谷川岳の春と回想

乱れた軍靴の響き
 土曜日、上野発夜11:55分、一週間の仕事を終えた若者たちはどこからともなく6番線ホームに集まってくる。週休二日制を経験してない彼らは、何の疑いもなく土曜日の夜行列車でエネルギッシュに上越国境の山へと向かうのであった。
まだ日本経済は頂上目指して勢いがあった時代であり、その原動力となっていた30年前の若者達の話である。
 上野から2〜3時間かかったろうか、上越国境、清水トンネルに入り「トンネルを抜けるとそこは雪国・・・・・・・・・」なのだが、実はトンネルの途中で列車は停まる、いや故障ではない、若者たちはドタドタと降りるのである。
有名な「日本一のモグラ駅」土合駅の下りホームは清水トンネルの真ん中にあり、谷川岳、天神平スキー場の玄関口である。
 降り立った百人を超える若者たちは462段もある階段を20分ほどかけて改札へと向かう、今思うと背には決してスマートとは言えない大きなリュック、足はごつい登山靴、その姿は統制の乱れた軍隊が軍靴でドタドタと歩いている様を連想するのであった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの若者たちは、今どこで何をしているのだろうか。30年経った今、土合駅は切符入れの箱が一人改札でポツンと風に揺れているだけ、トンネルに入って、人っこ一人居ない静寂の中で目を閉じ耳を澄ますと、どこからともなくエネルギーに満ちた、あの「乱れた軍靴の響き」が聞こえてくるのであった。

レオナルドは例によってステーションホテルVWで駅舎の広場にお世話になったが、一夜明けても朽ちた駅舎からは、あの若者たちの姿は現れなかった。

心地よい春風と美味しい空気をごちそうになりながら絵筆を一時間、時折、ゴロゴローッと雷の様な音にハッとして見上げると遙か上の方で春の日差しで解けた雪が雪崩となってすさましい勢いで崩れ落ちて来るのがみえました。

雪解けの間からショウジョウバカマ、イワカガミ、スミレ、キクザキイチゲなどが咲き「可憐な花とは私たちのための言葉よ」と、蝶だけでなく人間にまでフエロモンをまき散らしていました。



30年前と同じ、人を寄せ付けない厳しい表情の谷川のオヤジ
重い雪の下で一冬過ごし毎年可憐な花を咲かす彼女たち
毎年脱いだり、着たりの木々たち
今度来るときは緑の絵の具をたくさん用意しよう

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