公益財団法人
日本のローマ字社

ローマ字書きでは Nippon-no-Rômazi-Sya, それを略して NRS とも記します。

ローマ字のつづり方: 訓令式を採用しています。

Kôeki Zaidan Hôzin
Nippon-no-Rômazi-Sya

Rômazi-gaki de wa Nippon-no-Rômazi-Sya, sore o ryakusite NRS to mo sirusimasu.

Rômazi no tuzurikata: Kunreisiki o saiyô site imasu.


出版物

単行本「ことばと文字」第2号

創刊号が好評を博した「ことばと文字」 第2号が2014年10月に発行されました。 全国の書店でお求めになれます。 会員の方には zika ni お送りします。

第2号では日本語教育史を特集しました。 前田均,金沢朱美,小川誉子美,酒井順一郎,祝利,宋群,伊藤孝行,河路由佳,田中祐輔の各氏が執筆しています。 ほかに「日本語の学習と教育 最新情報」(西原鈴子氏「日本語学習と文字表記」など), 「研究最前線」 (松田結貴氏「メディアに埋め込まれる文化的アイデンティティ:音楽タイトルにおけるローマ字標記についての考察」など), 「日本語教育の現場から」(浜田盛男氏「誤用の用」など)も。 詳しくはこちら 【http://www.9640.jp/xoops/modules/bmc/detail.php?book_id=96721&prev=released】 をご覧ください。 発行:公益財団法人日本のローマ字社。発売:くろしお出版。 定価 1000 円+税です。

Syuppanbutu

Tankôbon "Kotoba to Mozi" dai 2-gô

Sôkangô ga kôhyô o hakusita "Kotoba to Mozi" dai 2 gô ga 2014 nen 10 gatu ni hakkô saremasita. Zenkoku no syoten de omotome ni naremasu. Kaiin no kata ni wa zika ni ookuri simasu.

Dai 2 gô de wa nippongo kyôiku-si o tokusyû simasita. 前田均,金沢朱美,小川誉子美,酒井順一郎,祝利,宋群,伊藤孝行,河路由佳,田中祐輔 no kaku-si ga sippitu site imasu. Hoka ni「日本語の学習と教育 最新情報」(西原鈴子氏「日本語学習と文字表記」nado), "Kenkyû saizensen" (松田結貴氏「メディアに埋め込まれる文化的アイデンティティ:音楽タイトルにおけるローマ字標記についての考察」nado), 「日本語教育の現場から」(浜田盛男氏「誤用の用」nado)mo. Kuwasiku wa kotira 【http://www.9640.jp/xoops/modules/bmc/detail.php?book_id=96721&prev=released】 o goran kudasai. Hakkô: Kôeki zaidan hôzin Nippon-no-Rômazi-Sya. Hatubai: Kurosio Syuppan. teika 1000 En + zei desu.

機関誌「Rômazi no Nippon」

1928年以来の歴史を持つ雑誌です。 第2次大戦で発行が途切れましたが,1952年にあらためて第1号を出し,今日に至っています。 2014 年 4 月の第 666 号からは会員に送る機関誌となりましたが, 一般の方も,日本のローマ字社でお求めになれます。 定価600円,送料82円(3部まで.4部以上は無料。)。 ご注文は 振替(00120-3-547408,日本のローマ字社)で.すぐにお届けいたします。

Kikansi "Rômazi no Nippon"

1928 nen irai no rekisi o motu zassi desu. Dai 2zi taisen de hakkô ga togiremasita ga, 1952 nen ni aratamete dai 1gô o dasi, konniti ni itatte imasu. 2014 nen 4 gatu no dai 666gô kara wa kaiin ni okuru kikansi to narimasita ga, ippan no kata mo, Nippon-no-Rômazi-Sya de omotome ni naremasu. Teika 600 En, Sôryô 82 En (3 bu made, 4 bu izyô wa muryô.). Gotyûmon wa Hurikae (00120-3-547408,日本のローマ字社)de, sugu ni otodoke itasimasu.


