ヨゼフ伝説
Josephs Legende op. 63


◎ 作曲年

1912〜14年.2月2日ベルリンにて完成.

◎ 初演

1914年5月14日,パリ・オペラ座.ロシア・バレエ団.指揮はシュトラウス.

◎ 楽器編成

◎ 内容

1幕もののバレエ音楽。旧約聖書創世記39章のヨセフの物語に着想を得てホフマンスタール Hugo von Hofmannsthal とケスラー伯爵 Harry Graf Kessler が共同で執筆した脚本に基づく。実際には脚本そのものは大筋でホフマンスタールが執筆し、細部をケスラー伯爵が膨らませるという形を取っていたらしい。

創世記のヨセフ物語の舞台は言うまでもなく紀元前のエジプトであるが、バレエ初演時には舞台設定が16世紀のヴェネツィアに変更されていた。ポティファルの豪奢で官能的な世界とヨセフの清純で神秘的な世界とのコントラストを強調するねらいがあったためという。

以下、参考までにシノーポリ指揮ドレスデン国立管弦楽団演奏の CD の解説から。 (和訳は Nekomata による。)

  1. Eine maechtige Saeulenhalle im Stile des Palladio パラディオ様式の巨大な柱廊広間
  2. Der Sklave mit den Edelsteinen, der Sklave mit dem Teppich, der Sklave mit den zwei weissen Windhunden 宝石を運ぶ奴隷、絨毯を運ぶ奴隷、2匹の白い狩猟犬を連れた奴隷
  3. Auf die Loggia kommt ein Zug von drei Saenften heraus ... 列柱廊に3つの輿からなる行列が出現...

    Tanz der Frauen: Hochzeitstanz 女性たちの踊り: 婚礼の踊り
  4. Erste Tanzfigur 最初の踊り
  5. Zweite Tanzfigur 2番目の踊り
  6. Dritte Tanzfigur 3番目の踊り
  7. Tanz der Sulamith: Die gluehendste Liebessehnsucht ズーラミト (花嫁) の踊り: 身を焦がすほどの恋のあこがれ

  8. Oben erscheint ein Zug von Maennern: voran sechs tuerkische Faustkaempfer mit nacktem Oberkoerper ... 上方に男たちの行列が現れる: その先頭にいるのは上半身裸になった6人のトルコ人拳闘士たち...
  9. Die Boxer beginnen eine Art Reigen ... ボクサーたちは一種の輪舞を始める...
  10. Jetzt erscheint auf der Loggia eine goldene Haengematte ... そのとき列柱廊に金のハンモックが出現する...

    Tanz des Joseph ヨセフの踊り
  11. Erste Tanzfigur: Die Unschuld des Hirtenknaben 最初の踊り: 羊飼いの少年の純真さ
  12. Zweite Tanzfigur: Die Spruenge 2番目の踊り: 跳躍
  13. Dritte Tanzfigur: Das Suchen und Ringen nach Gott 3番目の踊り: 神を求め、苦悩する
  14. Vierte Tanzfigur: Die Verherrlichung Gottes 4番目の踊り: 神の賛美

  15. Potiphars Frau faehrt im Augenblick, wo die zwei Mulatten Joseph beruehren, wie in einem Traum zusammen ... 2人のムラット (白人と黒人の混血児) たちがヨセフに触れた瞬間、ポティファルの妻は夢を見ている時のように身を震わせる...
  16. Potiphar winkt zur Aufhebung der Tafel ... ポティファルは祝宴の終了を合図する...
  17. Der Abend bricht herein ... 日が暮れる...

