ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※              ハ ー ト ウ ェ ー ブ  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 桃号 99.11.27 ※※※※  ☆ごめんなさい。いや、いきなりこれで始まるの、いいかげんにしようと思っ   てはいるんですけど……ごめんね? まーた、遅くなっちゃった。   花号も、お休み『します』じゃなくって『しました』って言わなくちゃイケ   ナイし。あーあ、な気持ちでございます。   ほんとう、失礼なコトしてるよねぇ。7のつく日の発行のはずなんだがなあ。   あ。こんにちは、上代桃世です。今頃、11月の号をお贈りしてます。今回は   ねぇ……これだけだな。ごめんなさい。   12月こそ、発行日守り――たいと思って努力中です。   皆さまのあたたかく寛大なお気持ちに縋って、それでは、いってみよう。  φ本日のメニューφ   1.えす   2.えむ  ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  @あなたに、逢いたい・S@   十字架が、白銀色の光の中に黒々と浮かんだ。窓に射す月の光に、格子が濃  い影を落としているのだ。黒い十字は、ベッドの上に刻まれていた。   乱れたシーツの上の身体は、ふたつ。十字の影に裂かれるように、ふたりは  離れて横たわっていた。   ぎ、とベッドが軋みをたてる。月あかりに目覚めたのか、ひとりが、かるく  身を起こした。もつれた髪が銀光に煌めく。しずかに深いため息をついて、眠  る男を起こさないようにだろう、そっとベッドを抜けだしてゆく。   月光は、身体についた赤い痕を容赦なく暴く。床に放られていたガウンを拾  って裸の身体を覆い隠し、ベッドサイドに佇んだまま、窓の外の月を見あげる。  うすい雲がときおり掠め、鋭い光をやわらげて去る。   かすかに睫毛をふるわせて、ベッドに沈む男をみやる。黒髪が、白いシーツ  の隙間で艶をはなっていた。  「……っ」   くちびるを噛みしめて、顔を背けた。抱きしめるように自身の腕をつかんだ  指先がガウンを擦り、ぎゅ、と雪を踏むのに似た音をたてる。みじかくそろっ  た桜色の爪のなかほどまでが、白く色を失っている。   朱唇が蠢く。声はない。ふるえる吐息が、くちびるを濡らした。   弾かれたように、ふいにほそい躰が硬直した。頬を涙が、つたっておちる。  瞳を見開いたまま、天を仰ぐように、ゆっくりとあおのきながら頽れた。   ガウンの合わせめから、剥きだしの腿がのぞく。白い濁りが、きめ細かく透  明感のある――鬱血の痕が色濃くのこった肌を這う。青草の匂いをまといつか  せながら、ベッドの下に手をのばした。   衣擦れの音が、男のたてる寝息の合間をかるく埋める。   なめらかな布が、冷たい光に青く艶めく。布は、内に隠したなにかのために、  ふくらんでいた。   しゅる、と白い手が布をひらいた。   銀色の小箱。   そろえた両手にのるほどの大きさで、さまざまなサイズの青い石が嵌めこま  れている。布にくるまれていた、オルゴールか宝石箱のようなその箱を、見つ  める。涙は、かわらず頬をつたい続ける。   ふるえる指が、細く浮きだす蔓草模様をぎこちなくなぞる。蝶番がかすかに  鳴った。   箱の内部に貼られたビロードの青に封じられるようにして、立体ではない写  真が一枚、しまわれていた。   誰かに呼ばれたところなのか、肩越しに振りかえる青年を捉えた写真だった。   写真のなかの、メッセージを語ることも動くこともない青年を見つめる――  息をすることさえ、忘れたように。   ふいに、声のない嗤いが闇に弾けた。   口許を、歪んだ笑みが犯している。縺れたままの髪をかきあげて月を仰いだ。   紺、とくちびるが音を刻んだ。   ベッドが軋めく。眠る男が寝返りをうって、月明に顔をさらしていた。写真  とは、似ていなかった。夜を染めつけたような、黒い髪をのぞいては。   その黒髪に手をのばし、指を搦める。   拭わない涙が、頬から胸へとおちていった。  @あなたに、逢いたい・M@   もう逢えない、と瞬は思う。   天窓から射し入る月の光が、ベッドに黒い十字を刻む。窓格子の影にすぎな  いその十字を、断罪の徴のように瞬は感じる。   隣で寝息をたてる男は、今日会ったばかりで素姓も知れない。