圧殺された名作の齎らす知的興奮 
 
ユーゴザーパド劇場の「巨匠とマルガリータ」を見て 
 
 
 
 
  

菅井幸雄

 

文字通り南西部を意味するユーゴザーパド劇場が、モスクワの労働者街の一角から世界に羽ばたいたのは、1987年、イギリスのエジンバラ演劇祭に、独創的な「ハムレット」をもって参加してからである。この舞台をわれわれは、それから三年後の90年の来日公演で見ることができた。ロシア演劇界にペトストロイカのはじまったことを告げる象徴的な舞台であり、創立者ワレリー・ベリャコーヴィチの明確な演出を通して、ロシア演劇界も世界的な潮流となっている「演出の時代」に入ったことを示したのであった。
 

さらに、それから十年後の二十世紀最後の年、「どん底」「検察官」「ロミオとジュリエット」の三作品をもって来日したユーゴザーパド劇場の舞台を見ることができ、「演出の時代」のなかで、ベリャコーヴィチの才能がますます発揮されていることを知ったのである。それだけにベリャコーヴィチが、スターリン時代に、作者の妻がひそかに守りつづけたブルガーコフの遺稿「巨匠とマルガリータ」を、どのように劇化上演したかに、関心をもたざるをえなかった。機会があれば、ぜひ観たいと念願していたのである。
その機会は、予想外に早くやってきた。「どん底」らの三公演をプロデュースした阿部義弘事務所が、この公演後にロシア演劇ツアーを計画し、そのなかに「巨匠とマルガリータ」が入っていると教えてくれた。わたしは喜んで参加し、待ちのぞんでいたこの舞台を、あと四日で二十一世紀をむかえるという日に、ユーゴザーパド劇場で見ることができたのである。
 

原作の「巨匠とマルガリータ」には、サハロフが評伝『ブルガーコフ ―作家の運命』(川崎浹・久保木茂人共訳)でいっているように、「光明なき闇も、安寧なき世界も」「神秘説も、全体主義的独裁に圧し潰された芸術家の絶望も、フリーメーソンも、そして悪魔崇拝さえも容易に思い出」すことができる。このような多元的なテーマをもつ作品を、ベリャコーヴィチがどのように劇化したのか、ユーゴザーパド劇場の客席に坐りながら、わたしは興奮していた。
 

ステージには、六枚の巨大なトタン板が、銀色の光を放っている。そのトタン板をめくりあげながら、黒魔術の大家であるヴォラントとその一味の、ほとんど全裸に近い悪魔が登場する。トタン板の震えるような不気味な音と、悪魔たちの乱舞は、東京で見た三つの舞台のどれよりも、迫力があった、その雰囲気のなかで、巨匠と愛人との永遠の安らぎの過程が展開されていく。ベリャコーヴィチの思いきった劇化である。舞台ではまず第一に、作家同盟の議長ベルリオーズが、詩人イワンの書いたキリストについてのストーリーの改訂要求が示される。その裁判の過程で、ヴォラントの扮する謎の外国人があらわれて、奇妙な体験を味うのだ。
 

舞台が一転すると、キリストを裁く監督ピラトの世界となる。ピラトは、民衆を惑わす思想犯としてのイエスを釈放するか、殺人犯のバラバを釈放するか、の二者択一に迫られる。ピラトは、民衆の多数派の声に屈して、バラバを釈放してしまう。政治と宗教とのあからさまな対決が浮彫りにされていくのである。
 

ここでまた、ドラマはその奥底を垣間見させる。ピラトのストーリーが実は、巨匠と呼ばれる作家によって描かれたことが、明らかにされるのである。しかも、その原稿は巨匠が文壇から追放されたために、みずからの手で燃やされたのであった。そのような状態にある巨匠を待ちつづける女性として、マルガリータの存在が光ってくる。権力をもってしても圧殺しえない愛が、表現されるのである。巨匠がピラトに向って「お前は自由だ!」と叫ぶ姿が、強烈にひびいてくる。スターリン体制の下では発表しえなかった二十世紀屈指の名作が、ベリャコーヴィチとユーゴザーパド劇場の俳優によって甦ったのである。わが国の多くの人びとに見てほしい、と願わずにはいられない。

(演劇評論家)

このページの掲載物は「ロシア演劇2002」(2002年11月1日発行)によります。


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ユーゴザーパド劇場「巨匠とマルガリータ」

「巨匠とマルガリータ」 トップシーンの悪魔の一団


 
 
 
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