  18. Josephs Traum: er sieht einen Engel, der schuetzend an sein Bett tritt. ヨセフの夢: ヨセフは一人の天使が見守るかのように自分の寝床へと歩み寄るのを見る。
  19. Da tut sich die Tuer auf und Potiphars Frau schleicht herein ... そのとき扉が開き、ポティファルの妻が忍び込む...
  20. Nackt von der Schulter bis zur Huefte steht Joseph vor ihr ... 肩から腰まであらわになったままヨセフは彼女の前に立っている...
  21. In diesem Augenblick kommen rasch und aufgeregt zwei Diener mit Fackeln ... その瞬間、松明を持った二人の召使いたちがすばやく、興奮した様子でやってくる...
  22. Jetzt kommt die junge Sklavin und laeuft mit erhobenen Haenden auf ihre herrin zu ... Dann stuerzen zahlreiche andere Sklavinnen herbei ... そのとき若い女奴隷が手を高くかかげて主人のもとへ走り寄る...それから多くの他の女奴隷たちも大急ぎでやってくる...

    [ Tanz der Sklavinnen ] [女奴隷たちの踊り]
  23. Erste Tanzfigur: Die eine scheint Joseph ins Gesight zu spucken ... 最初の踊り: 一人はヨセフの顔につばをはきかけているように見える...
  24. Zweite Tanzfigur: Schliesslich steigern sich die Gebaerden zu einem orientalischen Hexentanz von hysterischer Wildheit ... 2番目の踊り: とうとう踊りの所作はヒステリックな荒々しさを持つ東洋的な魔女の舞踏へとエスカレートする...

  25. Potiphar erscheint mit Fackeltraegern und Gewappneten ... 松明を持つ奴隷と武装した奴隷を従えたポティファルが現れる...
  26. Aus dem palast kommen mehrere Henkersknechte und tragen ein glutrot lohendes Feuerbecken herein ... 宮殿から数人の刑執行人が来て、赤々と燃え上がる火鉢を運び込む...
  27. Jetzt erscheint ein ganz in Gold gewappneter Erzengel ... Die Ketten von Joseph fallen ab ... Potiphars Weib erwuergt sich mit ihrer Perlenstraenge ... そのとき全身金色の服をまとった大天使が現れる...ヨセフの体から鎖がはずれ落ちる...ポティファルの妻は真珠の首飾りで自分の首を絞める...
  28. ... Waehrend der Zug mit der Leiche von Potiphars Weib sich in Bewegung setzt, schreiten Joseph und der Engel dem Freien zu ... ポティファルの妻の死体を運ぶ行列が動き出す間に、ヨセフと天使は外の空間 (Freie) へと進み出る...


◎ メモ

この作品は、作品番号や作曲年を見ても分かる通り、『ばらの騎士』や『ナクソス島のアリアドネ』などのオペラを作曲し終え、次の大作『影のない女』の作曲を準備するまでの中継ぎ仕事 (ホフマンスタールの言う Zwischenarbeit ) 的位置に属する作品です。とはいえ、数人の主要な登場人物による筋書きを持つ、声楽を伴わない劇的作品ということで、この作品はある意味交響詩の直系の子孫とも言うべき重要な作品でもあります。

なお、この作品の前後には他にも『祝典前奏曲』や『アルプス交響曲』など大編成のオーケストラを駆使した作品群が集中的に生み出されていますが、実際この作品でもバイオリンパートなどは3部に分けられていますし、オルガンや風音器などのような特殊な楽器も使用されているなど、演奏規模の大きさでは引けを取っていません。 (他にもピアノ、チェレスタ、ハープ、グロッケンシュピール、カスタネット、ヘッケルフォーンなどの使用にも『アルプス交響曲』や『影のない女』などと共通するものがあります。) 内容的にも、もうひとつのバレエ音楽『ホイップクリーム』などと比べて音楽に緊迫感があり、『ばらの騎士』や『アリアドネ』に見られるモーツァルト風の作風から、『サロメ』『エレクトラ』の世界へと立ち帰ったかのような書法まで随所に見られます。異国情緒という点では『影のない女』や、もっと後の『エジプトのヘレナ』を予感させるものさえ既に持っているように思われます。メロディアスな旋律に厚みのある和音が伴って奏される場面が多い一方、ポリフォニーの技巧は一聴した限りではあまり前面に出ていないように感じられる部分もありますが、これにはバレエ音楽という形式上の制約もあったかもしれません。 (この傾向は『ホイップクリーム』でさらに顕著になります。) しかしそれでも時おり聴かれる大胆なリズムや和声は十分にこの作品の性格付けに寄与しています。

