徒然過去日記・2007年1月

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01/01 去年はサボってばかりだったけど

2007/01/01 14:00
 今年はちゃんと日記を書こう。ついでに、観た映画の感想文も、忘れないうちにアップしよう。一端サボり始めると、ずるずると際限なくサボるおのれの性格を、ここいらでひとつ牽制しなくてはならない(汗)。最近読んだ松本ぷりっつさんの『うちの3姉妹』中に出て来た言葉によれば「物事への拘りは強いが、面倒臭くなるとすぐ投げ出す」のが血液型O型の特性らしい。まんまである(汗)。
 もちろん血液型性格占いは科学的に無根拠だとは思うのだが、こうまでビンゴだと、ついつい「ははは、じゃあしょうがないよな」などと口走りそうになる。日和るのも止めなければ(とほほ)。

 と言う訳で、2006年、感想文を書き損ねた映画たち。

『カポーティ』…素晴らしい。主演のフィリップ・シーモア・ホフマンに感服。
『父親たちの星条旗』…クリント・イーストウッド監督の抑えた激情にヤラレた。これも素晴らしかった。
『デスノート the Last name』…LとLファンのための後編。前編よりも面白いと思う。
『手紙』…母と観に行って涙ボロボロになった。玉山鉄二さんの渋い演技に惚れた。後に原作を読んだけれど、原作よりも映画の方が後味良くじんわり来る作品に仕上がっていたと思う。映画を先に観たためか、わたしは映画の方が好きである。
『時をかける少女(アニメ)』…もう最高にご機嫌な1本。高校時代のキラキラを思い出したい人は必見。原作との絡みもgoodで、うっかり泣きそうになってしまった。
『ホテル・ルワンダ』…重苦しい中にも感動的な1本。主人公が「いい人」過ぎないのが良かった。
『パプリカ』…目眩めく映像体験。現実と虚構の区別に混乱し、極彩色に満ちた悪夢世界に溺れそうになった。流石! けれど好みは分かれるだろう。わたしは結構、気に入った♪
『硫黄島からの手紙』…イーストウッド監督にヤラレました第2弾。渡辺謙さんよりも、二宮和也さんの方が印象に残った(いや、得な役柄だったのだけれど)。

 他には『敬愛なるベートーヴェン』、『ユナイテッド93』、『麦の穂をゆらす風』、『プラダを着た悪魔』、『アタゴオルは猫の森』、『日本以外全部沈没』、『UDON』を鑑賞。他にもあった気がするが忘れてしまった。あ、『ジャケット』も観たっけ。
 新年最初の1本は『オーロラ』になる予定(あくまでも未定)。トップ・エトワールたちがどかどか出て来るので、バレエ・シーンがいっぱいあると良いな、と楽しみにしている。

 と言うことで、どうか皆様、本年もよろしくお願いいたします(ぺこり)。




01/02 大学ラグビー選手権・準決勝

2007/01/02 23:30
 正月恒例行事となった観戦に行って来た。去年と同様、ワセダ卒業生のYさんKさんとご一緒させていただく。天気予報では曇り時々雨というスリリングさだったけれど、結局、帰宅するまで降られずに済んだ。良かった(安心)。雨に当たると体調を崩すので、本当に勘弁して欲しかったのだ。
 第1試合は予想通り関東学院大学が勝ち上がった。第2試合、ワセダは前半どうにも浮き足立っていて、京産大に先取点を奪われるというショッキングな滑り出し。流石に負けるかもしれないとは思わなかったが、これはどうなってしまうのだろうと心配していたら、前半終了間際にどうにか逆転してくれた。

 ハーフ・タイムで修正出来たようで、後半は終始ワセダのペース。結局55−12の大差で勝利した。内容的には、スクラムで押されていたのが非常に心配である。フォワードの8人、皆頑張っているのだが、やはり去年のチームよりパワー・ダウンしていることは否めない。来週末の決勝戦、6年連続の vs 関東学院大学戦で、フォワード戦を制することが出来るのはどちらだろうか。
 今日は温存で欠場していた大贔屓のWTB・首藤甲子郎選手も、決勝戦には満を持して登場してくれることだろう。首藤選手のラスト・イヤー。もう何が何でも優勝して貰いたいのである。ユースケ・サンタマリア似の中竹監督、お願いしますよ〜(祈)。

 試合終了後は初売りでごった返す渋谷の街に出て4人で食事。和風イタリアンという感じのお店で、鍋のコースを堪能した。子供時代に苦手だった食べ物の話に花が咲く。わたしは終始一貫して「噛めないもの・口中の水分を奪うもの・粉々しいもの」が苦手である。そして給食のトラウマから、今でもコッペパンが大嫌いだったりする(汗)。とは言え、話をしているうちに、子供の時に苦手だった「鈴カステラ」は今では食べられるのではないかという気がして来た。今度試してみよう。
 Yさんは「単調な味がずっと続くもの」が苦手。基本的に甘いものもそれほどお好きではないらしい。その最たるものがクレーム・シャンティで、ウチでお茶をご一緒した時、ロール・ケーキのクリームを残していらしたことを思い出す。余りにもごってり乗っかったのはわたしも苦手かもしれない。

 男性陣でKさんは基本的に和菓子が余り得意ではないのだそうな。そして家人は、お菓子類なら何でもばっち来いなのだが、例外が2つだけある。カカオ分の高いチョコレートとコーヒー・フレーヴァー。そう言えばウチでチョコレートを買う時、わたしはビターを買いたがり、家人はホワイト・チョコを買いたがってプチ喧嘩になる(汗)。
 家人の言い分としては「ビターなんて苦いだけで美味しくない。くどいし」だそうなのだが、わたしとしてはホワイト・チョコの方がくどいし、甘いだけで面白味のない、砂糖入りバターみたいな食べ物だと思う。

 何にせよ、蓼食う虫も好き好き。食の好み、特に嗜好品の好みと言うのは各人各様だなあ。そして散々飲み食いとお喋りを楽しんだのに、スタートが16:30と早かったため、お開きになったのも驚くほど早かった。遊び倒した日の帰宅が予想より早いと、その後もいろいろ片付けられる用事も多いし、何だか得をしたような気分になる。




01/03 コッペパン

2007/01/03 15:25
 子供の頃、給食に出されて毎日毎日「こんなに大きいパン、食べ切れない…」と苦悩の原因となって以来、今でも大嫌いなコッペパン。昨日の食事時「コッペパンってどういう意味だろう?」と疑問を呈したのはYさんだった。得たりと解説するわたし。コッペパンという間抜けな語感はいかなる意味やと、高校生くらいの時、憎いあん畜生の素性について調べたことがあるのだ。
 コッペパンの「コッペ」ってのはフランス語の「クーペ」から来ているんだよ。クーペは「2人乗り」で、それと同じように、丸い生地を2つ分くっつけて作るからそう呼ばれるようになったらしいよ、確か。

 駄菓子菓子、帰宅後、どうにも腹の中に消化不良な何かが残った。コッペはクーペ、ってのは間違いない。しかし丸い生地を2つくっ付けて作るというコッペパンの製法は、出来上がりの形状から考えて不自然ではないか? コッペパンは紡錘形である。おかしい。どこで記憶間違いをしたのだろう。
 改めて調べてみた。わたしの誤解は「coupe」を「couple」と混同したことによるらしい。恐らく語源は同じだろうけれど、「coupe」はむしろ「切る」という意味を持つ。2人乗り自動車の「クーペ」も、「2人乗り」よりも「4人乗りを半分に切った」ことから命名された経緯を持つようだ。
 そういえばバレエのパ(ステップ)でも「クッペ」があって、それはやはり「足首を切るように動かす」ことを意味するのである。しまったこっちを思い出しておけば…。

 ではその大元たる「クーペ」とは何ぞや。それはパンを作る時の作業に由来するらしい。
 フランスパンの命名は、その製法や大きさ、形状に拠る場合が多く、例えば「バゲット=baguette(棒、杖)」は細長いその形から来ている。「ブール=boule(丸)」や「シャンピニオン=champignon(キノコ)」なんてのもそのまんま。
 Wikipediaのフランスパンの項目を参考にした。面白いのでご一読を♪

 そして「クーペ=coupe(切る)」とは、紡錘形の生地をオーヴンに入れる前に、縦に長く包丁で1本切れ目を入れることから付いた名前であるようだ。こうするとオーヴンの中で切れ目部分が膨らんで、焼き上がった時、背中の真ん中に焼き色の薄い窓というか模様というか、そういう部分が形成される。
 実際に食べる時も、クーペの背中に切れ目を入れて、そこに具材を挟むことも多い。小さい時のわたしの一食分としては大き過ぎるけれど、大人の昼食であれば、クーペで作ったサンドウィッチはなるほど手頃な量なのだろう。

 日本のコッペパンとは、フランスパンのクーペに形や用途が似ているから名付けられた、というのがどうやら結論である。「クーペパン」が訛って「コッペパン」となった訳だ。もちろんホンモノのクーペとは、材料や製法が異なる場合も多い。例えば「黒糖コッペパン」なんてのは、フランス人に見せたら噴飯物に違いない。詳しくは良く知らないが、フランスパンとは原材料や製法に、かなり厳密な規定があるようだし。
 という訳で、生兵法は大怪我の元。半端な知ったかぶりをして恥をかいてしまった(汗)。後でYさんとKさんには、訂正メールでも出しておかなければ…(反省)。




01/04 福袋

2007/01/04 18:34
 三が日に食べ過ぎて、ヤバイなあ…と思っていたら、案の定お腹を壊してしまった(汗)。家人には「あの程度の量を喰っただけで壊れるとは、そもそも柔過ぎる胃袋だ。何とかして鍛えるが良い」などと憎まれ口を叩かれた。無体な。壊れちゃうものは仕方がないではないか。それにしても、目で見て「美味しそう〜♪」と思ったまま、セーヴせずにどんどん食べてお腹を壊すとは、我ながら動物並みにアタマ悪い。もうちょっと自制を覚えねば(汗)。
 のんべんだらりんと過ごした三が日の分、今日からはきちんとコントロールしようと、初スポクラも済ませた。ピラティスのクラスとバレエのクラスに出席し、その後軽くエアロバイクを漕いで汗を流す。久しぶりの運動をすると気持ちが良い。…なんて言えるようになったとは、運動嫌いのわたしも随分成長したものだ。

 帰宅後、洗濯などしていたら、家人が点けたTVで初売り&福袋のトピックを放送していた。渋谷や銀座の各デパートで、アパレル関係の福袋をGETするために、売り出し日の朝6時には長蛇の列が出来た。1グループであちこちのデパートを転戦し、購入総数はびっくりの14個。開封後はサイズ違いの服を処分するため、自然発生的にフリー・マーケットが形成される…等々。
 凄いエネルギーだなあ、と感心しつつ、7時間後にはYahooのオークションに出品されているなどと聞くと、流石に「それは何かがちょっと違うのでは」と思わずにいられない。遠方在住など、買いたくても買えない人もいらっしゃるだろう。そういうニーズを見込んで転売目的で福袋を買う人も居るのだろう。理解出来るが、どうしても、さもしいなあ…という不快感を覚えてしまうのだった。