新しいお知らせ

atarasii osirase

「ことばと文字」は雑誌ではなく単行本でした

"Kotoba to Mozi" wa zassi de wa naku tankôbon desita.

『雑誌「ことばと文字」』と書いていましたが, 雑誌ではなく単行本でした。 訂正しました。 (2015 年 03 月 08 日 日曜日) 'Zassi "Kotoba to Mozi"' to kaite imasita ga, zassi de wa naku tankôbon desita. Teisei simasita. (2015 nen 03 gatu 08 niti nitiyôbi)

このページの title を変えました

kono pêzi no *title* o kaemasita

<title>公益財団法人 日本のローマ字社</title> から <title>公益財団法人 日本のローマ字社 / Nippon-no-Rômazi-Sya</title> に変えました。 これが Google の検索結果に表示されるようになるはずです。 (2015 年 01 月 13 日 火曜日)

<title>公益財団法人 日本のローマ字社</title> kara <title>公益財団法人 日本のローマ字社 / Nippon-no-Rômazi-Sya</title> ni kaemasita. Kore ga Google no kensaku kekka ni hyôzi sareru yô ni naru hazu desu. (2015 nen 01 gatu 13 niti kayôbi)

新年の集い 報告

2015年の門出を祝う恒例の「集い」は,茅島篤理事長の「おめでとうございます」のあいさつで始まりました。

理事長は「みなさんの夢や希望を大いに語ってください」と述べ,参加者から巧みに発言を引き出して,会をリードしました。

    

Sinnen no Tudoi hôkoku

2015-nen no kadode o iwau kôrei no “Tudoi” wa, Kayasima Atusi Rizityô no “Omedetô gozaimasu” no aisatu de hazimarimasita.

Rizityô wa, “Minasan no yume ya kibô o ôi ni katatte kudasai,” to nobe, sankasya kara takumi ni hatugen o hikidasite, kai o rîdo simasita.

みんなが語り終えたころ,「それではここで私から……」と理事長が話し始めたのは, 国字国語問題の先駆前島密の慶応2年12月の「漢字御廃止之儀」に関することからであった。 要約すれば,将軍徳川慶喜へのこの建白書は,前島が,出生からの姓「上野」から「前島」に, 名も密(幼名から3度目の名)に改めたあと,幕府の開成所で「反訳筆記方」になってから, 同所頭取の松本寿太夫を介して出されたとされる。 前島の主張は幕府に受け入れられないまま,慶應3年10月14日に大政奉還となった。 素朴な疑問のひとつとして,前島自身が委員を務めた国語調査委員会で編輯した年表には,他の事項は 「『』ト題シ」と記されているのにたいして, 上記は「慶應二年一二月 前島密,國字國文改良ノ議ヲ将軍徳川慶喜ニ上ル。」(明治37年,日本書籍)と記されている。 「儀」と「議」と異なる。これから(も)わかるように, 「漢字御廃止之儀(ないし議)」なる名称は後年に世間でつけられたものと推察できるという。                                                

   

Minna ga katari oeta koro, “Sore de wa koko de watasi kara…” to Rizityô ga hanasi hazimeta no wa, 国字国語問題の先駆前島密の慶応2年12月の「漢字御廃止之儀」に関することからであった。 要約すれば,将軍徳川慶喜へのこの建白書は,前島が,出生からの姓「上野」から「前島」に, 名も密(幼名から3度目の名)に改めたあと,幕府の開成所で「反訳筆記方」になってから, 同所頭取の松本寿太夫を介して出されたとされる。 前島の主張は幕府に受け入れられないまま,慶應3年10月14日に大政奉還となった。 素朴な疑問のひとつとして,前島自身が委員を務めた国語調査委員会で編輯した年表には,他の事項は 「『』ト題シ」と記されているのにたいして, 上記は「慶應二年一二月 前島密,國字國文改良ノ議ヲ将軍徳川慶喜ニ上ル。」(明治37年,日本書籍)と記されている。 「儀」と「議」と異なる。これから(も)わかるように, 「漢字御廃止之儀(ないし議)」なる名称は後年に世間でつけられたものと推察できるという。

