ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです  %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%             ハ ー ト ウ ェ ー ブ  %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% ハニー号 98.06.07 %%%%  ◎ハートウェーブ・ハニー号では、毎回、テーマに沿ったささやきをお贈りし   てゆきます。今日のテーマは、『課題・リトライ』です。   どうぞ、ささやかな贈り物をお楽しみください。  φ本日のメニューφ   1.朝 花山ゆりえ   2.魔術師の憂鬱 上代桃世  ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  @朝@   電車が大きく傾いた拍子に、足を踏まれて僕は思わず顔をしかめた。   こんな状態の車内だったら、足を踏んだり踏まれたりするのは当然のことだ  とは思うのだが、だからって、人の足を踏んで良いというものではない。   それでも、ほとんどの人間が、謝ったりはしない。だから、僕は何時も「や  られたらやりかえす」戦法で、ささやかな報復をしては小さな満足を得たりし  ている。   いつもの通りやり返してやろうと、僕が踏まれた方の足を少し上げた時だっ  た。   僕の前に立っていた女性が、肩を揺するようにもぞもぞと動いた。   通勤客がぎっしり詰まった車内は、とても身動きできるような状態とは思え  なかったので、僕は彼女がどうして無理矢理動こうとしているのかがわからな  かった。   やがてその小柄な女性は、身体ごと動かすことを諦めたのか、無理矢理顔だ  け振り向かせると、小さなやっと聞こえるような声で言った。  「ごめんなさい」   予想外の反応に、僕は、蹴り返そうと上げていた足を慌てて降ろすと、何と  なく照れ臭い気持ちがして、見るともなしに、頭上の中吊りに目をやった。   謝るなんて、本当は当たり前のことなんだろうけれど、僕は今まで謝って貰  ったことなんてなかったから、「世の中にはちゃんとした人がいるもんだ」な  どと思っていた。   窓の外を流れている風景で、駅が近づいてきたのがわかる。それに連れて、  ぎっちり詰まっている人の固まりも少しずつ動き出し、少しでも出口へ近付こ  うと小さな押し合いが始まるのを、僕はただ、眺めていた。   五分も十分も変わる訳じゃないのに、必ずこういう光景が、毎朝繰り返され  る。まるで習慣のように、ごく当たり前のことのように、毎朝、毎朝、繰り返  される。   駅に着く前に、もう一度がったん、と電車が揺れた。今度は誰にも足を踏ま  れなかった。   電車を降りた僕の目の前に、一目散に階段に殺到する人の波が広がっていた。   サラリーマンのスーツの色、様々な格好をしたOLの、こちらは少し鮮やか  な色。それが、たちまち寄せ集まり、混ざり合って、あっと言う間に人波の、  不思議なグラデーションの渦を作り出す。   押し合いへし合いしている人の渦は、きちんと一つの方向へ向かって流れて  いた。一見無秩序のように見えて、これも一つの秩序なんだな、と思いながら、  僕もたちまちその渦の中に巻き込まれていった。   そうしたいのかしたくないのか、そんなこととは関係なく、毎日毎日、こう  して僕は、同じ事を繰り返している。   電車に乗っている間も、降りて階段に向かい、改札口を抜けていく間も、頭  の中には何もない。何も考えずに、まるで誰かに操られているかのように、自  分のはっきりした意志を感じることもなく、決められた場所へと向かって行く。   変わり映えのしない毎日。退屈な、習慣。   つまらないな、と思う。でも、どうにかしようという気持ちも、随分前にな  くしてしまった。どうにもならないと、諦めてしまった。   それを寂しいとか、情けないとか言う気持ちはまだあるけれど、だからとい  って、どうしたらいいのか、何をしたいのかが、僕にはわからない。   だから僕は、今日もここにいる。   改札の外に押し出されるようにして飛び出した僕に、不意に後ろからどん、  と人がぶつかってきた。突然のことに、僕は思い切りつんのめり、次の瞬間に  は、このまま無様にコンクリートにキスする...