 福袋と言えば年初の縁起物である。何が入っているかなという少々のサプライズと、トータルでは随分割安であるというお買い得感を楽しみ、年初めの買い物運を試す性格のものだろう。5個も10個も買ったり、ましてや転売したりするものではないような気がする。感覚が古いのだろうか。
 わたし個人としては、中身が判らないものを買うのは好きではない性質なので、特にアパレル関係の福袋には興味がない。サイズはともかくとして、1個買えばどうしても、シュミではない色やデザインの服が入っているだろう。そういう服はどうせ着ないから箪笥の場所塞ぎになるだけだし、同様の人とバーターしようという根性もない。

 幾ら安くても要らないものは欲しくないので、家電製品の福袋にも食指が動くことはない。少々シュミではなくても食べてしまえば消えてなくなるお菓子の福袋であれば、まあ買っても良いかな、と思う。食品でもお茶関係だとまた困ったりする。3年前だか、近所のショッピング・モールでレピシエの福袋を買ったのだが、好みではないフレーヴァーの茶葉なぞ未だに手付かずで残っていたりするのだ(汗)。
 家人はわたしよりも福袋好きだけれど、今年はお菓子のを1個買ったきりで、他に欲しいものはなかったらしい。元旦から熱心にチラシをチェックしていたのだが、総評として「今年は全体的に内容が小粒」なのだそうな(汗)。たまたま家人の欲しいものが入っていなかったのか、好景気とは名ばかりで、やっぱり末端への還元力は弱いということなのか、どちらなのだろう。気になってしまう。




01/05 人の噂も75日?

2007/01/05 23:18
 歯科医師ご夫婦の息子が、どうやら妹を殺して遺体をバラバラにしてしまったらしいというニュースにはゾッとした。どういう兄妹関係だったのか知る由もないが、伝えられるように「夢がないね」と言われただけで逆上したのだとしたら、余りに短絡的でアタマ悪い人物である。流石、歯科大学を3浪もするだけのことはあると思う。
 とは言え、そのアタマの悪い次男の所業を、親御さんとかお兄さんに波及させかねない報道には不快感を覚えた。お父さんの名前や、ご両親が営んでいる歯科医院の看板の映像、お兄さんが歯科大学在学中であることまで。それらは本当に「報道するべきこと」なのか?

 今朝、家人が時計代わりに点けている朝のワイド・ショー(ニュース番組とは死んでも呼びたくない)では、さらに言わずもがなのことを流していた。「ご近所の人は口を揃えて“問題ない家族だ”と言うけれど、伺い知れない暗い部分があったらしい…兄妹が言い争っているところを見た人も居る、云々かんぬん」って、余計なお世話、下衆の勘繰りである。
 ここに書きたくもないような、もっと酷い憶測までコメントしている人も居た。あれが報道? 冗談ではない。

 ナチュラルに、先日観た映画『手紙』を思い出した。これからあの一家は大変だろうなあ。どんなに運が良くても、ご両親の歯科医院は当分の間は休診に追い込まれることだろう。下手したら引越しを余儀なくされるかもしれない。お兄さんも、『手紙』のように、「殺人者の兄」であるために歯科医として不遇を舐める羽目に陥るかもしれない。
 そういうことを助長するのがあの手のゴシップ番組だと思う。ご両親やお兄さんは特に悪いことはしていないのに。ゴシップ番組は、次男の行動の根幹には、「家族全体の闇」があったに違いないとまことしやかに言い募るだろう。一人娘を亡くした上、殺したのは実の息子。ただでさえ巨大なショックなんだから、そっとしておいてあげれば良いのに。

 映画の『手紙』は、ある意味ハッピー・エンド的な結末だったけれど、原作の『手紙』は映画よりもさらに救いのない物語だった。犯罪者の家族はその業をどこまでも背負って生きなければならない。開き直ることさえ「甘え」であるらしい。例え被害者の家族との間に、赦し赦される関係らしきものが成立したとしても、コミュニティに受け入れられることはない。映画でカタルシスを感じただけに、正直、読むのが辛かったくらいである。
 あの物語が「現実」なのだろうか。世間とは本当に、そこまで判らず屋揃いで底意地悪い、排他的なものなのだろうか。明日は我が身ではないと、誰にも言い切れるものではないのに。

 原作の『手紙』の、言いようもなく後味の悪い読後感を思い出して、くだんの一家に対する報道に「いい加減にしてあげなよ」というキモチが募る。こういう時には心底「人間ってイヤだ」と思う。綺麗事かもしれないけれど、罪を憎んで人を憎まずと言うじゃないかい、と思う。ましてやこの場合、ご家族は何の罪も犯した訳ではないのだ。
 そして我が身を振り返る。自分の身の回りにそういう立場の人が居たとしたら、わたしは普通に接することが出来るだろうか。仮に、行き着けの皮膚科や眼科の先生のお身内に、殺人を犯して服役中の人が居ると知らされたら? どう考えても、「それは大変でしたね」としか思わないだろう。先生が人を殺した訳じゃなし。

 いわゆる「世間」も、実際のところはそんなものではないかと思うのだが。不幸にも人を殺してしまった当の本人だったらもうちょっと違うかもしれないが、その家族に対する風当たりが、そんなにまで強く冷たいとはやっぱり信じたくない。考えが甘いのだろうか。
 心から思う。ご家族はそっとしておいてあげて欲しい。視聴者には知る権利があると、あの手の関係者は決まり文句のように言うだろうけれど、視聴者だってそんなこと、本当に知りたいと思っているかどうか。他にもっと報道すべき問題はあるだろうに。




01/06 「靴とトイレ紙だけは

2007/01/06 18:00
 きちんとしたものを使わないといけない」というポリシーをお持ちの方がたまにいらっしゃる。大抵はかなりの年配の方か、もしくはそういう世代の方に強く影響された方であるようだ。案外多いらしく、日本は世界でも有数の「トイレット・ペーパーが豪華な国」なのだという。白く、柔らかく、中には香り付きなんてのもある。
 かのマドンナも大好きだという温熱便座やシャワー・トイレなど、トイレの設備に関しても日本は世界有数の豪華さを誇る。日に数度は必ずお世話になる場所だし、臭くて暗くて寒いなんてのは身体にも悪そうだし、居心地良くするための工夫は大歓迎。ウチも数年前にシャワー・トイレを導入したが、使ってみたら、シャワー・トイレ以外では何となく居心地が悪くなってしまった。気持ちいいんだもん♪

 靴に拘るべし、という主張にも大納得である。人間、立って歩くのが基本。そのために必要不可欠な靴は、ぴったりフィットするようにオーダー・メイドしたものと既製品では、それこそ雲泥の違いがあるらしい。わたしは靴をオーダーしたことなどないので良く知らないが、履いていることを忘れるくらいに快適な履き心地で、しかも大事に使えば10年モノだと言う。
 歩き方によって姿勢にも影響は出るだろうし、足腰、肩、首などの負担も違うだろう。合わない靴を無理に履き続けると身体のあちこちにガタが来るとも聞く。そんな訳で、わたしもオーダー・メイドの靴には憧れてしまう。高価過ぎてもちろん手は出ないが。

 しかしトイレ紙に拘るべし、と言うのはどうなのだろう。実はこのポリシーの元、絶対に再生紙利用のトイレット・ペーパーを買わない人を知っていて、他人事ながら常々「それはやっぱり、ちょっともったいないんじゃないかなあ」と思わずに居られないのだった。どうせ水に流しちゃうトイレット・ペーパー、何も貴重なヴァージン・パルプを使うこともないような。
 ただしトイレット・ペーパー用のパルプ用木材チップがどこら辺から来るのかは知らない。実は割り箸のように、ほとんど端材を使っているために木材資源の無駄遣いにはなってません、なのかもしれないが。

 思うに、「トイレ紙に拘らなければならない」の論理的根拠は、今ほどトイレット・ペーパーが豪華ではなかった時代のものではないのだろうか。昔はロール・タイプのトイレット・ペーパーではなくて、ちり紙と呼ばれるシートを使うケースが多かった。子供の頃、親戚のウチでトイレの片隅に積んであったちり紙を、本当に朧気に覚えている。藁半紙のような色の、ざらざらした肌理の粗い紙だった。
 もっと遡れば、ちり紙でさえなくて、例えば新聞紙を適当な大きさに切って手で揉んで使うことも多かったと言う。父が「いかに新聞紙のインクをお尻に付けないように拭くか」のテクニックを解説してくれたこともある(汗)。もっともっと昔は草の葉っぱだったり、木の皮だったり、海草だったりしたらしい。手で直接、ということも…(汗)。

 ちり紙もモノによっては柔らかさや吸水性に違いがあっただろう。幾ら揉んでも柔らかくならない、なんて強情な紙もあったと聞く。とすると、そういう紙で用を足した後始末をするのは、不愉快であると同時に衛生上の危険をも孕むことであったに違いない。硬い紙で拭いたら陰部の皮膚に傷が付くかもしれず、そこから雑菌に感染する危険性も高くなる。衛生状態の悪い時代ならなおさらだろう。
 そういう事情を踏まえての「トイレ紙はきちんとしたものを使わないといけない」だったのではないかと思うのだ。今のように、再生紙100%でもふわふわに柔らかく、吸水性も良いトイレット・ペーパーがあるのなら、別にヴァージン・パルプ使用でなくても良いのではないか。ましてやシャワー・トイレがあったりすれば、トイレット・ペーパーの用途は「水気を拭き取ること」以外にはほぼ皆無となる。

 他人ん家の好みなのだから口出しすることもないのだが、「ヴァージン・パルプ100%使用、花模様入り、ハーブの香り付き」なんてトイレット・ペーパーを見るにつけ、幾ら何でももったいないのではないかなあ…と思わずには居られない貧乏性であった(汗)。




01/07 言い掛かり…?