そのあと、重要な幾つかの論点からの話が展開された。 例えば、昭和12年に国語のローマ字のつづり方が内閣訓令で(いわゆる訓令式に)統一されていたのに、 戦後の昭和29年の内閣告示・訓令では第一表に加えて,第二表を設けヘボン式・日本式を入れた。 この三式のつづり方を認めた,そもそものきっかけはどこにあったのか。 わが国では, 明治35年7月4日付『官報』で国語調査委員会が「其調査方針ニ就キテ左ノ如ク決議セリ」として、 主要事業四件の最初に「文字ハ音韻文字(フォノグラム)」) ヲ採用スルコトヽシ仮名羅馬字等ノ特質を調査スルコト」を発表したことがあったが (同委員会は行政整理の名のもと後年に廃止された)、それ以降、 「漢字廃止・表音文字の採用」を機関決議した公(国)の委員会・審議会は無かったこと。 敗戦後の連合国軍占領下,GHQ/CI&Eには「漢字廃止・日本語ローマ字化」の機関決定の方針は無かったこと。 占領下の漢字制限・かなづかい改革(昭和21年11月の「当用漢字表」・「現代かなづかい」)は, 文部省にとって明治時代からの宿願であったもので,占領軍の発意では無かったこと。これらを明らかにされた。

   

Sono ato, zyûyô na ikutu ka no ronten kara no hanasi ga tenkai sareta. Tatoeba, Syôwa 12 nen ni kokugo no rômazi no tuzurikata ga naikaku kunrei de (iwayuru kunrei-siki ni) tôitu sarete ita no ni, sengo no Syôwa 29 nen no naikaku kokuzi, kunrei de wa dai 1 hyô ni kuwaete, dai 2 hyô o môke hebon-siki, nihon-siki o ireta. Kono mittu no tuzurikata o mitometa, somosomo no kikkake wa doko ni atta no ka. Waga kuni de wa, 明治35年7月4日付『官報』で国語調査委員会が「其調査方針ニ就キテ左ノ如ク決議セリ」として、 主要事業四件の最初に「文字ハ音韻文字(フォノグラム)」) ヲ採用スルコトヽシ仮名羅馬字等ノ特質を調査スルコト」を発表したことがあったが (同委員会は行政整理の名のもと後年に廃止された)、 Sore ikô, "kanzi haisi, hyôon mozi no saiyô" o kikan ketugi sita ôyake (kuni) no iinkai, singikai wa nakatta koto. Haisen-go no rengôkoku senryô-ka, GHQ/CI&E ni wa "kanzi haisi, nihongo rômazi-ka" no kikan kettei no hôsin wa nakatta koto. Senryô-ka no kanzi seigen, kanazukai kaikaku (Syôwa 21 nen 11 gatu no "tôyô kanzi hyô" "gendai kanazukai") wa, Monbusyô ni totte Meizi zidai kara no syukugan de atta mono de, senryôgun no hatui de wa nakatta koto. Korera o akiraka ni sareta.

「終戦の詔書」などをみればわかるように,戦前の詔勅は難解の極みであったが、 戦後昭和21年元日の天皇のいわゆる「人間宣言」以降,詔勅の文言が簡易化の方向を示したことで、 日本国憲法をはじめ法文・公文書の平易化につながっていったという。 「漢字カタカナ交じり文語体」が姿を消し「ひらがな交じり口語体」となり,「(左)横書き」がひろまったそうだ。                                                         

   

"Syûsen no syôsyo" nado o mireba wakaru yô ni, senzen no syôtyoku wa nankai no kiwami de atta ga, sengo Syôwa 21 nen ganzitu no tennô no iwayuru "ningen sengen" ikô, syôtyoku no mongon ga kan'ika no hôkô o simesita koto de, Nihonkoku kenpô o hazime hôbun, kôbunsyo no heiika ni tunagatte itta to iu. "Kanzi katakana maziri bungotai" ga sugata o kesi "hiragana maziri kôgotai" to nari, "(hidari) yokogaki" ga hiromatta sô da.

