=== Weekly GEIRAN =======================================================            週 刊 「鯨 卵(ゲイラン)」47            1999/11/01号 (毎週土曜日発行)          これを作っている人:稲垣豊(鯨卵編集部)  「肉球先生の猫パンチ道場」 http://www.geocities.co.jp/Milkyway/9168/   週刊「鯨卵」ホームページ http://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/GEIRAN/  「鯨卵雑談所」 http://www.mahoroba.ne.jp/~furutani/crenovel/GEIRAN.html          連絡先 e-mail geiran@geocities.co.jp ========================================================================          「過ぎ去る日々、忘れられゆくものたち」            柳橋鉄雄(やなぎばしてつお)                         t_yanagibasi@mba.nifty.ne.jp  それは、コートの襟を立てずに入られないほど冷たい風が吹き始めた頃だった。 大阪市内から京阪電車の急行に乗ると30分ほどで、我が町「香里園」についてしまう。  その日は、取引先から直接帰ってきたので、建物に挟まれた空もまだ青みが残って いるうちに、帰り着けたようだ。 「ちょっと、一杯引っかけて帰るか。」 俺は、朝は立ち食いうどん屋で夕方になると、おでんを肴に呑ませる立ち飲み屋に 入った。金は持ってる。だが、俺には、これが性に合ってる。同僚達は、西中島のラ ンジェリーパブの話になると、子供のようにはしゃいではいるが、俺には、ここが 合っているのだ。断っておくが、決して女房が怖いわけではない。 大根の芯までしみ込んだおでんの味は、 冷たい木枯らしに吹かれた頬を暖かく溶かしてくれた。 「おやじ、勘定してくれ。」 汚く、シミの付いたのれんをくぐって外に出ると、酒のせいか木枯らしの冷たさが若 干、和らいだように感じる。  飲み屋から、家までは、5分もしない距離だ。昔は、よくスナックへ唄いに行った よな。最近は、そんなこともなくなって、まじめに伝書鳩に専念していた。そんな自 分に誇りを持っていた。 「たまに、早く会社が終わったことだし、久しぶりに行ってみるか。」 俺は、家とは反対方向へと向かう路地に入った。大きめの道を3つほど横切ると、そ こは昔ながらの歓楽街がある。見た目は、10年前と変わらなかった。 大きく発展するわけでもなく、縮小しているわけでもなかったが、 ネオンの一つ一つの店の名前に見覚えがない。 「たしかここには、バッティングセンターがあったよなぁ。」 酔った勢いで、バットを振り回しては、仕事のうさを晴らしたものだ。 そのバッティングセンターは、大きなパチンコ店へと変貌していた。 「あ、やっぱり替わってるぞ。」 昔のなじみの店は、名前も変わって、外装も美しく派手に姿を変えていた。と ても俺の小遣いでは、入れそうにない店だ。 「帰ろうかぁ。」 俺は、自然とうなだれる肩にコートの重さを感じながら、来た道を引き返した。 「なんじゃこりゃ。」 来るときには見過ごしていたのか、道路の横に置いている電照看板には、白地に黒で 「芽茂里」と、書かれてその横に「めもり」と、読み仮名が振られていた。 「メモリーと、ちゃうんけ。物差しでも置いてんのかい。」 俺は、安っぽい電照看板をいつまでも見ていた。 「メモリーなんて、パソコンじゃあるまいし、64ビット以上推奨やで。」 なんて、考えているうちに、どんな店なのか、突然の餓えた好奇心に襲われて、 木のドアを押し開けた。カランコロンとドアベルが鳴る。 「いらっしゃーい。」 若い女の声がした。店の中は、カウンターに椅子が5脚だけあるこぢんまりとした店 だった。 カウンターには、女性が3人立っている。若いのが一人、中年が一人、初老が一人。 今日の客は、俺が最初のようだ。 「初めてですよね。」 若い女が言う。 「あぁ。」 中年の女が俺の肩からコートを下ろしてくれた。俺は、当然のように若い女の前に座る。 初めての店でも動じない。俺も歳を食って落ち着いたものだ。と、自分で自分に感心 していると。 「わたし、フロッピーといいます。水割りご馳走になっても良いかしら。」 若い女は、フロッピーというらしい。それにしても趣味の悪い源氏名である。 「ちなみに、あの人がメガちゃんで、ママがギガちゃんです。」 まるで、記憶容量の様な名前である。 さすがに「芽茂里」という店の名前にふさわしい。 「お客さん、お名前は?なんてお呼びしたらいいですかぁ。」 甘ったるい声と、アルコールのせいで、ついつい陽気になってしまう。 「俺か、俺のことは、そうだな、エムオーと呼んでくれ。」 初めて来た店で本名を名乗るのには抵抗があった。とっさに思いついた名前だ。 「いや〜ん。エムオーって可愛い名前。」 俺は、その晩、呑んで唄って大いにはしゃいだ。俺は、思った。 どうして、今まで、ここを知らなかったんだろう。なせ、フロッピーちゃんを 知らなかったんだろう。「芽茂里」のフロッピーちゃんと比べたら、 ランパブの優子なんて比べものにならないじゃないか。 「明日も来てねぇ。」 の声に押し出されるように店を出た。結局、俺以外に客は来なかった。 会計は、6000円だった。なんと良心的な値段だろう。 週に一回来ても、俺の小遣いで賄えるではないか。  次の週、俺は、再び「芽茂里」を訪れた。その一週間、俺の頭の中は、  フロッピーちゃんのことで一杯だった。 寝ても覚めてもフロッピーちゃんの顔が、頭の中を占領する。 「いらっしゃ〜い。」 甘い声が聞こえた。しかし、カウンターの中には、フロッピーちゃんの姿が見えない。 