2007/01/07 18:41
 どういう訳か一昨日から昨日にかけてまた息苦しいなあ、と思っていた。昨日はドシャ降りの雨で、原因となった低気圧の勢力も強かったようなので、もしかするとその辺が良くなかったのかもしれない。やれやれ。一度調子を崩すと、元に戻すまでに予想以上の時間が掛かってしまうのがイヤである。とは言え、今日は予定通りちゃんと外出も出来たし、スポーツ・クラブにも行けたので、自分としては合格点。ゆっくりペースで地道に取り戻すことにしよう。
 スポーツ・クラブでは花園で行なわれた高校ラグビーの決勝戦を観ながらエアロバイク漕ぎをした。危険防止の心拍計をクリップで耳に留めて漕ぐのだが、トライが決まりそうなシーンになるとドキドキしてしまって、運動と関係なく心拍数がドッカンと上がる。156回/分以上の心拍数になるとアラートが鳴る仕様らしく、漕いでいる最中、3度ほど「心拍数を落として下さい」の警告を受けてしまった(笑)。

 決勝戦の結果は、大方の予想通り、大阪代表の東海大仰星が福岡代表の東福岡を破って優勝。前半は双方得点なしで、後半に地力で勝る東海大仰星がじりじりとプレッシャーを掛けて得点、という流れだった。しかし、トライが決まりそうで嬉しいからと言って、ゴール・ラインの内側にボールをタッチ・ダウンする前にガッツ・ポーズ、あれは監督さんは怒らないのだろうか。
 油断してたらインゴールでノック・オンしないとも限らないのだし、余りに早々とガッツ・ポーズと言うのは格好良くも見えないのだが。この辺、実際にプレイする訳でもないわたしの美意識なので、実際はそんなものではないのかもしれないが。

 ところで今日のタイトル。こちらのニュースを見てびっくりしてしまった。ソースはすぐ消えてしまうので内容を掻い摘んで記しておくと、昨年12月30日に死刑を執行されたイラクのフセイン元大統領のニュースを見ていたテキサス州の10歳の少年が、絞首刑を真似して、間違って死んでしまったというもの。同様の事故はパキスタンでも起きたらしい。
 米国の心理学者によれば「10歳前後の子供は、TVで観た映像を、危険だと判らないまま真似してしまう」そうなのだが、絞首刑の真似をするというのは、流石に少々軽率ではないかと思った。そして、映像を流したTV局を非難しているという家族のコメントには、やっぱり多少のハテナが残る。

 子供が真似出来る程度に「絞首刑の詳細」が判る映像を流すテレビ局も確かに悪趣味だと思う。例え犯罪者といえども、生死に関わるイヴェントというのは、もっと丁重に扱われてしかるべきだろう。これは人間の尊厳に関わる問題で、例え見せしめの意味があってもTV放映はやり過ぎな気がする。公開処刑とか晒し首の刑にしても、晒される範囲は今よりももっとずっと限定的であった筈である。
 イラク本国では、死刑執行の映像を流出させた関係者が逮捕されるなど、当時は現場も相当混乱していたらしい。そういう事情を鑑みても、TV局にはもうちょっと配慮を期待したいと思う。ショッキングな映像なんて観たい人ばかりじゃないだろうになあ。




01/08 これからお出掛け

2007/01/08 12:59
 恒例(?)の演奏オフに行かなければならない。わたしはエントリも何もしていないのだが、友人知人に会ってお喋り出来るのが楽しいのだ。とは言え、今日は少々体調が悪い。朝からアタマがガンガンするのである…。困ったなあ。
 家人は一足先に出掛けて行った。会場の鍵開けなどをせねばならないので、10時には到着している必要があるためである。大荷物を抱えているので、頭痛に耐えつつクルマで駅までお見送り。わたしが出掛ける時には誰も送ってなんかくれないのだぞ、と、少々僻みたくなる。アタマ痛い。だるい。何となく熱っぽいような感じもある。…風邪だろうか。いやそんなまさか勘弁して下さい(祈)。

 とりあえず、オフ本番開始までに到着すれば良いので、残ったわたしは休養しがてら洗濯。会場までは電車で10分弱なのが嬉しい。体調不良の時は、何が辛いと言って、目的地まで歩いたり電車に乗ったりの移動が耐え難い。ついつい「どこでもドアが…」と言い掛けて、スーパー・ウルトラ・リアリストの家人に鼻でせせら嗤われるのであった(憮然)。

 今日が何故祝日かと言えば、なんと違和感ありまくりなのだが、成人の日なのだそうな。わたしが成人式を迎える頃は、成人の日は1月15日で固定されていた。今はまだそういう感覚の人も多いだろうが、今後10年20年経つと、「え、成人の日が固定祝日だった時代なんて知らない」という意見の方が多くなるのだろうな。とりあえず姪っ子1号と2号は間違いなくそっちのクチだろう。ジェネレーション・ギャップ…(汗)。
 常々思うし、皆さん仰っていることでもあるが、20歳を成人の区切りとするのは止めちゃったらどうだろう。大学進学率がここまで上がった昨今、もう成人年齢は22歳で良いような気がする。学生のうちはやっぱり、まだ半人前扱いに甘んじて貰うのだ。その代わり、選挙の投票権は18歳でもれなく差し上げる。酒と煙草は22歳。クルマもバイクも免許は18歳。

 小中学校時代には良い思い出など欠片もなかったので、成人式には出席しなかった。「お祖母ちゃんに写真を送るんだから」と母に口説き落とされて、渋々晴れ着の記念写真だけ撮った。着慣れない着物で居心地悪そうに写っている二十歳のわたしは、足元を良く見ると、草履を左右逆に履いているのであった…(とほほ)。




01/09 万物は流転する(違)

2007/01/09 23:44
 体調はよろしくないが買い物には行かねばならない。最寄り駅近くのスーパーへ立ち寄ったところ、店内の一角に白いビニール・シートが張ってあった。一昨日だったか、その辺りにあった回転寿司コーナー(お魚屋さんが経営していた)が、1月8日で閉店する、という張り紙を見ていた。回転寿司コーナーを改修するためのビニール・シートだろう。
 …と思って近付いたら随分と大規模である。回転寿司コーナーだけではなく、隣にあったお魚屋さんも、さらにまたその隣にあった精肉コーナーも、全部まとめて白ビニール・シートに覆われている。

 シートの真ん中にまた張り紙。回転寿司コーナーと同時に鮮魚も精肉も閉店、11日から新しいテナントが入るので、それまで辛抱してくれ、とある。な、なんだってー!(AA略)。
 そんな話、1mmも聞いてなかったぞ。回転寿司コーナーが閉店してもダメージはないが、鮮魚コーナーと精肉コーナーは、わたしは結構お気に入りでお世話にもなっていたのだ。テナントではない、スーパー直営の鮮魚と精肉もあるにはあるが、どちらも値段ばかり高価くて魅力ある品物はなかった。
 なにせスーパーの鮮魚では、さわらの切り身2切れ入りパックが700円以上もするのだ。今日などは、「新鮮アジ超特価」とあるから幾らかと見れば、1尾300円。そんなの全然特価じゃないよ!

 両方のテナントが一遍に撤退するのなら、潰れたと見るよりは、契約期間終了しても更新をしなかった、という事情だろう。とは言え、採算的に魅力ある売り場ならずっと契約更新したハズなので、やはり経営的には苦しかったのだろう。
 思えば最近の鮮魚コーナーには兆しがあった。以前わたしが大好きだった、曜日限定の「お魚3パック1000円セール」は、このところパッタリとご無沙汰している。品物の単価も、以前と比べて微妙に上がり続けている。家人が兜煮を喜ぶので良く買っていた「梨割りにした鯛のアタマ」も、最近は滅多に見掛けなくなっていた。正直「ヤバいんじゃないのか」と思ってはいた。

 しかしこんなにあっさり撤退してしまうものだとは予想せず、ちょっと困ってしまっている。スーパー直営の鮮魚コーナーでは魚を買う気が起こらない。かと言って、少し離れた場所にある外資系→大手系のスーパーの鮮魚コーナーは、いつも思うのだが活きが今ひとつである。
 家人の健康上の理由で、ウチでは肉より魚を出すことの方が多いのに、さてどうしたものか。木曜日に新しく登場するというテナントも、鮮魚と精肉だと嬉しいのだが…。




01/10 改装に1ヶ月半

2007/01/10 23:34
 相変わらず腹は壊れているが、昨日より大分具合は良い。どうやら寒いのがいけないようだ。腹巻に携帯カイロ(貼るタイプ)を貼り付けてお腹を温めよう…と思っていたのに仕込むのを忘れる。鶏アタマめ(とほほ)。
 近所のショッピング・モールで一昨日までやっていたセールが終わった。元々アウトレットなのだが、セール期間中にちらりと覗いた感じでは、欲しいと思えるほど安くはなっていない。もしかしてセール売れ残り品が投売り状態だったりしないかと、ダメ元で冷やかしに行った。
 足元が冷えるので、以前からロング・ブーツをもう1足欲しいなと思っていた。ワイン色のはあるのだが、合わせられる服が限られている。ついでにヒールがやや細くて高いので、長い距離を歩く時は少々しんどい。黒で、適度なヒール高で、太めヒールのがあったらな。…しかしやっぱりそんなに都合良いものは見付からなかったのだった。

 帰り際に駅前スーパーに立ち寄る。昨日見た時に白ビニール・シートが張ってあった鮮魚&精肉コーナーは、白いベニヤ板で囲われて本格的に改装中となっていた。昨日は1〜2枚だった張り紙は、今日はご丁寧に50cmほどの間隔で何枚も何枚も張られている。工事中の不便を詫びるものと、閉店&テナント変更のお知らせである。
 何気なく読み返してみたら、ショッキングな事実を発見。新規テナントがオープンするのは、なんとびっくり、3月1日だという。ちょっと待てそんなこと昨日は書いてなかったぞ(多分)。1ヶ月半も! そんなに大々的に改装するという事は、もしかして新しい店は違うタイプのものなのか? 鮮魚と精肉ではなくなってしまうのか? 困るじゃないかミッターマイヤー!(違)

 ダダを捏ねたい気分を抑えつつ、スーパー直営の鮮魚&精肉コーナーへ足を向ける。ううむやっぱり欲しいものがない。さわら2切れ900円、かれい2切れ1000円ってナニゴトですかと。この界隈の住人って、ホントにそんな高価い魚を召し上がってるのだろうか。わたしが主に買っていたのは、どんなに高価くても1切れ200円止まりだったのだが。
 精肉コーナーでも同じ。タイム・サーヴィスの豚肉薄切りは、お値打ちと銘打ちながらグラム200円超過。お値打ちちゃうやんか! ううむどうしよう。マジで買うものがない。
 以前は外資系、今は大手系のスーパーBは、こと鮮魚に関しては違った意味で食指が動かない。どういう仕入れをしているのか、値段の割に鮮度が悪いのだ。魚好きの我が家としてはまったく困った事態である。

 冬場だからなのか、野菜も何だかバカ高価い。きゅうりが1本128円。レタス1個258円。信じられない。もちろんきゅうりもレタスも夏野菜だから仕方ないのだが。ううむ明日からのサラダのネタは何にしよう。白菜とほうれんそうと大根ともやしを順繰りに使って切り抜けるか…。ブロッコリーも高価いしなあ(悩)。
 魚に関しても不安は募る。先日「噂の東京マガジン」で取り上げられていたように、築地市場が豊洲へ移転するにあたって問題山積だとすると、問答無用かつなし崩しに魚の値段も上がったりするのだろうか。オーストラリアは大旱魃で家畜用穀物が急騰しているそうだし、アメリカ産牛肉は買ってやるのが口惜しい。
 いよいよチキンばっかりが食卓に並ぶのだろうか。家人からはクレームが付きそうだなあ(汗)。




