ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷            ハ ー ト ウ ェ ー ブ ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 花号 99.06.17 ÷÷÷÷ ☆こんにちは。花山ゆりえです。  悪い癖です。今月も配信、遅れてしまいました。これを普通にしちゃいけな いってわかってるんだけど……もう、本当にごめんなさい。  今月から、新しいチャレンジを始めました。ちょっと時間がかかってしまっ たけれど、今日の私からのささやかな贈り物が、みなさまに少しでも楽しんで いただけることを祈って。 φ本日のメニューφ  1.Squeeze  2.これからのこと @Squeeze@  1 サマー・オレンジ  大きな手が愛おしげにシートを撫でている。あんな風に私の頭を撫でてくれ ることなんてないのに、と少し腹立たしく思いながらも、私は微笑まずにはい られなかった。 「あれまあ、すごいねぇ。あんたのかい?」  通りがかった近所のお惣菜屋のおかみさんが、声をかける。でっぷりと太っ た身体を大儀そうに運びながら、つやつやした赤いほっぺにえくぼが出るほど にっこり浮かべた笑顔は、いつも彼から聞かされているそのままだった。 「ええ、まあ」  答えながら頭をかく彼は、私に負けないくらい幸せそうな笑顔だった。 「良いバイクじゃないか」  近寄ってきたおかみさんは、彼のそばに立ててあるオートバイを少しびっく りしたように眺めながら、そう言った。そうは言っても、おかみさんがバイク に詳しいようには思えないけれど。 「ナナハンって言ってね、バイクの中じゃあ一番でっかいヤツなんですよ」 「やっぱり大型が好きなんだね」 「いやあ」  言われてまた頭をかきながら目がなくなるほど微笑んだ彼の仕事は、宅配便 のドライバーだ。最近ではセールス・ドライバーなんて言葉で宣伝されるほど、 業界内での争いは熾烈らしいけれど、彼はそんな中でもまあまあの成績を上げ ている。笑うと子供みたいに屈託がなくて、大きな声で挨拶をきちんとする礼 儀正しい彼を気に入ってくれているお客さんは、この辺りだけでもかなりいる らしい。 「しかし、高かっただろう?」 「ええ、まあね」 「まあ、あんた頑張って働いてるからねぇ」 「そんなことないっすよ」  謙遜ではなくて、心底からそう思っている口振り。彼は肩をすくめながら、 少し気恥ずかしそうにおかみさんから目をそらした。人のために何かをするの は気持ち良いと、普段からそんな言葉を平気で口にするような人だから、誉め られるようなことをしているつもりはないのだ。  うつむいてバイクのシートを黙って撫でている彼に相手にしてもらえないと 悟ったのか、おかみさんは矛先をこちらへ向けてきた。 「可愛いねぇ。彼女かい?」 「あ、まあ、そんなもんです」 「そんなもん、はないでしょう? こんにちは。いつも知宏がお世話になって ます」  何時だって他人にこの手の質問をされると、ちゃんと答えずにはぐらかそう とすることにすっかり慣れっこになっている私は、ちょっと自分の立場を強調 したくて、わざと彼の名前を呼んでそう言った。照れ屋なのは良いけれど、こ っちは結構寂しいものなのだ。 「あらあら、こちらこそ。お兄ちゃんにはいっつもすっごく良くしてもらって るんだよ。こっちの勝手を何でもはいはいって聞いてくれるんだからねぇ。今 時こんなに良い子はいないよ。あんた目が高いよ」  そう良いながら、おかみさんは軽く私の腕を小突いた。その気さくな振る舞 いに、胸の中に温かいものが流れ込んでくる。 「はい、私もそう思います」 「あらあら。これは、ごちそうさま」  おかみさんはそう言って、大きな声で笑った。  彼の仕事場(仕事場、と言って良いのかどうかわからないけれど)には滅多 に来ない私だけれど、こんな風にされると、その一部に溶け込めたような気に なれる。こういう温かな人達に囲まれて、普段の彼は額に汗して彼らに頼まれ た荷物を運んでいるのだろう。 「じゃ、これからデートだね。楽しんでおいで」 「あ、はい。ありがとうございます」 「あんた良い子だねぇ。別嬪さんだし、ちょっとお兄ちゃん、大事にしなきゃ ね」 「そんなこと……」  今度はこっちが照れる番だった。けれど、そんな私にはお構いなしで、彼は 急に頭をがばっと下げると、大きな声で言った。 「毎度、ありがとうございます!」 「なんだい、今日は仕事じゃないだろう。そいじゃあね。飛ばしすぎるんじゃ ないよ」  頭を下げたままでいる彼に手を振りながら、おかみさんは大きな声で笑いな がら、通りの向こう側へと歩いていった。  じっと頭を下げたままでいる彼を眺めながら、私は思わず笑ってしまった。 「なんだよ」  憮然とした顔で、彼が顔を上げる。子供みたいに本気で膨れている顔の中で、 恨めしそうな横目が睨んでいる。 