バーから部屋  までの間に交わした言葉のなかで、もしかしたら、語られていたのかもしれな  いが、記憶にはない。   黒髪で黒い瞳。それだけが、重要だったのだ。ほかのことは、瞬にとっては  意味をもたない。紺に似ている、それが選ぶ基準なのだ。   ゆっくりと、片肘をついて身を起こす。かすかにベッドが軋んだが、男は目  覚める気配もなかった。紺と同じ黒髪が、シーツの隙間で艶をはなった。   紺は、辛抱強い男だった。   出逢ったときから、瞬がその腕のなかで穏やかな寝息をたてるようになるま  で、何年も待っていた。   仲のよかった友達に告白されて断ったときも、別の恋にゆれたときも。口も  きかず、視線をあわせようともせずに書斎に引きこもっていた瞬を、待ってい  てくれた。   眠れずにいた真夜中に、蜂蜜入りのカモマイル・ティーを淹れて、ほそく開  けたドアの隙間から差し入れてくれた。   なにも訊かずに。   その紺が消えて、どれほどの月日が過ぎたのかはもう、はっきりしない。千  年もすぎたような気もすれば、ほんの数日の気もする。いずれにせよ、今夜、  隣で眠る男は誓いを交わした恋人ではない。   ふかく息をついて、瞬はベッドを抜けだした。床に脱ぎ散らしたガウンを拾  いあげようとのばした腕に情交の痕を見つけて、身が竦む。   紺でなく、別の男がつけた痕。   汚れている、と瞬は思う。   今夜の男が何人目になるものか、それさえ瞬にはわからないのだ。   待っていろと言い残して紺が消えたあの日から、黒髪で黒い瞳の男を、瞬は  誘いこむようになった。ブティックや喫茶店、ショット・バー、ときには公園  で男たちに声をかける。   そうして部屋に連れ帰り、ながい夜を過ごすのだ。   拾いあげたガウンで身体中に散る罪の痕を隠すように、瞬は、細かな震えで  うまく襟を合わせられないままに身体を覆った。  震えは、とまらない。   ベッドサイドに佇んだまま、天窓を見あげた。そこから射しこむ鋭い光が、  瞬の顔に黒い十字を刻みこむ。ベッドでは、たたずむ影が頼りなげにゆれてい  る。   薄雲が、ときおり月を横切って、つかのま瞬から黒の十字をとりあげる。   かすかに濡れた睫毛をかるくしばたかせて、瞬はベッドへ目をむけた。   この男の、熱で喘いだ。紺の名を呼びながら、この男に溺れていた。躰に、  紺とは違う愛技を教えこまれるたびに、澱が溜まってゆく気がする。胸の奥に。  「……っ」   くちびるを噛んで、顔を背けた。   胸を庇うように、両手で自分を抱きしめる。爪が白くなるほど力をこめた細  い指がガウンを擦り、雪を踏むのに似た音をたてた。   ――裁きの神は、雪の上を歩いてくる。   そう、きかされたことがあった。雪の上を、足跡を残して神は来る、と。   裁く神の足音を聴いた気がして、瞬は、静かに息をもらした。   裁かれるのは、紺への裏切り。紺と過ごしたこの部屋で、人肌の温もりをむ  さぼっているのだ。部屋のどこにも、彼の面影があるというのに。   月光の射す天窓も、梯子をかけて紺が磨いていたものだ。   最初、格子はついていなかった。ガラスの厚さも感じられないほど磨きあげ  て、そこだけ空を捕らえているようだろうと自慢していた。紺が格子をつけた  のは、スズメが激突したからだった。透明なガラスに気づかなかったのだろう、  通り抜けようとしてぶつかったのだ。スズメは、ガラスに体の痕を白く残して  落ちていた。広げた翼やくちばしの形まで、くっきりと残る痕だった。それか  ら、十字の格子をつけたのだ。   躰が跳ねた。息を呑む。膝が崩れて座り込む。涙がこぼれて、袖に染みた。   太股に、残滓がとろりと這い出していた。   自分を抱いた腕をとき、そっと床に手をついた。この床も、戯れに紺ともつ  れてみたことがある。部屋のなかで、思い出のないところなど、ありはしない。   床を撫でるようにしながら、瞬はベッドの下に手をのばした。   すべらかな手触りを探りあてて、引き寄せる。かすかな衣擦れの音が、夜の  あいだをすりぬけて消えた。   瞬がベッドの下からひきだしたものは、光沢のある青い布に包まれていた。  細長く角のある包みは両手にのるほどの大きさで、青布に隠されたままでも充  分に、オルゴールのようなものだと知れた。   きゅる、と布が哭いた。   とかれた布から現れたのは、銀色の小箱だった。細かな蔓草模様が象嵌され、  ところどころに煌めく青が填められている。