8月1日


 午前中からあれこれと電話を掛けまくる羽目になる。何だか落ち着かない。
 昼から、隣町の商工会議所に昨年の11月に独学で取った日商簿記2級の検定の証書を遅ればせながら受け取りに行った。その足で秋葉原へ。MOのハードを買いに行ったのだ。お遍路のホームページを見たいという方があって、その人に送るためと、山の様にたまったデジタル写真を保存するためにやはりMOがあった方が便利だからだ。
 MOも無事に買えたし、今野先生のところで使うはずのSCSIのボードも格安で買えたし、おまけに駅の近くで、かわいい猫のついたポケベル用の鎖も見つけたので、いい日だったと喜んで帰ってきた。ところがこいつがぬか喜び。いざ使おうとMOをつないでみたら、認識してくれない。げげっ。
 慌てふためいて、友人に連絡、夜中に見に来て貰う。もしかしたら、買ってきて1ヶ月もたたない、SCSIのボードが行かれてるかも知れないと言う話だ。ああ、神様、お金がかかります。


8月2日


 MOツーリストの浜さんと連絡を取った後、外出。まずは、先日の雑誌の追加取材で、写真撮影のため、東京日比谷のNTTのショールームへ。その後、色々つもる話をしに、まゆみちゃんと八丁堀の彼女の会社近くのスパゲティやさんでご飯を食べた。彼女の知り合いのデザイナーにホームページ用の地図をお友達価格で発注して貰うための資料の受け渡しって言うのが、表向きの理由だったが、お互い、曲がり角に来ているという実感があるねえ、などと久しぶりにゆっくり話をした。
 その後、まゆみちゃんを八丁堀の駅で待っている間に思いついて、買って置いた1日乗車券とスタンプブックのセットを持って、営団地下鉄のスタンプラリーをしながら、秋葉原へ。昨日、格安で見つけたSCSIのボードを追加購入しに行った。その足で、秋スタートの新しい仕事の件で、某新聞社へ。2時間ほど打ち合わせをして、スタンプを13こ集めて帰った。歩き過ぎでちょっとくたびれた。この忙しいのに、何が悲しくてスタンプラリーなんて始めるんだろうと自分でもちょっとあきれながら。それにしても、スーツ来て、パソコンの入ったアタッシュケースもって、『こちら亀有公園前派出所』のスタンプラリーをするってのも、結構シュールだわ。
 帰ってからボードを取り替えてみるがまだだめ。あー、MOができないよお。留守番電話には、6月の半ばにe-mailでアプリケーションを送った会社から、仕事の件で、月曜日にも連絡が欲しいという電話が入っていた。何だろう。


8月3日


 お遍路のホームページのデバッグをして、本を読んで、猫と遊んだら、1日が過ぎた。なんてこった。


8月4日


 今日は、午後から猫たちが揃ってお風呂に入った。順番は、ことん、虎千代、八雲、たび。順番にお風呂に入って、順番に猫乾燥機にはいる。単純な繰り返しなのだけれど、入れる方は、夏のことだしだんだんのぼせてくるのがきつい。
 8日出発の旅行の荷物の準備も気にかかるが、本を読んだり、ビデオを見たりの情報収集にどうしても気持ちが行ってしまう。また、前日は徹夜で準備となるのだろうか。 
 夜中に先日の友達が、ケーブルを持って登場。今度は、うまく行くから参った。参った。こいつが癌だったのか、ああ、時間がもったいなかった。