01/11 たまにはヤフオク出品

2007/01/11 11:50
 殆どが落札オンリー、しかもバレエ用品とか普段着とか古本とか、家人が「しょーもないもの、好きだねえ」と半ば呆れるような物専門で利用しているのだが、ごくごくたま〜に、出品者側に回ることもある。
 先日は、家人が披露宴で貰って来た引き出物のワイン・グラス(ペア)や、溜まりに溜まってどうしようもなくなった映画のパンフレットなどを出品。パンフレット類は○冊100円の叩き売り状態であるが、捨てるよりはどなたか好きな方に貰われて行った方が本人たちも幸せだろうし、ゴミも減る。正直、手間隙に見合わないなあ…とは思うのだが(汗)。

 値段設定が適切だったのか、出した品物は無事皆引き取り手が見付かった。1山幾らの映画パンフでも、ジョニー・デップさん出演作品とか、『ハリー・ポッター』シリーズなどは希望者が多いようだ。過去の作品のパンフを買い逃して悔しい思いをしていた人が手に入れたのなら嬉しい。
 …と考えていたのだが、落札者さんの中には、コレクター兼転売屋さんも居るようでちょっとフクザツ。まあいいんだけど。

 ワイン・グラスも相応しい方にGETしていただけた模様。家人が持ち帰った箱を開けた時、フルート・タイプのシンプルかつ素敵なデザインに「わあ可愛い♪」と思ったのだが、残念ながらウチでは誰もお酒を嗜まない。ジノリのベッキオ・レバント(ティー・カップ)をただ飾っておくなどという勿体無いことをしたわたしなら、このワイン・グラスも食器棚のディスプレイと化すだろう。
 下さった方々が趣向を凝らせて選んだ品物だということが判るので、やはりここは実際に使って下さる方に譲りたい。あのグラスでジュースやら麦茶やらだと、またそれはそれで気の毒だし(笑)。

 気に入った品物をドキドキ落札して、出品者さんとメールをやり取りし、品物が届いて開封する時のわくわく感は楽しい。こちらもそのわくわく感を損なわないよう、間違っても輸送中に傷付いたりしないよう、心を込めて念入りに梱包した。
 受け取った方々が、包みを開けてにっこりしてくれると良いな♪ そして無事にすべてのお取引が終了しますように(祈)。出品者側は落札者側に比べて責任が重いので、全行程が完了するまで、どうにも気が重いのである(ヘタレ)。




01/12 使いにくいキイ・ボード

2007/01/12 23:59
 先日来どうも調子の悪い1階リヴィングのPCは、ついに昨日、修理工場へピット・インしてしまった。家人がサポート・デスクに電話を掛けたら、一刻も早く修理しないと突然立ち上がらなくなる可能性もある状況だと言われたらしい。幸い3年間の延長保証期間中だったこともあり、早速依頼したのだった。
 臨時措置として家人のノートPCをリヴィングに持って来て急場を凌いでいるが、マウスは今までのを繋いでいるのに、キイ・ボードはノートのを使わねばならないので、もんのすごくイライラする(汗)。ついつい今までのキイ・ボードを叩いて「あれっ無反応だ」と一瞬ドッキリする。

 早く仕上がって来ないだろうか。HDD交換だそうなのだが、ひょっとすると電源ユニットもいかれているかもしれず、それでなくても年初めのゴタゴタな時期である。普段よりも修理期間は長く掛かる可能性もあると言う。やれやれ。
 修理期間が長いと言えば、行き着けの駅前スーパーの改装に関して、ショックな事実が判明してしまった。3月に新しいテナントが入るとのことだが、昨日店員さんに訊いてみたところ、鮮魚も精肉もナシなのだそうな(涙)。まだ予定でしかないが、どうやら薬局と何か、だと言う。
 確かに薬局も近隣になくて不便だったのだけれど、それよりも、わたしは個人的に鮮魚と精肉の方が嬉しいのになあ(涙)。

 そして全然関係ないが、明日はいよいよラグビー大学選手権の決勝戦。大贔屓のワセダ3連覇は、果たして成るであろうか。お願い神様、ワセダを優勝させて下さい(祈)。




01/13 3連覇成らず

2007/01/13 23:46
 ………………(涙)。
 正直に認めなければならない。関東学院大学の動きの方が、ワセダの選手たちよりも、試合開始直後から明らかに良かった。接点への集まりも、タックルに入る時も、相手チームにボールが渡ってプレッシャーを掛ける時にも、気迫で負けていた。「ん? 何かヘンだぞ」という違和感が、最後まで払拭出来なかった。

 思えば1月2日の準決勝の試合もヘンだった。京都産業大学のフォワードが屈指の強さを誇るとは言え、試合開始直後から何だか押され気味で、観ているわたしたちもハラハラしたものだ。その違和感は、カントウ相手には致命的だったのだ。
 何が悪くてそういうことになってしまったのかは判らない。チームの調子を、決勝戦に向けてジリジリと上げて行ったカントウに反し、ワセダはそれが出来なかった、ということかもしれない。その意味では、春口監督の長期政権で安定したカントウが、流石天晴れの巧さがあったのだろう。

 前半で3トライ3ゴールのリードを許した時点で、この試合はひょっとしたら負けるだろう、と思った。そのくらい、選手たちの動きが違った。大贔屓のWTB・首藤甲子郎選手が迫力の個人技で1トライ返し、14番のやはりWTB・菅野朋幸選手がもう1本返し、12−21で折り返した時にはまだ目があったけれど、それも後半開始5分の被トライで消えた。
 FL・東条雄介キャプテンとヴァイス・キャプテンのLO・後藤彰友選手が負傷退場、更には東条選手の交代として入った松田純平選手まで負傷。ただでさえ押されていたフォワードが、これで壊滅した。最初の最初から崩壊していたラインナウトは、途中から選択することさえ出来なくなった。

 首藤選手や、やはりお気に入りのSO・曽我部佳憲選手は、今年がラスト・シーズン。どうしても優勝して欲しかった。彼らが輝く笑顔で歌う凱歌「荒ぶる」を聞き、共に歌いたかった。来シーズンもワセダ・ラグビーは続くけれど、そこに首藤選手や曽我部選手は居ないのだ。無性に寂しい。学生スポーツの宿命であるが。
 3連覇とはかくも難しいと心底思い知らされた。2年生3年生は、大きな試合で負けることを殆ど知らない。そこに奢りがあったとは思わないが、「勝ち慣れている」ことが、少しずつ少しずつハングリー精神を蝕んだ部分はあったのかもしれない。何せファンに取ってさえ、ワセダは勝って当然のチームだったのだから。

 優勝して喜ぶカントウの選手たちを、悔しそうにじっと見ていたワセダの選手たち。その悔しさが明日へのバネとなる。大いに悔しがることである。そして来年は、自分たちこそが、ああやって優勝記念Tシャツを着てウィニング・ランするのだと、決意を新たにしてくれることだろう。
 でも、そこには、首藤君も曽我部君も居ないのだ(号泣)。

 試合終了後、家人の希望で青葉台の「はーべすと」(自然食食べ放題レストラン)へ行ってヤケ食い。食べ過ぎて気分が悪くなり、帰りのクルマの中でリヴァースしそうなのをぐっと堪えつつ帰宅し、フテ寝がてら一眠りしていた。つい先ほど目が覚めて、録画しておいた決勝戦をチラ見。敗戦は、悪い夢ではなかった…(がっかり)。




01/14〜15 データ・ベースとしての記憶

2007/01/15 11:45
 他の人のはどうだか知らないが、わたしの記憶力は非常にいい加減である(汗)。覚えていなければならないことは忘れてしまい、別にどうでも良いようなトリヴィアだけしつこく覚えている。しかもどうでも良いトリヴィアを披露するチャンスがあるとついひけらかす悪い癖がある。まあ大したマメ知識ではないのだが。
 ちょっと脱線するが、男性には「女性よりも物知りに見られたい」と思っている人が多いように思う。ワインの薀蓄、クルマの薀蓄、ちょっと呑みに行った時の気軽な話題など、該当シーンは多い。そして同席の男よりもトリヴィアを知っている女は、まず間違いなく敬遠されるのだ。一体何度「しまった」と思ったか知れない。まったく度量の狭いことである(プンプン)。

 閑話休題。そういういい加減な記憶なので、何か思い出したことがあっても、披露する前にリコンファームせねばならないことも多い。先日の「コッペパンの由来」などその良い例である。間違って覚えている時もあるし、そもそもソースが夢(夜眠っている間に見る方)だったりして、根本からファンタジーであることさえある。キョーレツな夢を見た後など、それが夢だったことを忘れて、内容が事実だと思い込んでしまうのだ(汗)。
 「行ったことがない土地なのに知っているような気がする」デジャヴュに因み、個人的にこういう事実無根の記憶を「デジャヴュ記憶」と呼んでいる。そしてデジャヴュの反対、「知っているのに知らない土地であるように感じる」ジャメヴュがあるように、「事実なのは確かなのにソースがどうしても判らない記憶」をジャメヴュ記憶と呼んでいる。

 コンピュータ内のデータ検索が便利なように、自分の脳内も検索出来たらどれだけ便利だろう、と時々思う。いつどこで何をソースとして記憶したのか、プロパティも参照出来ると尚良い。とは言え、特にわたしの記憶だと、間違って上書きされてしまうことも多そうだけれど(汗)。
 そしてそれ以上に「出来たら便利なのにな」と思うのが、ペーパー・メディアの本の内容検索である。読書するなら絶対に紙ベースの本が好きだが、書物で唯一残念なのが、内容を気軽に検索出来ないことである。推理小説を読んでいてふと引っ掛かりを覚え、「これが多分キイとなる伏線だな」あるいは「この人がキイだな」とピンと来た時、それ以前のどこに描写があったか、ちょっと戻って探したいことがある。

 記憶力の良い人ならばサクッと該当箇所を探し出せるのだろうが、わたしの記憶はいい加減なので、行きつ戻りつウロウロ探す羽目に陥る。1冊ならまだ良いが、前後巻だったり3分冊だったりするとさあ大変。シリーズ物だったりするともっと大変である。戻っている間に気に入ったシーンを読み返しちゃったりして、さて何を探していたんだったか忘れてしまうことさえあるのだ(トリ頭!)。
 そういう時、キイ・ワードをぱぱっと入力してGOしたら、該当箇所がパッと開いたりすると嬉しいなあ。ページをパラパラめくって探し物をするのも風情があって楽しいのだが、どーしても見付からない時など、何日も何日もイライラさせられる。どこかで読んだのは確かなのに…(焦)。

 今丁度そういう状況に陥っている。一昨日の大学ラグビー選手権の決勝戦、試合開始時のキック・オフで、ワセダの陣地は風下、カントウがボールを選択していた。これはつまり、コイン・トスで勝ったにしろ負けたにしろ、ワセダはわざわざ不利な風下エンドを選んだことを意味する。
 風上エンドは太陽に向かって攻めるので眩しい、ということもあった。しかしそれ以上に、13日の風はボールを翻弄しかねないほど強かった。前半は風下でカントウの攻撃をしのいで、後半は有利なエンドで一気に挽回する作戦も有り得るとは知っている。しかし風向きはいつ変わるか判らない。有利なうちに風上エンドを選択するのがセオリーなのだ。

