numb013.gif  全聚徳を味わう

   「全聚徳」。中国に足を踏み入れたことがある日本人なら、この名前を知らない人はいないだろう。現在、中国国内・海外を合わせて一〇〇店舗近くを展開する北京ダック店の大御所だ。今回、創業一三〇年を超える全聚徳の発祥地であり、北京ダックの製法、味ともに正統中の正統の前門全聚徳に協力頂き、全聚徳の歴史、全聚徳の味の秘密をひも解いた。

plate.gif    宮廷の味・全聚徳北京ダックの誕生秘話

                             一人の農民が北京へ

      創業者・楊全仁

  清朝の一八〇〇年代中頃、河北省から北京に出てきた一人の貧しい農民がいた。農家の四男として生まれた彼は、河北省では生活ができず、北京郊外でアヒルの飼育、屠殺などの技術を身につけた。その後市内に出た彼は、来る日も来る日も鶏やアヒルの肉を売り、生計を立てていた。商いは決して大きくなかったが、倹約家で経営感覚に富んだ彼は、徐々に資産を蓄えていった……。
  彼こそが、現在の前門全聚徳の前身を作った楊寿山(字は全仁)である。楊全仁は当初、店舗を構えるだけの資金がなかったため、道端の屋台で商いをしていたが、数年間の商いの収入で前門外に小さな店舗を借り、アヒルの飼育、屠殺などができる「家」を手に入れた。これが、全聚徳の前身である「鴨局子」の始まりである。ここでは、常時一〇〇羽以上のアヒルを飼育し、太らせてから売っていた。「養鴨」から「解体」までをやっていたことになる。当時の「鴨局子」は、現在の全聚徳のようなレストランではなく、肉をさばいて売る肉屋だった。しかも、当時の「鴨局子」の周辺には多くの肉屋があり、後発の肉屋に過ぎない「鴨局子」には、清潔な肉を提供すること以外、これといった特長はなかった。

ballo02.gif    全聚徳の誕生

  楊全仁がまだ屋台で商いをしていた頃、毎日のように、果鋪店(果物の砂糖漬けお菓子を売る店)である「徳聚全」の前を通って商いに出掛けていた。その「徳聚全」がある日、倒産した。楊全仁は、「好機到来」とばかり、それまで貯めていた資金で店を買い取り、他人の財産だった土地も手に入れた。
  これは、楊全仁にとって人生の大きな転機だったため、彼は、新しい店名を決める時、自分の将来を占うべく、風水師を雇った。風水師は、その土地を見るなり、「これはすごい! 最高の場所だ」と叫んだという。しかし、少し前まで店舗を所有していた果鋪店が倒産していたため、風水師は、「悪い運をすべて清めるためには、店舗名を逆さにし、全聚徳にするのがいい」と提案したという。楊全仁はこの提案に大いに賛成した。なぜなら、自分の名前の「全」があり、「仁」を連想させる「徳」があり、さらに、「徳が集まる」という意味の「聚徳」がある。ここに現在の前門全聚徳に繋がる全聚徳が誕生した。しかし、当時の味は、まだ今の全聚徳の味ではなかった。「秘伝」を手に入れていなかったからだ。全聚徳の北京ダックが、北京で名をとどろかせるまでには、まだ時間が必要だった。
 現在も前門全聚徳の右手奥に残る、当時の「全聚徳」の看板は、書家・銭子龍による。まだまだ小さな商いに過ぎず、知名度も低かった全聚徳だったが、看板だけは堂々としたものが掲げられていた。

xmas04b.gif    「普通の肉屋」から「宮廷の味」獲得へ

  楊全仁が北京に出てから、事業が安定するまでは、アヒル、豚、ロバ、鶏など、売れる肉は何でも手探りで売っていた。しかし、北京ダックの専門店・便宜坊(宣武門の辺りの米市胡同にあった)が人気を博していたのを見て、ダック料理が稼ぎの良い仕事であり、将来性も大きいと感じた彼は、「どうすれば便宜坊を超える味が出せるか」を模索するようになった。
  清朝末期の北京には、数十軒の北京ダック専門店があった。当時の全聚徳は多くある店舗の一つに過ぎなかったが、最も人気があった便宜坊をうらやましいとは思っても、決して真似をしようとは思わなかった。楊全仁が、商売を大きくするために関心を持ったのは、東安門の「金華館」と「東海坊」だった。金華館は、清の宮廷に料理を提供していた料理屋で、一方東海坊は、宮廷で豚やアヒルを焼いていた料理人・李師傳を料理長にすえていた。楊全仁は、李師傳と知り合って短かったが、彼を全聚徳に引き抜くことに全力を傾け、楊全仁の熱意に心を動かされた李師傳は、のちに全聚徳で料理長を務めることになった。ここに全聚徳は、宮廷の挂炉式北京ダックの秘伝を手に入れ、現在まで続く、全聚徳の味を確立した。

xmas04d.gif   現在の全聚徳

  九三年までは、一八六四年創業の前門、五十年代にできた王府井、七十年代にできた和平門の三店舗が全聚徳を名乗り、それぞれが全く独立した形で店舗を経営していた。そして九三年、全聚徳のフランチャイズ経営を管轄する「中国北京全聚徳集団」が設立されたことで、この三店舗が集団の下部組織になり、各地に全聚徳が開店するきっかけになった。また今はないが、東京芝公園近くにも七十年代後半から八十年代はじめまで全聚徳があった。
   (※師傳は、中国語で、ある専門技術を持った人に対する尊称)

                  

                     全聚徳発祥地・前門全聚徳の現在の門構え。                          前門全聚徳の1階右手奥には、

                    海部元首相やブッシュ元米国大統領など、                             創業当時の門構えが残る。真ん中の

                             各国首脳もしばしば訪れる。                                            「全聚徳」の看板は、当時のもの。

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                     memo3.gif     総料理長インタビュー

                                  オスとメスでは味が違うって知ってましたか?