「だって、今日はオフなのに」 「しょうがねぇだろぉ。癖なんだよ、クセ」 「でも、良い人だね。あんまり気さくで、ちょっとびっくりしたけど」 「ああ、おふくろみたいなもんだから。この辺の人は、みんなあんな感じだよ。 良い人ばっかだ」  言いながら、彼は颯爽とバイクにまたがる。早く乗りたくてうずうずしてい る気持ちが、こっちにまで伝わってくる。 「ほら、行くぞ」 「はいはい」  彼から貰った初めてのプレゼントであるヘルメットをかぶって後ろに乗り込 むと、私はその腰に腕を回してぎゅっと抱きついた。 「はい、オッケーだよ」 「おう」  答え終わらないうちに、彼がエンジンをかける。初めて聞く彼のバイクの音 は、思ったより優しかった。  本当にやりたいことのために、いくつもあるやりたいことのほとんどを諦め なくてはいけない彼が、どうしても捨てられなかったもの。それが、バイクだ った。  生活費と、レッスン代。それでほとんどがなくなってしまう給料から少しず つ貯金してようやく買ったバイク。小さいので我慢すればいいのに、と言う度 に、彼は少しむっとしていつもこう答えた。 「ナナハンじゃなくちゃ、ダメなんだよ」  その理由を、私は尋ねなかった。彼がそう言うんだから、そうなんだろう。 それに、どんなバイクを欲しいかを語る彼の瞳は、いつもきらきら輝いていて とっても素敵だったから、私にはそれだけで十分だった。 「バイクを買ったら、美貴を一番最初に乗せてやるからな」  バイクのことを語るとき、締めくくりにいつも必ずそう言ってくれたから、 それだけで本当に幸せだった。  彼の頭の中には、本当は私なんかよりもずっとずっと大切なものがあるのは 知っていたし、彼にとって私は一番大切なものには絶対になれないこともわか っていた。でも、他のどんな女の子にも、彼がそんなことを言わないのも、知 っていた。  だから、それで良い。そんな彼が、私は好きなのだから。  いつだったか、彼に聞いたことがある。 「仕事、辛くない?」  やりたいことを続けていくために仕方なく始めたバイトだったのを、私は知 っていた。だから、ただもくもくと人に頼まれた荷物を運び、毎日くたくたに なるまで走り回っているうちに、彼がどんどんすり減っていってしまうような 気がしたのだ。  けれど、彼は一言、こう言った。 「全然」  人を感動させたいから、どうしても役者になりたい。そう決めて、彼は高校 を卒業してすぐに上京してきた。決して有名ではないけれど、話題になりつつ ある劇団の研究生の試験にパスして、夢や希望に胸をいっぱいに膨らませて東 京にやってきた彼は、しかし、都会の生活が思っていたより楽じゃないことを、 すぐに思い知らされたという。  レッスンを受けることが生活の中心になる研究生には、バイトをする時間も 限られる。そんな生活の中で、彼は当然ながら苦しい生活を強いられた。親の 反対を押し切って家を出てきた彼には、仕送りなんてものはなかったから、そ れで当初はずいぶんと苦しい思いをしたらしい。 「諦めて帰るべきかどうか、ずいぶん悩んだんだぜ」  付き合ってしばらく経った頃、彼が笑いながらそう言ったことがある。笑い 話にしてはいたけれど、その頃は本当に辛かったに違いないのだと思った。  彼は同期で入った他の研究生に差をつけられるかもしれないのを覚悟して、 仕方なく、レッスンをぎりぎりまで減らして、このバイトを始めた。だからこ そ、彼はバイトをしている時間だって、無駄にしない。  笑顔が素敵なのは、演ずることをいつも考えているから。大きな声で挨拶を するのは、発声訓練の代わりになるから。 「みんな俺の最初のお客なんだよね。ありがとうって言われるたびに、良い出 来だったよって言われてるような気がするんだ。だから、疲れなんて吹き飛ん じゃうよ。かえって元気もらってるくらいだから」  彼はそう付け加えて、笑っていた。その時に、私にもわかったような気がし た。  お金を払ってお芝居を見に来る観客じゃないだけで、彼のお客さんは、彼を 見てくれる大切な観客なのだ。だから、そういう人達一人一人に対して、最高 の自分を見せる。彼は、この仕事を自分のプラスにしようと決めたのだろう。  彼が考えているのは、何時だって、お芝居のことだけ。けれど、それで食べ ていける人間はほんの一握り。彼はまだ、その中には入れていない。だから、 こうするしかない。けれど、実入りが良いからと言う理由で始めたはずのバイ トなのに、そんなところでさえ、彼は自分の居場所と目標をちゃんと見つけた。 だから、辛くないのだと言えるのだ。  強くて、頑固なまでに一途。自分の決めた道を、死んでも諦めない覚悟。そ の潔さが彼の魅力なのは間違いない。でも、本当のことを言えば、私には、そ んな彼を見ているのが切なかった。少しでも助けになりたくて、一緒に暮らそ うと言ったのは、一度や二度ではない。