● 2022.2

2月  コロナ陽性になりまして

 2019年末から、ちらほらと口の端に上り、2020年にはついに日本にも入ってきた新型コロナウイルス感染症。
 今月9日。ついに私も陽性診断を受けました。
 というわけで、今月の日記は全てそれです。
 8日に発熱。9日に判定。入院、ホテル療養と続いた日々を、報告と記録としてつづりました。

 いつもは新しい日記が上に来るようにしてますが、今回はコロナ日記だけなので、日付の古い順に掲載しました。
 以下はこのページ内の目次です。タイトルから、各日付にジャンプできます。

 2月8日(火) コロナ陽性~具合が悪いぞ
 2月9日(水)その1 コロナ陽性~やっぱりアウト~!!
 2月9日(水)その2 コロナ陽性~怒濤の連絡攻勢
 2月9日(水)その3 コロナ陽性~入院になに持ってく?
 2月10日(木)その1 コロナ陽性~いよいよ入院……の前に
 2月10日(木)その2 コロナ陽性~無事?入院できました
 2月10日(木)その3 コロナ陽性~入院初日
 2月11日(木) コロナ陽性~入院生活
 2月12日(金) コロナ陽性~予定変更?
 2月10日(木)~14日(月) コロナ陽性~入院中のあれやこれや
 2月14日(月) コロナ陽性~ホテルに移動
 2月14~19日(月~土) コロナ陽性~ホテルでの日々
 2月19日(土) コロナ陽性~いよいよおうちに帰ります


2月8日(火)  コロナ陽性~具合が悪いぞ

 昨年秋から落ち着きを見せ始めていたコロナ禍も、年を越した途端にオミクロン株が広まって、一気に逆戻り。どころかさらに拡大。今までにない感染者数を叩き出していやがります。
 そんな中、私もついにやっちゃいました。コロナ陽性。

 一連の流れを、報告と記録として書いていきます。

 始まりは2月8日。
 日付が変わった頃から、ちょっと喉がイガイガするなと思ってました。そして何度も咳こむことが。
 真っ先に、コロナの3文字が頭に浮かびました。
 とはいえ喉の違和感や咳は、この季節の風物詩。そのときはなにもせず、普通に布団に入りました。

 明けて翌朝。
 この日は北京オリンピックで待ちに待ったフィギュアスケート男子シングルの試合日です。さすがにずーっと貼りついているわけにはいきませんが、羽生弓弦選手の試合だけはと、そのときを狙ってテレビの前に陣取りました。
 そして始まったショートプログラム。「序奏とロンド・カプリチオーソ」
 最初の4回転が1回転になった瞬間、私の中でなにかがぶつっと落ちました。ホント、落ちたって感じ。切れたじゃなくて落ちた。
 その後は見事なスケーティングを見せていただき安堵はしましたが、でも自分の中のなにかは落っこちたまま。

 その日は起き抜けから咳をしていて、ママンからも「あんた昨夜咳ひどかったよ」と指摘されたのもあって、1日大人しくしてました。
 食欲は普通にあって、この日も朝昼兼用はインスタントの辛ラーメンに、バナナと伊予柑。ヨーグルト。
 おやつもしっかりいただいて、夜はスペアリブのお総菜やオムレツやシチューにサラダとワイン。
 うん。ガッツリ食べてるね。
 味覚も通常どおりです。
 咳は出るけど大丈夫。そう自分に言い聞かせようとしてました。

 でも、ちょっと熱っぽいような気も……。
 悶々としながら、この日は普段よりかなり早くお布団に入りました。


 この時点では、まだ「コロナかも」という気持ちより、「自分に限ってまさか」という気持ちの方がかなり強かったです。
 それでも次回、「やっぱりアウト~!!」です。


2月9日(水)その1  コロナ陽性~やっぱりアウト~!!

 前々夜から咳が出始め、1日挟んだこの日、ついに発熱。38℃を挟んで、体温はふらふらしてました。
 前夜は日付が変わる前にお布団に入りましたが、目が覚めたのはお昼前。その間、ぐっすり眠れたわけではなく、何度も目覚めては咳き込んだり、体温を測ったりしてました。

 ただ、基本めったに熱が出ることはなく、出てもあまり体調は変わらない方です。なのでこの日も、「ちょっと熱っぽいかなぁ」くらいで、着替えて階下に降りました。
 が、ここで、同居のママンからひと言。
 「あんた絶対アウトだから、ちゃっちゃと白黒つけて来なさい」
 だるい~と思いつつ、まずは伊丹市のHPでコロナ対応のページを確認。そこにあった指示どおり、かかりつけの耳鼻科の先生に電話しました。
 いつも混んでる病院なので、どうなるかなと思っていたら、即座に対応していただけました。

 電話をしたのは13時過ぎでしたが、先生から「14時に来られる?」と聞かれ、急いで出かけることになりました。
 だるさ、しんどさはあったけど、普通に動けたので、家の車で病院へ。

 病院に着いたところで、事前に指示されてたとおり中に入らず電話をしたら、外に用意されていたパーテーションの中に案内されました。
 お外で寒いからとヒーターをつけていただき待ってたら、すぐに先生が現れました。
 「鼻の中、ちょっとグリグリするから辛いかもしれないけど……」と、細い綿棒を奥まで突っ込まれましたが、なんてことはありません。ちょっとくすぐったいくらい。
 先生。いつもの鼻炎の診察で突っ込まれてる鉄の棒の方がよっぽど辛いです(^_^;)
 ネットなどで「鼻の奥まで綿棒を突っ込まれて苦しい」なんてよく見ていたので、かなり覚悟はしていたのですが、正直拍子抜けでした。

