皇紀 2600 年奉祝楽曲
Festmusik fuer grosses Orchester zur Feier des 2600 jaehrigen Bestehens des Kaiserreichs Japan op.84
(訳: 大オーケストラのための日本帝国建国 2600 年記念祝典曲)


◎ 作曲年

1940年

◎ 初演

1940年12月7日,東京,歌舞伎座,指揮 Helmut Fellmer,新交響楽団

◎ 楽器編成

フルート3 (第3フルートはピッコロ持ち替え) ,オーボエ3,イングリッシュ・ホルン1,クラリネット C 管2,同 B 管2,バス・クラリネット1,ファゴット3,コントラファゴット1,ホルン8,トランペット4,トロンボーン4,バス・テューバ1,ハープ2,ティンパニ,小太鼓,大太鼓,シンバル,タム・タム,グロッケンシュピール,タンブリン,トライアングル,ゴング14 (E, G, A, H, cis, d, e, g, a, h, d', e', g', a'),オルガン,弦楽合奏

◎ 内容

1940年の紀元節の祝典のために日本から委嘱された音楽。作曲依頼は他にもアメリカ,イギリス,フランス,イタリア,ハンガリーに対してなされ,それに対してフランスからはイベール『祝典序曲』,イギリスからはブリテン『鎮魂交響曲』,イタリアからはピッツェッティ『交響曲』,ハンガリーからはヴェレシュ『交響曲第1番「日本風」』などの曲が贈られた。 (対日感情の悪化等の理由からアメリカは作曲依頼を断わった。またブリテンの曲に関しては、祝典行事にふさわしくないという理由で後に送り返されることになった。詳しくは早崎隆志さんの書かれたこちらのページを参照のこと。 無断リンク御容赦... )

全体は5つの部分からなる。 (以下は、当初想定されていたという副題。)

  1. 海の風景
  2. 桜の花祭り
  3. 火山の噴火
  4. 侍の攻撃
  5. 天皇讃歌

曲は最初、12個の Gong によって厳かに開始され、すぐにうねりのような弦の旋律に引き継がれる。第2部の桜の花祭りに入ると導入主題を奏する金管の上で弦の華麗な旋律が表情豊かに歌われ、祭典的な気分が強調される。一旦静まった後、数回に及ぶ雄大な火山の噴火が暗示されたところで唐突に侍を暗示する技巧的なフーガが導入される。他の主題も折り込みながら曲が最高潮に達したところで補助オーケストラも加わって最後の天皇讃歌に入る。

◎ メモ

この曲は、当初想定されていたという副題が示す通り、他の祝典音楽と比べても内容的な起伏が豊かで、標題音楽的側面を持った曲として聴くことも可能です。が、もちろん特定のストーリーを持っているわけではなく、副題もあくまで曲についてのヒントを提供するに過ぎません。 (楽譜にもこの副題は記入されていないそうです。) 5つの曲の並びから強引に時間的経過を読み取ってストーリーをこねくり出したりせず、素直に純粋なオーケストラ音楽として聴くのが一番いいようです。

曲の最初と最後に登場する "Gong" ですが、これは音楽事典によると本来はインドネシアの Gamelan 音楽などで用いられるばちを使って鳴らす金属製楽器 (タムタムの親戚?) を指す名称のようです。しかしこの曲の初演の際には本物のお寺の鐘が使われたそうで、実際、当時の関係者が日本全国のお寺をまわって鐘の音程を調べ、合うものを直接東京まで搬送して初演に臨んだのだそうです。ただ時代が時代ですから、 (初演は1940年、太平洋戦争突入直前の話です。) 貴重な金属の供給源でもあった鐘の調達には並々ならぬ苦労や障害があったようで、初演時に実際に調達された鐘はチューブ・ベルなどと比べて音に華やかさが一切なく、大きさや音色もばらばらだったようです。この鐘の調べはラストにも登場してクライマックスに花を添えます。 (なお、東京公演では近郊の総持寺、本門寺、妙法寺、築地本願寺、浅草本願寺、護国寺、寛永寺、青松寺、浅草寺伝法院、増上寺、妙音寺から約2ヶ月の間借り受けて初演に臨んだのだそうです。『リヒャルト・シュトラウスの「実像」』 p.236. より。)

元来あまり西洋音楽の中で描写されたことのなかった火山の噴火の音楽も興味深いものですが、これは直後に登場する侍の攻撃への導入の役割をも果しています。侍の旋律はフーガの形式を取っていて、『英雄の生涯』の中の「英雄の敵たち」の部分と雰囲気がそっくりです。とある英文の解説書によると、サムライの振舞いや倫理観の厳格さを表すために音楽で最も厳格な形式であるフーガを採用した...ということなのだそうです。

最後の天皇讃歌はいかにも祝典にふさわしい堂々とした音楽で、注文通りに曲を仕上げる職人としてのシュトラウスの才能がいかんなく発揮されています。

◎ 余録

ところで、もう10年くらい前になりますか、この曲の成立と初演までの過程を扱ったドキュメンタリー番組が民放で放映されたことがあります。内容はもうだいぶ忘れてしまったのですが、確かシュトラウスの息子 Franz の嫁 Alice がユダヤ人だったことから、シュトラウスが当時のナチス政権からそのことを見逃してもらうために、交換条件としてこの曲の日本からの依頼を引き受けたという、この曲成立の裏舞台を追いかけた内容だったように記憶しています。 (間違ってるかもしれません。) 日本での復活初演のために当時と同じく全国のお寺をまわって音程の合う鐘を捜すスタッフの姿や、当時初演オーケストラの一員だった人たちへのインタビューなども交え、なかなか見ごたえのある内容でした。復活初演の模様を収めたビデオを見ながら涙する年老いた Alice 氏の姿が忘れられません。なんとか再放送されないものでしょうか。 (確かプロデューサーだったかディレクターだったか、「大原れいこ」という名前の人が製作した番組だったように記憶しています。本当は漢字なのに、某有名女優とかぶるので字だけ変えたのかな、などと当時余計なことばっかり考えながら見てました...) この番組と、カラヤン死去の際に民放で深夜に放送された追悼番組は、今もう一度昔に遡って録画したい番組 No.1 です。

◎ CD データ

演奏データRichard Strauss, Bayerisches Staatsorchester
演奏時間14:01
録音データ1941
CD 番号Deutsche Grammophon, 429925-2



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