ここのところシュトラウスページの更新が滞りまくっていますが、今日はその言い訳がてら私がシュトラウスの音楽と出会った経緯と、このページが成立することになったいきさつについてちいとばかし語ってみようかと思います。やたらと脱線の多い文章ですが、よろしければおつき合い下さいませ。
で、いきなりですが、もともと私が最初に狂ったクラシック音楽の作曲家はベートーヴェンで、特に子供の頃家にあったピアノ協奏曲第5番のレコード (アシュケナージ/ショルティ/ CSO) にはまったのが最初でした。私は小学生の頃このレコードを毎日欠かさず聴きまくり、旋律まで暗記して外出中も頭の中でかけまくってた気がします。 (あくまで旋律の暗記であって、暗譜ではありませんでしたが...今でも暗譜はおろか読譜すら満足には出来ません。) 少し遅れてドヴォルザークの交響曲第9番『新世界から』にもはまりました。これらのレコードに限らず家にはたくさんのクラシック音楽のレコードがあって、中にはベルリオーズの歌曲集『夏の夜』 (ソプラノ: Suzanne Danco) や Eduard van Beinum 指揮のブラームスの交響曲第1番、ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』 (演奏者失念) など古いモノラルのレコードも結構たくさんあったのですが、私はその価値も分からないまま無邪気にポータブルプレーヤーでそれらのレコードをかけまくっていました。 (針圧が高すぎるため本当は間違ってもポータブルプレーヤーでの再生は勧められないのですが、当時の私はそんなこと知る由もありませんでした。) ただし、それらのレコードの中には確かシュトラウスの曲を収録したものは無かったように記憶しています。
[うちにあったモノラルレコードとしては、他にもシゲティが弾いたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 (カデンツァは多分ヨアヒム。) や、ピアノ協奏曲第4番 (ピアノ:ルドルフ・ゼルキン) 、ヴァインガルトナー指揮の交響曲第2/4番などがあったのを最近思い出しました。それ以外にも父が誕生日のたびに (プレゼントのつもりで) 買ってきていたステレオのレコードも結構沢山あって、中でもモーツァルトのディヴェルティメント第17番やベルリオーズの幻想交響曲などをよく聴いていました。後者はジャン・マルティノン指揮による、第2楽章にコルネットを使用したオリジナル版での演奏だったのですが、割と音質も良かったし、今思い出してもかなりの名演だったような気がしています。通常あまり話題には上らない盤ですが、その後 CD 化はされているのでしょうか?他に正直あまり興味をそそられず、一度も聴かなかったレコードもたくさんありました。今思い出すと本当にもったいないことをしたと思います... (05.11.5 追記。)]
シュトラウスの曲に最初に触れた経緯については、実はあまりはっきりした記憶がありません。一応小学校高学年の頃学校を休んだ時にラジオで聴いたベーム指揮の『アルプス交響曲』がその最初だった気もするのですが、それが本当に最初だったのか、今となってはあまり自信がありません。もしかしたらその前に Metamorphosen を聴いていたような気もするのですが、どちらにしろ小学校低学年か中学年くらいの頃ですから、今となっては本当にそれが Metamorphosen だったのかも定かではありません。当時私は体が丈夫ではなく、季節の変わり目を中心に年に最低2回は喘息で何日か学校を休むのが常だったのですが、その時には必ずと言っていいほどラジオで NHK の昼間の FM 放送を聴いていました。『アルプス交響曲』もそんな時に初めて聴いた曲の一つです。
加えて、そうやって触れた曲の中にどうしても曲名と作曲者名の分からない一曲があり、それが何の曲なのかを確かめるためにとにかく色々な曲をラジオやレコードで聴きまくったということもありました。シューベルトやチャイコフスキーの交響曲など、有名曲と言われるものにはその過程で知ったものも多かったように思います。今や死語となったかつての流行語「エアチェック」がまだ一般にはそれほど定着すらしていなかった頃のことでした。 (ちなみにその時捜していた曲は、結局ベートーヴェンの交響曲第5番の第2楽章だったことが後に判明しました...灯台元暗し。)
で、そうこうするうちに自分も高校生になり、親から買ってもらった安物のラジカセでいろんな曲をとにかく片っ端からエアチェックするようになっていたのですが、ある日、たまたま朝の1時間番組でシュトラウスの交響詩が取り上げられていたので、私はいつものように何の気なしに録音ボタンを押してそのまま登校しました。その時放送されていたのはフルトヴェングラー指揮によるシュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、『変容』の3曲だったのですが、その日たまたまこれらの曲を録音してしまったことが、その後本格的にシュトラウスにのめり込んでいく最初の、そして最も重要な契機となったのでした。 (ちなみに放送では確か「人工ステレオ盤」による放送、とか言ってたように思うのですが、この言葉もほとんど定着しないまま、今や「エアチェック」以上の死語となってしまいました...) このテープを何度となく繰り返し聴いていくうちに、だんだんシュトラウスの音楽の持つ色彩感、スピード感、訳の分からない複雑さ、に幻惑されていったように思います。もっとも当時は曲の持つ標題性や物語性にはほとんど興味がなく、何を描写しているのかも分からないままに、曲そのものを楽しめてるんだからそれでいいやん、的な軽いノリで聴いていたこともまた事実です。なので、後に『ティル』の最後の方で描写されているのが主人公の処刑のシーンである、ということを知って子供心に非常なショックを受けたこともよく覚えています。