 検体を取られて、また待ちます。
 たぶんこの間、20分ほどあったと思うのですが、あまり待った感覚はなし。
 というかこの期に及んでもなお、自分はただの風邪だと思ってました。

 ですが結果は、陽性。アウトーッ!! なんてこったい。

 陽性判定と共に先生からご説明いただいたのは、今日は発症から2日目で、5日目までは飲み薬が使える。5日を過ぎると効果はなし。
 ただ飲み薬は、現在兵庫県が管理していて、私が住む伊丹市では、伊丹市民病院が管理しているのではないかと思う。
 確認を取ってまた電話を入れますとのこと。

 報告したママンには「やっぱり~」と呆れられ、なんてこったいと思いつつ、車で一路帰宅しました。


 ただこの時点で、行政にはあまり期待はしてなかったんですよね。
 連絡来るのかなぁ。なんて、ぼんやり思ってるくらいで。
 先に言っときます。
 伊丹市、舐めてました。

 次回、怒濤の連絡攻勢です。


2月9日(水)その2  コロナ陽性~怒濤の連絡攻勢

 2月9日14時半頃。かかりつけの病院で抗原検査を受けまして、きっちりコロナ陽性の判定をくらっちまいました。なんてこったい。

 病院の先生に言われたのは、今日は発症から2日目で、5日目までは飲み薬が使える。5日を過ぎると効果はないので、2月12日の土曜日までに薬を飲む必要がある。
 ただ、その飲み薬は現在兵庫県が管理していて、私が住む伊丹市では、伊丹市民病院にあるのではないかと思うので、確認してからスマホに電話を入れますとのこと。

 そしてこうも言われました。
 「明日の木曜日は、うちが休院日。その翌日は祭日で休みなのよねぇ」とも。
 だから急いで連絡するとのことですが、正直期待していませんでした。

 何しろ世間様では、今までにない感染者数が出ています。
 実は1月、宝塚市に住んでる親戚にコロナ陽性者が出たのですが、希望したホテル療養と、濃厚接触者になる家族の検査さえ、混んでいるからとキャンセルされたと嘆いてました。
 ただその家では、かなり管理をしっかりしていたので、「それだけやってたら濃厚接触者には当たらない」と判定されたのもあるようですが。いいのかなぁ……(^_^;)
 あと、たまたまこの日、Twitterで神奈川県でコロナ感染した方のレポートも読んでまして、こちらもかなり大変な状況だったので。

 ところが予想外でした。
 帰宅後トイレに入っていたら、スマホの着信音が聞こえました。そこでは出られなかったのですが、リダイヤルしたらかかりつけの先生から。
 「伊丹市民病院に聞いたけど、あなたの症状だと飲み薬は効かないそうなの。それで点滴でカクテル療法というのをしようかって話になって……」
 と話をしている最中、またスマホに着信が。かかりつけの先生のお話と同時に、着信のお知らせが鳴っています。
 先生からの電話を切って出たら、こちらは件の市民病院。たった今かかりつけの先生から説明してもらっていたカクテル療法について再び説明をいただき、しかもこのとき向こうから
 「濃厚接触者のお母さんも検査をしましょう。陽性になった場合、おふたり3日間の入院で……」
 と、あっという間に入院の予約も確定しました。マジですか?

 電話を切って、しばし呆然。
 なんか、聞いてたんと違う……。
 疲労と安堵でぐんにゃりしてたら、また電話がかかってきました。
 今度は保健所からです。
 えっ? えっ? えっ? 保健所って、こっちから連絡するモンじゃなかったの? それも何度かけても繋がらないんじゃなかったの? 伊丹市、異次元? なんか世界線が違ってなくない?
 保健所からの電話は、ほとんどが状況確認でした。まあ私の場合、翌日の入院が決まっていたので、安心できるということでしょう。

 ともあれ、あまりの電話攻勢に、しばらくの間ぐんにゃりしてしまいました。
 もちろん、熱のせいもあったのですが。


 次回。『入院になにを持ってく?』です。



2月9日(水)・その3  コロナ陽性~入院になに持ってく?

 2月8日からひどい咳が始まって、夜には発熱もありました。
 翌9日に検査を受けたらコロナ陽性。なんてこったい。
 怒濤の電話連絡攻勢で、あっという間に翌日からの入院が決まりました。

 入院は3日間の予定とのことで、持っていくように指示されたのは、
 ・入浴、洗髪ができないので、身体を拭くためのタオル。
 ・歯ブラシ、歯磨き粉と洗顔道具
 ・替え用下着
 ・食事用のおはしとスプーン
 ・常備薬

 今回ママンとはふたり部屋になるとのことで、ちょっと気は楽。でもママン、私よりも遥かにストレスに弱いからなぁ……。
 ここでこちらから聞いたのが「コーヒーは飲めますか?」
 私もママンも重度のカフェイン中毒なもので。
 でもここで、明確な回答は得られませんでした。これは私の想像ですが、聞いた方が事務担当で、医療担当者の意見もあるだろうし、答えづらかったのではなかろうかと。
 正直私自身、こんなことで現在恐ろしく忙しい医療担当者に聞いてくれなんて、言う気にもなれなかったし。

 電話を切った後、Twitterを調べました。
 ちょうど何日か前に、ホテル療養になった方が、持っていってよかったものと不要だったもののリストをツイートされてたので、そちらも参照にしました。
 私が追加で持って行ったのは、

 ・ノートパソコン、マウス
 ・キーボード
 ・文具(ペン、はさみ、カッター)  ・お菓子(ロッテのチョコパイ4つと個包装のクッキーひとつかみ。チョコレートと多めののど飴。
 ・本(読みかけのと未読のと、2冊持ってった)
 ・スマホの充電器と延長コードに三角タップ
 ・もちろんスマホ
 ・インスタントコーヒーセットと湯沸かしポット
 ・基礎化粧品

 こんなもんかな?