8月5日


 午前中、金曜日に連絡のあった会社に電話してみる。仕事の件で、今日の夕方にも会いたいという。予定を入れて、電話を切った。 
 11時に恭子ちゃんと新橋で待ち合わせ。今年は、決算の時期に出たり入ったりしているので、予め領収書だけでも渡しておこうと言うことと、ご飯を食べましょうと言う話だった。恭子につきあって貰って、MOツーリストの浜さんを訪ねた。そして、9月の旅行の最終的な打ち合わせをして、よくよくお願いして会社を出た。
 その後、二人で美々卯へうどんを食べに行ったが、改装中でだめ。別な店に入って、そばを食べて別れた。
 その足で、某ソフトウエア会社の出版部にお話を聞きに行った。お世話になっている方の紹介だった。ありがたいお話を伺って、1時間ほどで辞去。新宿に回って、紀伊国屋書店で、ユーラシア大陸の地図を購入した。
 時間がちょうど良かったので、今朝のアポイントの会社に向かった。ついて話を聞くと、フルタイムで働かないかという、ありがたいお話だった。しかしながら、今回は、8日に旅行に出発するし、9月にも旅の計画があるので、もしお世話になるとしても、10月からになるという話をして、3人の方と面接をして、2時間40分後に先方の会社を出た。おそらく話は決まるだろうという意味で、少しほっとして、帰りにまゆみちゃんと新宿で食事をして帰宅した。今野先生にも電話で報告したが、何となく興奮している自分がある。やはり、生活が安定する、営業に行かなくていい、と、色々考えると嬉しい話だ。仕事の内容も本当にしたいものだったし。いい返事が来ますように。先方も、中国に出発する8月9日までには返事が欲しいとおっしゃっていたので、これはほとんど決まりかもしれない。


8月6日


 朝、虎千代を連れて北川動物病院へ。検尿のおしっこがとれないので、とりあえず、出発までの3日分薬を貰って帰ってきた。
 行ったついでに病院で、猫のノミの相談をしてきた。家出の八雲に新入りの虎千代とダブルでノミを持ち込んでくれたので、今や4匹とも大発生である。ノミが媒介する寄生虫もいるので、手を打った方がいいと言うことで、ムースと首輪と、飲み薬を貰ってきた。今日はとりあえずノミ取り首輪をして、ついでに家の大掃除もした。
 昼過ぎから、友人が、10月から就職ならシルクロードの旅と旅の間の10日ほどで、追加取材に行く為の資料をそろえに来てくれる。結局、1日の休みもなしに約50日旅をしっぱなしになる計算で体力的に大層きつそうだが、それでも、就職したい気持ちが強かったのだ。友人は、体にはきをつけてよ、といいながら、地図にマーキングしてくれていた。
 イトーヨーカドーへ、買い出しに行ったりして返事を待つが、結局かかってきたのは夜の10時過ぎだった。そこからが大パニック。先方は9月1日から来てくれるなら採用するという。しかし、たくさんお金を掛け、何年も掛けて準備をしたシルクロードの旅行の今は最後のだんかいだし、簡単には投げ出せないこと、おつとめは、これから、何らかの形でまとめて成果として残せるだけの材料を集めてから、頭を切り替えて始めたいことなどを面接時に続いて再度説明したが、返事が大変面白かった。

 その1 勤めに出て生活を安定させる気があるなら、そういう、自分の都合は全部捨てるべきだ。
 その2 前任者が8月末までで退職するので、9月から人が欲しいし、あなたが10月から会社に来ても、これからビーイングにも広告を出すし、ヘッドハンターにも依頼しているので、あなたにして貰う仕事はないかも知れない。

 そのほかにも2、3気になる発言があり、結局返事を明日の午前中まで待って貰って電話を切った。切った後で、心の中にざらざらした感覚が残った部分をまだ作業を続けてくれていた友人と、猫の様子を見に来た猫のお守りの玉青ちゃんと話し合った。二人の薦めで、いつも人生の岐路で相談をさせて貰っている、占いの大家と私のことを実によく理解してくれている目上の友人、それに、まゆみちゃんに電話で相談した。
 事情を説明したら、結局電話の向こうの三人も、「ここまでやってきた計画を締めくくりのところで投げ出したらきっと後悔する」という点で意見が一致していて、今回は見送った方がいいだろうとアドバイスされた。さらには、玉青までが、「お姉ちゃん、今までがんばってきたし苦労してお金作ってきたのに、ここでこの1ヶ月を一生後悔しそうだから、玉青、心配でいやだ」と言うし、友人も、「きっと後悔するよ、何かまとめて生きた証を作りたい、そういってがんばってきたのに、最後の最後で投げ出したら」と言って、帰っていった。
 なかなか寝付けず、おまけに今夜は出かけると言っていた今野先生は、出版社の人と飲んでいるのか、2時になっても帰ってこなくて、意見が聞けなかった。色々考えるうちに嬉しくて、もし、採用の電話があったら、その場でよろしくお願いしますと返事をしようとまで思っていた昨夜の気持ちが、急速に萎えていくのを呆然と感じていた。猫をなでながら、とりとめなく色々考えて、朝になった。


