ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%             ハ ー ト ウ ェ ー ブ %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% ハニー号 99.04.07 %%%% ◎ハートウェーブ・ハニー号では、毎回、テーマに沿ったささやきをお贈りし  てゆきます。今日は、月刊ノベル様にバレンタインで投稿させていただいた 二人の作品を、一部の方のリクエストにおこたえしてお送りしたいと思います。  すでにごらん頂いている方もいらっしゃると思いますが、改めて、お楽しみ 頂ければ嬉しいです。 φ本日のメニューφ  1.紗(うすぎぬ)のときめき  2.魔術師の困惑  3.リトライ ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ @紗(うすぎぬ)のときめき@  エウレカはこの土地の生まれではない。遠く離れた異国で生まれたが、八歳 で旅芸人の一座に売られたので、生まれた国のはっきりとした記憶は、そう多 くは残っていない。  けれど、その中でひとつだけ、とても鮮やかな思い出として残っているのが、 愛の女神ヴェルーナの誕生日だった。  女神ヴェルーナの祝福を信じ、愛する人へ贈り物をする日。この日、愛する 人へ贈り物をし、それを受け取って貰えると思いが叶うと、エウレカの国の人 々は真剣に信じていた。  それが、今日だった。  少し足を引きずるようにして歩くエウレカは、踊り子をしていた。しかし、 今はもう踊れない。一座の雑用をして何とか留まってはいたが、実際は、いつ 一座に捨てられてもおかしくはなかった。  そんな時に、この土地へやってきた。そして、バーズと出会ったのだ。  エウレカは今でも、はっきりと覚えている。自分の話を聞きながら、時折目 を伏せ、何度も頷き、真剣に耳を傾けてくれたバーズの、優しくて穏やかな横 顔を。  踊ることが大好きだった。身にまとうきらびやかな衣がリズミカルに揺れて たなびく度に、胸の奥から熱くたぎる情熱がほとばしり出てくるのを感じた。 エウレカには、踊ることしかなかった。  だから、踊れなくなったことが本当に辛くて苦しかった。自分の存在する意 味などなくなってしまったのだと思ったし、実際に、死んでしまおうと思った ことも少なくはない。  そんなエウレカの身を案じたのか、バーズはエウレカが下働きとして働ける よう、領主に頼んでくれたのだ。  今までそんな風に接してくれた人間は、誰もいなかった。バーズは、エウレ カにとっては他の誰とも違う特別な人間なのだ。  ヴェルーナの誕生日が近付いてくるに連れ、エウレカの中では、そんなバー ズへ贈り物をしたいという気持ちが強くなっていった。  遠く離れた異国の風習を知る者は、ここにはほとんどいない。だから、バー ズがそれを知るはずもないのは、エウレカもわかっていた。それでも、構わな かった。  自分の気持ちを、きっとヴェルーナはわかってくださるはずだから。  見上げれば、夕闇の空は、ほんのり染まった頬を思わせる優しい色を滲ませ ていた。  贈り物を抱き締めた腕に、エウレカは少し力を込めた。少し冷え込み始めて いた。  もしかすると、バーズは今日は戻らないかもしれない。考え事が長引くとき は、部屋に戻らないこともあることを、エウレカは良く知っていた。  やはり探しに行った方が良いのだろうか。エウレカがそう思い直したときだ った。  小径の入り口から、すらりとした若者が姿を現した。バーズだった。  まるでエウレカがいることを知っているかのようにまっすぐ塔のたもとに向 かってくるバーズの姿を見ながら、エウレカは、心臓が早鐘を打つようにどき どきしてくるのを感じた。  声をかけようと思ったが、口がカラカラに渇いて声にならない。このままで はバーズは、きっと自分に気付かずにそのまま通り過ぎていってしまう。 「バーズ様」  次の瞬間、エウレカはバーズの前に飛び出していた。まるで何百メートルも 走ってきたかのように頬は上気し、額にはうっすらと汗まで浮かんでいた。 「エウレカ……。どうしたんだい、こんなところで」  突然現れたエウレカに心底驚いたように、バーズはそう言った。 