 あれこれ詰め込んだら、私の分がトランク1つとカバンがふたつ。加えてママンのトランクも1つとなりました。

 さあ。明日はどうなることやら。
 次回。『いよいよ入院……の前に』
 病院までは行きますよ。


2月10日(木)・その1  コロナ陽性~いよいよ入院……の前に

 2月10日の朝10時半。私とママンは家の車で、伊丹市民病院へと向かいました。
 前日、電話でこの日から3日間の入院になると告げられていたので、ふたり分の大荷物も積んでます。

 こちらもあらかじめの指示で、一般駐車場ではなく発熱外来である職員用駐車場へと向かいました。
 インターフォンで用件を告げると、予約の有無を確かめるため、名前を聞かれます。ゲートが開いて車ごと中に入り、車中で待つことに。

 ところがこの待ち時間が、けっこう長かったんです。
 最初はいいんですよ。こちらも興奮してるし、隣には既に待ってた車もあります。
 徒歩で入ってくる患者さんらしき人たちも、出たり入ったりしています。
 でも長い。指定された時間は間違ってないはずだし、車の中も冷えてくるし。
 YouTubeの動画を見たりしながら、ママンと遅いね。まだかなと話します。
 寒くて小雨が降る中、半袖の看護師さんが私たちの車のワイパー部分に1番の番号札を置いてくれたり、記入書類を持ってきたりはしてくれたのですが、それでもいつまで待つかわからないのは、つーらーいー。

 結局私が呼ばれたのは、1時間ほどしてからでした。
 CTスキャンを撮るとのことで、看護師さんの先導で病院内に入ります。
 が、これがちょっとしたまあ……なんと言いますか。

 看護師さんから2mほど距離を取ってついて行きますが、廊下やロビーで人の行き来する場所になると
 「はい。こっちの端を歩いてね」と私に。
 あるいは他の方に、「すみませーん。そっちの端を歩いてくださーい」
 と、距離を取るよう方々に指示が飛びます。
 頭の中でなぜか「悪い子はいねがー」のナマハゲの声と「下にー下にー」の大名行列の声が飛び交いました。

 なにはともあれCT室に無事到着。人生初CTスキャンはあっさり終了。
 お医者さんから「肺炎は起きてないけど、副鼻腔炎がすごいね。あと鼻茸があるね」と言われました。
 まあ、もともとが鼻茸と鼻炎と喘息で病院通いをしてる身なので、そのあたりは想定の範囲内でした。

 CTスキャンを終えて車に戻ると、ママンはまだ車中にいました。
 ただこのとき、はっきり聞かなかったのですが、ママンも検査用の検体を採取されてたようでした。

 そこからさらに車内で待機。
 車から出るわけに行かず、ただひたすら待ち続けます。
 例によって「遅いね。まだかな」の会話に「トイレ行きたくなったらどうしよ」なんてのも出始めます。

 私が車に戻って、30分ほどしてからか。
 私のスマホが鳴りました。
 出ると病院の先生で
 「抗原検査の結果、お母さんは陰性でした」
 マジですか?
 思わずスマホを顔に当てたまま、ママンに「陰性!」とサムズアップしてました。
 それを聞いた先生が、電話口で「まだPCR検査の結果は出てませんからっ」と慌ててますが、ママンはもうニッコニコ。電話を切った後「お母さん、陰性の気がしてたんだ」なんて言ってました。
 さっきまで死にそうな顔してたクセに。
 あと、私にもそう思ってた時期がありました(^_^;)

 それからさらに1時間半。
 この間も、ずーっと車中で待ってましたが、再び鳴ったスマホからは
 「PCR検査でも、お母さんは陰性でした」
 の連絡が届きました。やったね!

 次回『無事?入院できました』
 結局私ひとりが入院で、ママンはおうちに帰さなくてはいけないのですよ。


2月10日(木)・その2  コロナ陽性~無事?入院できました

 8日に咳と発熱。9日にコロナ陽性が確定し、10日、濃厚接触者のママンと伊丹市民病院に行きました。
 ですがPCR検査の結果、ママンはまさかの陰性。
 私ひとりが入院することになりました。

 市民病院には、朝10時半に来たのですが、検査がひととおり終わったときには、13時半になってました。
 このとき、ずーっと中で待ってた家の車は、発熱外来である職員用の駐車場に停めていました。
 ここで看護師さんからの指示で、入院中は車を一般駐車場に移すことになりました。
 ただ、ママンを家に帰さなくてはなりません。
 私と濃厚接触者になったママンを、バスに乗せるのはよくない。荷物が多いから、歩いて帰るのは無理。
 というわけで、私が車でママンを送って、それから入院となりました。ついでに家でお昼も食べてくることに。
 このときお医者さんと、14時半までには行くと約束しました。
 ですが、電話を切った途端にまた電話。
 保健所からの状況確認です。
 私は入院になったこと。陰性だったママンが帰宅することを言うと、ふたり入院予定から状況が変わったので、また細々と指示や説明を受けました。このときの指示は、主に自宅待機となったママンに対するものでした。
 電話を切ったのは約20分後。その間、車を停めっぱなしだったので、何度か看護師さんが見に来ました。(そして察して去っていく)
 ようやく車を出そうとしたとき、ちょうど看護師さんがまた見に来たので、電話が長引いたので、お医者さんに15時までには伺いますと、伝言をお願いしました。

