ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷            ハ ー ト ウ ェ ー ブ ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 花号 99.01.17 ÷÷÷÷ ☆こんにちは。花山ゆりえです。  今年最初のハートウェーブ・花号をお送りいたします。今年から新しいチャ レンジを始めたハートウェーブですが、皆様に少しでも楽しんでいただけるこ とを祈りつつ。 φ本日のメニューφ  1.灯火(第1回)  2.試行錯誤 @灯火@    四角く切り取られた形の空には、轍の格子がはめ込まれていた。  ふんわりと浮かんだ白い雲が、ゆっくりと流れていく。  綺麗な青空だった。明日もこの空を見ることが出来るだろうか。  がちゃりと錠の開く音が遠くでする。廊下をゆっくりと近付いてくる足音が、 自分の部屋の前で止まるのではないかとびくびくしながら祈るように両手を組 み、目をつぶる。  やがて部屋の前を通り過ぎた足音が遠ざかっていくと、ほっとため息をつき、 もう一度空を見上げる。  春は、まだ遠い。  その頃の秀司は、何の目的もなくふらふらと街を漂っているような男だった。  顔見知りの幾人かに頼み込んで時折回してもらう仕事をこなしては日銭を稼 ぎ、それが底を尽くとまた頼み込んで仕事を回してもらうという当てもない日 々を過ごしながら、それでも秀司は、充分に満足していた。少なくとも、本人 はそう思っていた。わけのわからない上下関係に押さえ込まれたり、不条理な ルールに縛られて生きるよりはずっと良いと、そう思っていた。  けれど、それも所詮は単なる強がりでしかなかった。  安定を求めて魂を売り渡すようなことはしない。俺は自由に生きるのだと、 そんな格好の良い言葉を並べては粋がる秀司を、しかし、仲間達も陰では「所 詮負け犬の遠吠え」と笑っていた。結局は、社会のルールに乗り切れなかった 負け犬の、遠吠えなのだと。  確かに、秀司は負け犬だったかもしれない。大学受験に失敗した秀司は、親 の手前通い始めた予備校も半年足らずでこっそりやめてしまい、それがばれて 家にいられなくなった。謝れば許してやると言った父の言葉が気に入らなくて、 謝らない代わりに家を飛び出し、何時しかこの街に辿り着いた。  秀司はいわば、社会からの落ちこぼれだった。どんな言葉で飾り立てても、 それは変えようのない事実だった。  それがわかっているからまともに働こうとしないのだ、相手にされないのが わかっているから、それを思い知らされるのが恐くてふらふらしているのだと、 誰もが知っていた。知っていながら、それを口にする人間は一人もいない。そ れが、この街のルールだ。  同じような境遇の同じようにふらふらと漂いながら生きているような新しい 仲間をここで見つけ、今は汲々としながらも普通に毎日を生きている。そのこ とに、秀司は満足していた。ここでは誰も、秀司の心を脅かしたりはしないの だから。  これで良いじゃないか。少なくとも、誰にも迷惑をかけずに生きている。こ んなろくでなしの息子がいなくて親父やお袋だってせいせいしているに決まっ ているさ。  そんな言葉でうそぶく秀司の心は、しかし、本人が思っているよりも満たさ れてはいなかった。  寂しさ。切なさ。やるせなさ。とりかえしのつかない決断をしてしまったん じゃないかという疑問がわき起こるたびに、心の中をざわざわと落ち着かなく させる冷たい風が吹く。  けれど、それを秀司は認めなかった。認めたくなかった。それは負けてしま うことのように思えたからだ。だから、今に満足している振りをしていた。安 定とはほど遠い生活なのは明らかでも、それが何なんだと強がっていた。  それでも秀司は、何時も何かを求めていた。自分の求めているものが何であ るかさえわからずに、けれど、何かを探していた。  それはひょっとすると、幸せと呼べるものだったのかもしれない。  そう、秀司はただ、幸せになりたかっただけなのかもしれない。  ただ、秀司は幸せの探し方を、知らなかっただけなのだ。  クリスマスの頃は、浮き草のような秀司にとっても稼ぎ時だった。どこもか しこも常より人手が必要になる。そんな時でも人が嫌がるような仕事は最後ま で人手の都合がつかなくて、秀司のような人間にもおこぼれが回ってくる。  秀司に声がかかったのは、裏通りにあるキャバレーの呼び込みだった。  呼び込みと言っても、声を限りに叫んで店に客を案内するたぐいのものでは ない。「クリスマス特別サービスキャンペーン中」と書かれた大きな看板を持 ち、安っぽいサンタの衣装を着て、きらびやかに飾り立てられたメインストリ ートと店のある裏通りの交差する角に立ち、ただ黙って看板持っているよう、 秀司は言いつけられた。  冬の乾いた風が、安っぽいサンタの衣装を通して秀司の身体を突き刺す。そ れでも、声を出すなと言われていたから黙っているしかない。声を出せたら、 少しは暖まるものを、秀司は言われたとおりに黙って看板を持ち、寒さに震え ながら角に立っていた。  道行く人々は、みな楽しそうな笑顔を浮かべていた。肩を組んでもつれ合う ように歩いているカップル。急ぎ足で通り過ぎていくサラリーマンが大事そう に持っているのは、家族に頼まれたクリスマスケーキだろうか。  そこにあるのは、幸せな人達の幸せな光景だった。  もしかしたら、自分だってあっち側にいられたかもしれない。あの時もっと 勉強していれば。予備校を止めなければ。親父に謝っていれば。  そんな思いがふと頭を過ぎって、秀司は頭を振って俯いた。後悔だけはしな いと決めたのに、もう自分は負けようとしている。