私的中島みゆきの情景

[0003] 失った悲しみ  [海鳴り] (1996)


 何かを失った時の悲しみとはどんなモノだろう。失いたくないモノとは何だろう。生まれたときには、何も手にしていない人間。なぜ、モノを手に入れてそれを大事にするのか。失いたくないモノとは何なのか。時間はいつも、こちらの都合に関係なく無愛想にまた、律儀にすぎている。過ぎてしまったらもう戻ってはくれない。時を失っているのだろう。
 <一瞬>と感じる「時」もあれば、<永遠>と感じる「時」もある。

 そんな時の流れの中に自分だけがポツリと取り残されたら、どうなんだうろ。今、私はある意味でそんな環境に置かれているかのも知れない。意にそぐわない仕事でも、こなして行かねば食っていけない。社会的地位だとか世間体だとか、確かに存在するが、重要だろうか。

 「かっこいい」とか「すごい」ばかりを求めていたら、果てしなく続く競争の中で「自分を見失いますよ」と、したり顔でだれかに語ったら、「分別ある人みたいでかっこいいかな」、なんてまた「かっこいい」を気にしていたりするのかも知れない。

 家族がいるでしょ、そう、いたでしょ。忘れました。でも、今暮らしているなかで、時をともに過ごしている家族がいるのなら、大切に思っていても良いですよね。大切にしたいじゃないですか。いつかは必ず、分かれねばならない運命です。出会ったことが、別れることへの第一歩なんです。

 先に去ってしまえば気が楽なんじゃないか、ひとり残って去った「時」を思い出すのはとってもつらいもの。

 「立ち去る者だけが美しい」と歌った「別れ歌」と、そして、「海鳴り」対で聴いてみるのが、良いかも知れない。

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