最初は主に交響詩を中心に聴いていたのですが、ある日の夜中、寝がけの BGM として当時録音したての (↑参照) 『変容』を聴いていた時、それまではやたらと暗くて寂しくてややこしい曲、としか思っていなかったこの曲の旋律が、不意にその各声部の1音1音に至るまではっきりと聴き分けられ、それがまた複雑に絡み合いながら心の奥底にまでじわじわと染み込んでくるような不思議な感覚 (どうもうまく表現できないのですが...) に襲われました。以来私はこの曲が途方もない空間の広がりと底の深さを持つ、ただならぬ曲であることを子供心に意識するようになったのでした。 (ちょっと大げさな言い方のような気もしますが...でもその時は途中から眠るどころではなくなり、「なんなんだこの曲は」と、呆然としてラジカセを見つめたことだけははっきりと覚えています。) その後カラヤン指揮ベルリン・フィルによる最新の録音をラジオで聴くに及んで、フルトヴェングラー盤ではほとんど聴き取れなかった極めて多くの音がこの録音では背後にはっきりと聴き分けられることを確認して、また感激を新たにしたものです。 (もっとも、これについては当時使っていたラジカセの機能の限界という面も大きかったとは思いますが。) ただし、シュトラウスがこの曲で本当に表現しようとしていたものについて、当時はまだほとんど何一つ知らなかったこともまた認めざるを得ません。
(ちなみに余談ですが、高校時代は、昼の時間に放送していたクラシック音楽番組を録音するために1目盛が10分間隔という極めて大雑把な古いタイマーを使っていました。で、番組表を見ながらテープになんとか収まるように余裕を見て時間設定をしてから登校するわけですが、その場合前の曲の尻尾の部分や次の曲の頭の部分がお目当ての曲の前後に録音されることになるため、場合によってはそれがきっかけとなってまた新たな曲に興味を覚えるということもままあったように思います。マーラーの交響曲第3番もそうやって知った曲の1つで、シュトラウスの『家庭交響曲』 (演奏者失念) を録音しようとして、その直前に録音されていたクーベリック盤の第6楽章末尾の部分を聴いたのがマーラーという作曲家に触れた最初の経験でした。その後大学受験の際は、ラジオから録音した第3番全曲のテープを深夜に音量を絞ってかけまくっていました。それ以外には、『祝典前奏曲』も高校時代に全く同じようにして知りました。その時録音しようとしていたメインの曲が何だったのかは、今となってはもう思い出すことすら出来ません... (05.11.5 加筆。))
大学時代はもろにブルックナーブーム、マーラーブームの時代 (の終り頃) で、私もそれらの曲をとにかく片っ端から聴きまくっていたように思います。もっとも少しづつですがシュトラウスも聴き続けていました。当時の私はやはり貧乏でちゃんとした再生機器もないため、お金を貯めて買ったカラヤン指揮ベルリン・フィルのレコードを大学の先輩にテープに落としてもらい、それを繰り返しかけて聴いていました。その先輩も収録曲 ( Metamorphosen と『死と浄化』) を気に入り、自分でもテープに録って聴いていたそうです。 (今思えば明らかに違法行為ですが...) 後になって、「失恋した時に Metamorphosen を聴いて癒されたよ。」とも語っていました。確かに、落ち込んだ時には無駄に明るい曲よりも、深く沈潜する雰囲気の曲を聴いた方が早く回復できることは心理学的にも既に実証されていることではありますが。 (そういえば自分でも子供の頃、飼っていたペットが死んだ時ラロのスペイン交響曲の第4楽章を聴いて癒されたことがありました。今思うとただただませてたとしか言いようがありませんが...) もちろん、曲そのものが持つメッセージ性を無視してまで主観的な印象だけで音楽を語ってはならないことは言うまでもありませんが、それとは別に音楽表現自体もやはり人の心を動かす力を持っているのだということは、その後自分でも繰り返し経験することになりました。
