ユーゴザーパド劇場の魅力 ―その二つの舞台を通して― (「夏の夜の夢」「巨匠とマルガリータ」
 
菅井幸雄

 
 
 

ユーゴザーパド劇場の公演リーフレットは、文庫本の大きさでわずか四頁と、いかにも小さい。客席数もわずかに百二十人である。しかしその三頁目には、二〇〇〇年十二月に上演しうるレパ一トリーとして、二十七作品がずらりと並んでいる。

そこには、われわれも知っている作品が数多くある。シェイクスピアでは「夏の夜の夢」「じやじゃ馬馴らし」の二作品、ゴーゴリの「検察官」、チェーホフの「かもめ」、ニール・サイモンの「おかしな二人」、それにブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」などだが、今回の「阿部事務所サンクト・ペテルブルグ・モスクワの旅」では三作品を見ることができた。そのなかの印象深い二作品について、書きとめておきたい。
 

卓抜した演出設計の「夏の夜の夢」
 

まず、「夏の夜の夢」では、ドラマの構造についての演出家ベリャコーヴィチの卓抜した演出設計をうかがうことができた。いうまでもなくこのドラマは、アテネの公爵シーシアスを中心とした宮廷世界の若者たちの愛の取り違えと妖精たちの世界が描かれているが、それとはまったく対照的な形で、職人ボトムと彼の仲間たちによる芝居づくりの話がすすめられる。
 

宮廷、妖精、職人に代表される民衆の三つの世界の出来事が進行するのだが、ベリャコーヴィチはそのなかでも、職人たちの芝居づくりを強調し、かつ、この職人たちにベテランの俳優を配役して、舞台を活気づかせたのである。職人たちの演ずる「ピラマスとシスビー」の悲恋が、おどろくべき喜劇となってしまう展開は、宮廷の若者たちの恋愛が悲劇には発展しないという演出家の意図を、強烈に示唆していた。わたしがいままで見てきた多くの「夏の夜の夢」のなかでも、この舞台の喜劇性は際立っていたといえるだろう。
 

そのためには、妖精の王オベロンの家来で、恋のキューピット役を演ずるパックは、ドラマが本来もっているいたずら者の側面をみせて行動する。さらに、ろばの頭をつけられてしまったボトムを愛してしまう妖精の女王ティターニアとの関係も、そのシュールレアリスティックな奇妙さが強調される。このようにして、戯画化された人間群像が、舞台の光と闇のなかに交錯するのである。まさしく「夢」を見る思いがした。
 

ベリャコーヴィチ演出の頂点を示す「巨匠とマルガリータ」
 

これにたいして「巨匠とマルガリータ」には、見る前からドラマヘの興味をもたせるものがあった。弾圧と粛清の横行した世のなかにあっても、作者の妻エレーナがひそかにかくしつづけた作品であったからだ。この原作小説では、スターリン体制下の一九三〇年代のモスクワと、それより一九〇〇年も前、イエスを裁いたエルサレムという、二つの都市世界が、並行して描かれる。
 

作家同盟の議長ベルリオーズは、詩人イワンの書いた「キリスト」に関する話の書き直しを要求する。議長としては当然のことをしたまでだが、その裁判の過程で奇妙な体験をする。謎の外国人があらわれて「ひまわり油がこぼれると、女に首をはねられて死ぬ」と予言されてしまうのである。

この間に舞台は一転して、ユダヤの総督ピラトが生きている世界になる。ユダヤの過越祭(すぎこしのまつり)には死刑囚の一人が釈放される。イエスの裁判では、思想犯イエスか、殺人犯のバラバかの二者択一がせまられる、ピラトはバラバを釈放しようとする多数決に屈してしまうのである。
 

ところが、このピラトの話が実は「巨匠」と名のる男によって描かれたものであり、その原稿は「巨匠」が文壇から追放されたために、みずからの手で燃やされたことがわかってくる。マルガリータは、この「巨匠」の愛人であり、いまだに彼を待ちつづけている女性である。ブルガーコフが非凡な構想力を示したのは、この二つの世界を結んで通り抜ける存在として、黒魔術の大家であるヴォランドとその一味を設定したことであり、謎の外国人とはヴォランドなのであった。
 

この原作はそのまま劇化して上演したとすれば、五時間は優に超す長編だが、それを三時間のドラマに縮小したベリャコーヴィチの演出は、悪魔によって海へ飛ばされてしまう劇場支配人リホジェフなどのバラエティ劇場の関係者も活用して、すさまじいまでのカオスをつくりだした。舞台としては、ユーゴザーパド劇場のステージに飾られた六枚の巨大なトタン板が銀色の光を放っている。このトタン板の震える不気味な音とともに開幕するのだが、二○○○年に来日公演をおこなった、三つの舞台のいずれよりも、この開幕シーンは異様な衝撃を与える。
 

そのトタン板をめくりあげながら、ヴォラントとその一味の悪魔が登場する。ほとんど全裸に近い俳優たちの乱舞のなかで、巨匠とマルガリータとの永遠の安らぎの実現する過程が示されるのである。トタン板のほかには、ほとんどなにもない舞台空問のなかを、照明の光が点滅し、すさまじいヴォリュームの音が流れ、訓練された俳優の群像がリズム感あふれる演技を表現する。ベリャコーヴィチ演出の頂点ともいうべき出来栄えであり、「巨匠」がピラトに向って叫ぶ「お前は自由だ!」という叫びが、胸の奥深くからひびいてくるのである。
 

スターリン時代のモスクワで、妻がひそかに守りづけた夫の遺稿が、二十世紀屈指の作品であったことが、ユーゴザーパド劇場の舞台においても示されたのだ。二十世紀最後の十二月に、しかもモスクワを発って日本へ帰えるその日、この舞台を見ることができて、わたしはしみじみロシア演劇のはばの広さと深さとを実感したのである。
 

(明治大学名誉教授 演劇評論家)
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このページの掲載物は「ロシア演劇2001」(2001年2月22日発行)によります。
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ユーゴザーパド劇場「夏の夜の夢」

「夏の夜の夢」女性の妖精グループ
 
 
 

「巨匠とマルガリータ」ユーゴザーパド劇場
「巨匠とマルガリータ」
悪魔団のボス役のギリシェチキン
 
 

ユーゴザーパド劇場「巨匠とマルガリータ」

「巨匠とマルガリータ」 マルガリータ役のオリガ・イワノワ