先輩



市野賢治   


 新年度になったらクラスが変わった。
 綾子のために、とは言わないが、合わせて文系のクラスを志望したのに、オレはC、ヤツはD。
 まあ、いいけどね。

 オレの担任の木村孝夫という先生は、国語のエキスパートで何人も添削の生徒を抱えている。それも、学年クラスを問わず。それでいてクラスに目が届くと言うから、ほぼ理想的と言っていいと思う。
 対して綾子のほうは帯谷忠志と言って日本史。でも天地の違い。まだ若いんだからばりばりやればいいものを、なんとなく全般的に意欲がないように見える。綾子には、一年間苦労してもらうしかないね。

 ‥‥にしても遅いな。
「始業式くらいだから午前で終わるじゃない。一緒にお昼しよ」
 きのうの夜、電話でそう言ってきたのは綾子のほうだ。オレの部活の顧問が転任しちゃったんで、今日は部活も休み。ま、明日は入学式だからどっちみち体育館は使えないけどね。ともあれ、二人して午後なんにもなしなんて、こんな日はめったにないのに。
 ひとしきり自転車の波が右から左へ流れ、制服姿を満載したバスが同じ方向へ通りすぎていった。
 ‥‥今のが十一時二十五分発のやつだから、次は二十分後か。
 校門を出て右に自転車置き場とロータリーになっているバス停がある。最近は近くに住宅地ができたけど、うちの学校はほとんどがバスか自転車。ちなみにオレも綾子もバスで駅まで。駅からは別方向だけど。
 道路を挟んで校門正面の野球場にも人影が見えない。残ってるのは入場曲や校歌の練習してるブラスバンドくらいだ。