 そして、家人と「わざわざ風下を選ぶなんて」と話した時、わたしの脳裏にふっと蘇った言葉があった。清宮克幸前監督が、どこかのインタヴューか、あるいは何かの著書の中でこう言ったのだ。「相手が前半に風下を選んだ時、“勝った!”と思いました」と。後半に巻き返しを狙っているのだろうが、そのこと自体、受け手に回っている精神状態を表しているからだ、というのがその理由だった。
 確か就任2年目の2002年、大学選手権の決勝戦で相手は関東学院大学だった時のことだと思う。とすると、見事なまでに今回とはそっくり裏返しのシチュエーションである。つまり、ワセダは受け身、及び腰になっているのだ。ヤバい。すっごくヤバい。選手が決めたのか監督が決めたのか、どうして自ら歴史を繰り返しちゃうのか。

 もちろんエンドだけの問題ではないが、イヤ〜な予感はバッチリ当たってしまった。立て続けの被3トライで出鼻を挫かれ、点差よりももっとコテンパンに負けたという印象が残る、悔やまれる試合となったのである。家人もわたしも「惜しかった」とさえ思わないくらい、ついついヤケ喰いに走るしかないような、徹底的な敗戦だった。
 後に、風下選択は監督の指示だったと知った。信じられない思いである。中竹監督は、清宮監督の例の言葉を知らなかったとでも言うのだろうか。そんな馬鹿な!

 もしかしてあの言葉は「デジャヴュ記憶」だったのだろうかと一瞬反省したのだが、家人に訊いたらやはり同じことを読んだか聞いたかした、と言う。つまり間違いなくどこかで清宮監督はそういう発言をしているのだ。さーてどこだったか。いつだったか。清宮監督の著書をパラパラ読み返したりしたのだが、どうしてもヒットしない。イライラする〜(汗)。
 今回のこのジャメヴュ記憶がソースを確認出来るのはいったいいつになることやら。気長に探すこととしよう(とほほ)。




01/16 薄毛の悩み

2007/01/16 23:59
 昨日の「相手が風下を選んだ時に…」という清宮克幸前ワセダ監督の発言は、2002年の大学選手権決勝戦前ではなくて、去年のラグビー日本選手権2回戦でトヨタ・ブレイブルーパスと対戦する前のことであったと判明。ああすっきりした。
 相手がカントウだったら本当に裏返しシチュだけれど、多少違ったので、皮肉度も少しは和らいだだろうか。とは言え、ここまで新しい発言なら、中竹竜二新監督の耳にも入ったのではないかと思ったり。少なくとも著書のどこかには必ず書いてあったから、やっぱり読んで記憶の片隅に留めておいて欲しかった。
 清宮前監督があのエンド選択を何と評するか、ちょっと訊いてみたい気がする。

 ところで全然関係ないのだが、わたしの体毛は薄い。髪の毛は多過ぎるくらいなのだが、他は貧相なものである。「その脚、ストッキング履いてるんじゃないの?」と友人に呆れられたことがあるくらい、のっぺりした脚である。腕や脚の無駄毛を気にする必要がないのはラクだけれど、もうちょっと生えてて欲しいなあ、と思うこともある。
 それは眉毛。そして睫毛。
 元々、典型的な醤油顔と言うか、彫りも造作も印象も薄い顔立ちである。この顔に黒々とした眉毛も睫毛も似合わないだろうなあ、とは思う。しかし、ごくごくたま〜に化粧をしなければならない時など、つくづく「もうちょっと眉毛や睫毛が豊かだったらなあ」と哀しい気分になるのだった。

 例えば眉毛。顔剃り用剃刀でちょっくら形を整えようと思っても、単位面積当たりの眉毛密度があまりにも低いので、うっかりするとマダラになってしまう。生えているところと生えていないところがあるのだ。こんなことならいっそ全部剃ってしまって、眉毛の形のテンプレートを当ててマユズミで全部描いた方が良いのではないかと思うほどである(やらないけど)。
 そして睫毛。短い。そしてやっぱり睫毛密度があまりに低い。下睫毛なんかないも同然で、実際、少女時代のわたしは「下睫毛は誰でも産毛程度のものしか生えてないのだろう」と阿呆なことを思っていた。
 薄い眉毛と睫毛、そしてこちらは意味が違うけれどもやっぱり薄い唇のおかげで、わたしの顔は印象薄く、どちらかと言うと酷薄そうなイメージを与えがちである。キライである。

 一方で家人は、男性にしておくのがもったいないほど、長くてふさふさとした睫毛を持っている。実物を見たことはないが、長さやヴォリュームで言えば、女優の国仲涼子さんくらいあるのではないかと思う。何せ、マスカラなぞ全然塗らなくても、横から見た時に睫毛が存在感を主張している。1本1本繊維が見えるんではなくて、ほとんど塊のような黒々とした睫毛がバサーッと生えているのだ。羨ましい…。
 もちろん下睫毛もしっかりと。何も手を加えていないのに黒々と存在感のある睫毛があるのだから、これをいっちょビューラーとマスカラでメイクしたら、少女漫画のような目が出来上がるのではないだろうか。
 やってみたいなあ、と思ったのだが、もちろん家人には却下されてしまった。…ケチである(汗)。




01/17〜18 思い込んだら

2007/01/18 23:57
 消費期限切れの材料を使って洋菓子を作っていた不二家の追加情報が、毎日毎日、飽きもせずにどんどん出て来る。個人的好みからすれば、不二家の洋菓子は味が単純だし甘過ぎて好みではない。もうちょっと捻りのある、渋めのケーキが好きである。お菓子も同じで、別にそれが悪いとは思わないが、子供さん向けの味だと思う。家人は「ホームパイ」を惜しんでいるが。
 そんな訳で、あくまでも消費者としてのわたし個人からすれば、不二家が潰れようが生き残ろうがどうでも良い。不二家の社員の方々に取っては、他工場の悪行やら阿呆なトップの方針やらのせいで、とんでもない災難に巻き込まれてしまったことになる。お気の毒と言うしかない。万が一倒産してしまったら、事情が事情だけに、再就職は大変だろうなと思う。まったくトップが阿呆だと末端が苦労する。

 またまたあくまでも個人的な意見だが、消費期限と言うものを、余りに重要視し過ぎるのもよろしくないよな、と思っている。もちろんそれは自宅で使うものを、自分の責任において、消費期限ブレイクする場合にのみ言えることで、今回のように売り物を作る場合には適用されない。
 製品の賞味期限を社内規定よりも1日長く記載したとか、卑しくも食べ物を製造する工場内にネズミが走り回っていたとか、挙句の果てには製品から基準値を超える雑菌が検出されたとかなんてのは問題外。わたしのキモチとして、消費期限切れの食材を使った行為については100歩譲って目を瞑ることが出来るが、ネズミや雑菌は到底許せない。余程の改善策を示されない限り、不二家製品は買わないだろうと思う。

 閑話休題。そもそも消費期限とは「この日までなら売って良いです」という販売側の目安である。消費期限内の製品を買って、万が一それが悪くなっていたら、問答無用で取り替えて貰える保証期間を意味するのだろう。もちろんかなりの安全マージンを見ているに違いないので、消費期限を1日過ぎたから即座に食べられなくなるなんてことは有り得ない。「この日までなら食べて良いです」では断じてないのだ。
 またもやあくまでも個人的な意見では、消費期限を1日でも過ぎた食料品を、内容が悪くなっているかどうかの吟味もせずに捨ててしまうことの方が、よっぽど愚かで罪深い所業だと思う。そういう人は、消費期限内の食べ物は、開封後でも何の疑いもなく口にするのだろうか。パックの牛乳など、例えば口を付けて直に飲んだりしたら、条件によっては相当短時間に雑菌が繁殖すると思うのだが。

 例外はあろうが、食品に良からぬ菌がたかっていたら、まず間違いなく外見上に変化が現れる。色が変わったり、匂いが変わったり、糸を引いたり、一見して「ヤバい」と思える状態になるだろう。O-157などの強い病原性を持つ菌が感染した場合はその限りではないが、あの手の病原菌の場合はそもそも賞味期限やら消費期限やらには端から関係ない。
 買ったまま冷蔵庫に入れて忘れていたパック入り豆腐、あるいは未開封の牛乳その他が、果たして今からでもイケるかどうか、それを判断するのは刻印された消費期限ではないと思う。目で見て、匂いを嗅いで、ほんの少し取って口に入れて味わって、それで異常がなければ間違いなく食べても大丈夫だろう。パック入り納豆やプレーン・ヨーグルトにさえ「賞味期限」が付いているのだから、あれを鵜呑みにするのはとんでもない間違いである。

 繰り返しになるが、もちろんこれは個人宅での判断基準である。売り物を製造する工場内でこの理屈を捏ねられたら、さしものわたしでも「それはちょっと違うだろう」と異を唱えさせていただく。消費期限を1日過ぎた牛乳入りのシュークリームが悪くなっている可能性はほぼゼロだろうけれど、やはり製造者のプライドとか責任感とか、その辺の欠如は感じてしまうからである。
 ただし「消費期限を1日過ぎた牛乳で作りました」と銘打ったシュークリームが特価で売り出されたとしたら、わたしは気にせず買うんじゃないかと思う(汗)。そこまで開き直ったらいっそ天晴れだったのに…。

 そんな訳で、問題発覚後ちらほらと出て来ているらしい「不二家の製品を食べたら具合が悪くなった」というケースには、申し訳ないが全然同情出来ないのだった。徹頭徹尾気のせいか、あるいはタチの悪い言い掛かりだろう。因果関係はないのだから、不二家問題に絡めて報道する必要性があるのかどうか疑問である。
 「しまった、不二家のシュークリーム食べちゃった!」との不安から本当に具合が悪くなる人が居るなんて、人間の身体と心の強い関連性にはある意味感心してしまうのだけれど。




01/19 各方面に飛び火

2007/01/19 23:55
 消費期限切れ問題は、予想通り他にも、あちこちで槍玉に挙げられている。東京ディズニーランドのレストランでカプレーゼのモッツァレラ・チーズが、どこだかの病院では点滴の薬液が(確かに見たネット・ニュースのソースが見付からない…)、それぞれ消費期限を1日過ぎていた、のだそうな。
 どうなのかなあ、と思う。正直なところ、1日くらい良いじゃん、と。昨日の日記にも書いた通り、消費期限とは「この日までならまず間違いなく傷んでません」という保証期間と理解するのが妥当だろう。「この日を一瞬でも過ぎたら変質します」ではない。メニューを供されたのが、点滴を受けたのが、もしもわたしだったら。何となく「別に1日くらい良いですよ」と答えてしまうような気もする。アバウトである(汗)。

