ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%            ハ ー ト ウ ェ ー ブ %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% ハニー号 98.05.07 %%%% ◎ハートウェーブ・ハニー号では、毎回、テーマに沿ったささやきをお贈りし  てゆきます。今日のテーマは、『課題その1』です。  どうぞ、ささやかな贈り物をお楽しみください。 φ本日のメニューφ  1.さよなら 上代桃世(課題;通勤の情景描写)  2.それはある初夏の日  花山ゆりえ(課題;何気ない休日)  3.シンクロ 花山ゆりえ ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ @さよなら@  ぽふん、と情けない音がした。電車のシートって、ときどき妙にやわかいと きがあるんだよね。  あーあ、でも疲れたなぁ。足痛いし。ん? あー、かっこわるい。むくんじ ゃってるから、小さい靴にむりやり足つっこんでるみたい。肉がもりあがっち ゃってて、パンプスからはみだしてる感じ。かっこわる……。  あ、あの人の靴かわいい。ピンクか。ピンクね。いいよね。でもなあ、あう 服があるかな。勢いでかわいい靴かっちゃうと、あと大変なんだよねえ。あう 服がなかったりしてさ。そういえば最近、買い物してないよなあ。  しょーがないけどさ、決算期だからね。  んー……。電車の中だと、小さくしか身体のばせないから苦しいんだよなあ。 あれ、いい匂いがする。この香水、誰のだろう。最近はやってるんだよね。こ れ、なんてやつだっけ。思い出せないなあ。水の匂いに似てる気がするんだけ ど、いつも。  さてっ。本、読もうかな。帰りの電車でしか読めないから、なかなか進まな いんだよねえ。面白いんだけど。  ……うーん。動きだしてからにしよう。まだあと一分くらい発車しないんだ よね。始発駅つかっててよかったと思うのは、疲れてるときと荷物多いときだ よな。通勤時間帯だったら、とりあえず五分も待てば、絶対座れるもんね。ほ んと、うれしい。ぜったい座れるっての。  でもまあ、いろんな人いるよね。いろんな人いるけど……わりとみんな寝て るんだよな、座ってると。まあ、あたしもよく寝てるけどさ。疲れちゃうとね ぇ、しょうがないんだけど。たまに、すげくかっこわるい寝方してる人いるん だ。そういうの見ちゃうと、やっぱちょっとマズイかな、って思ったりしてね。 こうやって文庫本もってるんだけど――持ったまま寝てたりするしね。  そういうときに知り合いに会うとかっこわるいんだよねー。こんなふうにぼ ーっとしてるとき、と……か。  ――弘樹だ。 なんで……目が合うかな。忘れたつもりなのに。 なんか言うの? 聞いてなんて、あげないよ。あたしは本を、読むんだから。 どの行から読むんだっけ。あれ?  ……だめだ、目が滑る。  そりゃ、そうか。まだ、二年もたってないんだよね。ずっと一緒にいるんだ と思ってた。ハワイで、ウエディングドレスを着ようと思った。ブーケは、誰 に投げてあげようかなんて考えてた。  ――おわる日がくるなんて、思わなかった。  すぎた日には戻れないよ。いまは、弘樹が一番じゃない。会社も家も変わら ないけど、昨日とおなじ今日じゃない。今日とおんなじ、明日でもない。 ……友達がいるんだ。独りになって寂しいときに、飲んでくれた友達がいる。 あんたと二人でいたあいだ、ほったらかしにしちゃってたけど。親友で、大事 な子。一緒に泣いてくれたんだよ。そして、二人で言ったんだ。  逃がした魚は大きいぞ、って。  あたし! だから、がんばってるの。一生懸命、がんばってる。あのころ、 あんたのことでいっぱいだった、あたし。頭の中も、この胸も。弘樹だけでい っぱいだった。  こうやって、仕事終わって帰るときでも、弘樹のことしか考えてなかった。 思いだして――弘樹の声とか、仕草とか。コロンの匂い、手のぬくもり。そん なことしか、考えなくて。まわりにどんな人がいるのかも気づかないくらい。 いまはね。違うんだよ。立ってる人のスカーフの色きれいだなとか、あのバッ グ可愛いとか。中吊り広告のタイトルで「あなたの保険は大丈夫か」なんて見 つけてあわてて買ってみたり。隣の人の香水、どこのかなあって思ったり。  まえにね、梅が咲いてたの。二月ごろだったけど。四月にはね、桜並木に気 がついた。窓から見える景色なんて、別れてはじめて見たんだよ。いろんなも のが、あったんだよ。