はじめに


美しい水彩の背景、

心にしみる暖かい音楽、

ごくありきたりの会話、

そして、何よりも個性豊かながらも存在感あふれる人物達。

この作品は何気ない日常を、何ら誇張することもなく美しく見せようとする。

そしてそれこそが、この作品の最大の魅力であろう。

普通の学園生活を舞台にした作品は、ここ数年では『水色時代』などがあった。(『彼氏彼女の事情』はさすがにキャラ設定や表現が漫画的で、普通とはいえないだろう)だが、それよりももっと描写が現実的である。というよりも過度の表現がないというべきか。とにかく漫画的なおふざけやおちゃらけ等「アニメだから」というようなカットは一切ない。また、ストーリーもあってなきがごとくで、決してストーリー主体で進むわけでもそれで興味を引こうというわけでもなく、人物がいて、その人物が考えたり行動することで結果としてストーリーができた、というおもむきである。
いってみればアニメ版『中学生日記』みたいなものといえよう。あくまでも普通に有り得ることばかりでしかない。

それがつまらないか?

そんなことはない。

日常は、いつ何がおこるかわからない。

伏線も何もなく、突然何かが起こる。

そしてどうなっていくのかもわからない。

日常ほど目が離せないことはないのだから──


監督の高橋ナオヒト氏は前作『ベルセルク』で有名であるが、それ以前は音無竜之介の名前で活躍する有名なアニメーターである。(めぞん一刻が代表作だろう) そのためか前作と同じく作画を信じきった、表情やポーズで魅せるのを前提としたフィルム作りであった。あまり動かすこともなく、そのかわり高い作画レベルの画をカメラワークで見せていく作りは高橋氏らしく、またTVアニメとして正しいあり方の一つだろう。
もちろん動くところは動き、その動作は申し分ない。なにより「ここは動かしてみせるのがより効果的」とわかっている作りがいい。全部でなく一部だからこそ、余計に引き立つというものがあるのである。

また、この作品について語る時、音楽も忘れてはならない。和田薫氏による心に残る澄んだ曲は、日常描写に花を添え、感情表現をより引き立てているといえるだろう(余談だが、同じ和田氏が担当したOVA『卒業』とそっくりの曲調である)ストリングを主体とした生楽器による演奏が心地よい。

先にも述べたように、この作品はストーリーのようなものはあまりない。同時にドラマといえるような要素、部分も皆無といえる。1話など、話としては「始業式の日に学校に行って、席替えをして、帰ってきた」というしかない。本当に何事もない日常を追いかけていくのみである。
先ほど放送終了した『彼氏彼女の事情』は、宮沢雪野が主人公であり、彼女の視点から見た「一人称」の作品であった。彼女の気持ち、彼女のモノローグをメインにした作品作りである。
対してこの『To Heart』は、「三人称」である。それも、徹底した完全なまでの三人称。一部のシーンを除き、誰一人としてモノローグや個人の感情を語ることは許されない。
先程「何事もない日常を追いかけていく」と表現したが、そういう意味ではこの作品は登場人物の日常を「覗き見」しているようなものである。誰の主観を入らずに、ただ人物やその現場にスポットをあてて写すのみ。しかも、現場の雰囲気を伝える優れた「覗き見」である。
それでいながら、この作品は無駄と思えるシーンがない。一人一人の大事な場面、表情をかかさずとらえている。

ある日の出来事を、そのまま見た人に伝えるようなフィルム。

つまりこの作品は「優秀なドキュメントフィルム」ということができるのではないだろうか。

 


戻る       (26話へ)      (トップページヘ)

このページに関して、もしくは私どものサークルにご意見ご感想がありましたら、お気軽にメールをください。

                                     JOKER-KAZ男