 おそらく、他の種々様々なレストランや病院や施設で、消費期限の緩やかな解釈は、今までにも起こっていたことだろう。多分これからも無くなることはあるまい。あくまでも個人的な感覚だが、問題なのは消費期限という数字ではなく、品質管理が適切か否か、だと思う。作る人、使う人がきっちり「これは大丈夫」と判断してくれているかどうか。消費期限に縛られて問題ない食材を無駄にすることも忍びないし、「消費期限内だから問答無用で大丈夫」と思考停止されるのもイヤである。
 とは言え、点滴の薬液はちょっとイヤかな、と考え直さないでもない。モッツァレラ・チーズと違って、点滴の薬液は、ちょっくら舐めて無事かどうかを判断する、という訳にも行くまい(汗)。…でもやっぱり、1日やそこらなら大丈夫だと思う。消費期限切れ後どのくらいまでなら大丈夫か、という判断は非常に難しいだろうけれど。

 ディズニーランドのチーズも、モッツァレラではなくてカマンベールやゴルゴンゾーラ、いっそパルメジャーノ・レッジャーノとかだったら良かったのに。フレッシュ・タイプのモッツァレラなら、確かに、消費期限内に食べてしまうのが一番美味しいだろう。ただし熟成タイプのチーズで、消費期限を厳密に云々するのは馬鹿げた話である。
 ネット・ニュースのページからはオーダーチーズ・ドットコムの賞味期限とチーズのページにリンクが張られていて、このページではきちんと、どんなチーズをいつまで食べて良いのか解説してある。例えばハード・タイプのチーズの賞味期限は、あまり意味のあるものではないのだ。スーパーのチーズ売り場で賞味期限ギリギリのパルメジャーノ・レッジャーノが半額になっていたりすると却ってラッキーである♪

 さて本家本元の不二家からはさらに凄いネタが飛び出している。チョコからは蛾の幼虫が出てくるわ、製品の細菌数検査では「無限」と書いて提出しちゃったりしているわ、もうメチャクチャである。特に後者は意味が判らない。ちゃんとした技術者が検査したのだろうか?
 食品の細菌数計測をどうやって実施するのか詳しくは知らないが、おそらく、所定の濃度に希釈した検液を培地に塗り付けて、出て来たコロニーを数える…といったやり方ではないかと推測する。これが「無限」になっちゃうということは、相当の倍率まで希釈しても、1個1個数えられないほどのコロニーが出てしまい、さらに適切な希釈倍率でやり直さなかった…ということではないかと思う。あくまでも推測だが。

 仮にこの推測が合っているとして、きちんとした計測値が出ないまま報告書を提出してしまうとは呆れてしまう。毎日毎日検体に追い捲られている部署だろうけれど、仕事はきちんとこなそうよ(汗)。大学の微生物学実験で「検出細菌数:無限」なんて書いてレポートを出したら単位は貰えないのだが(汗)。
 ついでに、消費期限を社内規定よりも長く記載した件については、不二家本社も了解していたとのこと。やっぱりなー。消費期限切れ食材はともかく、衛生管理の手抜かりも、製品の品質管理のいい加減さも、トップのお偉いさんたちのルーズな態度に拠るものなのだろう。

 少々騒がれ過ぎな部分は確かにあるが、それでも、不二家のケースは悪質だと思う。もしかすると本当に潰れてしまうかもしれない…と危惧したコレクターたちが動き出したせいで、ペコちゃん関連のグッズは只今急騰中なのだそうな(汗)。そーゆー問題なのだろうか。いやはや。




01/20 潰れそう…?

2007/01/20 23:45
 東京に単身赴任している叔父が、母のマンションへ遊びに来た。ついでなので一緒に晩御飯を食べようということになり、れんこんのきんぴらを作って持参。豆乳鍋や鶏の唐揚げ、大根の煮物、サラダにキムチまで取り揃った食卓を囲み、話題はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
 何かで納豆の話になった。最近は某TV番組の影響で納豆が売り切れ続出なんだよね、と母。そう言えばわたしが昨夜、最寄り駅近くのスーパーに立ち寄った時も、3パック幾らの人気銘柄納豆の棚が、ものの見事に空っぽになっていたっけ。ちょっと前は寒天だったし、もっと前はヨーグルトが払底して困ったものだった。

 ちょうど点けっ放しのTVでニュース番組を放送していた。そして流れて来たニュースは「『発掘! あるある大事典2』でデータの捏造が発覚しました」。母と叔父と家人とわたし、4人の口からは期せずして同じ台詞が飛び出す。「これって納豆のことじゃないの?」
 その通りだった(汗)。データの捏造などという生易しいレヴェルではなく、使用前と使用後の写真が別人だったり、コメントを寄せた大学教授の発言が嘘だったり、ほとんど無から有を生み出すタイプのでっち上げだったらしい。ダメじゃん(汗)!

 個人的に、ダイエットやシェイプ・アップの一番の近道は、バランス良く食べて適度に運動すること、だと信じている。故に単品ダイエット法は「単品」という点だけでまったく信用出来ない。それが納豆であれヨーグルトであれ、「これさえ食べ続ければ痩せる」と言われる方法があったら、それはほぼ確実に嘘だと考えて良い。
 仮に「ナントカダイエット」で本当に痩せた人が居たとしても、それはナントカのおかげではなく、御当人が意識してかしないままでか、それ相応の努力をしたからなのだ。本当に「コレさえ食べていれば必ず痩せる」食品があったとしたら、とっくの昔に見付かって、ウェイト・オーヴァーに悩む人など皆無になっていなければおかしいではないか。

 どうやら「納豆ダイエット」の企画を立てたは良いが、思うような調査結果が出ず、困り果てて丸ごと捏造してしまったらしい。煽りを喰らって気の毒なのは全国の納豆メーカーである。7日の『あるある』放送後は納豆の売り上げが倍になり、生産が追い付かずに苦情の嵐。そして今度はネタそのものが真っ赤な嘘でしたと判明。番組を切っ掛けに納豆を食べるようになった人がそのまま続けてくれれば良いが、どちらかと言うと「騙された」と怒って止めちゃうケースが多いだろう。増産の手配に入っていたメーカーもあったのに、全部無駄になってしまうのだ。
 元々納豆を食べる習慣のあった人がキライになってしまうところまでは行かないだろうが、持ち上げて持ち上げて落とす、TVの常套手段をまったく無関係な方面に波及させてしまうのはいかがなものか。視聴者にしても、TVで放映されたからと飛び付いては止めるの繰り返し、もうそろそろ卒業してはどうだろう。番組制作者に良いように手玉に取られて、はっきり言えば馬鹿にされているも同然なのに…。

 これだけ丸ごと嘘だと、『あるある』そのものの存続も怪しいだろうな、と思う。今までにも散々、ああでもないこうでもないと振り回されて来た視聴者も、流石に今後は『あるある』ネタを信じなくなるだろう。レギュラー出演者の皆さんには気の毒だが、ネタに困って捏造する程度の番組なら、もういっそ止めちゃったら良いだろうに。
 わたしにしても、好んで食べている各種の食品が、ある日突然店頭から消える事態は御免蒙りたい。ヨーグルトの時は本当に困ったもんね(汗)。今回の騒動でも、いつもは賞味期限ギリギリまで待って半額になってから買っていたお気に入りの「黒豆納豆」が、ギリギリになる前に売り切れてしまうために、随分と悔しい思いをしていたのだ(セコい)。

 野菜ジュースダイエットとか豆腐ダイエットとかが取り上げられて、お気に入り銘柄が買えなくなったりする前に、諸悪の根源には消えて頂きたいものである。同罪番組に『おもいッきりTV』があるけれど、以前は信奉者(?)だった母の言葉によれば、最近あちらは流石に信憑性が薄らいでいるらしい。やっぱりなー。




01/21 ぼやぼやしてたら

2007/01/21 23:57
 日付が変わってしまう(汗)。
 昨日いきなり飛び出した納豆ダイエットの捏造騒動で、問題の『発掘! あるある大事典2』の次回放送日が今日だった。もちろん正規の番組は中止で、次枠の番組が繰り上がった上に延長。生番組が突然2時間枠に変身してしまったのだから、担当ディレクターさん以下スタッフは、きっと昨夜は寝ていないに違いない。気の毒に…。
 番組のアタマにお詫びが5分間放送されると言うので、ミーハーなウチの2人はついつい観てしまった。内容的にはニュース等で報道されていることと同じで、今後『あるある』がどうなるのか等の新情報はなし。個人的予想では、たぶん打ち切りだろうなあ、とは思う。

 きっと同じことを考えたミーハーたちで、この5分間及び次番組の視聴率は物凄いことになっているのではないだろうか(汗)。フジTVにしても、そういうことで視聴率を稼げても、あまり嬉しくないに違いない。CMも入れられてないし。

 ミーハーと言えばそろそろヴァレンタイン関連スウィーツの宣伝が目に付く季節である。各ポータル・サイトでは「ヴァレンタイン特集」が花盛り。高カカオ含有率チョコレートなど、どれも美味しそうで目の毒なのだ(汗)。特にわたしは(いや誰でもそうに違いないが)、目で見たものを食べたくなっちゃう単純なタイプ。気が付くとお取り寄せについて真剣に考え込んでいたりする(汗)。
 先ほどは、日記を書こうとPC前に座り、ついついピエール・マルコリーニの通販サイトに迷い込んでしまった。チョコレートでコーティングされたマシュマロが激しく美味しそうである。産地の違うカカオを使った6種類の食べ比べセットなんてのも心惹かれる。アーモンドやヘーゼルナッツが入ったチョコレート・スナックも…!

