1945年.終戦後 Garmisch を訪れた米軍の慰問団の一人 John de Lancy の勧めに応じて作曲.同年10月25日,チューリヒ近郊の Baden にて完成.1948年に最終楽章コーダに加筆。
1946年2月26日,チューリヒ,独奏 Marcel Saillet ,指揮 Volkmar Andreae ,チューリヒ音楽堂管弦楽団
独奏オーボエ,イングリッシュ・ホルン,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,弦5部
3楽章構成だが全体は切れ目なく演奏される。第1楽章はオーボエの長大なソロで始まり、以降オーボエののびのびとした流麗な旋律によりあくまで優雅に音楽は進められていく。第2楽章ではテンポを落としたオーケストラの伴奏に支えられながら、息の長いふく郁とした旋律をオーボエが響かせる。第3楽章はテンポが速く、上下の跳躍を多く伴いつつもやはり旋律は流麗である。第2楽章と第3楽章のそれぞれ終り近くには印象的なカデンツァが置かれ、曲の区切りとして重要な役割を果たす。第3楽章のコーダは第1楽章冒頭のソロと同様長大なものである上、拍子も8分の6に移行しており、新たな曲が始まった印象も受ける。 (実際これを第4楽章とみなす人もいる。)
第1楽章冒頭のオーボエソロはきわめて自由でしかも息の長いもので、オーケストラの強奏に受け継がれるまで実に56小節も完結することなく続きます。伴奏オーケストラがタイトルにもある通り小規模なものである上オーボエ自体の音色も目立つものなので、総じてオーボエのパートが前面に出て曲の主導権を採っていることがとても多いような気がします。 (もっともこれは、特にカデンツァなど、ほんの少しアラのある演奏をしただけで曲全体を台無しにしてしまいかねない危うさをも秘めている、ということでもあるのですが...)
第3楽章のコーダも上述のとおり長大なもので、第1楽章がやはり長大なソロで始まることと好対照をなしています。シンメトリーをなすとまでは言いませんが、ある意味曲全体の構成に独特のバランス感覚を生み出しているという見方はできるかもしれません。
旋律の美しさも比類ないものであり、全編通してシュトラウス最晩年の曲の中では最も美しい曲の一つと言っていいと思います。