生と死を孕む力ーニバルの爆発 
 

ユーゴザーパド劇場 

堀江新二 

 
 
 

「演劇には生命がかかっている」と言ったら、もちろん大げさです。しかし、演出家メイエルホリドは演劇のために「銃殺」されたわけですから、命がかかっていました。そんなロシア演劇の現代の末裔たちの一人ワレリー・ベリャコーヴィチが率いるユーゴザーパド劇場がまたまた2003年の5-6月に来日します。
 

この新聞が出る頃東洋書店から「ロシア演劇の魅力――ワンダーランド・ロシアは演劇の国」というブックレットが出ます。そこに私は、ロシア演劇の魅力を大きく分けて、@迫真力のあるリアルな演技の伝統A「観客の想像力を駆り立てる」虚構(フィクション)を強調した様式的演劇の伝統B「王様は裸」と告げる「道化的役割」、つまり「異端者」の伝統、と三つの伝統について書きました。この三つを兼ね備えた演劇こそ、ロシアの演劇だと思うのです。
 

この三つの伝統に加え、「演劇はお祭りだ」と言って、エネルギッシュで色鮮やかな力ーニバルの伝統を強調したのがユーゴザーパド劇場の演出家ベリャコーヴィチでした。それは、特にシェイクスピアの芝居で見事に花開いています。ご覧になった方も多いと思いますが、たとえば『ロミオとジュリエット』。まさに「生と死を孕んだカーニバル」的雰囲気が一杯の芝居でした。今回は、そのカーニバル的雰囲気がさらに強烈に「爆発」する『夏の夜の夢』が日本にやってきます。アドリブだらけの職人たちの劇中劇は、同時通訳者泣かせになるでしょう。もちろん、彼らの演技の迫力は訓練の賜物ですが、やはりどこかで「生命」をかけている気がします。かつて希代の名優中村吉衛門は「腹切りの場面」について、「セリフをしゃべるのに、一生に一度の気合で取り組む」から、次の月には「休まなくては体がもたない」と言っていますが、そんな迫力こそ「芝居はフィクションだなどという生半可な理屈など吹っ飛んでしまう強さを持っている」(竹内敏晴「劇へ――からだのバイエル」)と感じさせるのです。ロシアの俳優たちの「一生に一度の気合」の入った演技(それは悲劇だけに限りません、道化は命がけで王を笑わしたのですから喜劇でも同じです)、抱腹絶倒の演技をたっぷり楽しんでください。
 

さて、今回は、注目すべき作品がついに日本で上演されます。2000年にイギリスの文芸評論家たちがアンケートを取って、二十世紀最大の世界文学を選んだところ、なんと三位に入ったのがブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』でした(一位はプルースト『失われた時を求めて』、二位トーマス・マン『ファウスト博士』)。この混沌とした現代のカオスをすさまじい迫力で舞台化した作品が今回日本に来るのです。悪魔たちが展開する黒魔術の暗い力ーニバルは、『夏の夜の夢』とは対照的に、芸術に命をかけた作家の生と死を、そして芸術を圧殺する世界をグロテスクに浮かびあがらせてくれます。二十一世紀に入りもっともっと注目されるべき作品に今回直接触れてみてください。
 

三つ目は、あのチェーホフの『かもめ』です。これは親子の対立、芸術観の対立、恋のすれ違い、人間の心のすれ違いをシェイクスピア風に対立をはっきりさせて描くチェーホフ劇です。カルメンの音楽が激しく高鳴る中、大人の虚実入り混じる祭り=遊びの空間に白いレースで象徴される一羽のカモメが「撃ち落される」。生と死が入り混じる「演劇=祭りの世界」がここでも強烈に感じられるでしょう。
三作品のどれを観るか迷うことはありません。三つとも観なかったら、それこそ「損」というものです。どうぞ「後の祭り」になりませんように……。
 

(大阪外国語大学助教授)
堀江氏による演劇の世界「巨匠とマルガリータ」
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このページの掲載物は「ロシア演劇2002」(2002年11月1日発行)によります。
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ユーゴザーパド劇場「夏の夜の夢」

「夏の夜の夢」女性の妖精グループ
 
 

ユーゴザーパド劇場「巨匠とマルガリータ」

「巨匠とマルガリータ」 マルガリータ役のオリガ・イワノワ
 
 
 
 

ユードザーパド劇場「かもめ」

「かもめ」 ニーナ役のドウイモント