「あの、私……」  エウレカは、言葉を詰まらせた。想いを伝えられる言葉をあんなにたくさん 考えたはずなのに、バーズの声を聞いた途端、エウレカの頭の中からはすべて の言葉が、まるでさらさらと指の間を流れ落ちていく砂のように逃げていった。  不思議そうに自分を見つめているバーズの瞳。その瞳を見つめているだけで、 決断したはずの想いが瞬く間に混沌へと姿を変えていく。  エウレカは今更のように戸惑いを覚えていた。心を決めたはずなのに、迷っ ていた。自分のようなものが、想いを告げて良いものなのだろうかと。 「急用かい?」  形式的な言葉の中にも、バーズの優しさが感じられる。そう思うだけで、心 は更にせき立てられていくのに、どうしても言葉が見つからない。  黙ったままのエウレカを、バーズはじっと見つめている。取り立てて急かす 様子も見せず、穏やかな微笑を浮かべたままだ。 「バーズ様……」 「なに?」  エウレカは、再び心を決めた。そして、腕の中に抱き締めていた包みをいき なりバーズの方へと差し出した。 「これを、受け取っていただけませんか?」 「……私に?」 「はい」  消え入りそうなエウレカの声は少し震えていたが、バーズは特に気にとめた 風もなく、差し出された包みを受け取った。  贈り物が自分の手からバーズの手へと移った瞬間、エウレカはぱっと顔を上 げ、ほっとしたように晴れやかな笑顔を見せた。 「いや……その……」 「お願いですから、受け取ってください」 「いや、あの……」  バーズが何かを言いかけた時、遠くからバーズを呼ぶ声がした。 「魔術師殿。魔術師殿」  バーズもエウレカも聞き覚えのあるその声の主は、館の警備主任のものだっ た。やがて姿を現した警備主任は、バーズの姿を見つけるや、駆け寄ってきて 慌ただしく言った。 「こちらでしたか。お館様がお呼びです」 「ラゼルが? どうせまた、ろくでもない用事だろう」 「すぐに部屋へお出で頂きたいとの仰せです」 「わかった。行くよ」  警備主任について行きかけたバーズは、ふと気付いたように立ち止まると、 エウレカの方を振り返った。エウレカは、黙ってバーズを見つめていた。 「ありがとう」  一言それだけ言うと、バーズはそのままくるりときびすを返し、立ち去って いった。エウレカはその後ろ姿を眺めてながら、その昔、大勢の人々の拍手喝 采を受けながら舞い踊った時のような、満ち足りた幸せな気持ちが胸を満たし ているのを感じた。  晴れやかな笑顔を浮かべたまま、エウレカはそうして何時までも立ちつくし ていた。                             Yurie Hanayama @魔術師の困惑@ 「それで?」  呼びつけられた領主の部屋で、満たされた杯を前に問われた。  アルドラス公ラゼル。数年前、疫病に効く薬草を求めてともに旅をした男で ある。薬草を持ち帰ったとき、すでに領主たる父と後継の兄は亡く、降ってわ いた災難のように領主の座をついだ彼は、なかば強引に城付きの魔術師として バーズをこの邸に迎え入れた。 「どうしたら、いいかな」  うつむいたバーズの髪がゆれる。 「そんなことはな、自分の頭で考えろ」  投げやりに答えてラゼルは、ひとり杯をあおった。 「ラゼル」  バーズの声が震える。すみれ色の瞳が、不安に濡れる。 「と、他の奴なら言ってやるがな。お前じゃなあ。百年かかっても狼狽えたま までいそうだからな。ほんとにお前は、物知らずだよ」  ラゼルの口許が苦笑にゆがむ。できの悪い子ほどかわいいとはよくいったも のだ、と小さく呟き酒をつぎたす。 「そんなこと」 「ああ、はいはい。で、どこまでなにを把握してるって?」 「なに」  森に囲まれた閑静な学院で、バーズは育った。親の顔は知らない。幼い頃か ら魔術書に親しみ、他人と言葉を交わす機会もあまりないまま成人した。多く の人が出入りする領主の邸に移って、二年足らず。魔術師バーズの世間知らず は、まだ改善の兆しもない。 「……本当に、お前は何にもわかってないな?」  ラゼルがふかく、ため息をつく。 「え」 「あのなあ。女が男に贈り物をするっていったら、そりゃ、告白に決まってる だろう。好きだって言われてんだよ。