『夏の夜の夢』 
     ―祭りと哄笑と神秘の世界
 
 
 
 

堀江新二

 

「演劇はお祭りだ」というベリャコーヴィチの言葉にもっともふさわしい演目が、シェイクスピアの傑作喜劇『夏の夜の夢』だろう。一九九六年に初演されたときには、「カーニバル性と神秘性の結合した最高傑作」(「映画と舞台」誌、一九九六年十月号)とモスクワ人文大学教授のA・ズヴェレフ氏は書いているし、演劇評論家のサリニコワ氏は「この芝居では〈遊びと演劇〉というテーマが見事に解明されている」(「演劇生沽」一九九六年九月号)と書いている。もともと即輿を含む喜劇が得意なユーゴザーパド劇場の俳優たちにはうってつけの作品と言えよう。
 

ご存知のように、この芝居は三.つの世界から成り立っている。公爵を中心とする貴族の世界、そして森の中の妖精たちの世界、最後に民衆の代表とも言うべき「職人」たちの世界。この三者が入り乱れての「恋とファンタジー」の大騒動が繰り広げられる。
 

まず、最初に登場する貴族たちがユーゴザーパド劇場には「似つかわしくない」華麗な衣裳で登場する(最近はロシアのピエール・カルダンと呼ばれるザイツェフ氏のデザインで衣裳を作ったりしている)。一方妖精たちは葉っぱを身に付けただけの裸同然の姿。そして最後に職人たちだが、初めて観たときはどこか劇場付近の工事現場か雪かきのおじさんたちが間違えて舞台に上がってしまったのかと思わせるほどリアリティの富んだ「汚い」格好で登場すると、この連中がアドリブだらけのドタバタ喜劇を展開する。しかし、よく見るとこれがユーゴザーパド劇場の中心的な男優陣なのだ。しかも、日常彼らがジョークを言い合っている調子そのものである。日本人の観客が多いときは、日本話が随所に入ったりする。この即興芸の巧みさは驚くほどで、日本でなら昔松竹新喜劇の藤山寛美さんがやっていたような演技に通じるもの。ただ、日本公演のときは、同時通訳者が困るから、きちんと約束通りのセリフをしゃべるように、来日が近づいたらお願いしなくてはならない。
 

この滑稽な連中を中心に、華麗な貴族の世界と森の妖精たちの世界がグロテスクに一体になるその演出手法はまったく見事としか言い様がない。ベリャコーヴィチ独特の照明の使い方、音楽の使い方が芝居を一層神秘的なカーニバルの世界に近づける。オペラ、バレエ、ボードビルなど様々な舞台芸術のジャンルがパロディ的に駆使されるのも注目される。演劇の楽しみを教えてくれるユーゴザーパド劇場の最高傑作の一つといえよう。
 

この『夏の夜の夢』をご覧になれば(だいたいユーゴザーパド劇場の芝居はどれでもそうだが)理屑抜きで、時に大笑いしながら、人間世界と神秘の世界の壮大な「夢」を見て、カーニバル後の妖しい高揚した気分で家路につくという現代では得難い不思議な体験をすること間違いなし。笑いがもっともヒューマンなもの(ベルグソン)なら、この「一夜」の体験は日項忘れがちな「人間力」をきっと取り戻してくれるに違いない。
 

(大阪外国語大学助教授)

このページの掲載物は「ロシア演劇2002」(2002年11月1日発行)によります。


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ユーゴザーパド劇場 「夏の夜の夢」

「夏の夜の夢」女性の妖精グループ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ユーゴザーパド劇場「夏の夜の夢」

「夏の夜の夢」職人役のアヴィーロフ