 こんな夜中に激しく空腹。誘惑に負けて何かを食べちゃわないうちに、風呂に入って寝てしまうに限る…(とほほ)。




01/22〜23 恩師退官

2007/01/23 01:03
 昨日、何やら銀の模様入り高級そうな封筒が届いた。差出人は大学の出身研究室。恩師であるS教授が、この3月いっぱいで退職なさるのだという知らせである。ついては記念パーティを行なうので出席して下さい…という、内容は予想通りではあった。
 S先生がもう定年か…と思うと感慨深い。記念パーティにもぜひ出たいなあと思ったのだが、謝恩会(という表現で良いのだろうか)の会費は1万8千円。…うううううううむ。ちょっと無理かも(涙)。記念品だけなら5千円なので、そちらは寄付しようかな、と思ったりしているが、どーせなら先生にもお会いしたいよなあ(迷)。

 S先生には本当にお世話になった。まだ学部の2年生の頃、酵素化学の講義で初めてS先生の話を聞いた。当時はまだ助教授でいらしたS先生はバリバリ働き盛りの40代。バイオ・テクノロジーに釣られてその道に足を突っ込んだわたしが思わず身を乗り出すような面白い講義をして下さった。
 中でも忘れられないのがRNAワールドの話だった。以前この日記にも書いたことがあったと思うけれど、原始生命誕生の一番最初の取っ掛かりは、酵素としての働きを持つRNA、リボザイムではないか…という仮説である。ウィキペディアの解説はこちら。こんな研究やりたい…と、俄然張り切ったものだった。今は「多分違うだろう」と注目度は低くなってしまっているが。

 そんな訳で、何が何でもS先生の研究室に入るんだと決心し、3年生時には既に研究室へ遊びに行ったりもしている。所属研究室決定も首尾良く進み、念願叶ってS先生の研究室に入ったのだが、残念ながらRNAワールドを扱う卒論テーマは存在しなかった。いやあの時はガッカリしたものだ。
 体調を崩すやら何やらでいろいろあったり、修士1年生の時にバブルが弾けて就職活動に難儀したり、その度にS先生にはご心配を掛けた。頼りにならない学生で、本当に申し訳ないと、今でも反省しきりなのである(汗)。

 とっくの昔に現役も退いているからパーティなぞの晴れがましい席は遠慮したい。とは言え、S教授の最終講義が2月の末に開催されるそうなので、そちらはぜひにも出席したいものである。不肖の弟子ですみませんと、退職以来とんとご無沙汰してしまって申し訳ありませんと、最後にきちんとご挨拶せねば。
 ともあれ、あれから20年近くが経つのかと思うと、何だか遠い目になってしまう。あっという間だったなあ。




01/24 葱ステーキの幸せ

2007/01/24 23:59
 自分の中で最近「日焼け止めを塗るのも薄化粧するのも同じなら、面倒がらずにきちんと薄化粧を」キャンペーンを張っているのだが、化粧落としのことを考えるのをうっかり忘れていた。横着をして「拭くだけコットン」を使ったら覿面にカブレて顔が真っ赤っ赤になり、今日はそのせいで熱まで出した(汗)。慣れないことをするから…(とほほ)。
 キツいアイ・メイクも口紅も塗らないから、普通に洗顔料で洗うので良いことにしよう。どうしても気になるなら、洗顔前にベビー・オイルかオリーヴ・オイルでマッサージすれば良い。思えば以前も、一番ダメージが大きいのがクレンジングだったような記憶が…(汗)。

 しかしここ2、3日はご機嫌なのである。というのも、毎日超美味なる葱ステーキを食しているから♪
 最寄り駅近くのスーパーには産直野菜コーナーがあって、ここでは群馬県の甘楽地区で採れた野菜たちを買うことが出来る。毎朝直送、飛び切り新鮮、しかも値段も非常に安い。何せ泥付きのぶっとい下仁田ネギが、2本でたったの100円である。
 家人がネギ嫌いなので、今までは「美味しそうだなあ…」と思いつつスルーしていたのだが、暫く前にとうとう我慢出来なくて買ってしまった。たまたま主菜がグラタンで、オーヴンを使う日だったので、ふと「これを葱ステーキにしてわたしだけ喰ってやろう」と思い付いたのだ。1本丸々でも、グリルしてしまえばちょっぴりになる。

 泥を洗い流して、表面の皮を剥いて、5〜6cm長にぶつ切りにし、ホイルで包んでオーヴンに放り込むだけ。熱を通せば通すほど甘味が増すので、トロトロ好きなわたしはしつこく焼いた。途中で漂う香ばしいネギの香り…はぅ〜ん♪
 ほど良く焦げ目が付いたところで取り出し、丸太を縦に割るように切って、芥子醤油でいただくのだ。至福である。

 初日は1本、2日目には欲張って2本(汗)。今日は発熱で昼食を作るのが面倒だったので、お昼御飯に葱ステーキにしてしまった。連続3日。しかもまた今日も、夕方えっちらおっちら買い物に出た時、新しい下仁田ネギ2本100円パックを買ってしまったのである。気に入ったら飽きるまで食べ続けるこの性格、何とかならないのだろうか…。
 そして尾篭な話だが、家人が「今日の君のおならはとんでもなく臭い」とクレームを付けている。体調不良のせいかと思っていたけれど、これはひょっとして、3日連続の葱ステーキのなせる業なのだろうか。ううううううむ(汗)。




01/25 1年2ヶ月ぶりに

2007/01/25 23:55
 髪を切りに行った(汗)。
 前回カット・ハウスに行って半年後くらいから「そろそろ切らなきゃ」と言い続けて8ヶ月、年が明けちゃったので流石に重たい腰を上げたのである。直接の動機は家人の「散髪するまで映画観に行っちゃダメ」という宣言で、観たい映画があると「カット・ハウスは次の機会に行こう」と先延ばしにするわたしの悪い癖を知り尽くしたが故の発言である(汗)。
 実は今日、母と周防正行監督の『それでもボクはやってない』を観に行く約束をしていたので、本当にギリギリだったのだ(とほほ)。

 1年2ヶ月ぶりでも担当さんは覚えていてくれた。去年1年間、いっちども立ち寄らなかったのを申し訳なく思う。店を変えたのではないかと、少々心配掛けたかもしれない。まあどこで髪を切るか、まったく切らないか、そんなものはわたし本人の好きにすれば良いだけのこと。とは言えやはり今までの縁もあるしなあ。
 自分で切っているうちに段々ヘンになって来た前髪もリセットしたし、これでまた半年くらいは放置しても大丈夫だろう(汗)。切り立ての髪は確かに気持ち良いものだが、そうそうしょっちゅうは面倒臭いのである。横着だなあ。

 散髪後、母との待ち合わせまでに少々時間があった。丁度お昼時でもあったので、ショッピング・モール内のマクドナルドにふらりと立ち寄る。半年ぶりくらいに足を踏み入れただろうか。話題のメガマックとやらを、1度試してみたかったのだ。非常な人気で、毎日限定数しか販売していないらしい。幸い、わたしの行った時にはまだ残っていた。
 ビッグマックのビーフ・パテを倍にしたもの、それがメガマックである。パン3枚の間に1枚ずつ挟まっているパテが、2枚ずつになっているのだ。レタスやチーズ、ソースの量は恐らく変わっていない。とは言え、見た目にも、そのヴォリュームは物凄かった。

 そして何しろ食べにくい(汗)。箱を開けて、手に持って、さてどこを齧ったら良いものやらと一瞬途方にくれる。いっそのこと上から順番に剥がして食べようかと思ったが、それではハンバーガーの醍醐味が丸っきり失われてしまう。結局齧れるところに適宜齧り付いて食べたのだが、反対側から中身がはみ出るわ、パンがだんだんズレて中身が漏れて来るわ、物凄く行儀の悪いことになってしまった(汗)。
 肝心の味はどうだったかと言うと、まあ、フツーのマックのハンバーガーだな、という印象。わたしはマックのビーフ・パテのボソボソ感があまり好きではないので、アレが2枚ずつになったメガマックは、実は一瞬「しまった」と思う触感だった。やっぱり、今後マックで食べるなら、ビーフ・パテ以外のものが挟まったメニューに戻るだろう。

 とは言え、メガマックにポテトとコーヒーが付いて650円。ずっしりとしたお腹の溜まり具合から考えても、コスト・パフォーマンスは非常に良いと思う。若い男性には嬉しい1品で、毎日売り切れるのも良く判る。家人も1度は食べてみたいそうな。
 そしてもう1つ、メガマックの影響かと思われる意外な出来事があった。晩御飯後にスポーツ・クラブへ行っていつものようにエアロバイクを漕いだら、幾ら漕いでも全然疲れないのだった。普段ならば運動後はヘトヘトに疲れてしまうのに、今日は何故か「このまま何時間でもずーっと漕いでいられそう」と思えるほど楽々とペダルは動いた。
 やはりアレか。マックのメニューに含まれる高カロリー食材が、ヘタレなわたしのスタミナもアップさせたのだろうか…。




01/26〜27 2ヶ月を切った

2007/01/27 11:54
 バレエ教室の発表会は3月の18日(確か)。そろそろ追い込みに入ったようで、先生方もレッスン時に慌しさと切迫感が隠せなくなって来た。T子先生は会場や衣装その他との打ち合わせに忙しく、いつもはサブに入っているレッスンもパスしてお帰りになってしまう。
 金曜日のレッスンに移ってからというもの、バー・レッスンにはどうにか付いて行けるようにはなったが、相変わらずセンターがキツい。1つ1つのパ(ステップ)を理解して覚えて身体に実行させる…という一連の作業が、滞りなく進むことが滅多にないのだ。ゆっくり確認しつつやっている時は大丈夫でも、音楽が始まると全部すっ飛んで訳が判らなくなってしまう。

 普段は出来ていることが、ちょっと複雑なパやテンポの速い音楽に乗ると、途端にアヤフヤになる。アッサンブレなんて、もう全然心配なく出来ると思っていたのに、昨日は途中で混乱して両足踏み切りしてしまった(汗)。どっちの脚を出すのか判らなくなるなんて…orz
 A先生は「慣れですよ」と仰るが、グラン・ワルツのパも、今ひとつきちんと身体に入っていない。トンベ・パドブレ・グリッサード・グランパデシャ・コントレターン・トンベ・パドブレ・シャッセ・アッサンブレ・ピケアラベスク・アントラッセ・シャッセ・アッサンブレ・ポーズ。
 基本的には共通項が多いとは言え、呪文だよ呪文(涙)。

 いつも通りのレッスンの後は、発表会のレッスンに突入する。わたしは時間に余裕もないので途中で切り上げて帰るのだが、『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥの練習など、レッスン着でやっていてもうっとりするので、観ているだけでも大変楽しい。
 こんぺいとうの精はバレエ歴15年のMちゃん。スラリと背が高く、腰の位置も高く、いかにもバレリーナという体型で、しかも上手い。テクニックがしっかりしている他に、動作の1つ1つが本当に優雅なのだ。こればかりは一朝一夕に身に付けられるものではないのだろうが、意識していなかったらあんなにきちんと出来ないだろうし、神経細やかなのだなあと感心する。

 ポワントを履いてアラベスクのポーズを取り、サポート役のA先生に支えられながら回る時の揺るぎ無さ。ア・テールに戻って先生の肩に手を置く、たったそれだけの所作も、踊りの一部に相応しく音楽的に美しい。手の振り、目線、頭の角度、どれを取ってもバレエ! なのである。
 しかも、踊っている最中はうっすら微笑みを浮かべていられるほどの余裕がある。もちろん余裕で踊っているのではなくて、ポーズを取ったり回ったりという動作は、傍目に見えるよりはどれもよっぽどしんどい。それを「苦しい〜」という顔をせず、あくまで爽やかに優雅に踊り通せるのは凄いことなのだ。
 「キレイなポーズはみんな苦しいけど、苦しい表情をしちゃダメ」と良くわたしたちも言われるが、守れないもんね(汗)。

 衣擦れの音が聞こえるほど間近にそういう光景を見られるとは、本当にラッキーだなあ、と思う。わたしは今回の発表会に参加はしないけれど、当日が今から楽しみで仕方ない♪ 舞台に上がったらどんな風になるだろうか。