見覚えのある「メガちゃん。」、「ギガちゃん」と、 「フロッピーちゃん」じゃない、若い子がいた。 仕方なく、肩を落として、カウンターに肘をついた。 「初めまして。私、シーディーで〜す。」 どうしたと言うんだ。若い女なら、誰だって、同じじゃないか。 呑んで騒いで2時間あまり。ただその間、前にいて、 空になったグラスに酒をつぎたしてくれるだけの女じゃないか。 「お名前は?」 「エムオーと呼んで上げて。」 ギガちゃんが横から口をはさむ。 お天道様の下では、正視できないほどの皺が寄っているはずだ。 (この、くそばばぁ。) 明るく振る舞っては見たものの、なにか心に風穴が空いたように寂しい。 水割りを5杯ほど飲んだ後で、やっとの思いで、メガちゃんに聞いてみた。 「フロッピーちゃんは、どこにいったの?」 メガちゃんは、フォフォフォフォフォと大きく開いた口の中をまともに見せて笑った。 「そうなの、エムオーは、フロッピーちゃんが目当てだったの。」 ひとしきり笑った後で、メガちゃんは、言った。 「彼女ね、酔う量(容量)が小さくて、すぐに潰れちゃってねぇ、もうこの商売には 向いてないのよ。「バイト」だったしねぇ。」 俺は、木枯らしの中をコートの背中を曲げて、家路についた。 「おほくさ。俺は、何を考えていたんや。フロッピーなんかに惚れてしもうて。」 俺は帰る道すがら、自分も「バイト」だった頃を思い出して、懐かしく過去を振り返って いた。 (おしまい) 作者コメント ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 一人称の文章は初めて書きました。 ジャンルにこだわらない書き手を目指しています。 どうぞ、お見知りおきを。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★   ### バックナンバー、リンクについて ### 「鯨卵」ホームページではバックナンバーを読む事ができます。   http://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/GEIRAN/#BACK 「関連、非関連リンク集」   http://www.geocities.co.jp/Milkyway/9168/link.html ==================================== 「読者投稿について」    「今週の一発」ではあなたが、「お、面白いな」と思った一節  (小説、TV、ラジオなんでもOK)を引用先を明記して、送ってください。  「バカルン超特急」では、あなたや、あなたの身近な人が体験した、  おバカな経験を作文にして送ってください。  「ホームページでポン」では、あなたの紹介したいホームページを  紹介文200字程度でまとめてみてください。    もちろん、ギャグ、漫才、ユーモアエッセイ、コラム、小説でもOKでーす。 @@@@@@「アネッセ・インターネットの占いめるコーナー」@@@@@@  (今回はお休みです) 「編集後記」  柳橋鉄雄氏は今回がデビューとなります。 鯨卵にギャグ小説が載るのは初めてではないでしょうか? 非常に上手いですね。  これからも期待しております。  地味ながらも日記を更新しているのであんまり書くことが無いなぁ・・。    あ、そうだ。  ケリーとブランドン、ヨリがもどってよかったっすね。  ノアはなんだか大変な事になってしまいましたが、 今日の話から、裁判なんでしょか?せっかくデビッドとも仲良くなりかけてた のにね。  わかんない人には申し訳ない(笑)わかる人にはわかります。  ちなみに僕は第1話から見てますが、BSの方は見ていないので、 そっちの話題は振らないでね(笑)    それから、連絡先メアドが   geiran@geocities.co.jp  に変更になりました。今までの「yutaka@spi.ne.jp」は使えないので  気をつけてね。  それじゃ! 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓「つれづれなるままに」〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓  時々笑わせます。思ったほど笑うことも可能かもしれません。 登録無料です。バックナンバーおよび登録は >http://members.cool.ne.jp/~with_me/cgi-bin/ikeda/ へどうぞ。 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓「つれづれなるままに」〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 ==================================== 電力メール雑誌 週刊「鯨卵」47 発行日991211 編集発行人:イナガキユタカ 発行媒体 :『まぐまぐ』( http://www.mag2.com/ ) 発行部数 :1022部 ---------------------------------------------------------------------- 「鯨卵・案内」 鯨卵は、主に「漫才・ユーモアエッセイ・コラム・小説」を掲載する お笑い系マガジンです。比較的ブラックユーモアきついです。  ホームページにバックナンバーも置いてありますので、よろしかったらどうぞ。 「鯨卵雑談所」はいわゆる電子掲示板です。 鯨卵の感想などを書き込んでくだされば幸いです。両方ともリンクフリーです。  「鯨卵」は転載自由です。が著作権まで放棄した訳ではないです。  僕以外の人の原稿も載せていますので、フリーウェアと同じように扱ってください。 再配布は原形を保ったまま、行ってください。 --------------------------------------------------------------------