 と、私服の女の子が二人、バス停から近づいてくる。一人は薄い青のシャツとジーンズのポニーテール。もう一人はショートヘアーと言うよりおかっぱ。緑が主のワンピース。ポニーテールがおかっぱを主導してる感じだな。一見して中学生。
 ポニーテールがオレの視線に気づいたらしく、おかっぱの手を引くようにやって来る。腰を引きぎみにおかっぱがついて来るけど、かすかに「やめようよぉ」なんてのも聞こえて来る。
「あの、みすず台高校の方ですよね?」
 はっきりした言い方で、ちゃんと正面を向いて言う。オレの好みだ。
「そうだよ?」
 校門にもたれかけていた背を伸ばして、言う。
「あの、みすず台高校って、いいところですか?」
「は?」
 い‥‥いいところ、ねぇ。
「あ、んと、わたし、今年みすず台高校に入学するんですけど、どんなところかな、って思って」
「で、偵察にきたわけね」
「いえ、偵察ってわけでもないんですけど」
 180センチのオレより頭一つ分低い、ポニーテールの子がポリポリと頬をかく。
「どうせ明日入学式じゃないか。明日になればわかるさ‥‥って、それじゃ不親切だな」
 ちょっと肩をすくめて言う。
「たとえばさ、何がしたくてうちの高校を選んだわけ?」
「えっと‥‥青春したくて!」
 一瞬の間。
 爆発!
「ぶわっはっはっはっは!」
 こりゃすごい。今どき真剣に青春したいときた!
 と、ポニーテールの子が腕組みをしてふくれている。
「変ですかぁ?」
 上目使いににらむ。
「あは、あは、は、ごめんごめん。いや、変じゃない、変じゃ」
 必死に笑いをこらえながら手を横に振る。
「そっか、青春したいか」
 ようやく収まりかけた笑いをこらえて、聞く。
「それじゃ、青春てなんだと思う?」
 ポニーテールの女の子は、後ろに半分隠れているおかっぱの女の子と顔を見合わせた。
「例えば、部活。うちの学校は伝統的に文化系が活発なんだけど」
「聞いてます! 吹奏楽の定期演奏会とか、演劇部の合同公演とか。ね?」
 相変わらず半歩後ろにいる女の子に振り向いて言うと、小さくうなずく。
「ま、運動部がぜんぜんないわけじゃないから、運動部でも面白いっていえば面白いんだけどね。ちなみにオレは卓球部」
 と言うと、ポニーテールの子がちょっと意外そうな表情を見せる。この子、感情がすぐ顔に出るタイプだね。
「意外?」
「え? ええ、ちょっと。割と背の高いほうだから、バスケットとかバレーなのかな、と思ったんですけど」
「今じゃバスケとかバレーだと190以上ないと戦力になりにくいからね。で、何かやってきたの?」
「いえ、特にわたしは‥‥彼女は新体操やってきたんですけど」
 ポニーテールが後ろを向きながら答える。
「ま、どっちにしても今日は体育館使えなくて部活もやってないから、見学もできないけど」
「そうですよね」
 と、おかっぱのほうがつんつんとひじを突く。口元が「やっぱりぃ」と動いたように見えた。
「‥‥じゃあ、何しに来たの? 校舎だって、受験のときにだいたい見たはずだし‥‥あ、もしかして香坂先生の関連?」
「え? こう‥‥なんですか?」
「香坂潔先生。地学‥‥理科の先生で、天文の専門家。いくつか彗星発見してるんだ‥‥けど、知らないってことは違うわけだ。ちなみに、うちはどこ?」
「はい、稲沢です」
 なんだ、綾子と同じ方向じゃないか。じゃ、わざわざ電車にバス乗りついで来たわけだ。
「ってーと、電車通学だね」
「はい」
 はきはき、というのを地でいってる感じの答え方だ。
「で、列車代にバス賃使ってまで、明日っからイヤってほど来るところにわざわざ来た、と」
「‥‥やっぱり、学校っていやなもんなんですか?」
「あ、いや、これは言葉のアヤってや‥‥つ?」
 後ろの子がちょっとびっくりした様子を見せた。
「もしかして、そっちの子、アヤって名前?」
「ええ。綾子っていいます。糸へんに土ハタの」
「土はた‥‥ああ、あれね。なんだ、字まであいつとおんなじじゃんか」
「あれって、もしかして彼女、ですか?」
 興味津々で聞く。
「まあ、そうとも、言えるかな」
 なんか恥ずかしいぞ。
「で、君は?」
「わたしですか? わたしはいませんけど」
 ちょっと残念そうな表情だ。
「そうじゃなくて、名前」
「え、えっ? な、名前ですか?」
 勘違いしたと気づいたらしく、真っ赤になる。
「すいません、あの、小原恵美です。恵むに美しいって書きます」
「ふーん、ちなみにオレは藤崎賢一。よろしくね」
「あ、は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
 まだ恥ずかしさが消えないのか、あたふためいておじぎをする。つられて後ろの子もおずおずと礼をする。
「ま、うちの学校は‥‥そうだな、わりと他の高校に比べれば楽しいほうだと思うよ。陽乃咲高校は進学べったりでおもしろくないし、陽乃咲工業は‥‥女の子には縁がないか。あ、それこそどうして稲沢高校にしなかったの? あそこ女子校だし、家から近いでしょ?」