自慢じゃないけれど、私には一人では 使い切れないほどの仕送りがあったし、バイトをする時間だって、彼よりはず っとたくさんあったから。  けれど、彼はいつも断った。それでは意味が、ないのだと。 「そんなことないよ。だって、こういうことを目指している人は、よく、下積 みの頃女の人に食べさせて貰ってたりするって言うじゃない?」 「バカ言うな。女に食わせて貰って好きなだけレッスン受けられるようになっ たからって、それで一流になれるわけないだろう」  彼は本気で怒ってそう言った。それから私は、二度とその話をしなかった。  私には、何をどうしたら一流の役者になれるのかなんて、わからない。彼が どんな風にその夢を思い描いているのかもわからない。そこは、私が絶対に踏 み込めない領域なのだ。  それは私にとって、認めたくはないけれど、絶対に崩すことの出来ない壁だ った。本気で思い悩んで、別れようと思ったこともある。でも、私はそうしな かった。  彼は、それまで私が知ることの出来なかったことをたくさん教えてくれた。 こんな風に人を愛することもあるのだと教えてくれたのも、彼だった。  次の日のレッスンのために、ぶつぶつとつぶやきながら台詞を覚えている彼 を、じっとベッドの中から眺めて過ごした夜があった。一緒にいるのに顧みら れないことに寂しさを感じながらも、私はそんな彼から目が離せなかった。  そんな風に夢中になっている彼を見たのは初めてだった。そして、そんな彼 はどうしようもないほど、素敵だった。  その瞬間、たとえ愛の言葉をささやいてくれなくても、キスをしてくれなく ても、抱き締めてくれなくても、彼は私にとって最高に素敵な恋人だった。側 にいられるだけで良いと、そんな風に思ったのは初めてだった。  何かに夢中になっている人を、黙って見つめる。それだけで、胸の中に愛が 満ちることもあるのだ。  加速するバイクの振動を感じながら、私は彼の腰に回した腕にぎゅっと力を 込める。背中に頭をぴったりとくっつけながら、彼と今、一緒にいられること の幸せを噛みしめる。  信号で止まったとき、彼は振り向いて言った。 「大丈夫? 気持ち悪くなったりしてないか?」 「うん。全然平気」  こんな風に、彼はちゃんと私を気遣ってくれる。今、この瞬間だけは、お芝 居のことじゃなく、私のことを考えてくれている。  ほんの少しかも知れないけれど、彼は私が滑り込めるスペースを作ってくれ ている。他の誰でもなく、この私に。だから、それで十分なのだ。  いつか、彼が一流の役者になれたら。その時には、私がこの人を見守ってい たのだと誇りに思えるだろう。  再びバイクは走り出した。行き先は知らない。それは、彼の人生と同じ。で も、どこへ行くのでも構わない。私は絶対に彼から離れないと、そう決めたの だから。 @これからのこと@  ちょっと長かったでしょうか? 花山の新たなチャレンジ、ようやくスター トすることが出来ました。いろんな規制の中でどれくらい書けるか、というこ をにチャレンジしていくのですが、今回はちょっとだけ落第かな? 今回のテ ーマは「自分を通して相手を語る」一人称のお話。あくまでも自分を通して語 るというものだったのですが、相手にも台詞喋らせちゃってるから、これはや っぱり本当の意味から言うと落第ですね。でも、やりとりの会話がないのはど うしても寂しいような気がして、応用させてしまいました。これじゃダメかな、 桃ちゃん?(笑)  これから先、こういう感じでお話を続けていきます。一話完結の連続ものに なる予定です。まだまだ先のビジョンが全部見えてないんですけど、みなさま に少しでも楽しんでいただけるように、頑張りたいと思いますので、よろしか ったら感想などお聞かせ下さい。  これからも、どうぞよろしくお願いいたします。 ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆今回の花号、お楽しみ頂けたでしょうか? まずは何より、配信が遅れない よう、次回は頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお付き合いのほ ど、お願いいたします。   ☆次回は27日に桃号発行の予定。来月7日のハニー号は夏休みとさせていた だきます。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆発    行  ハートランド ☆本日の担当者  花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。  メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お願い 掲載された内容を許可なく、転載しないでください ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