いろんな人がいるんだよ。あたしそんなの、わかんなか った。  いま。  いまあたし、やってみたいことたくさんあるの。行ってみたいところも、た くさん。  ……ひとりで、いくの。  悲しいときは、ちゃんと泣くの。悔しいときは、怒って泣く。辛いときには 弱音も吐くの。  でも、もう戻らない。誰かに自分を、あけわたしたりしない。誰かのことで、 いっぱいになってなんにも見えなくなっちゃうような……そういうの、やめた の。くらげみたいに生きるのやめたの。  電車の窓から見える景色に、気づかないような恋はしないの。  ――今度は、きっと。 Momoyo Kamishiro @それはある初夏の日@  元気良く窓を開けた。外は思わず笑い出したくなるほどの、良いお天気だっ た。  大きく深呼吸をした後、彼女は、少し残念そうな表情を浮かべると、諦め切 れないようにもう一度、目覚まし時計を見下ろした。何度見ても結果は同じ。 時計は午前11時30分を少し過ぎたところを指している。  今日ほど寝坊したことを後悔した日はないだろう。それくらい、良いお天気 だった。何をするにも絶好の日だ。  だから、嘆いていても始まらない。彼女は気を取り直し、まずは朝食でも食 べようと思った。何をやるにしても、お腹が一杯でなければ動けないと相場は 決まっている。  彼女は小さなキッチンへと向かった。学生時代から彼女と苦楽を共にしてき た冷蔵庫は、旧式ではあるけれど、彼女一人の食料品くらいはいつだってきっ ちりと保管してくれている大切なお友達だった。  冷蔵庫のドアを開け、まずは牛乳パックを取り出す。更に顔を中に突っ込み、 バターとジャムと卵に加えて、この間パスタに入れた生ハムの残りも発見した。  キッチンテーブルの上のバスケットから、食パンを2切れ取り出し、トース ターにセットした後、彼女は冷蔵庫から取り出した卵と生ハムで、簡単なハム エッグを作りにかかった。程なく小さな彼女の部屋は、ガーリック入りオリー ブオイルがフライパンの中でだんだんと立ち上らせてくる、何とも言えず食欲 をそそる香りでいっぱいになっていた。  自分で作ったものを楽しみに食べれるのは、一人暮らしの人間にとっては最 大の強みと言っても良いだろう。そうでなければ、自炊なんて寂しいものに過 ぎない。ただ食べることを毎日繰り返すだけでは、元気でいられない、という のは、彼女の持論だった。  ささっと作った簡単な朝食をぺろんと食べてしまった彼女は、手早く後片づ けも済ませると、まずは今日一日のプランを練ろうと思い、小さなソファにど っかりと腰を下ろした。朝寝坊のつけを払わなければ、と思いつつも、急がば 回れ、などという格言がなぜか頭に浮かんでいた。  ふと目を留めたのは、先週知り合った男性に貰ったインテリアの雑誌だった。  建築家志望だと言うその男性の話をあれこれ聞いているうちに、つい何とな くインテリアに興味がある、なんて話を、どうやら酒の勢いで言ったらしいの だが、律儀なその男性は、わざわざそんな彼女に、翌日この雑誌をプレゼント してくれたのだった。  全く興味がないわけではないが、趣味といえるほどのものでもない。でも、 これも何かの縁かも知れない、などと思いながら、彼女はその雑誌を手に取っ た。それが、インテリアに対する縁なのか、それとも雑誌を貰って以来話をし ていない彼に対する縁なのかは、わからないけれど。  開け放った窓からは、心地良い風がそよそよと吹き込んでいた。まだ空気に は、じめじめと肌に張り付くような湿気は含まれておらず、彼女は爽やかな風 を受けながら、いつの間にか広げた雑誌にのめり込んでいった。  ふと気がついた時には、既に2時間が過ぎていた。相変わらず天気は良く、 晴れやかな空からは眩しい太陽が、初夏にしては強烈な日差しを投げつけてい た。  あ、と彼女は小さな声を上げて立ち上がった。その拍子に彼女の膝から雑誌 が落ちたが、彼女はもうそんなことは気になっていないようだ。  慌ててバスルームの方へ駆け込んでいった彼女は、次の瞬間には大きなため 息をついていた。  洗濯物が、たまっている。  どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。ご飯なんて、洗濯機を回しな がら食べれたのに。  またしても後の祭りだが、それでも気づかないよりは良かったんだろうと気 を取り直し、彼女は洗濯を始めることにした。今からなら、まだ間に合う。  慌てず急いで衣服を放り込み、洗剤をきっちり量って洗濯機のセッティング を終えた彼女は、部屋に戻ってきた時に、キッチンテーブルの上に置き去りに したまま目を通していない郵便物に気づいた。  