細い指が、ときに止まりながら、  さまざまな大きさの青石に絡みつく銀の蔓草をたどる。   それは、この部屋で迎えた何度目かの誕生日に、紺が贈ってくれた小物入れ  だった。オルゴールでもよかったが、なんとなくそんな気分だったと、そう言  って。その時の紺は、目の縁が、ほのかに赤く見えていたのを思いだす。   涙が、頬に筋をひいてゆく。   蝶番がちいさく軋み、箱の内側に貼られたビロードの青が瞬の瞳を射る。   そこには紺の写真がしまわれていた。   肩越しに振り返るところをおさめたその写真は、瞬が友達に頼みこんで、盗  み撮りしてもらったものだ。理由はわからないが、紺は写真に撮られることを  嫌っていて、ふたりで写ることさえしなかった。だから、立体でもなくメッセ  ージが吹き込まれているわけでもないこの一枚しか、手元にはない。   囚われたように、瞬は写真を見つめていた。   息がつまる。心臓が焦げる気がする。   ――逢いたくて。   瞬は笑った。声もなく、口元を歪めて笑っていた。笑いながら、流れる涙に  濡れていた。   数も知れない男たちとの媾合で、濁った瞳を、紺に見つめてもらえるわけが  ない。そう、瞬は思う。あわせる顔のあるはずもない、と。   嗤いに躰をふるわせたまま、冴え凍る月を仰ぎ見た。わらいが止んだ。   ゆっくりと、胸のまえで手を組んだ。  裁かれていい。裏切りの罰に、死んでもいい――紺の胸で死ねるなら。   くちびるを舐め、そっと名を呼ぶ。  もしも、弱さがなかったら。せめて、あと少し孤独に耐える強い気持ちがど  こかにあれば……ほかの男と眠ることもなかっただろう。弱さが、罪でないと  は思わなかった。   できるのなら神でなく、あの声で、あの瞳で、裁いて欲しいと瞬は願った。   赦されなくても。もういちど――   胸の奥で、瞬はつぶやく。腕のなかで眠りたい、と。   ベッドが軋んだ。反射であげた視線の先に、髪が見えた。その黒髪に、目を  奪われた。祈るように組んでいた手をゆっくりとほどいて、愛撫の痕が鮮やか  に残る胸に左手を、きつく押しあててゆく。   右手で、寝返りをうった男の髪に触れてみる。   オゾン・ノートの匂いをかいだ……ような気がした。紺が愛用していたトワ  レ、青氈の香りだった。   紺のかたい髪とは違う、やわらかな感触の黒髪に指を絡ませながら、瞬は震  える息をゆるく吐いた。  誰も、紺には似ていない。   熱い夜を過ごすたび、思い知らされる気がして瞬は、涙を流す。泣いて、そ  れでも、また誘うのだ。   白銀色の月の光に照らされながら、瞬は静かに頬を濡らし続けた。   ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  ☆難しいかなー、と思ったらやっぱり、難しかった。同じシーンを違う手法で   書くってのは、けっこう大変……。面白かったけどね(あたしは)。   と、いうわけで。今回の桃号、お楽しみいただけましたでしょうか。   ちょっぴりでも、楽しんでいただければ嬉しいのですけれど。   それではまた、(情けないけど……できるだけ)7日のつく日にお会いしま   しょう。  ☆次回は12月7日にハニー号を発行の予定です。  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞  ☆ 発  行  ハートランド  ☆本日の担当者  上代桃世(kaidou@fb3.so-net.ne.jp)  ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して   発行しています。( http://www.mag2.com/ )  ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま   す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。   メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。  ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪  ☆お願い 掲載された内容は許可なく、転載しないでくださいね。  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