家庭交響曲へのパレルゴン
Parergon zur Sinfonia Domestica op.73


◎ 作曲年

1925年

◎ 初演

1925年10月6日,ドレスデン,独奏ピアノ Paul Wittgenstein , Fritz Busch 指揮, Saechsische Staatskapelle

◎ 楽器編成

◎ 内容

全体は2つの部分から構成される。前半の重くひきずるような、陰欝な曲想は当時チフスを患っていた息子のフランツ・シュトラウスの病状を、転じて後半の快活ではずむような曲想はその病からの回復をそれぞれ表しているとされる。とはいえ決して何らかの物語的要素を持っているというわけではない。作曲を委嘱したパウル・ヴィトゲンシュタイン Paul Wittgenstein は片腕のピアニストであり、そのためピアノパートも左手用に書かれている。 Burleske , Panathenaeenzug と並んでシュトラウスが作曲した3曲のピアノ協奏曲のうちの一つ。

Langsam und schleppend - Froehlich bewegt - Sehr lebhaft

◎ メモ

この曲の作曲を委嘱した Paul Wittgenstein (1887-1961) は、第一次大戦に従軍中東部戦線で負傷して右腕を失ったオーストリアのピアニストです。 (第二次大戦後はアメリカの市民権を取得。) 哲学者として有名な Ludwig Wittgenstein の2歳年上の兄にあたります。

第一次大戦後左手ピアニストとして再起していた彼は、ある時たまたま客人として自宅を訪問していたシュトラウスに対して、自分のためにピアノ協奏曲を作曲してくれるよう依頼しました。 ( Paul の父 Karl Wittgenstein はウィーンの裕福な実業家で、しばしば当時の名立たる文化人を自宅に招き入れていました。その中にはブラームス、マーラー、 R. シュトラウスといった音楽家もおり、時には Paul がそういった訪問客とピアノ連弾をすることもあったようです。)

最初のうちシュトラウスはこの依頼に対してさほど興味を示さなかったようですが、その数年後、息子フランツの大病という出来事を経るに及んで多少気が変わります。この時息子の回復を心から喜んだシュトラウスは、全快祝いとしてこの曲を作曲することを思い立ち、そうして結果的に Wittgenstein の依頼に答えることになったのでした。 (なので当然献呈相手もフランツではなく Wittgenstein の方です。) ちなみに、その後 Wittgenstein はプロコフィエフ、ラヴェル、ブリテン、ヒンデミットなどといった他の名立たる作曲家に対しても次々と作品を委嘱しています。このうちでは、ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」が特に有名です。

曲の最初、持続する嬰ハ音に導かれて出て来るのは家庭交響曲でおなじみの息子の旋律ですが、曲調がとにかく陰欝なことにまず驚かされます。その後登場するピアノパートは大変即興的で自由に書かれていて、いわば緩急自在、風景画的な感じすらしますが、半面その半音階的旋律は極めて技巧的であり、難渋でもあります。最初に登場する嬰ハ音もその後繰り返し現れては曲に暗い影を落とします。なお前半部分の中程には快活な中間部分が置かれていて、ちょっと後半部を先取りしたような形になっていますが、曲が頂点に達した時点で曲調は再びどん底に叩き落とされます。

その後ピアノによる短いカデンツァを経て曲は休みなくヘ長調の後半部分に入ります。最初木管によって歌われ、その後すぐにピアノと全オーケストラに引き継がれる穏やかな民謡風の調べは、息子の命が助かったことの喜びを素直に表現しているものとみることもできるでしょう。 (当時はおそらくチフスの死亡率もいまよりずっと高かったはずですから。) 総じて素朴で親しみやすいヘ長調の全音階的な主旋律が前半部分とは好対照をなしていますが、ピアノパートにはやはり半音階的な技巧がちりばめられています。曲の最後、それまでの主題が巧みに織り合わされ、歌い上げられていく様は本当に見事という他ありません。

◎ タイトル

曲目の 'Parergon' はギリシャ語で、分析すると 'par(a) + ergon' という語構造を持っています。このうち 'para' は「傍らの」という意味であり、また 'ergon' は英語の 'work' と同根語であることからもわかる通り「作品」という意味を持ちます。全体を通して訳せば「副次的作品、補遺、付録」という程度の意味になるでしょうか。 「副業、内職」という意味もあります。英語でいう 'bywork', 'appendage', 'appendix' に相当する言葉です。でも、あまり副次的という言葉にとらわれず、単に家庭交響曲の姉妹作品 (つまり、同じテーマを扱った作品として家庭交響曲と同一カテゴリに属するべき作品) という程度にとらえた方がいいかもしれません。決して家庭交響曲に対して従属的な位置に甘んじるべき作品ではありません。



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