8月7日


 朝、10時になるのを待って、今野先生に電話した。もう、断る腹づもりができていた。先生に詳しく話すと、「生活が安定するのは、確かにとても魅力だけれど、今は、色々仕事の話が来ているし、さんざんやって全部だめでたとえ製品化の道がたたれたとしても、やるだけやった方がいい。それに、どうも、9月に来なければ、ポストがなくなるというあたりが、やんわりとはしていてもおどしだね」と、一刀両断である。さらには、「履歴書を送ったのが6月で、8月末退職の人の後の手当を、ここまで引き延ばして今頃、雇ってやるから全部投げ出してこいってのもどうかと思う。あなただって、連絡がもう少し時期が早ければ、9月の旅行も決まってなかったし、仕事の話もここまで色々来なかっただろう。第一、本当になにがしかの意味で第一線で働いている実力のある人間が、2週間や、3週間で今している仕事を始末して転職できる道理がない。」とまで、言って貰った。しかも今野先生と電話中に、西遊旅行から9月のカラコルムハイウェーを通るツアーの催行が決定したという連絡が入った。予定では明日いっぱい返事を待ってくれということだったのに、かなり早めの連絡だ。「これは、シルクロードにいけってことですな」と笑って励ましてくれた先生の暖かな声に背中を押されるような気分で、先方の会社に電話した。
 9月1日からスタートという条件ではお受けできないので、ご辞退させていただきたいと言うと、面接でも話していた就職する意志というのは、嘘なのかというようなことを言われた。
 ここで、力んでも仕方ないことだけれど、生活は安定させたい。たとえ、希望の年収より遥かに安くても、以前の会社勤めより少しくらいお給料が下がっても、猫たちの生活を安定させてやれると言うことは本当に魅力だ。自分で、企画を立てものを書き売り込みに行くと言うことは結構それで大変なことだし、色々な仕事を経験はできるものの、今の生活は色々リスクが大きいからだ。ただ、400万近いお金を使い、蓄えも底をさらえるようにしてつかい果たし、それどころか大きな借金まで作って追いかけた夢だ。それを最後のつめのところで、それも一応のめどの直前で投げ出すことを求められても、簡単には行かないではないか。だから最初から、全部が一応片が付いて、加工の材料を集めた後の10月1日からと言ったのだし、それだって、わずか50日先の話だ。何ヶ月も待って貰いたいと言っているわけではないではないか。
 そんなことをやんわりと話すと、では、具体的には、いつからなら来れるのか、という。それは面接でもお話ししたように、10月1日からなら可能だとは思うといったけれど、もう、よほどのことがなければこの会社とは縁がないなと思って、電話を切った。
 夕方から、昨夜電話をしたKさんとお会いした。彼は、彼で、私がやんわりと恫喝されたことに危険を感じていたし、何よりも、8月末退社の人の手当をここまでせずにいて、応募者にそのしわ寄せをする、そして、本当に今が旬の人間にこれから出るビーイングを見て応募して、9月1日からの転職というのが、可能かどうか、そういう前の職場への不義理を働くようなことになる転職を強いるような結果を招くマネージメントにバランス感覚が感じられなくて、先に行って苦労するのではないかという心配をしていた。などと、断ったという話で、安心したとおっしゃっていた。そして、一度あやのついた話はやめといた方がいいよ、と笑って、その話は終わりになった。
 細かな旅の準備と、ホームページ関係の作業をしていたら、朝になった。あと出発まで24時間だ。   


8月8日


 朝は、出版社に送るMOを作って過ぎ、午後から、北川動物病院に虎千代を連れていった。どうか、膀胱炎が完治していますようにと祈りながら。それと、さっき、パソコンに向かっていたら、パソコンの上の棚で、いきなりお漏らしをしてしまったことんがどこか悪いとこまるので一緒に連れていった。結果は、ことんは病的なものではなく、虎千代はまだ通院が必要だそうだ。やれやれ。院長先生に、明日からの中国旅行中、猫たちに何かあったらお守りさんに運ばせますので、必要な手当をしてやって下さいとよくよくお願いして、北川動物病院を失礼した。
 うちに帰ってから、やっと荷造りに手を着け始めた。ああ、明日の朝はフライトで、中国だ。砂漠が待っている。困ったモンダ。
 結局、仕事が片づかず、荷物を作るのはぎりぎりにもつれ込んだ。荷物を作ったら、起きられるかどうか定かではなくなるほど、限りなく朝に近い時間になってしまった。このまま起きていることにしようと腹をくくって、今、これを書いている。膝の上には八雲が丸くなって、小さな寝息を立てている。
 タクラマカン砂漠はどんなところだろう。日中と夜の温度差はどのくらいあるのだろう。色々なことが頭をよぎる。無事に帰って来れたらお慰みである。   