と覚悟した。   その時、誰かが僕の肘をぐいっと捕むのを感じた。そのまま持ち上げられる  ようにして、僕は次の瞬間には再びきちんと路上に立っていた。  「す、すみません」   大の男が見せた醜態に、僕は照れ臭さのあまり、相手の顔をまともに見るこ  ともできず、僕の口から出た謝罪の言葉は、まるで蚊の泣くような声だった。   相手も何か、言っていたような気がしたが、僕は、恥ずかしさのあまりに、  もう顔を上げられなかった。相手が立ち去っていくのを、頭を下げたまま視線  の隅で眺めながら、自分は今、ゆでだこみたいに真っ赤になっているんじゃな  いかと、そう思っていた。   俯いたまま立っている僕の傍らを、無関心に淡々と、人々が流れていく。僕  に何があっても変わらない朝の風景が、そこにあった。   退屈だけど。つまらないけれど。これが今の僕の生活なら、もう少し頑張っ  てみた方が良いのかもしれない。僕はそんな気持ちになっていた。   せめて、何かしたいことが見つかるまで。見つかったらその時に、この生活  をどうするかを考えよう。   顔を上げて歩き始めた僕を、淡々と流れている人の渦が再び飲み込んだ。   僕はもう、立ち止まらなかった。  @魔術師の憂鬱@  (やはり苦手だ。なんだか……)   かるいため息をついて、バーズは扉に寄りかかった。階下の酒場から、陽気  なにぎわいが伝わってくる。街道沿いの宿場町として栄えるバルセーズは、領  主の住む小都・ウルドにも近く、裕福な商人や貴族の息抜きの場としても知ら  れている。   (食事は部屋に運んでもらうべきだったな)    居酒屋を兼ねた宿屋、ガルスの白馬亭に泊まるのは、もう三度目になる。そ  れでも、罵声や大きな笑い声、ときおりおこる調子はずれの歌声といった雑多  な騒がしさに慣れることはできなかった。中途で放り出した食事の、やわらか  く煮込んだ肉の味を思い返して残念そうに首を振る。  (だいたい、あいつが悪いのだ。こんなに待たせるなんて、いったい誰のため  に休暇を取ったと思っているんだ。あいつ……あと一刻もして来なければ、眠っ  てしまうぞ)   ガルスの白馬亭を好むのは、バーズではない。料理の味と豊満な給仕のシャ  リスがいいのだといって、合流場所に指定されているのだ。   森に囲まれた閑静な学院で、魔術の研究をして過ごすのをバーズは好む。耳  に心地よい葉擦れの音、小鳥のさえずり、夜に沁みいる虫の音――そういった  おだやかな音に慣れた魔術師には、酒場の喧噪は居心地の悪さを感じさせるも  のでしかない。   すみれ色の瞳をしばたかせて、バーズはゆっくりうつむいた。   他人と時を過ごすのは苦手だった。学院では、研究の場と食事をもらう代わ  りに、いくつかの初等講義をうけもっている。講義そのものは、壇上で理論を  語り実践してみせればよいだけのことで、さほど苦にはならない。だが、講義  後の質疑への応答や個人的な質問への対応が、バーズには苦痛に思えてならな  かった。  (わたしは、おかしいのだろうか……人といるのが煩わしい。ひとりきりで、  静かに時を過ごすのが、いちばん安心するのだ。下の男たちは、あんなにも楽  しげに酌み交わしているというのに。わたしには――できない。大勢といるよ  り、ひとりのほうが気が休まる。あいつは、どうなのだろう)   うすい色の金髪をかきあげ、目を閉じる。   みし、と床が軋んだような気がした。どん、と背中に衝撃がくる。扉がつよ  く叩かれている。  「おい、開けろよ。なにやってんだ、キラ。やっと着いたってのに、閉めだし  かよ?」   慌てて、どいた。勢いよく扉が開く。  「ラゼル」  「おう。遅くなって、すまなかったな」  「遅すぎる」   ひょいと片眉をあげてみせ、ラゼルはにやりと唇をゆがめた。  「寂しかったか?」  「愚かもの。おまえが遅いから、夕飯を食べそこねたぞ」   ラゼルは肩をすくめた。ラゼルとなら、こうして軽口をたたくのも平気だ。  生死の境を、ともに越えたせいもある。スピンクスの護る谷に咲く、エウレデ  ス草を求めて旅にでたのは、三年前のことになる。七人いた同行者は次々に倒  れ、生きて戻ったのはラゼルとバーズの二人だけだった。   治癒魔法もきかない疫病に冒されていたアルドラス公領は、二人が持ち帰っ  たエウレデス草によって救われた。   