[悪女] この曲との出会い 1981年の冬、石川県金沢市に仕事の関係で住み始めて数ヶ月のころ、雪が積もっていた。通勤途中の街角のレコード店でこの曲がかかっていた、それは、アルバムに収録されている曲で、シングルリリースされている曲とは別のアレンジが施されており、足を止めて聞き入ってしまった。それ以来だと思う、中島みゆきに本格的にとりつかれたのは。
それ以前に、聴いていたアルバムとしては「愛していると云ってくれ」。これにも少なからず衝撃があり、特にアルバム冒頭で朗読される詩「元気ですか」から、一曲目の「怜子」に至る過程は鳥肌が立つ。
このアルバムを聴いていた頃はまだ、高校生だった。それほど、深く中島みゆきの世界に浸ってはいなかったと思う。カセットテープに録音して、モノラルのラジカセを持って学校に行き(当時はウオークマンは初代が出たばかりで、普及していなかった)休み時間や放課後にクラスの女子と聴いた。私より、彼女らに与えた衝撃は大きかったようで、放課後に何度も何度も「元気ですか」を聴き、泣いていた子がいた。そういう風景の中に、付き添う友人がかならずいて、もらい泣きしてた。
なぜ、「愛していると云ってくれ」は何度も聴いていたのに、「悪女」を通りすがりに聴いただけで、とりつかれたのかを自分なりに分析すると。情景の一致と「間」では無いかと思う。シングルの悪女とは完全に「間」が違う。そして、この曲の詩のなかに、自分の現在が見える部分が鮮明にあったからだと思う。
詩の内容とは関係なく、描写されている街の雰囲気が雪国で無ければならないと勝手にそう思いこんでしまった。そのころの自分の生活は、ひとり暮らしを始めて間が無く、自由に深夜に行動できる身分になった。金沢という街は保守的な部分が強く、深夜にやっている店というのは当時、ディスコとドーナツ店、その他は飲み屋やラーメン屋と言ったモノだった。確かに、土曜でなければ映画館もオールナイトではない。いる場所がない連中はたいがいドーナツ店で時間をつぶしていた。金沢の場合、始発は電車でなくバスだが。
二十歳前後のそんな深夜徘徊の経験はその後も中島みゆきの数多くの曲を聴くと鮮明によみがえる。その情景は大都市ではダメで、雪国の都市でなければならない。これは、私の勝手な思いこみだから、おいとくとして・・・。
この「悪女」との出会いで自分の中にあった中島みゆきの曲達が一気に膨らみだした、だから「愛していると云ってくれ」は何度も聴いていた事もあり、私の中島みゆきアルバムのリファレンスとなっている。このアルバムはA面出だしの「元気ですか」から終わりの「化粧」までで気が重く打ちのめされてしまう。そして、人によってはB面にたどり着けないのでは、しかし、アルバム最後に納められている「世情」を聴かずしてこのアルバムは語れないです。
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