80年代はまだインターネットなど影も形もなく、書籍からの情報も曲によっては非常に限られていたため、自分にとってはレコードとラジオの解説がほとんど唯一と言っていい情報源でした。当時は毎週のように金子建志氏や黒田恭一氏が晩の番組で楽曲を解説してくれていたのですが、そういったものを聞きながら少しづつ音楽についての知識を断片的ながら蓄えていったように思います。 (そういえば、以前掲示板にも書いたことですが、最近の NHK ってリクエスト番組や休日の長時間番組でもかかるのはこま切れの曲ばかりだし、内容もメールをもとにしたおしゃべりやゲストトークが中心で、以前のようにまとまった大曲を金子氏や黒田氏の骨太な解説で聴くことのできる長時間番組はいつの間にか無くなってしまいましたね...時代の流れとはいえさすがにちょっと寂しいです。) その後だいぶ経って98年にやっとこさ自分でもパソコンの入門機 (Macintosh Performa5430, PowerPC603ev/160MHz 。ちなみに未だに現役機。) を買ってインターネットを始めたのですが、当時はまだシュトラウスの楽曲についての日本語のページが非常に限られていたため情報も大したものは得られず、「シュトラウス協会」でネット検索をかけてみても、「ピアノ教室に現れた変なおっさん」についてのページがヒットするなど???な状態がしばらく続いていました。なので、そんならいっそのこと逆に自分から情報を発信する側に立ってみることはできないものじゃろか、と思い立って開設したのが今のページの前身、「 R. シュトラウスみいはあのすすめ」というページです。 (その時既に日本語のちゃんとしたシュトラウス・ページが存在していたことは、だいぶ後になってから知りました...単なる検索下手。)
このページは、タイトルが示すようにとにかく素人が素人の目で素人なりに曲を聴いて考えたことをまとめたページでした。今もタイトル以外はほぼ当時と同じ体裁のままだったりもしますが、少なくとも専門の学者以外のド素人がシュトラウスを語って何が悪い、という開き直りの気持ちからスタートしたページなのはタイトルだけを見ても十分分かっていただけるのではないかと思います。その後、シュトラウスがマイナーな存在であることを自分から公言するかのようなページタイトルはさすがにどうかと思い、今のタイトルに変更したわけですが、音楽畑以外の人間が自分なりの視点から解説を書いていることに関しては全く同じです。
で、その後主要な交響詩以外の作品を中心に自分なりの解説文を up してきた訳ですが、現在は文章の枝葉末節を変更したりする以外の更新がかなりの長期にわたってストップしてしまっています。理由についてはいくつか、というかいくつもあるのですが、そのうちの最も大きなものが自分の能力の限界によるものです。
すぐ上でも書きましたが、私は文章が下手なのでなかなか自分で納得するような文章が書けず、いつまでも語尾をいじくってしまう悪い癖があります。加えて解説の内容についても素人の浅はかさを露呈してしまうことがあり、例えば、『ブルレスケ』の解説で私はビューローがその難しさゆえにピアノパートでの演奏を断った、という意味のことを書いてしまったのですが、これはとある解説書での記述を自分なりに消化・解釈して書いたものです。しかしつい先日とある番組の中で吉田秀和氏は、ビューローの演奏拒否が単なる技術上の問題ではなく、もっと深いところにある芸術性の相違によるものだったことを指摘していました。ビューローは自分が理想とする音楽とのギャップをシュトラウスの音楽から敏感に感じ取ったためにあえて演奏を断ったのだ、という意味のことを氏は述べていたのですが、この部分を聴いて私は自分の読みの浅はかさに顔から火が出る思いがしたものです。おそらくそういった読みの浅さは他の解説文にもたくさん隠れているだろうと思います。今まで、内容に関して特に批判やお叱りなどは受けていないのですが、そういった反応がないことも、逆にある意味お叱りの一つの形なのだろうとは思っています。少なくとも書く際には今まで以上に慎重であらねば、と、最近は思うようになりました。それから、楽譜が読めないというのは明らかに理由にはなりませんから、これからは入手できる楽譜は極力入手してから解説文を書こう、とも思っています。
それから、上記の点と関連することなのですが、私は今半分無職の状態で、毎月の収入も10万に遠く及ばず、人から借金をしながらなんとか生活費を捻出している状態です。大学院の修士課程を出てから10数年間、大学の非常勤講師のかけもちでなんとか食ってきましたが、教育能力の低さ (学生とあまりコミュニケーションが取れず、学生の目を見ながらしゃべることすらろくに出来ない、どんどん自分だけで先へと進んでしまう...等。) が災いし、加えて少子化による授業時間数&講師数の削減というあおりもあり、マイナーな学問分野だったことも手伝って、2〜3年前にはその講義もかけもちで合計週3コマにまで減っていました。で、逃げるように講師の仕事を辞めてほぼ1年近くを無職の状態で過ごし、この7月からは近所の会社でパートとして働いています。正直 CD や解説本を購入できる余裕など全くありませんし、ましてや楽譜の購入など夢のまた夢の状態です。加えて精神的な余裕もありません。 (そちらの方が実は大きな問題かもしれません...) ちょっと前、とある掲示板で「貧乏人がクラシックを語るな!」という意味のスレッドタイトルを目にし、恐くて開けなかった思い出があります...その掲示板はたまに行ってみるところなのですが、他のスレッドでもやはり発言はできそうにありません。
そんなわけで、あらゆる意味でヘタレなわたくしですが、できるだけ早いうちに更新は再開できるように努力したいと思います。普段ほとんど読んでいる人のいないページですが、ここまで文章を up してしまった以上はなんとかもう少し内容を充実させたいとホントに考えておりますので、心ある方はこれからもじっとりと生暖かく見守っていていただければこれ幸いに存じます。