01/28 世紀の6分間

2007/01/28 17:22
 書類を整頓していたら、昨年11月26日付けの新聞の切り抜きが出て来た。誕生日の翌日なので、いろいろ気になる情報があったらマメにスクラップして整頓しよう…とか何とか、また続けられない目標を掲げた名残りと思われる。もちろん今ではそんなスクラップなどしていない。「あんな内容の記事、どっかで読んだけど、どこだっけ?」という右往左往を、ほぼ毎日やっている(タメイキ)。
 ともあれ、その切り抜きは鹿児島県十島村についての記事。第2社会面だから、世間を騒がせるほどのニュースではないけれど、何気に面白いページなのでわたしは好きである。テーマは2009年7月22日の皆既日食について。

 十島村は口之島、悪石島、宝島などの島々(トカラ列島)から構成されていて、住民は総勢700人ほど。こちらのページでは既に、皆既日食観測キャンペーンが張られている。何せこの時の皆既日食は、一番条件の良い悪石島では6分25秒も続くらしい。しかも起こるのが11時前後なので、太陽の高さもバッチリ、稀に見る好条件なのだそうだ。

 アシモフの『黒後家蜘蛛の会』にもあったけれど、世の中には「日食マニア」な人々が多数いらして、こういう方々は金と時間の許す限り、世界中のどこまでも日食を追い掛けて観測したがると言う。そういう人々が、このチャンスをドキドキワクワクと楽しみに待っている訳だ。問題は、見物希望の観光客人数と、十島村のキャパシティである。
 何せトカラ列島の交通手段は週2便のフェリーのみ。乗船定員はたったの200名。小さな島々なので、そもそも大型船が接岸出来るような港がない。さらに村内の民宿は全島を合計しても26軒、収容人数は頑張って315人ぽっち。村役場の調べでは、2006年3月にアフリカで起こった皆既日食を見物するために、エジプトの町におよそ7万人(!)が押し寄せた実績があるらしい。

 交通手段も宿もなく、さらにはトイレも食堂も足りない。おまけに島なので上水道のポテンシャルも全然足りない。村では昨年夏にネットでアンケートを実施して対策を講じているのだが、まさかたった6分間だけのために全島的に施設を整備する訳にも行かない。3千人収容のテント村設置計画とか、簡易トイレのレンタル、地元の炊き出しや観光客の自炊設備など、皆既日食対策会議の皆さんが検討中だと言う。
 問題の皆既日食まであと2年半。この切り抜きを再発掘するまでにも、折に触れて「そういえば皆既日食の村では対策が進んでいるのだろうか」と気になっているのだが、現状はどんな感じなのだろう。仮に観光客が1000人しか来なかったとしても、色んな面でキャパシティを大幅にオーヴァーするのは間違いなく、予想される来訪者は多分その数倍に登るだろう。

 慣れない土地、しかも真夏のトカラ列島とあれば、観光客が熱射病で倒れるなんてケースも多かろう。お医者さんも足りないだろうし、マナーのなってない連中が捨てて帰るゴミも恐らくは膨大な量になると思われる。Xデイの前後はきっと戦場のような騒ぎとなるのではないだろうか。
 世界各国の学術チームも狙っているだろうし、願わくばあまり大混乱にはならないと良いな、と思っている。地元の人々の生活がメチャクチャになってしまったら余りに気の毒である。わたしだって、そりゃもちろん、観られるものなら皆既日食を見物してみたいとは思うけれど、旅先の条件がこれだけ厳しいとちょっと…(汗)。

 4年掛かりで準備して、当日が雨降りだったりしたらどうするのだろう。立地的にこの村、台風の名所だったりもする(汗)。とは言えこればっかりは対策会議のメンバーも神頼み以外どうしようもないし。




01/29〜30 まぢですか(汗)?

2007/01/30 23:00
 本当は昨日見たのだが、どうも体調不良でグズグズしているうちに今日になってしまった。ちょっと俄かには信じられない、トンデモなニュースである。何でもアメリカで「巨大宇宙鏡で太陽光反射、温暖化防止を狙う」という研究を、国連の報告書に盛り込んでくれという動きがあるらしい。
 太陽光の1%を反射することで温暖化ガスの効果を相殺することが出来ると試算が出ているそうで、他には、光を反射する埃を大気中に放出するという手もあるそうな。すぐ消えてしまうだろうけれどソースはこちら

 うううううむ、どうなのだろう。もちろんわたしはこういう方面はまったく詳しくないのだが、直感的にこの方法はヤバいんじゃないのか? と思えてならない。つまりこの研究、温室効果ガスの影響を相殺する程度まで人工的に「日照を減らそう」ってことだよな。ということは、単純に考えて、全地球的に晴れの日が減るとか、あるいはごく小規模な「核の冬」が来るとか、そういう方面の現象を起こさせる訳で。
 シロート考えだけど、農産物の生育がメチャクチャに悪くなるのではないのだろうか。それもヨーロッパの北の方とか、オーストラリアやニュージーランドや南アメリカ大陸の南の方とか、緯度の高い地方ほど影響が大きそうだ。もちろん水分の循環にも関係しそうだから、全地球的な気象の変動を招く、なんてこともあり得る気がする。

 報告書の草稿は「費用も他への影響も判らない理論的なもの」と指摘しているそうだが、まったくその通りだと思う。とてもではないがリスクが大き過ぎて試せない気がする。角を矯めて牛を殺すの良い例ではないだろうか(汗)。発想は大胆にして奇抜、結構面白いのだけれど♪
 そう言えば、わたしが以前考え付いた、あまりにも馬鹿馬鹿しくて実現可能性の薄い温暖化対策を思い出した。気体の沸点の差を利用して、大気中から二酸化炭素を除去するという、壮大にして阿呆阿呆しいプロジェクトである。

 大気中の主な気体の沸点は以下の通り。窒素:-195.8℃、酸素:-182.96℃。そして二酸化炭素:-78.5℃、メタン:-161.5℃、亜酸化窒素(笑気ガス):-89℃。やはり温室効果を持つメタンガスへの対処はやや難しいが、空気をマイナス90℃くらいに冷やせば、大気中から二酸化炭素と亜酸化窒素のみをドライアイスにして除去することが可能である。あくまでも理論的には。
 取り出した二酸化炭素その他は南極大陸のどこかに埋めるとか、宇宙空間に射出するとかして厄介払い。沸点のもっと低いメタンや他の温室効果ガスについてはまた別の手を考えるとして、二酸化炭素や亜酸化窒素対策にはバッチリではないだろうか♪
 問題は、この方法、お金もエネルギーももんのすごーく要るだろうな、という辺りだろうか。地球の大気の少なからぬ体積を、延べにしても、マイナス90℃まで冷やさなければならないのだ。下手すると除去する二酸化炭素&笑気ガスの量以上の温室効果ガスを放出する羽目に陥りかねない。本末転倒である。

 ということで、やはり地道に省エネに励むとか、クリーン・エネルギーの開発に精出した方が良いような気がする。アメリカも奇天烈な研究を推薦してないで、ちゃんと京都議定書に批准してくれないだろうか。




01/31 2週間も早いけど

2007/01/31 23:59
甲子郎ソン
 3日が日本選手権の1回戦なので、どうしてもその前に、チョコレート(汗)を渡したかった。で、絶対に勝って下さいね、と伝えたかった。負けたらそこで東条組はオシマイなのである。首藤甲子郎選手や曽我部佳憲選手がアカクロでプレイする姿を、少しでも長く観たかった。
 しかし明日と明後日はどうしても上井草へは行く時間がない。そこで無理矢理、今日出掛けてしまうことにした。チョコレートは前以てGETしてあるし、お手製のカードも作成済み。ちょっとフチが不揃いなのはご愛嬌(汗)。元ネタはそれぞれ

 いつの間にか通い慣れた(汗)上井草の早稲田大学グラウンドへ赴き、首尾良く、練習前の曽我部選手と首藤選手に手渡すことに成功。本当は練習後の方が迷惑にならないのだろうけれど、予定が詰まっているので、練習が終わるまで居られるかどうか判らなかった。クラブ・ハウスの入り口近くで渡せた首藤選手は、寮内に置いていらしたので、邪魔にはなってないと思うのだが…。すみませんすみません(汗)。
 その後は心行くまで練習見学。故障中の選手たちは見当たらないが、3日に備えて気迫はビシビシと感じられた。ずーっと立って見学していたのだが、4月並みだというポカポカ陽気に油断して、どうやらこの時、身体を冷やしてしまったらしい。

 時間切れになって16時半頃引き上げ。有楽町のパスポート・センターに立ち寄って申請用紙を貰う。何を考えたか、母がパスポートを取得する気を起こしたのだった。ついでなのでわたしや家人(以前のパスポートが有効かもしれない)の分も貰っておく。
 パスポート・センターの近くにはわしたショップもあるので、さらについでにそこへ立ち寄って沖縄フードをいろいろ買い込む。海ぶどう、じーまーみ豆腐、ちんすこう、黒糖ピーナッツ(しょうが風味)。さんぴん茶も買った。家人にもチョコレートを奮発しようとメールしたら「プランタンは高価いから要らない」と返事が来たので、沖縄フードをヴァレンタインの贈り物にすることに決定。

 その後、晴海のトリトン・スクエアへ移動し、第一生命ホールで開かれたクァルテット・エクセルシオのコンサートを鑑賞。本来のメイン・イヴェントはこれだったのだが、前置きが随分たくさんあったので、ここに至るまでに大分草臥れていた(汗)。
 イギリス作曲家特集ということで、曲目はエルガー、ブリテン、ディーリアスの弦楽四重奏。一番気に入ったのはエルガー。ブリテンの弦楽四重奏(1番)は難易度も迫力も凄かった。しかし現代的なので家人はお気に召さなかったらしい(汗)。ディーリアスは残念ながら趣味に合わなかった。

 「もうイギリスの作曲家の曲目を聴こうなんて気は2度と起こさないぞ」とぶーたれる家人を尻目に、わたしは結構楽しんだのだが、帰り道に猛烈にお腹が痛くなる。上井草で冷えてお腹を壊してしまったらしい。おーまいがーっ。どうしよう。電車の中はどうにか耐えたのだが、本当に辛かったのは、最寄り駅から自宅までの徒歩10分弱の道のりだった。
 脂汗をにじませつつ家に辿り着きお手洗いに直行(尾篭な話で済みません)。冷えれば腹を壊すと判り切っているのに、選りに選って、単なる練習見学で冷えてしまうとはなんたる愚行と、またまた家人に散々馬鹿にされる。タメイキ…。でも悔しいけれど何も言い返せないのだった。
 観ている時はわくわくしていたので、身体が冷えていることに気が付かなかったのである。4月並みの陽気に油断せず、タイツをもう1枚履いておくとか、腹巻をしておくとか、対策を採れば良かったなあ(とほほ)。