 家に帰ってママンと荷物を下ろし、私はレトルトのカレーを食べます。
 その間にママンが、自分の荷物に入ってた私の歯ブラシやタオルなどを出しては詰め直します。
 急いで食べて、新たにできたカバンを積んで、再び伊丹市民病院に向かいました。

 今度は一般駐車場に車を停めて、できるだけ人とすれ違わないようにしながら、大荷物といっしょに指定された専用出入り口へと向かいます。
 迎えに来てくれた看護師さんにカバーつき車いすに乗せられました。荷物も大きなビニール袋に入れられて運ばれます。

 伊丹市民病院の西棟5階の1室に、3日間の予定で入院しました。


 次回、「入院初日」です。


2月10日(木)・その3  コロナ陽性~入院初日

 2月8日の発熱から2日。コロナ陽性が確定した翌日に、無事入院できました。
 ニュースでは、保健所や119に電話をしても繋がらないとか、搬送先の病院がなかなか見つからないと言われている中、本当にありがたいことです。
 伊丹市の医療体制がしっかりしてたか、たまたま運がよかったか。たぶん両方だと思います。

 入院する部屋に入って、パジャマに着替えたら早速問診。そしてすぐにカクテル療法。複数の中和抗体薬を点滴で体内に入れていきます。
 それが終わったら、胸に3つのパッドと、指先にもセンサーが取りつけられました。全てが1つの機械に繋がっていて、24時間私の心電図や酸素飽和度がモニターされるとのこと。


 機械は小さなポシェットに入れられて、ベッドから立つときも、ずっと持っておくようにと言われました。

 私がつれて行かれた病室は、本来4人部屋として使われている部屋でした。ママンも陽性だったら、ここにふたりで入るはずだったのですが、そうはならず。陰性のママンを家に残し、私ひとりでの入院です。

 広い部屋には、ベッドが1台と、看護師さんが作業するとき用の長机が1台。
 そして私のベッドと対角線上にある角に、衝立で遮られたポータブルトイレが置かれています。
 とにかくコロナは絶対隔離。この部屋から出てはなりません。
 入院前に、お風呂は入れず、トイレも部屋でと聞いてはいました。
 あと、入室してすぐに、看護師さんから部屋には監視カメラがついてると、その位置も教えてもらいました。
 トイレを囲む衝立は、何があっても死守するぞ。

 また、この部屋に入ったときには、入り口を挟んで大きな直方体の機械が2台置かれていました。
 お店の入り口にある万引き防止のゲートを、さらに大きくしたみたいな機械です。
 これはふたつの機械のそれぞれが、送風と吸収の役割を果たしているようでした。おそらく間を通過する人の身体についたウイルスを、廊下に出る前に吹き飛ばす役割があるんじゃないかなぁと思います。

 ただこのとき、私の咳がひどいからと、即座にベッドを挟む形で設置し直されました。
 この機械、けっこううるさかったです(^_^;)
 なんと言いますか、工業用の扇風機が、24時間ベッドの両サイドで音を立てている感じ。
 看護師さんから「うるさいと思うけど、「寝られるかなぁ」と、一応心配はしてもらえました。(とはいえ、設置は絶対だったようですが)
 幸い、少々のうるささと明るさならば気にせず眠れる質なので、「たぶん大丈夫」と答えておきました。  そして案の定、この板に挟まれてる間も、気にせずぐうぐう寝てました(^^ゞ

 入院初日は、こんな感じです。
 18時にご飯が出て、しっかり食べて23時にはおやすみなさい。
 そうそう。晩ごはんの前に、今度は看護協会からも電話が来ました。健康状態の確認とのことでしたが、私が入院中だと言うと、「ではまた退院後に」となりました。
 なんか、あちこちからしっかり連絡があるなぁ。
 ホント。私は運がよかったと思います。


2月11日(金)  コロナ陽性~入院生活

 8日に発熱。9日にコロナ陽性判定。そして10日に無事入院。
 入院してすぐ、カクテル治療の点滴をしてもらいました。

 一晩明けて、11日。世間様では祝日です。
 昨夜は音を立てる巨大換気ボードに挟まれながら、あっさり眠りにつきました。
 でも熟睡とはいかず。咳と喉に流れ込んでくる鼻水で、何度も目を覚ましました。
 それでも起きたときには、ちょっと身体が楽な気がします。
 それまで38℃を挟んで±0.2℃って感じだった体温が、37℃台前半まで落ちてます。
 まだ身体はだるかったけど、それでも気持ちはだいぶ楽。
 この日は部屋でごろごろしながら、3食食事をいただいたり(普段は1日2食です(^^ゞ)本を読んだり、キーボードを叩いたりしてました。

 はい。私、ノートパソコンとキーボードを持っていました。
 入院前に電話で3日入院と聞いていました。
 これ、冷静に考えたら、病室にいるのはまる1日しかないんですよね。
 ここに思い至ってたら、ノーパソはともかくキーボードまでは持ってこなかったと思います。
 でも入院が決まったときは、思考力も落ちてたからなぁ。
 このときは、どうせ車で行くんだから、いりそうなものはなんでも持ってけ。と思ってました。というわけで、実は確定申告用に昨年分の領収書まで……(^_^;)
 大荷物で来てしまったからこそ、1度は使わねばという気持ちになってました。
 まあ、このとき持ってきたことが、後々私を救ってくれたわけですが。

 ちなみに、カクテル治療の点滴を受けた後、心電図や酸素飽和度モニターのために着けていた装置は、この日の夕方、24時間が経過したので外せました。
 長いコードが絡まったり、手を洗うたびに指のセンサーを外したりしてたのが地味に面倒だったので、無事外せたのはよかったです。
 あと、お熱の方も午後には平熱に戻ってました。よかったよかった(^^)

 次回。『予定変更?』です。
 3日の入院で帰れる。そう思ってた時期が、私にもありました(^_^;)


2月12日(土)  コロナ陽性~予定変更?