 

 ――おいしい北京ダックを食べるポイントは何ですか。
 まずは、アヒルが良くなければダメ。飼料や飼育期間、アヒルが育った場所の水質、気候など、いろんな要因がからんで、ようやくおいしいダックができる。前門店のアヒルは、北京郊外の大興県、順義県のものがほとんどを占めていて、しかも五斤半のものだけ。それより重くても軽くても買い取りません。あまりに痩せていたら油がのっていなくておいしくないですし、重過ぎる場合も味が変化してくるからです。
 また、季節も少しは影響しています。今でこそ一年中おいしいダックが食べれますが、清朝の頃は、夏になればダックはほとんど売れなかったと言われています。これは、夏の暑さでアヒルがなかなか太れず、十分な脂肪が育たなかったからです。
――おいしいダックの見分け方はありますか
 好みで油がのっているメスと、痩せ型のオスを選ぶことはできます。足を運んで下さるお客様は、ダックのオスとメスで味が違うなんて考えたこともないでしょうが、脂肪分が好きな方にはメスがお勧めです。私どもは、通常ランダムにお出ししていますが、「痩せ型がいい」「太ったのがいい」と注文していただければ、希望に添ったダックを提供できます。ちなみに、オスは細身で長細く、メスは丸っこいので、ショーウインドーにつるしているダックを見比べて見て下さい。

anib20.gif  顧九如 (総料理長) ・前門全聚徳総料理長。全聚徳の厨房に立って28年になる。

                                   応援・教育のため、しばしば別の店舗に出向く。

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全聚徳の北京ダック料理ができるまで

   @ 契約をしたアヒル飼育場  →アヒルの飼育
   A 全聚徳の配送センター    →アヒルの解体
      (体、肝臓、水かき、砂肝などに分類)
       (※前門全聚徳は、 独自ルートもある)

  

   B アヒルを乾燥させる
   C 鴨湯と水を混ぜた液に浸ける
     →焼き上がりをきれいに見せるため
   D 熱湯をアヒルの腹の中に入れる  →中は柔らかく、外をカリカリに焼く秘訣


  E 220〜230度の窯で約50分焼く
   →アヒルの皮の色、重量などから焼き上がり具合を判断する

      patrn02b.gif 出来上がり!

 

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anii50.gif 全聚徳の秘伝中の秘伝

   1864年、山東省出身で宮廷のお抱え調理人だった「李師傳」に始まる全聚徳の味は、秘伝中の秘伝とされ、総料理長が自分の引退が間近になるまで、決して徒弟を取らなかったという。なぜなら、秘伝が流出すればその料理人にとってもその店にとっても、食い扶持をなくす危険があるからだ。今では姓しか伝えられていない李師傳が教えた徒弟は「蒲長春」一人。蒲師傳が教えた徒弟も「張文藻」一人。三代目の張師傳が、ようやく多くの徒弟を取るようになり、全聚徳の味は徐々に広がるようになった。

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hup2.gif   前門全聚徳を賢く使う

heart02a.gif  その1 「個室を予約し、接待をする」

   燕京八景、居庸畳翠などと名づけられた数10室の個室がある。個室代不要。サービス料15%。秋の観光シーズンなどは、一週間先まで予約いっぱいなので、早めの予約が必要。宴会料理には、200元〜1,000元(一人)のメニューがある。どれも「全鴨席」と呼ばれるダックづくしの料理で、事前に相談すれば、好みに合わせて料理内容を自由に変えられる。

 heart02b.gif  その2 「友達と1階ホールで食べる」

  中国語と英語のメニューがある。前門全聚徳には、来客の好みで料理をアレンジしてもらうという方針があり、基本的にセットメニューは用意していない。北京ダックスペシャル(168元/一羽)またはノーマル(108元/一羽・54元/半羽)をメインに、冷菜、熱菜、点心などを注文するのが普通。北京ダック一羽または半羽の料金には、葱、醤(たれ)、荷葉餅、ダックスープが含まれている。ちなみに2階は基本的に観光客用スペースだが、希望すれば個人でも利用できる。

heart03a.gif その3 「時空を超えた〈老鋪〉で食べる」

   前門全聚徳を入って右手奥に、創業当時のたたずまいを再現した「老鋪」がある。清朝時代の調度品、カレンダー、時計などが配された店内は、テレビの時代劇で目にする清朝レストランの雰囲気を醸し出している。サービスをする店員の服装も清朝風。特別料金なしで利用できる。

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book03.gif   前門全聚徳の基本データ

従業員 約300名 (コックは約110名)     仕入れるアヒル 約2000羽/1日
          (全聚徳集団全体では約1万羽)
(たれ)・荷葉餅 独自製造     

ね ぎ 甘味がある山東省のもの
窯     7つ。一つの窯で約20羽焼く。
薪    ナツメの木(紅棗)のみ使用。煙が少なく、 甘く焼けるのが特長。
全聚徳の話劇
 話劇「天下第一楼」は、創業当時の話をまとめたもの。日本でも上演されたことがある。

参 考 中国北京全聚徳集団主編  『全聚徳今昔』中国経済出版社ほか
協 力 前門全聚徳kao鴨店(北京前門大街32号)
      予約TEL .010-6511-2418,010-6701-1379

※「kao」は、「火」へんに、「鳥」

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