さして興味も引かれないダイレクトメールの中に、きちんとした毛筆で宛名 書きされた封筒を見つけ、彼女は裏返してみた。差出人が連名になっている。 どう見ても、結婚式の招待状と思われる郵便物だ。  慌てて封を開き、彼女は予想通りの内容を目にした。学生時代の友人が、ま た、結婚する。  ここ何年かで随分と増えた結婚式の招待状。もうそんな年齢なのかと、少々 気が重くなる。  結婚する気がないわけではないけれど、今は自分が手に入れたこのお城を守 るので精一杯だという気がしていた。  自立、そして。その先に自分が思い描いていた夢のいくつかは、既に手にし ていた。けれど、まだ充分じゃない。  だから自分は良いのだと、そんな風に思いながら、彼女は丁寧に「出席」と いう文字の方に丸をした。  ほんの些細な寂しさがないわけではないけれど。  自分が今選んでいる生き方はこれなのだからと、彼女は思っていた。  彼女は部屋の真ん中に仁王立ちしたまま、ぐるりと部屋の中を眺めた。  手に入れた、小さな自分のお城。もっと快適に暮らせるように、ちょっとは 工夫をしてみよう。  床に落ちたままになっていた雑誌を、彼女はもう一度手に取った。洗濯が終 わるまでにはまだまだ時間がある。  気に入った家具でも見つかったら、見に行ってみよう。そう思ったら、少し 気分が軽くなった。  初夏の爽やかな風が、そんな彼女の傍らをさらさらと通り過ぎて行った。                            Yurie Hanayama   @シンクロ@  ある時、あるタイミングでばちっとはまってしまう事ってありますよね?  私なんかはすぐに「きっと何かのご縁が...」なんて思ってしまうのだけれ ど、不思議に通じてしまう相手っているものです。  今回、もーもー(桃世)の話を貰って、私はちょいとびっくりしました。全 く偶然に一致しているモチーフがあるから。最大の共通点は、結婚とは少し離 れたところにいるけれど、頑張っている女性を描いたことでしょうか?  ここのところ、電話で話をしたこともなければメールでのやりとりもなくて、 まあ、言ってみれば少しの間全く交渉のなかった私達なのに、全く違う課題で お話を書きながらも、こんなところで何か同じものを感じていたのかな? と 思ったら、ちょっと嬉しかった私です。  二人とも、同じ夢を思い描いているから...なのかな?(笑) ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆こんにちは、花山ゆりえです。  ハートウェーブ・ハニー号、お楽しみいただけましたでしょうか。  それではまた、7のつく日にお会いしましょう。                                ☆5月17日は花山ゆりえの花号、27日は上代桃世の桃号、  そして6月7日にハニー号(出来れば、二人ともリトライ作品を掲載予定)  を発行の予定です。 --------------------------------------------------------------------                       ものかきのひと、集えっ! ** 文芸広報 ** http://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/maga.html 本メールマガジンは、情報の山の中に埋もれた創作文芸物を発掘し、読むこ とを楽しみたい人々への指針となることを目的とする、オンライン創作文芸 の宣伝告知サービスです。刊行ペースは週刊、毎週金曜日発行。 -------------------------------------------------------------------- ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆ 発  行  ハートランド ☆本日の担当者  花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。 メールでのおとりとせもできますので、お気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お 願 い  掲載された内容は許可なく、転載しないでくださいね。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