 8日に発熱。9日にコロナ陽性判定。そして10日に無事入院。
 カクテル治療の点滴を受けて経過もよさげ。今日は帰れるなぁと、ホッとしてました。

 でも、なんか変。
 昨日と同じ朝食。昨日と同じ看護師さんの見回り。そのときのやり取りでも、退院のたの字も出ません。

 これ、帰れるのかなぁ。そもそも入院前の電話では3日の入院と聞いたけど、入院してからそんな話はひとつも出てない。

 お昼を食べた後、看護師さんがやってきました。
 私より咳のひどい人が入院してきたので、私のベッドを挟んでた換気ボードを別室に運ぶとのことでした。
 看護師さんが作業をしてる間に、さすがに気になってたので、退院について聞いてみました。
 そしたら看護師さんにはわからないとのこと。お医者さんじゃないと判断はできないけど、今日はお休みなのよねぇ。とも。

 正直、困りました。
 看護師さんの話では、この何日かで大勢の方が入院してきてるとか。
 この時点で、平熱。咳も落ちついている。鼻は出るけど、もともとが鼻炎持ちの私が、いつまでもこの病室を占拠していていいものかと。
 と言っても、私にどうこうできることでもないしなぁ。

 などと、看護師さんと話していたら、お医者さん登場。今日は休みのはずなのに、休日出勤ですか? 大変。
 ともあれ、お医者さんに聞きました。「私、今日で退院だと聞いてたのですが……」
 お医者さん曰く、退院はなし。
 もともと、私が3日で退院するというのは、同居のママンがコロナ陽性だったらというのが前提でした。
 だけどママンが陰性だったので、陽性の私を家に帰すわけにはいかないと判断されたようです。
 「今、保健所にホテル療養の行き先を探してもらっています。たぶん月曜か、遅くても火曜日にはそちらに移れると思いますから」と、ここで初めてお医者さんから聞かされました。なんてこったい。

 この話をしている間に、換気ボードの取り外しを終えた看護師さんは、退室してました。
 忙しい先生も退室して、ぽかんとしながらひとりになります。

 正直、困りました。
 ホテル療養の準備、どうしたらいいんでしょ?

 帰れないとわかったショックもあって、しばらくの間ぼーっとしてました。
 でも、ぼーっとしてたからって、解決するわけでもないんですよね。

 ここで、ママンと宝塚に住む妹に電話しました。ママンには状況説明せにゃならんし、妹からはひっきりなしにLineが入ってたので。
 あと、友人の陣内さんにも、Lineと電話で説明しました。
 陣内さんとは、ちょうど私が入院した日にLineがあって、そこで入院を伝えてから、あれこれやり取りをしてたので、もうね。とにかくぶちまけたかったの。

 あちこちにぶちまけたのは、結果的に正解でした。頭も気分もスッキリできて、思考も復活したので。

 そうこうしてる間に、看護師さんがやって来ました。様子見と、ホテル療養の説明書と承諾書を持ってきてくれたので、ざっと目を通してから聞いてみました。
 「もともと3日の入院と聞いてたので、その準備しかしてないんです。必要なものを、差し入れてもらうことは可能でしょうか?」と。
 看護師さんの解答は、

 ・差し入れは可能。
 ・ただし、濃厚接触者に持って来させるのはNG。
 ・また、差し入れするのは新たに購入したものか、自宅の外で用意されたもののみOK。

 とのこと。
 3つ目の条件は、自宅のものを第3者に持たせると、その時点で感染させてしまう可能性があるからでした。
 さあ、大変だ。
 とりあえず、宝塚市に住んでる妹にSOSを出しました。おつかいを快諾してもらい、いるものリストを急いで作ります。
 お医者さんからいただいた『ホテル療養に必要なものリスト』とTwitterに流れてた『ホテル療養であってよかったもの いらなかったものリスト』を参照して、

 ・ポタージュスープ
 ・インスタントのおみそ汁
 ・のど飴は味を変えて2袋
 ・コーヒーに合うお菓子
 ・ハンガー
 ・シャンプー、リンス
 ・せっけん
 ・衣類用洗剤
 ・ウェットティッシュ
 ・ペーパー加湿器
 ・プラスチックのコップ
 ・食器洗い用スポンジ
 ・書類挟みのクリップ
 ・自転車用の荷物ひも

 をお願いしました。
 書類挟みのクリップは、開けたお菓子の袋に封をするのに、いつもこれを使っているので。
 自転車用の荷物ひもは、荷物が多いので帰宅時の荷造りで使うかなぁと思って。
 なお下着類は、入院するとき、一応体調が急変して入院が長引く可能性を考えて、多めに用意してたので頼みませんでした。