それだけは嫌だ。  看板を持つ手にぎゅっと力を込め、秀司は顔を上げた。その時、反対側の裏 通りの奥で、何やら人がもめているのを見つけた。その辺りは街灯も届かない 暗がりではっきりとは見極められなかったが、片方はどう見ても女のようだっ た。  気になった秀司はその光景を見るともなしに眺めていたが、やがてもう一人 の人影がその女の方を激しく殴りつけた。勢い余って女が路上に転がり込むの を見た秀司は、辺りを見回した。しかし、メインストリートを通り過ぎていく 人間達には、誰もそのことに気付く気配はない。  転がり込んだ女を引きずり立たせ、相手は更に殴りつけている。このままで は女は死んでしまうかもしれない。  次の瞬間、秀司は看板を放り出してその暗がりに向かって駆け出していた。  駆けつけた秀司は、再び拳を振り上げていた男と女の間に割って入ると、大 声で叫んだ。  「止めろよ」  突然乱入してきたサンタを目にして、男は一瞬拍子抜けしたのか、振り上げ た拳をそのままに、一体何事が起こったのかと目を剥いていた。その隙に秀司 はその男を突き飛ばすと、これまた何事が起こったのか事態を飲み込めずにい る女を引きずり、そのまま裏通りを一気に駆け抜けた。  背後から怒鳴りつける男の怒声が聞こえたが、追いかけてくる気配はなかっ た。そのまま秀司は女と一緒に走り続け、気が付くと街の外れにある公園まで 来ていた。  歩みを止めた秀司の傍らで、女は座り込んだ。息が上がってしゃべれないよ うだった。  「もう大丈夫。ここまでくれば安心だから」  秀司の息も乱れていたが、女を安心させたくてやっとの思いでそれだけを言 った。  しかし、女は下から秀司を見上げると、敵意に満ちた眼差しで睨み付けてき た。  「何てことしてくれたのよ」  「え?」  剣を含んだ女の声の勢いに驚き、秀司は呆気にとられた。  「だって、あんた、あの男にひどく殴られて…」  「だから、余計なことだって言ってんのよ」  「余計な事って…」  「こんなことして、後でどんな目に合うか…」  後は言葉にならなかった。女は急に声を詰まらせると、わっと泣き出した。 秀司は何が何だかわからなかった。  「何にも知らないくせに余計な手出ししないでよ」  泣きながらそういう女を見下ろしながら、秀司は汗がひくように急激に心が 冷たくなっていくのを感じていた。  @試行錯誤@  リニューアルしたハートウェーブ第一弾は、花山がお送りする連載小説から スタートいたしました。一応3回で終了の予定ですが、何せ初めての試みです ので、どんな風になるのかはわかりませんが、やってみなけりゃ何も始まらな いってな心境で、まずは頑張ってみました。  何か新しいことを始める時って言うのは、不安もあるのですが、それよりも わくわくします。自分の事って、意外に自分はわかっていないものだと常日頃 から思っている私は、新しいことを始めることによって、今まで自分が知らな かった自分と出会えるかもしれない可能性を思い、どうしてもわくわくしてし まうんです。  人間、決まり切った世界で決まり切ったルールに則って生きているようでい ても、毎日何かしらの新しいこと、出会いがあるものなんじゃないかと思いま す。それは劇的なことであるとは限らないから、ついつい見落としがちかもし れないけれど、ちょっと気をつけて見ていたり聞いていたりすると、気付くと 思うの。だって、昨日と同じ今日はない。明日だって、そう。同じ時間に家を 出て、同じ時間だけ働いて帰るっていうことの繰り返しの毎日でも、毎日が同 じってわけじゃないんですから。  って言うのは理屈だよ、とおっしゃる方、もちろんいらっしゃると思います。 毎日は同じ事の繰り返しで、平坦で面白い事なんて起こらないとおっしゃる方、 いらっしゃると思います。でもね、もしも面白いことが何もないと思うなら、 まずは何かをしてみましょうよ。たとえば、いつもと同じ事をするのでも、ほ んのちょっと気の持ち方を変えてみるだけで、いつもとは違う面が見えてきた りするかもしれない。新しいことに、気づけるかもしれない。人間って、誰で もそういう力を持っているんじゃないかなぁ。要は、楽しもうと思う気持ちが 大切なんじゃないかなって、まあ、そんな風に思います。  同じようでいても同じじゃない。先のことはわからない。だから、面白い。 今はそんな気持ちで、新しいチャレンジをしようと思っています。とは言え、 自己満足で終わってしまうのは悲しいので、みなさまの感想なんかも聞かせて いただけると嬉しいです。  これからハートウェーブはいろんなことにチャレンジしていこうと思ってい ます。みなさまにも末永くご愛読いただけるように...どうか今年もよろし くお願いいたします。  ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆今年最初の花号、お楽しみ頂けたでしょうか? 連載の第1回となりました 「灯火」ですが、感想などお聞かせ頂ければ幸いです。  今年もどうぞよろしくお願いいたします。   ☆次回は27日に桃号発行の予定です。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆発    行  ハートランド ☆本日の担当者  花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。  メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お願い 掲載された内容を許可なく、転載しないでください ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