理解したか」 「えっ! な、なに……あっ」  がらん、と歪んだ響きが耳をうつ。金属製の杯が、あわてたバーズに倒され たのだ。卓のはしに置かれた手巾をとって、慌ただしく酒を拭う。 「お前、なんで受け取ったんだ。意味もわかってないくせに。あとで困るくら いのことは、わかってただろう」  がくりと肩を落としたラゼルが問う。 「だって――なんだか、胸が痛くなったんだ。あの目を見たら。めったに陽の あたらない壁と壁の隙間で咲いてる花みたいな、そんな感じのまなざしで…… 困る、なんて言えなくて」  卓をぬぐう手を止めたバーズの細い指の下で、手巾が赤く染まってゆく。 「まったく、お前は……お前が友でよかったよ」  ごつごつとしたラゼルの手がバーズのうすい色の金髪に触れ、かきまわす。 「ラゼル?」  不安げに首を傾げて見あげる。ラゼルの目に、やさしげな光をみつけてバー ズはわずかに、たじろいだ。 「お前みたいな男が親友でよかった。なあ、キラ」 「ん」  ゆっくりと頭を撫でるラゼルの手に、知ることのなかった父の温もりを重ね て、バーズはゆるく目を閉じた。 「俺はさ、世間知らずのお前に恋人ができるのなんて、大歓迎なんだけどな」  どこかあまさを含んだ声にささやかれて、バーズはちいさく身をふるわせた。 「なんでそんな話になるんだ――」  喉の奥でラゼルがわらう。 「まあ、聞けよ。俺は、お前が誰かと一緒になるのはいいことだって思ってる。 だけどな。もしもそんな日が来たら、寂しいような気がするだろうと思うんだ。 お前を奪られちまう、と思うぜきっと」 「ラゼル」 「まあ、呑め」  倒れたままの杯をとり、酒をつぐ。ついでとばかりに自分の杯にも酒を満た して、ふたつの杯の縁をあわせた。 「そうか、エウレカか。いいかもな。似合いかもしれんぞ。どうだ?」 「だから、なにが『どう』なんだ」 「いい娘じゃないか?」 「いい子だよ、そんなことわかってる。そうじゃなくて」  杯を両手で握りしめて、バーズはラゼルに訴えかける。すみれ色の目はあい かわらず、不安でかすかに濡れていた。胸いっぱいのため息をついて、ラゼル は天井を見あげた。 「……俺が寂しい気持ちになるのは、二百年くらい先かなあ」 「ラゼル!」 「ま、呑め」  酒を勧めるラゼルの言葉に、バーズは思いきりよく酒をあおった。  翌日――。  ラゼルに言われたとおりに、白いエレニアの花をエウレカの部屋に届けさせ た。エレニアの花には、よく知られた『君の幸福を祈る』というほかにも、 『時間をください』という意味があることをバーズは知らない。                            Momoyo Kamishiro @リトライ@  リトライ、決定しました。前回のテーマ『愛しい』に再びチャレンジいたし ます。リトライするからには、前回よりも絶対に良いものにしたいと上代も花 山も気合い十分です。次回のハニー号でお披露目する予定ですので、お楽しみ に。 ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆こんにちは、花山ゆりえです。  ハートウェーブ・ハニー号、お楽しみいただけましたでしょうか。今回は、 月刊ノベルさまにゲストさせて頂いた作品を掲載いたしました。季節はずれの バレンタインの香り、お楽しみいただけたら良いのですけれど...。  それではまた、7のつく日にお会いしましょう。 ☆4月17日は花山ゆりえの花号、27日は上代桃世の桃号、そして5月7日  にハニー号(テーマ『愛しい・リトライ』)を発行の予定です。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆ 発  行  ハートランド ☆本日の担当者 花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。  メールでのおとりとせもできますので、お気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お 願 い  掲載された内容は許可なく、転載しないでくださいね。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