 差し入れを頼んだ時点で既に夕方だったのですが、家にあったものと買ってきたもので荷造りして、夜の8時前に病院までわざわざ自転車で届けに来てくれた妹には、感謝しかありません。
 あと、DAISOでの買い物中に、Lineのビデオ通話機能で店内を映しながら、商品を選ばせてくれたのは、いっしょに買い物してるみたいで楽しかったです。
 入院中、病室からも1歩も出られなかったからなぁ。

 というわけで、退院予定日だった土曜日は、恐ろしく慌ただしい1日となりました。
 この後、まる1日病室で過ごし、翌月曜日にホテル療養のため移動となります。

 次回は、入院中の雑感です。
 お食事事情とか書きます。


2月10日(木)~14日(月)  コロナ陽性~入院中のあれやこれや

 2月9日に検査でコロナの陽性が判明し、翌10日から14日の5日間、私立伊丹病院に入院しておりました。
 今回は、この間の雑感です。

 入院初日は発熱していて、体温は38℃を挟んで、±0.2℃って感じでした。ただ私、熱があってもあまりしんどくならないみたいなんですよね。「みたい」というのは、滅多に熱を出さないもので、今回の発熱も数年ぶりのことでした。
 しかも、カクテル療法が合ったのか、点滴を受けた後はすぐに平熱に下がりました。
 というわけで、隔離のためにひとり部屋というのもあって、入院初日からベッドの上で本を読んだり、キーボードを叩いたり、確定申告のために領収書のチェックをしたりしてました。

 あと、ピクミンブルームで遊んだり。
 1日スマホを持って移動しないようにして、わざと0歩の日を作ったり、逆にスマホを手にしたまま広い病室内をテクテク歩いて室内ウォーキングをしたり。
 ただ、室内ウォーキングはちょっと大変でした。
 広いと言っても部屋の中。壁沿いをぐるぐるぐるぐる歩いていたら、目が回りそうになりました。
 今放送中の『ルパン三世 Part.6』で石川五右衛門がファッションモデルになるために、1日1000回のウォーキング練習をしていたら、倒れるシーンがありました。
 テレビで見てたときは「あの五右衛門が、ウォーキングくらいで倒れるの?」と思ったけど、この考えは撤回します。
 室内で1日1000回のウォーキング練習。続けたら、そりゃ倒れるわ。と。

 私、普段は午前10時過ぎに起き、深夜の3時過ぎに寝る生活をしてました。
 でも入院中は、朝は7時前に目覚め、夜も0時前には眠るサイクルになりました。
 別に病院側で消灯とかはなく、自由にできたのですが、出していただくお食事が、8時、12時、18時と決まっていたので、合わせてこうなりました。

 入院中のお食事は、やっぱり1番の楽しみでした。
 お食事をいただくのにも、決まりがあります。
 まず、用意されてるお茶のポットを空にして、部屋の水道ですすいでおきます。
 そのポッドを置いたテーブルごと、出入り口前に置いていおくと、看護士さんがドアを開け、その上にトレイを置いてくれます。
 その間、出入り口に近づくのはNG。防護服を着てない人とは、距離を置くためです。
 病院の食事は、こんな感じでした。


 最初に夕食を見たときは、正直「少なっ」と思いました。
 ですが日がたつにつれ、この量に慣れてきたのか、はたまた動かないからか、この量で満腹になるようになってきました。
 それどころか朝なんて、食べきれなくてバナナをおやつに残すくらいに。慣れってすごい。

 お風呂は入れませんでした。でも看護師さんにお願いしたら、身体を拭くための使い捨て紙おしぼりを用意してもらえました。
 入院の準備をするとき「お風呂に入れないから、身体を拭くためのタオルを持ってきて」と、病院の事務員さんに言われましたが、それは使わずじまいでした。

 入院中の生活は、だいたいこんな感じです。
 幸い、熱はあってもあまりきつくなかったのと、本やPCを用意していたのとで、あまり退屈せずにはすみました。
 確定申告の準備も持って出てたのも、よかったな。
 「できない~」と思うのが、1番ストレスになりそうなので。

 こんな感じで、4泊5日の入院生活は無事終了。
 次回『ホテルに移動』です。


2月14日(月)  コロナ陽性~ホテルに移動

 2月14日。この日はバレンタインデイで、ついでにMy BirthDay。
 ちょっぴり心配していた、入院中に誕生日という切ない状況にはならず。この日、療養のためのホテルに移動しました。

 入院生活のいつもどおりに8時に朝食をいただいて、荷造りを始めます。
 もともとは3日間だけ入院する予定だったのですが、荷物は多め。家で荷造りしたとき慌てていたのと、万が一急変とかして入院が長引いたときの用心に、あれもこれもと詰め込んでたので。
 まあ、結果的には、入院+ホテル療養で10日間家を空けることになったので、これでよかったのですが。
 とはいえとにかく、荷物が多い。
 病院からホテルへの移動は、行政側が手配してくれた介護タクシーに乗って行きます。
 もしかしたら乗り合いになるかもしれないので、あまり荷物が多いと、他の方の迷惑になるかもしれません。
 それにホテルからの帰りは自力でになるので、持ちきれないほどの荷物は困る。
 というわけで、看護師さんにお願いして、持ち込んだ荷物の一部を、駐車場に停めっぱなしになっていた家の車のトランクに入れる許可をいただきました。

 結果。ホテル療養に持ち込む荷物は、トランク1個と大きめのカバン2個分。
 自宅から持ち込んでいた湯沸かしポットと読み終えた本。土曜日に妹に頼んで買ってきてもらったお菓子も、ものすごい量があったので、3/4は車のトランクに入れていくことにしました。