今回,CI&Eほかの一次史料を示しながらの話であったが, 主張のポイントは「通説」「俗説」の実証的検証,先行研究の検証が重要かつ必要であるということであった。 なお,資料では,昭和6年6月19日の東京朝日新聞の記事 「「詔勅は難しく思はぬか」聖上陛下から御下問 保科氏から國字問題を御進講 いと御熱心に御聴取」 が閲覧に供されたが、これは空前の出来事で「文部当局の感激」と報道されたとのことである。〔談〕

   

Konkai, CI&E hoka no itizi siryô o simesi nagara no hanasi de atta ga, syutyô no pointo wa "tûsetu" "zokusetu" no zissyôteki kensyô, senkô kenkyû no kensyô ga zyûyô katu hituyô de aru to iu koto de atta. Nao, siryô de wa, Syôwa 6 nen 6 gatu 19 niti no Tôkyô Asahi Sinbun no kizi 「「詔勅は難しく思はぬか」聖上陛下から御下問 保科氏から國字問題を御進講 いと御熱心に御聴取」 ga eturan ni kyôsareta ga, kore wa kûzen no dekigoto de 「文部当局の感激」to hôdô sareta to no koto de aru.〔談〕

場所を移しての二次会に,一次会の参加者全員が顔をそろえたのには,主催者も驚きました。 Kさんが,息子さん編集の『ムジカ』という文芸雑誌を紹介していたと思ったら, 突然,Wさんが「わたし,中国人と結婚しました」と宣言するなど,話題のあふれた集まりでした。

   

Basyo o utusite no nizikai ni, itizikai no sankasya zen’in ga kao o soroeta no ni wa, syusaisya mo odorokimasita. K San ga, musukosan hensyû no “musica” to iu bungei zassi o syôkai site ita to omottara, totuzen, W San ga “Watasi, tyûgokuzin to kekkon simasita,” to sengen suru nado, wadai no ahureta atumari desita.

新年の集い お知らせ

  • とき: 1月11日(日)14:00~16:00
  • ところ: NRS事務所
  • おはなし: 茅島 篤さん(題は未定)
  • きどせん: 500円(NRS会員はただ)

Sinnen no Tudoi osirase

  • Toki: 2015 nen 1 gatu 11 niti, nitiyôbi 14:00-16:00
  • Tokoro: NRS zimusyo
  • Ohanasi: Kayasima Atusi San (Dai wa mada kimatte inai)
  • Kidosen: 500 En (NRS kaiin wa tada)

ふるい お知らせ

    

Hurui Osirase


連絡先

  • 住所:113-0033 東京都文京区本郷三丁目 32-6 ハイヴ本郷 402 号
  • 電話:03-3812-0021
  • FAX:050-3585-5727
  • ホームページ:http://www.age.ne.jp/x/nrs/
  • 電子メール:roomazisya@gmail.com(@を半角文字に直してください。)
  • 振替:00120-3-547408
  • ツイッター:ユーザー名 @_N_R_S
  • facebook:日本のローマ字社
    

Renraku-saki

  • Zyûsyo: 113-0033 Tôkyô-to Bunkyô-ku Hongô-Santyôme 32-6 Haivu Hongô 402 gô
  • Denwa: 03-3812-0021
  • FAX:050-3585-5727
  • Hômupêzi:http://www.age.ne.jp/x/nrs/
  • Densi-mêru:roomazisya ni_oite gmail.com ("ni_oite" o sikarubeki mozi de okikaete kudasai.)
  • Hurikae:00120-3-547408
  • Twitter: Yûzâmei @_N_R_S
  • facebook: Nippon-no-Rômazi-Sya

定款

Teikan

Teikan wa, kanzi-kana-maziribun nomi desu.


リンク集

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