藤堂平助宜虎(とうどう・へいすけ)
1844(天保15)〜1867(慶応3)
江戸生まれの御府内浪人。北辰一刀流の目録者であるが、試衛館の食客となり近藤らと共に文久3年、上洛浪士隊に加わる。京都残留組の中では最年少の二十歳だった。
池田屋事件では近藤隊に配属され、激しい斬り合いを演じ重傷を負った。しかしその後も八番隊組長として新選組幹部としての務めを果たした。
元治元年、江戸へ下り同門の伊東甲子太郎を訪ね新選組へ勧誘。この時伊東に「局長近藤を排して新選組を勤王党に作り替えたい」と吐露したと言われる。
慶応3年、薩摩藩と手を組み勤王運動を目論む伊東甲子太郎一味と共に御陵衛士として新選組を離脱。
その年の11月、暗殺された伊東の死骸を取りに出かけた御陵衛士と新選組との争い「油小路の変」で討死した。享年24歳(現行年齢では23歳)。

◆平ちゃんメモ

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