 お昼ご飯もいただいて、13時過ぎに病室を出ました。この部屋から足を踏み出すのさえ5日ぶりです。
 病室から駐車場までは、付き添いの看護師さんの案内で、自分の足で歩いていきました。
 ちょっと心配だったのですが、迎えの介護タクシーは、私ひとりで乗るとのことでした。
 ホテル行きの荷物を積み込み、運転手さんに待ってもらって、家の車に荷物を積みに行きます。
 介護タクシーの駐車場と、家の車を停めている一般用駐車場は別の場所だったので、このときも看護師さんの先導の下、他の方々には近づかないよう気をつけながら、てくてく往復しました。
 伊丹市民病院の皆様方には、本当になにからなにまでお世話になりました。ありがとうございます。

 病院からホテルまでは、小1時間で着きました。ただ、私が乗ってる間にも、「家族がコロナ陽性の判定を受けたので、病院までお願いしたい」と個人のお客さんからの依頼電話がかかってきたりと、介護タクシーはかなりお忙しそうでした。

 ホテルに着いたら、裏口の専用入り口から中に入り、受付をしてもらいます。
 ホテル療養時の説明書と体温計にパルスオキシメーター、カードキーを受け取って、5泊6日のマイルームに向かいます。
 案内されたお部屋は、こんなでした(^^)


 広くて綺麗で嬉しいぞ(^^)
 ツインのお部屋をひとりで使うって、贅沢~♪ なんてうかれたりしてました。
 早速荷ほどきをして、デスクとバスルームを中心に部屋作りをしていきます。ソファの前のミニテーブルにはお菓子コーナーを作って完成。
 こんな感じになりました。


 

 お風呂もあるし、トイレもポータブルじゃなくて水洗。しかもウォシュレットつき。
 ホテル滞在なら当たり前のことだけど、すっごく嬉しかったです(^^)

 次回は、ホテルでの日々です。
 あと2回で、終わります。


2月14~19日(月~土)  コロナ陽性~ホテルでの日々

 2月9日にコロナの陽性判定を受けて翌日入院。
 点滴でのカクテル療法が効いたか、熱はあっさり下がったけれど、家族から隔離するために家には帰れず。感覚的には健康なのに、14日まで入院してました。
 と言っても、12日には療養先のホテルが決まっていて、無事移動。
 14~19日の5泊6日。ホテルでのんびりしてました(^^)

 ホテルでの生活は、病院と同じでかなり規則正しかったです。
 まずは朝の7時。「体温と酸素飽和量を計測してください」と、館内放送が鳴り響きます。これがけっこうなボリュームで、眠っていたとしても、この放送で目が覚めそうでした。
 測った数値は、スマホで指定されたサイトにログインして入力します。
 これと前後して身支度をしたら、8時前に電話がかかってきます。
 病院でホテル療養用の書類に記入をしていたのですが、この中に「食品のアレルギーがありますか?」との設問がありました。ひとつアレルギーがあったのでそれを書いてたのですが、そのため私はアレルギー食ということで、他の方より早くに呼ばれて自分の食事を取りに行くことになりました。
 と言っても、朝ごはんはだいたいこんな感じでした。


 パンが3つとジュース。ちなみにパンの種類とジュースは毎日変わります。
 ジュースは、オレンジ、ブドウ、ピーチにリンゴ……と。
 パンも基本はプレーンなもので、パン生地にニンジンやほうれん草が練り込まれてたり、ぶどうパンだったり。
 このパンが、けっこう美味しかったです。食べきれなくて、一部は家に持ち帰ったのですが、これを食べたママン曰く「西宮は美味しいパン屋が多いからね」とのことでした。ありがたや。

 朝食をいただいて、スマホを眺めたりしていたら、あっという間に12時になります。
 朝同様に電話がかかって、お昼ごはんを受付まで取りに行きます。
 お昼は毎回こんな感じのお弁当。


 お昼をいただき、夜にまたご飯を取りに行くまでは、ちょっとゆったりめに時間があります。
 私はだいたいこの間に、洗濯をしたり、確定申告のために領収書や帳簿のチェックをしたり、この日記を書いたりしてました。

 夕方4時頃になると、また館内放送がかかります。
 このときも、体温とパルスオキシメーターで酸素飽和量を測って、専用サイトに入力します。
 このとき入力した内容については、かなり時間は前後しますが、毎日夕方6時頃に電話がかかってきます。
 電話は看護師さんからで、記載内容の確認と、酸素飽和量が低かったりすると、息苦しさなどはないかと確認されます。
 私の場合、普段でも酸素飽和量が90を切ることがザラ。98以上の数字なんて、ほとんどお目にかからない体質なので、電話のたびにそこのところを説明しなくちゃいけないのが、ちょっと面倒でした。(とはいえ、嘘の数字を書くわけにもいかないし……(^_^;))

 そんなこんなで19時になると、また電話がかかってきます。
 どうもアレルギー食の引き取りが終わってから、館内に「食事を取りに来てください」と放送するみたいなので、電話がかかると毎回急いで取りに行ってました。
 夜の食事もお弁当。


 食事に関しては、だいたいがこんな感じ。
 お弁当は毎食メニューは変わるのですが、和洋中華とテイストが変わるわけでもなく、毎食似た感じなので、後半地味に辛かったです。
 あと、電子レンジがなかったので、冷え切ってこそはないけど、熱々でもなし。
 お弁当についていたインスタントのおみそ汁には、かなり助けられました。

 なおこのお弁当。ボリュームはしっかりありました。
 量はたぶん共通。たくさん食べる人を基準に用意されてたのだと思います。
 というわけで、ホテルの一室に閉じこもって、ろくに運動もできないことを考えて、ほんっとうに申し訳なかったのですが、ご飯は毎食残してました。お米の神様、ごめんなさいっ!!