「女子校なんて学校じゃないですもん」
 えらくきっぱりと言い切るね。
「そっか、彼氏が目当てか」
「い、いえ、そういうわけじゃ‥‥」
 ようやくおさまった顔が再び真っ赤になる。なかなか素直でかわいいねぇ‥‥って、なんかヤらしいオヤジみたいだな、オレ。
「そうだね。彼氏見つけるのも高校に来る目的になるかもね」
「ごめん、お待たせ!」
 と、ようやく昇降口から綾子が出てきた。オレを見つけて走ってくる。
「担任おびーだっていうから嫌な予感してたのよ。案の定さっそくなんだかんだ仕事押し付けてきてぇ‥‥って、この子たち何?」
 走ってきて一気にしゃべっても息つぎ一つしないところがすごい。
「ん? ああ、新一年生なんだって、うちの」
「へえ。じゃ、わざわざ学校見に来たの? それはそれは」
 やたらうれしそうに言う。その上、手なんて出して握手を求める。
「よろしく! あたし梨本綾子。あなたは?」
「はい! あたし小原恵美って言います。こっちは今井綾子」
「綾子?」
 そう言いながら、同じ綾子にも握手する。
「おまえとおんなじ字だってさ。その上住所稲沢だって。方向までおんなじ」
「ふーん。これも何かの縁かもね。入学のあかつきには演劇部をよろしく!」
 おいおい、こんなとこで部員勧誘かぁ?
「おまえなぁ、少し早すぎだって」
「で、何しに来たの? 部活の見学なら残念だけど今日はほとんど休みよ。天文の香坂先生なら午後から出張だって言ってたし、吹奏楽部は入学式の練習でそれどころじゃないし」
 と、恵美って子がぷっと吹き出す。
「やっぱ恋人同士って発想もおんなじなんですね」
「え?」
 オレのほうを見る。
「部活休みだとか香坂先生の話、さっきオレも言ったの」
「なんだあ。賢一とおんなじ発想? ちぇっ」
 こら、そりゃどういう意味だ。
「あ、そろそろバス来るよ。行こ」
 と、時計を見ると確かに四十五分近い。気づかないうちに目の前を通っていったかも。
「ん。じゃあ、オレたちはこれで。校舎内には入れないけど、ゆっくり見ていくといいよ」
「はい。これから、よろしくお願いします。先輩」
 勢いよくお辞儀する。
 へ?
 あ、そっか。明日から、オレ先輩になるんだ。
「ああ、よろしく」
 なんか照れ臭いな。
「ほら、来てるよ! んじゃ、またね!」
 後ろ向きに走りながら綾子が彼女達に手を振る。オレが追い付くと、一緒になってバスに飛び乗った。
 ガラガラのバスの一番後ろの席に陣取ると、いつもは右の窓際に座る綾子が左に座った。
 窓を開けると同時に、バスが発車する。
「いたいた。じゃあねぇ!」
 ちょうど校門前を通過するときにさっきの子たちに声をかけ、大きく手を振る。見えなくなってから席に落ちつくと、綾子がくすくす笑いだした。
「何がおかしいんだ?」
 照れくさそうな表情でオレを見る。
「んとね、あたしも来たの。入学式前に」
「へ?」
「ほら、入試のときなんて学校内見てる余裕ないじゃない。学校案内だって全部何もかも書いてるわけじゃないし。それで、響子といっしょに学校に行ってみたの」
 それで笑ってたわけか。どうりで握手まで求めるわけだ。
「へえ。で?」
「で、って‥‥やっぱり部活もやってなかったし、かといって校舎に入れるわけでもなし、結局学校の周りぐるっとまわったの」
 奇特なやつ。オレなんか入学式前は‥‥なにやってたんだろ?
「それで寮のほうとかテニスコートとか図書館とか、いろいろ見てたら、すっごくかっこいい先輩が声かけて来て、いろいろ話してくれたの」
「誰だぁ? それ」
 ぎょっとして綾子を見る。
「妬ける?」
「べっつに」
「またまた、すねちゃって。んとね、あれからいろいろ探してみたんだけど、その先輩見つかんないの、部活の先輩とかに聞いても。たぶん思い入れが強すぎて正確な印象つかめてないんだと思うんだけど」
「それで」
 まだ言葉に刺があるのが自分でもわかる。
「もしかしたら幽霊か何かじゃないかって思ったりもしたんだけど。でも、すぐ探すのやめちゃった」
「どうして?」
「賢一のことが気になりはじめてたから」
 ‥‥照れもせずこういうことが言えるんだよな、こいつ。
「なあ」
「なに?」
 まっすぐこっちを見る。前からそうだったけど、演劇やるようになってますますその傾向が強くなってきた。大きな瞳が印象的だ。
「この学校入って、よかったと思うか?」
「もっちろん!」
 すぐに答えが帰ってきた。
「でも、なんで?」
「あの子たちも、そう思ってくれるといいな、って」
「きっとそう思ってくれるわよ。すてきな先輩に会えたんだから」
 ‥‥それってオレのことか?
「おだてたって何も出ないぞ」
 と、綾子がいかにも意外というような表情で、わざとらしく言った。
「あれ? 今日おごりじゃないの?」
「知るかっ!」
 結局おごらされる羽目になったけどさ。



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