時の領主、マルセロ・アルドラスは二人の帰着を待たずに没し、父とあとを  継ぐはずだった兄を亡くしたラゼルが、アルドラス公を名乗ることになった。  「まあ、呑もう。夕飯は、ああ、シャリスに持ってきてもらうか。おれも下の  騒ぎには、つきあえん。たまの休日だ。静かに酌み交わすのもいいだろう」  「おまえでも、煩わしいときがあるのか」   意志の強さをあらわすような力強い眉が、ぐっと顰められた。  「おいおい、おれだって普通の人間だぞ。四六時中、お付きのやつらに付きま  とわれてるってのに。煩わしいと思わないわけ、ないだろう」  「わたしだけかと思っていた――」   金の髪がゆれた。  「お前のは、別だ。研究ばっかりしてるから、人といるのに慣れてないんだ。  すこし慣れろ。ん?」   ごつごつとしたラゼルの手が、バーズのうすい色の金髪に触れた。  「城付きの魔術師の座は空けてある。お前のための部屋もあるぞ。おれと来い、  キラ・バーズ。こんなふうに休暇をお前と過ごせるのも、そう長いことではな  いんだ。領主というのも、いろいろと面倒でな。来年はまだしも、その次の年  は……。おれと来い。腹を割って話せるやつは、そういない」   バーズは、すみれ色の瞳を伏せてラゼルの言葉を聞いていた。   友と呼べる、ただひとりの男の召喚を断ることは、ためらわれる。   だが、城には人が多くいる。酒場とは違うだろうが、喧噪が絶えることはな  いだろう。領主の友人たる魔術師を、人々は放っておいてくれるだろうか。  「考え……させてくれ、ラゼル」  「ああ。まあ、否といっても諦めたりはしないがな。さあ、呑もう。久しぶり  に、作法を忘れて呑める酒だ」   ラゼルのさしだす杯を受け取りながら、バーズは小さく息をついた。これか  ら三日、夜毎に酒をつきあわされる。   この先ふえるかもしれない他人との交わりよりも、いまは、目の前の酒豪の  扱いに頭を悩ませるバーズだった。  ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  ☆こんにちは、上代桃世です。今回は遅くなっちゃって、ごめんなさい。   ハートウェーブ・ハニー号、お楽しみいただけましたでしょうか。   今回は少し長いお話がありますので、メニューは2つだけになりました。   ちょっぴりでも、楽しんでいただけると、嬉しいのですけれど。   それではまた、7のつく日にお会いしましょう。  ☆6月17日は花山ゆりえの花号、27日は上代桃世の桃号発行の予定です。   夏休みなので、7月7日のハニー号はお休みです。   そのかわり! 翌8月7日には気合いの入った特別号、その名もっ。   パラダイス・ハニー号をお贈りします。内容は……まだ内緒。お楽しみにね。  ----------------------------------------------------------------------   地球をワンダーするメールマガジン   Geowander Weekly:http://www.1r.net/gw/weekly.htm  ----------------------------------------------------------------------  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞  ☆ 発  行  ハートランド  ☆本日の担当者  上代桃世(kaidou@fb3.so-net.ne.jp)  ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して   発行しています。( http://www.mag2.com/ )  ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま   す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。 メールでのおとりとせもできますので、お気軽にどうぞ。  ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪  ☆お 願 い  掲載された内容は許可なく、転載しないでくださいね。  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