 なおアレルギー食ですが、それらのお弁当には受け取る人の名前と、なにアレルギーかを書いた札がついてました。
 その中に、外国人名で豚アレルギーと書かれた札を何度か目にしました。
 あれってたぶん、体質じゃなくて宗教上の規律に対応したものだったんだろうなと思ったり。
 ハラール対応もしっかりしているんだなと、こっそり感心してました。

 それからお弁当を受け取るときには、部屋番号が書かれた表に自分でチェックを入れる決まりになってました。
 この表が、初日は半分くらい網掛けで消されていたのに、日に日に網が取れていき、私がホテルを出る前には、かなりの入室率になっていました。
 中には部屋番号の横に『×2』とか『×4』と書かれた欄も。
 たぶん家族での滞在だったのでしょうが、いくら家族でも1室で24時間ずっといっしょはさすがに気詰まりにならないかなぁと、ちょっと心配になりました。

 あと、食事を取りに行く時間は、さすがに他の方とエレベーターがいっしょになったり、すれ違ったりもしたのですが、皆さん千差万別。
 はしゃぐ子供をなだめながら手を引くお母さんもいれば、熱っぽいしんどそうな顔をして、コート姿で食事を取りに来る人も。
 たぶんあのコートの下は、パジャマなんだろうな。
 コロナ陽性は食らったけれど、あっさり無症状状態に戻れてよかったなぁと、我が身の幸運に感謝しました。

 晩ごはんが終わったら、あとは寝るだけ。
 ちょうどオリンピック期間中だったので、大好きなフィギュアスケートをテレビで観たり、お風呂に入ったりして、日付が変わる頃にはおやすみなさい。
 こんな感じで、ホテル滞在の6日間は過ぎていきました。


 次回で終わりです。
 いよいよおうちに帰ります(^^)


2月19日(土)  コロナ陽性~いよいよおうちに帰ります

 4泊5日の入院と5泊6日のホテル療養を経て、いよいよおうちに帰れる日がやってきました。

 まずは前日。18日。
 事務所から電話がかかってきまして、「どうやって帰るのか?」と聞かれました。
 私の場合、幸い療養していたホテル近くのバス停から、自宅近くのバス停まで1本だったので、それに乗って帰ると伝えました。
 すると今度は「何時のバスに乗るのか、決めてほしい」とのこと。
 ずいぶんきっちりしてるんだなぁと思いつつ、午前10時のバスに乗ると決めました。
 というわけで、手続きのため朝9時半に、お部屋を出ることになりました。

 そして翌朝。ホテル滞在中の日課はそのままで、朝7時に検温、酸素飽和量の測定。8時に朝食のパンを取りに行きます。
 朝食の後は、荷造りと部屋の片づけ。
 それらをすませて、決めていたとおり朝9時半に部屋を出ました。

 1回の受付で、体温計とパルスオキシメーターを返却すると、封筒をいただきました。
 これはコロナ陽性で証明書などが必要な場合、どこに連絡すればいいのかなどが書かれた書類が入ってます。
 このとき担当者さんから「これで感染力はなくなっているので、日常生活に戻ってくださいね」と優しいお言葉をいただき、ホテルの受付を後にしました。

 トランクと大きなカバン1つの荷物を手にホテルを出ると、ドアの外には女性が1人立っていました。
 私が出ると入れ違いに中に入って施錠しました。
 なるほど。無断外出防止のために、出入り口のドアには鍵がかかっていたようです。
 そして退出者が出たときには、ひとりが鍵を開けて待っていると。
 寒い中、お外で待ってくれていた女性の方。お手数をおかけしました。

 ともあれこうしてバスで帰還。西宮市で比較的近いホテルでよかったな。
 ネットで調べたら、兵庫県の療養用のホテルは神戸が多くて、中には伊丹市民病院から姫路のホテルに移された人もいたとのことなので……(^_^;)

 家に帰ると荷ほどきも適当に、伊丹市民病院に向かいました。
 入院時に家の車で行っていて、それからずっと病院の駐車場に、置きっぱなしになっていたので。
 ちなみにこのときの駐車料金は、9日分1800円でした。
 入院患者は1泊200円で、コロナ陽性患者が病院からホテル療養に移った場合は、ホテル滞在中も入院時と同じ扱いになるとのことで。
 そして私がコロナ陽性を受けてからこの日まで支払ったのは、この駐車料金1800円のみでした。ありがたい……(-人-)

 ということで、以上、身体の違和感から、コロナ陽性判定、入院、ホテル療養を終えるまでの12日間でした。
 なお、3回目のワクチン接種はまだ打っていません。
 病院でお医者さんに聞いたところ「今回の感染で免疫がついたはずなので、2月19日から3ヶ月が経過した5月下旬以降に接種すればいいと」教えてもらったので。

 私の場合は幸い症状も軽く、点滴ひとつであっさり無症状になりました。
 それでも同じ期間中に、コロナが重傷化してしまったり、療養後に後遺症が出てしまった方。そして、亡くなられた方もいます。
 それを思うと、自分はただ運がよかっただけだなぁと考えています。
 なのでこれからも、うがい手洗い、マスクもしっかりつけて、気を抜かずに過ごしていこうと思います。


 長々と書き連ねましたが、ここまでおつき合いいただき、誠にありがとうございました。


← 戻る