この作品を書く上でシュトラウスが一番苦労したのは、実は主人公ヨセフの舞踏の音楽なのだそうです。ケスラー伯爵とホフマンスタールの2人が思い入れたっぷりに書き上げた台本が、なぜかどうしてもシュトラウスの趣味に合わず、こんなに退屈な台本には曲なんて付けられないと、ぶち切れた内容の不満の手紙をホフマンスタールに送り付けています。ホフマンスタールがなんとかなだめすかす一方で台本の修正を進めた結果、徐々にシュトラウスも折れ、作曲の筆を進めることができたようですが...

この作品が下敷きにしているのは上述のとおり旧約聖書創世記39章のヨセフの物語で、特にポティファルの妻に誘惑され、それを押し退けてとらえられる部分までを主要なモティーフにしています。ただし話の筋には相当変更が加えられている上オリジナルにはないエピソードも多く盛り込まれており、オリジナルとは全く異なった別作品と見た方がいいようです* 。物語の大筋の展開は『サロメ』と類似してはいるのですが、誘惑した女性が悲劇的結末を迎えるところは同じでも、こちらは最後主人公の (半ば強引な) 解放とともにハッピーエンドで終るところが大きく異なります。最後、ポティファルの妻が自殺する場面の音楽は『サロメ』の終幕の音楽を一瞬彷彿とさせますが、強烈な響きが消え去った後にはチェレスタの音が残り、音楽はヨセフの救いを暗示する本当の終幕へと続きます。1時間ちょっとの作品ですが、全曲を通して聴くと映画を1本観終ったかのような充足感があります。

*:ちなみに聖書の筋書きでは、ヨセフは兄弟たちの策略によりエジプトに売られ、ポティファルの家でしばらく働いた後一旦投獄されるのですが、ファラオの夢を見事に解き明かした功によりエジプト高官に取り立てられます。この中ではポティファルの妻との一件は単に投獄されるきっかけを作ったエピソードとしてあっさりと扱われているに過ぎず、言わばその後の物語の展開の御膳立てというか、前振りとしての意味しか持っていません。ポティファルの妻がその後どうなったかについての記述もありませんし、ましてや大天使による強引な救出など、話の展開上も本来はあり得ないことなのですが...

また、創世記のオリジナルでは「夢」が重要なモチーフとなっているのですが、これは『ヨゼフ伝説』でも大天使の夢として台本中に取り入れられています。ただし創世記のこの部分のエピソードには夢の場面が登場しないため、やむなく話の展開上それほど意味のない「大天使の夢」として取り入れざるを得なかったのでしょう。

ついでに言うと、主人公の登場直前に挿入されている「トルコ人」ボクサーのエピソードは一見明らかな時代錯誤のようにも思われますが、 (紀元前のオリエントでは「トルコ人」という名の民族はまだ影も形もありませんでしたから。) それでも初演時に16世紀のヴェネツィアが舞台として設定されていたことを考えればそれほど納得できないことでもないかもしれません。ここの音楽の持つ和声とリズムの大胆さは、直後の清澄かつシンプル極まりないヨセフの音楽と極めて明瞭なコントラストをなしています。

◎ タイトル

なお、ドイツ語で Joseph は「ヨーゼフ」と発音されますが、古典ヘブライ語の伝統的な読み方では、この物語の主人公の名前は「ヨーセーフ」と発音されます。曲名はドイツ語発音に近い『ヨゼフ伝説』としていますが、上の解説文中での人名は「ヨセフ」としてあります。

◎ CD データ

演奏データGiuseppe Sinopoli, Staatskapelle Dresden
演奏時間63:54
録音データDresden, Semperoper, 1999/9
CD 番号Deutsche Grammophon, UCCG-1094



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