「T君が土地で騙されたらしいよ」。知り合いのAさんからそんな話が飛び込んできた。
工芸家のT君はすでに沖縄移住歴10年以上と長く、年は若いが僕の大先輩にあたる。趣味は波乗りという生粋の湘南ボーイだ。彼が新しい工房を作るために土地を求め、すでに設計から建築見積りまで進んでいるという話は3ヶ月前に耳にしていた。だが、なかなか工事に入らないので、おかしいと感じていたその矢先だった。
彼が手を出した土地は、なんと「農振地(のうしんち)」だったのだ。「農振(のうしん)」とは、「農業振興地」の略で、農業用地にのみ使用を限定された土地だ。土地が「農振」に指定されていれば、法的に家を建てることは出来ない。絶対に。T君は、これに引っかかってしまった。不動産屋に騙された、というのだ。
わからないこともない。農振地に指定されている場所は、実は土地としては非常に魅力的なものである場合が多いのだ。なにせ家を建てることが出来ない土地だから、まずもって環境がいい。自然のど真ん中にある。周囲に人工物はなく、海や山が美しく間近に迫る。
砂糖黍畑の向こうの洒落た家、波打ち際の夢のようなコテージ向き、隠れ家のような別荘かホテルにうってつけ、といった風情の土地。誰だって、ここなら…と心が動く土地。間違いなく、そのほとんどが農振地といっていい。
実際、ぼくが出会ってきた至極魅力的な土地は、あの「7つの条件」を満たす土地は、もう完全に、100%、ことごとく、徹底して、農振地だった。
だからこそ「どうしてこんな穴場が…」という土地を知人以外の人間に紹介されたなら、まずは農振である可能性を疑ってかからなければならない、のだが土地のずぶの素人がこんな専門的な話を知る由はない。
…そこにつけこむ輩が、いる。
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