訳、群像社)は自伝的作品。「ロシア文学を読もう」第7号に特集。 


バーベリ、イサーク(1894−1940) オデッサのユダヤ人商人の家に生まれる。『騎兵隊』『オデッサ物語』(中村唯史訳・群像社)等の短編群はジイド、ヘミングウェイなどから絶賛。太陽の街オデッサから生まれた独特の文学は、ユダヤ的伝統の枠を越えジョイスやニーチェにも共通する世界として高く評価され、いまだ人気が高い。スターリン時代に粛清され銃殺刑となった。「ロシア文学を読もう」第6号に特集。 

プーシキン、アレクサンドル(1799−1837) モスクワ生まれ。ロシアの国民的詩人、作家。国民文学の父とされる。祖父はピョートル大帝の寵臣であったエチオピア人。幼少時代に聞いた乳母の民話が彼のロシア語を比類ないほど豊かにする。ペテルブルグ郊外の貴族学校リツェイ卒業後、外務省に勤務を経て本格的な作家活動へ。作品は数え切れないが、なかでも有名なのは『エヴゲーニイ・オネーギン』(小澤政雄の完訳、群像社)。ロシアの作家案内シリーズ第1弾シニャーフスキイ著『プーシキンとの散歩』(島田陽訳 群像社)は神聖化されてきた大詩人を揶揄したと論争を呼んだ。サンクト・ペテルブルグ建都300年記念刊行の『青銅の騎士』(郡信哉訳 群像社)は小さな悲劇(モーツァルトとサリエーリ、ペスト蔓延下の宴、けちな騎士、石の客)を収録。 


ブーニン、イワン「(1870-1953)  古い没落貴族の出身。優れた詩と翻訳で3度もプーシキン賞を受賞、アカデミー名誉会員にも選出される。革命後パリに亡命。1933年『アルセーニエフの生涯』でロシア人作家として初のノーベル文学賞を受賞。晩年の短編集『暗い並木道』では官能的な愛の世界を描く。2003年群像社より選集(全5巻)を刊行予定。「ロシア文学を読もう」第2号に特集。第8号にも関連記事。 


ブルガーコフ、ミハイル(1891-1940)  古都キエフ生まれ。医師から作家に転じる。自伝的長編の『白衛軍』(淺川彰三訳・群像社)『犬の心臓』の他、『巨匠とマルガリータ』(法木綾子訳、群像社)は20世紀を代表する文学とされる。ロシア作家案内シリーズのサハロフ著『ブルガーコフ 作家の運命』((川崎浹・久保木茂人共訳、群像社)に詳しい作品紹介。オンライン版「読もう」に『巨匠とマルガリータ』の大特集。「ロシア文学を読もう」第2号に関連記事。2003年5-6月はユーゴザーパド劇場がモスクワから来日し、いよいよ「巨匠とマルガリータ」 が舞台にかかる!(詳しいお知らせのページを2002年末にアップします)。


ブロツキイ、ヨシフ(1940-1996) レニングラード(現在のペテルブルグ)のユダヤ系家庭に生まれる。15歳で学校を去り、職を転々としながら独学で詩人への道を歩む。1972年にアメリカに亡命し詩とエッセイを創作。1987年ノーベル賞受賞。邦訳にノーベル賞受賞講演『私人』(沼野充義訳、群像社)『ローマ悲歌』(たなかあきみつ訳、群像社)『大理石』『ヴェネツィア』がある。「ロシア文学を読もう」第8号に関連記事。「ロシア文学を読もう」10号はブロツキイ特集『私人』を読む、「ロシア文学を読もう」12号には「ブロツキイからマンデリシュタームへ 詩の言葉を受け取るということ」と題し、鶴見俊輔さんの『私人』の感想を 掲載。


マンデリシュターム、オシップ(1891-1938) ポーランドの首都ワルシャワでユダヤ系の家庭に生まれ、翌年一家でロシアへ移住。やがてロシア語を母語として詩を書き始める。1931年刊行の『』(早川眞理訳、群像社)によりアクメイズムの代表的詩人として高く評価される。1934年スターリンを風刺した詩で逮捕。二度目の逮捕の後獄中で没。ツェラン、ブロツキイ、ヒーニーらの光源。「ロシア文学を読もう」第3号に『石』の特集。 「ロシア文学を読もう」12号には2002年小野十三郎賞特別賞を受賞した中平耀著『マンデリシュターム読本』を取り上げている。鈴木正美著『言葉の建築術』マンデリシュターム研究T(群像社)。

宮澤俊一(1932-2000)  群像社の前代表。70年代モスクワのプログレス出版に翻訳者として勤務。帰国後の80年に群像社を設立。当時の日本には紹介される可能性すらなかった文学作品の翻訳、出版に精力的に取り組む。脚本の翻訳もてがけ、ロシアの精鋭演出家らを招待し、日本の劇団がロシアの新しい芝居を上演する橋渡しをする。ロシア語教師、ロシア演劇専門家としても活躍。訳書に『木馬・ペラゲーヤ・アーリカ』『去年の夏 チュリームスクで』『長男・鴨猟』『櫻の園』(いずれも群像社)など。群像社トップページに創立史。「ロシア文学を読もう」第5号の特集、追悼 宮澤俊一のページに詳しく紹介。 2002年待望の遺文集『ロシアを友に』が群像社から刊行。「ロシア文学を読もう]11号にに遺文集の特集。彼の死を惜しむ声が集まった。
 


ラスプーチン、ワレンチン(1937-)  イルクーツクに生まれ。ロシア古典文学のリアリズムの伝統にのっとり、人間の内面世界を深く凝視する作風。邦訳に『マチョーラとの別れ『マリアのための金』(『アンナ婆さんの末期』を収録)(ともに安岡治子訳、群像社)。『フランス語の授業』(群像社ソヴェート文学75号)『生きよ、そして記憶せよ』(講談社)『カラスに何か言うことある?』(ソヴェート文学84号)『長く生き、長く愛せ』(ソヴェート文学89号)(いずれも宮澤俊一訳)など。「ロシア文学を読もう」第8号に特集。 
 


リュビーモフ(1924―) 
1964年から81年の当局による追放までタガンカ劇場を率いていた人気演出家。独自の境地で「リュビーモフのタガンカ」と言われるほどの黄金時代を築く。