8月29日


 又、東京の生活の始まりだ。まずは、虎千代の膀胱炎の具合が気になる。薬は23日頃になくなったはずだ。と言うわけで、お土産の甘い梅干しとトルファンの干しぶどうとクチャの白アンズのドライフルーツを持って、虎千代を連れて北川動物病院へ。しかし、家を出る前にわずか数分目を離した間に、おしっこしてしまったらしく、病院で検査用のおしっこがとれず、今日は空しく往復しただけだった。
 午後は、小型船舶一級の免許の更新に品川に行く予定になっていた。出発前に、あわただしく問い合わせをして、今日の更新講習に申込みがしてあった。品川に行く途中、新橋のMOツーリストの浜さんに、パスポートを届けた。
 私は家庭内紛失で免許証を紛失していたので、予め講習場所の都漁連のビルの向かいの東京都の港南庁舎4階の関東運輸局に、再発行の手続きを聞きに行って、書類を頂いて置いた。更新講習が済んで、既に書き終わっていた書類と講習修了証を提出して、ものの3分ほどで再発行と更新の手続きは終了した。
 帰りに御徒町によって、登山用品屋でリュックにもなるし、底についた車で転がして歩くこともできるスキー用のカバンを買った。いざというときに担ぐために。いざと言うことが無いように切に願いながら。だって、ある程度の大きさは必要だし、ある程度の大きさという条件を満たしているカバンに、荷物を詰めてそれを担いだら、絶対半端ではなく重いから。神様よろしく御願いします。
 夜には、まゆみちゃんが会社帰りに顔を見がてら遊びに来てくれた。お土産のカシュガルで買った私とお揃いのミンクのしっぽで作ったボンボンを結び会わせたショールを本当に喜んで貰ってくれた。まだ、まゆみちゃんがいるうちに、猫のお守りの玉青ちゃんも登場。彼女には、下手な中国土産より(まだ若いお嬢さんなので)可愛いアクセサリーの方がいいと思って、帰りの飛行機の中で、アクセサリーと時計をセットで買ってきた。これも喜んでくれた。やれやれ、二つかたづいたぞ。


8月30日


 午前中、空っぽの冷蔵庫の中身を買い出しに行ったり、病院に顔を出したりして過ごした。手紙を何通か書いたら時間になったので、10月に帰国した後の仕事の打ち合わせで竹橋へ。2時間ほど色々話をして、概略の所を決めた。
 それから、秋葉原で百科事典のCD−ROMのカタログをもらってついでに、帰国後初のソフトクリームを食べた。おいしかった。体がとろけそうだった。
 7時の約束だった、Sさんとの待ち合わせ場所のソニービルには15分ほど前についた。買ってきていた週刊誌を読んで待っているとすぐにいらっしゃった。この方は、いつも冷静でまるで封を切ったばかりの剃刀の様な切れ味の分析をなさる。私は根が軟弱なので、この方の分析で自分の置かれている立場とか、状況を一刀両断にしてもらえるとかえって、正しい方向へと強く押し出されるようにエネルギーを感じるのだ。本当に尊敬もしているし、時々お会いできるとその前後何日かとても幸せな気分になる。今回のお約束は、中国に出発する前に頂いており、内心楽しみにしていた。
 あれこれと旅の報告やら、現状の相談やら、いつもSさんと一緒にいると早く過ぎてしまう時間が、さらに早く過ぎてしまっておなごりおしい気持ちでお別れした。


8月31日


 朝起きたら、さすがに旅の疲れが出ているようで、予定通りマッサージに行ったり医者に行ったりしたらくたびれてしまって、猫たちとごろごろして過ごした。本当はやらなければならないことがたくさんあるのに、血圧が下がってしまって、しかも中国料理にやられてしまった消化器系統のおかげで、消化不良を起こしている。さすがに、もう、若くはないと痛感して、ひたすら体を休めていた。


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