ACT 2.0
二人の秘密

原画

中山勝一 末富真治 石浜真史 山口賢一
高村和宏 木下和栄 小川浩司 高橋拓郎
鶴巻和哉 小倉陳利

98年10月9日放送

脚  本:庵野秀明 作画監督:小倉陳利

絵コンテ:大塚雅彦 演  出:大塚雅彦
     小倉陳利

四字熟語のコーナー

さいおうしつば
塞翁失馬

「人間万事塞翁が馬」とよく言うが、それと同じである。福が禍になったり、禍が福になったりすることがあるように、人の世の禍福は予測できないものであるということ。軽はずみに喜んだり憂えたりするものではないという戒め。

 

有馬が特別に見えた……

 最初に前回のあらすじをやってくれる。単純に前回のフィルムを見せるようなものではなく、新作カットとともに月野花野の二人が紙芝居かのように語ってくれるものだ。サブタイトルが出る際の音楽の合わせも1話同様うまい。

 この回で非常に気に入っているのはBパート直後の雪野が有馬を眺めているところだ。特に「これが恋ってやつ!?」の雪野の裸のイメージカットは、一人称の少女漫画の表現として画期的に見えた。(だいたい少女物アニメでは主人公の空想や妄想は多いが、このように主人公の恥ずかしい気持ちをイメージで描くことはなかった)加えて「まいったなぁ」と頬を染めるのも全体の流れがわかりやすくなるのに貢献している。ここの一連のシーンは原作にない部分だが、それが面白いのは十分に評価していいのではないか。

 同様に雪野の入浴シーンも原作にない。『ママ4』『姫ちゃんのリボン』『水色時代』『あずきちゃん』と少女漫画に入浴シーンは欠かせない。高校生と高年齢でもそれをやってくれたのは決意を感じるとともに嬉しかった。

 そのすぐ後の雪野の布団のシーンも原作にない場面で「だって有馬は…」というセリフで「私は有馬が好きだけど有馬は私を利用してるだけ」という彼女の悩みがよく伝わってきて全体の話がわかりやすい。

 大事な場面であるAパート最後の目覚めた雪野が有馬への恋心を自覚するシーンは、1話以上に少女漫画としてのフィルムになっていた。アイキャッチへの移りも1話同様絶妙なものとなっている。この辺はシリアスのみの作画であり描写であるが、家族とのシーンは非常に対照的に崩した描き方である。しかし家と外では態度が違うのは現実でも当り前であり、全体としてギャグの世界観ではなく等身大的な感覚に満ちている。

 最後の、雪野が有馬の態度に不満を持って「もういやなのよ!」と逃げ出すところは、感情描写ではなくドラマとしての少女漫画表現に成功しているのではないだろうか。ドラマ部分を単に絵で見せるのではなく、雪野の視点からの見せ方がよくできている。

 逃げた後、有馬が追いかけてきたところから1話の花野の漫画紹介でも使われた女性ボイスの曲が流れる。(「パパパヤ」というあれ)なるほど、この曲はこのように使うのであり、本作品の方向性を決めているいわばメインテーマのようにも感じられた。窓から飛びだし「体育10」のテロップが出るカットは、原作では何もないのに満月をバックにしており映像としてセンスのいいものとなっている。音楽とのマッチングもグッド。

 有馬につかまり「どうせ私は変な女よ!」と思いのたけを叫ぶシーンは、原作を見ていた身としては若干急いで喋りすぎるかなという違和感があった。「変な女よ!」の後の間が欲しかった気もするが、それでもこの回のクライマックスとして十分な出来ではある。

 ここでEDである「夢の中へ」のアレンジが流れ、この作品の方向性がまた一つ出揃ったように思う。毎回決まった枠組みのある作品ではないが、伝えていきたい気持ちに関する部分は、番組通しての一貫したものがあるのだろう。

 和解した二人であるが、有馬は自分の心情の変化に気がついていた。原作では「やがて違う僕になる」というセリフが「違う僕になっていく」と変更されており、とまどいを感じる分こちらの方がいいように思う。「それはいいことなのかそれとも、悪いことなのだろうか」と次回に続く。

 わかりやすいことだがこの回では随所に信号機のカットが挿入され、カットの切り替えの繋ぎとともに点灯する色で人物の感情も表わしている。雪野と有馬のどちらもあるので全部を詳しく説明しづらいが、最後の「悪いことなのだろうか」のセリフで黄色になるのはうまい表現だと思う。

 そういったことを折り込み、ギャグがありながらもトータルで真面目な世界観、高めたテンションから「夢の中へ」のBGMへ繋げていくという、この作品の方向性がかなり明確に出た回といえるだろう。

違う僕になっていく

 

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